Episode 001【始まりの始まり】
空は晴れ渡り、太陽の光が輝いている。
辺り一面に広がる草原、草花たちが涼しく流れる風に揺られている。
その草原の中を一人の男が立っている。
(なんや、これ?)
男はそう思った。
黒く伸びた髪、肌は白く背の高い男。
男の服装は丈夫な皮が所々に縫い合わせた服を着ている。
男は何かを確かめるように自分の体の一つ一つを触り始めた。そして体を触り終えると、その場に座り込み何かを考え出した。
(どないなってんの? これって、アニメとかで良くあるやつやん。ホンマにそうなん? そういう感じなん?)
空を見上げると相変わらず太陽の光が輝いていた。
ーーあの日は休日で、珍しく朝早くに起きた。いつもなら昼過ぎぐらいまで寝てるのに。
起きてすぐにタバコに火を付け、愛飲している1リットルの紙パックのコーヒーを飲んだ。甘いやつ。
周りの皆からは、それは甘すぎてコーヒーではないと言われている。
幼稚園児の姪っ子からも、大人なんやからもっと苦いのを飲めと怒られる。
でも俺はこれが好きで。商品名にも「コーヒー」と付いてるのだから、これはコーヒーなのだ。
タバコを吸い終わった後、俺は風呂に入りに行った。
入るって言っても、俺は風呂には浸からない。専門学校に行っている時に一人暮らしをしてから、いつもシャワーだけだ。理由は面倒くさいから。入るって思った時に、すぐに入れない。入る前に湯船にお湯を入れないといけない。ほら、面倒くさい。だからシャワーだけ。
体を洗い終わり、腰にバスタオルを巻いて部屋に戻った。ネットでも観ようと携帯を手に取ると、誰かから着信があった。
(なんや、こいつか。)
「こいつ」というのは、俺の小さい時からの友達で同い年の「藤広 英臣」。
俺の家とこいつの家は徒歩3分ともかからない、お互いの部屋の窓から相手の部屋の窓が見える。
俺は英臣に電話をかけた。
「お!! 土居、珍しくはよ起きてんな。」
「珍しい思うんなら、何で今の時間に電話してきたんや?」
今更だが、俺の名前は「土居 好春」。28歳の会社員だ。
「お前、今日どうせ暇やろ?」
「暇やけど、何や?」
「おっしゃ! そんじゃ、今からそっち行くから家出てこい。」
「おう、分かった。」
俺達の会話はいつもこんな感じだ。
電話を終え、出かける用意をして俺は家を出た。家の前にはもう英臣が来ていた。いつもの様に激しい洋楽をかけながら、運転席の窓を開けタバコを吸っている。英臣が俺を見つけると、早く来いと言いながら手招きをしている。俺が車に乗ると、すぐに車が動き出した。車の外を走る景色には、もう春の兆しが見えていた。俺はその景色をしばらく眺めてから、英臣にもう一度聞き始めた。
「ほんで、何なんや? 何かあるんこ?」
「最近や、オンラインゲーム流行ってんやん。」
「ああ、最近ようCMとかやってんな。」
「俺前から興味あってんけど、一人で知らんやつとかと話すんが怖ぁてや。」
「英臣にしては、珍しい事言うな。」
「あほぉ! お前はネットん中がどないなもんか知らんから、そう言えんねん。」
「どういうこっちゃ?」
俺がそう言うと、英臣は俺の疑問に答え始めた。ネットの社会がどういうものなのかを。
英臣はオンラインゲームに興味を持ち始めてから、色々と調べたらしい。オンラインゲームと一概に言っても MMOやFPSなど色々と種類がある事や、そのゲーム内容など様々な事を教えてくれた。そして、その中でお互い知らない者同士で一緒にゲームをする事なども。中には一人だけでゲームを進める人達も居るらしい。英臣が「怖い」と思ったものは、オンラインゲームの中で発生する人間関係的な所を指していた。ゲームの中で知り合った人達と仲良くなり、一緒に行動をするようになる。楽しそうに見えるものでも、その場から誰かが居なくなると陰口を言ったり。それが段々と酷くなるとイジメのような事になるらしい。現実社会に起きている事と同じだがインターネットの中では顔や名前など本人の情報が相手に知られないぶん、その内容は酷いものらしい。英臣は「それ」が怖いと思ったみたいだ。分からなくもない。ただ、それでも英臣にしては珍しいなと思った。
「うんで、俺を呼び出したんは何でや?」
「お前と一緒にやるんなら、オンラインゲームしたいと思ってな。」
「はぁ? どゆこっちゃい?」
「土居、お前アホやん。すげぇ鈍感で騙されやすいし。」
「騙されやすいって、その殆どがお前が俺を騙してきとんねやろがいっ!!」
「お前は、良い意味でも悪い意味でも常識無いからの。」
「ってか、俺がゲームやるとは分からんし今はそんな気無いぞ。」
「はぁ!? 何言うとんねん。今 電気屋向かいよる最中やぞ。」
「はぁ!? 向かいよる最中って、俺買う言うてへんやん。それにお前が話したゲームって、俺が持ってへんハードのゲームやん。今月金欠やし、無理やぞ。」
「金なら俺が貸したるから、買え。」
「貸してもらわんでええわい!」
「うんなん言わんと、とりあえず買え。」
「はぁ??」
ゲーム機本体の設定を済ますと、英臣は帰って行った。ゲーム始めたら電話せいとだけ言い残して。
俺は今日買わされたソフトのパッケージを手に取った、そこには〈ワンダー・クロニクル〉と書いてあった。
それからパッケージから説明書を取り出し、ゲームの始め方を読み始めた。今日買わされたのはMMORPGという種類のゲームで、今日発売開始されたゲームだ。英臣が言うには発売前から相当な人気があり、期待されていたゲームらしい。行きしなの車中で〈ワンダー・クロニクル〉の公式サイトのトレーラーを観ていたが、確かに面白そうだった。俺はゲーム機にソフトを入れ、ゲームを始めた。
ゲームを始めるにはまず、自分が操作するキャラクターを設定しないといけない。キャラクターの名前はもちろん。姿かたち、種族や職業など多岐にわたる。オンラインゲームは初めてだが、こういったゲームに関して俺はいつも同じやり方がある。名前は自分の名字の頭文字、姿かたちは自分そっくりに作り上げるというやり方だ。そうした方が気分的に感情移入して楽しいからだ。キャラクター設定をしている最中に、俺は英臣に電話するのを思い出した。
「わりぃ、電話すんのん忘れとった。」
「やろと思とったわ。ほんで今どこや?」
「キャラ作りよるとこ。」
「どうせまた〈D〉なんやろ?」
「うっさいのぉ、ええやんけ。」
「お前は何にすんねや?」
「俺は〈Trash〉や。」
「何やトラッシュて?」
「俺の好きな曲のタイトルや。意味はゴミとかやけど響きがええから、これにした。」
「ふぅ〜ん。」
「とりあえず お前をフレンド登録しておいたから、お前も俺をフレンド登録しとけ。」
「それって、ゲーム始まってからやないと出来ひんのやないん?」
「アホ。ゲームの方やなしにゲーム器本体の方でもフレンド登録出来んじゃい。これしといたら〈ワンダー・クロニクル〉の方でも簡単にお互い探せるから、今しといた方が便利でええんや。」
「へぇ、よう分からんけど。しとくわ。」
「ほんなら、あとはボイチャの用意してゲーム開始せぇよ。うんじゃ、またの。」
「あいあ〜い。」
英臣との電話を終え、言われた通りに俺は英臣をフレンド登録しておいた。そしてボイスチャットの用意をしてから、キャラ作りを再開する。ゲーム開始前の全ての設定が終わり、やっとゲームが出来る所まで来た。
(やっとや、ほんなら始めっか。)
ゲームスタートにカーソルを合わせ、ボタンを押す。
画面には「NOW LORDING」の文字が現れ、その周りを青い光が回っている。
そして少しづつ画面が暗くなり、オープニングムービーが始まりだした。
ーーその遥か昔、この世界がまだ混乱に満ちていた時代…《ウィッシュガルド》の大地に七人の英雄が現れた。
その英雄達により《ウィッシュガルド》に蔓延る幾多の災悪は払われ、人々は平穏な日々を手に入れた。
人々は歓喜の宴をもようし、七人の英雄達をもてなそうとした。
しかし、そこにはもう英雄達の姿はなく。その日から英雄達の姿を見た人はいない。
《ウィッシュガルド》の王達は、この大地の7つの場所に英雄達を祀る神殿を築いた。
………それから幾百年かの月日が流れ、この世界に再び暗雲が訪れようとしている。
我らが勇士達よ、ふたたび剣を取りたちあがれ。
その胸に希望と勇気を抱いて……。
ー〈ワンダー・クロニクル〉ー
失われた大地と希望の果てに
(うわ、すっげぇなぁ。めっちゃワクワクしてきた。)
しばらくして画面がまた暗くなっていく…。
そして突然、暖かく眩い光が視界いっぱいに広がり。涼しい風が吹き始めた。
その光に眼が慣れていき、前を見るとそこには辺り一面の草原が広がっていた。
(なんや、これ?)