魔女とクルイ編16・幕間
午後十二時。
その会場には、生徒のみならず多くの人間が参列した。
魔女の勝利を、そして勇気ある戦士の死を。
用意された舞台には誰も立たず、ネイロー、ナミエ、ニーデルーネ、アリアンナ、レイゼ、シリル……それぞれの顔写真と棺桶を用意した公開葬式場とでも言うべきだろうか。
死体すら見つかっていない者もいる。見つけても運べなかった者もいる。ニッカが必死にかけ集めたそれらは、見ても悲しいだけだ。
舞台に立ちスピーチをするはずだったノアは、ナミエの棺の前で泣き崩れ、脇目も振らずに悲しんでいた。
アーサーは失われたロイの体を支え、その心配をする。
だがロイはそれ以上に失った命のことを思っていた。生徒であるニーデルーネとアリアンナ、精神面でも戦闘面でも実務でも先輩であったナミエ、代われる者なら自分が代わりたい、そう本気で思っていた。
ゴリアックも屋上から式場を見て、歯痒い想いをした。自分は生き返る同然のことがトウルとの戦いでできたのに、戦いたい人間がこの戦争で多く死に、そして自分ではどうにもできない。自分だけが生きても意味がないと、ゴリアックは感じた。
ネロとエレノンにとってニーデルーネはおっちょこちょいながらも頼れる先輩だった。
いつだってふざけているようで、その実力は確かで、何でも知っていて、憧れの先輩。
棺の中、仮面とともに埋葬されたニーデルーネの遺体を二人は見た。
首は落ち、目は抉られ、体中はあらぬ方向に曲がり、ただ殺されただけではないと、壮絶な拷問やいたぶりがあったと分かるほどに痛めつけられていた。
ネロは魔女に対する恐怖を、エレノンは怒りを強く覚えた。
ステラはネイローの棺の前で茫然と立っていた。
その顔に悲しみや涙はなく、ただ自分の普通に見えるお腹を優しげに撫でていた。
「これでいいかな、ネイロー……」
そう一言だけ呟くと、気配を感じふと振り向いた。
「よ、ステラ・ニンカー」
かつて一度の殺し合いで過剰に憎しみ合った時とは雰囲気が違い、今のその人は比較的まともに見えた。
「イェルーン・アダムス。死を悼むなんて人じゃないでしょ。ってあんた腕!」
「ああこれか。なんだっけな、大したことはねえよ」
ディスペアと今は別行動しているために無くなっているが、すぐに戻ることになるのだ。本当に大したことはない、とイェルーンは棺に目をやった。
「……いや、それより魔女は? 一緒にいた……」
「ネイロー、マジで死んでんだな。顔見ていいか?」
魔女を引き連れたイェルーンの姿を思い出しステラが言うも、イェルーンはまるで無視。けれどステラも無視した。彼女にとってもう魔女などどうでもいいことだ。
「……残念ながら顔はないよ。顔だけ燃やされたから」
空気を読む、そんな行動をイェルーンは生まれてこの方知らなかったが、このステラに対してだけはそうした。
気まずい、と感じ、言葉を取り下げたのだ。
「ま、焼香くらいはあげさせてもらうか。虐められた仕返しだ」
礼儀も礼節も知らないで、イェルーンは適当に焼香を済ませる。
その心はどのようにあったのか、静かに目を閉じて手を重ねるイェルーンの心中など、誰にも分からない。
ただスノウなどが見れば、その姿に違和感すら覚えるだろう。
「で、私は明日飛び立つ。自由に生きることにする。お前は子供を産むわけだ。私を止めるか?」
「いずれ、娘とネイローのために、ね」
イェルーンは別人のようになったステラを見て、それでもなお、ぞくぞくと体が震えた。
「じゃ、楽しみに待ってるぜ、あばよ」
「さよなら」
イェルーンが去った後、ステラはもう一度棺に顔をやって、二人の寮の部屋に戻った。
イツキは弔いもさることながら、茫然とした様子のリースに目をやった。
シズヤに何か励まされながら、しかしリースは普段の彼女らしからず悲しげに俯くことしかしない。
普段のリースならば、戦いに死はつきものだ、などと言って乗り越えると、そう思えるのに。
恩師の死を前に悲しむことはあろう、そう思いイツキは特に声をかけずに、仲間達の死に向き合った。
その場に、レイヴン・ナイトメアもいた。
自分を捕まえた、かつての同級生の死を弔うためである。
雑に焼香を済ませて、その棺の中の顔を見る。
体はまだ残っているが、顔は爆発のために滅茶苦茶になっている姿を、やりきれない顔で見つめていた。
「このタイミングで死ぬかよ、ナミエ。ま、未練はなくなったけどね」
明日までの時間をどう過ごすか、レイヴンの考えはそちらにシフトしていった。
名だたる戦士の葬式だけでなく、魔女を二人倒した祝勝会でもあるそれは、死者のことを詳しく知らぬ者により徐々に盛り上がりを見せていく。
たとえ辛く重い死があっても、確かに成果を出した。対魔女学校創設以来の快挙だ。
そんな北の学校と違い街の南も南、空港が目前に見えるような地点に閑散とした農地がある。
空港から食べ物が運ばれるために、農作物も共に運んでしまおうという考えで空港の近くにそれができている。
そこに住んでいるガンドームに、キナは姿をみせた。
「こんにちは」
「おお、おお、キナ! 久しぶりだな」
精悍な肉体は相変わらずがっしりしているが、顔に深く刻まれた皺は老齢を思慮させる。
共同住宅の一つだろう、明らかなボロで狭い農地にすぐ近くの二階建ての木造建築物、中は丁寧なガンドームらしくこざっぱりとしているが、娯楽物が一切ないことも気になる。
「最近どう? 楽しい?」
「昔と比べると張り合いはなくなったのう。だが、満足しておるよ」
太陽のように明るい笑顔を見せるガンドームに、キナが言うことはもうない。
男のガンドームが、この大陸の女子が魔女から秘術を受け取っていることを知らないだろうから、キナにとって恨みの対象ではないのだ。
「ねえ、他の皆は?」
「……古参の十一人のこと、知らんのか?」
「大体は知ってる。ドリツェンとギラは?」
一瞬顔を青くしたガンドームだが、その言葉を聞いて安心して答える。
「ああ、ドリツェンは第四地域で芸人をしているらしい。ギラは北で魔女の森のパトロールをしていると聞いたが、会ってはおらんな」
それにキナが目を大きくした。魔女の森は既に争いの傷跡深い場所、果たして生きているのだろうか。
だがキナは結局明日の正午まで何もしなかった。ドリツェンに会いに行くのも億劫だし、既にイェルーンについていくときめた、魔も人も倒すと決めた自分が、まっすぐなギラと会うのはどうにも気分が悪いから。
アローンジーの背後にフールとディスペアがついていく。
堂々と街中を歩いているために、その異様さのために通報する者が後を絶えず、それなりの騒ぎになっているが、ディスペア以外はまるで気にしていない様子だった。
「だだだ大丈夫なの!? なんかどんどん人が集まっているんだけど……」
「大丈夫よそんなにビビらないで。どうせ遠巻きに見ているだけ、何かしてきたら殺せばいいだけ、いい?」
そうアローンジーは強く言うが、フールも呆れた風に嘆息した。
「無謀な策で囲まれ、一網打尽にされる……儚い人生だった」
その言葉にディスペアは一層萎縮し、アローンはそんなフールを嫌う顔をした。
「あんたらなんか連れてくるんじゃなかったわ、本当に、嫌い嫌い嫌い……」
「き、嫌わないでよ、ひーん……」
「なんて悲しいことばかり……」
言いながら、囲まれながら、三人はネロの場所へと向かっていた。
魔女の魔力を得たアローンが、トリックの生存とその奇妙な魔力を感じてしまったのだ。
トリックは、ネロと体を共にしていた。
スノウは一人でヴィーに会った。
元々ノーベルの住んでいた五階建ての塔、最上階でヴィーに謁見し、その発言を残した。
「ヴィー、私とスノウとジー、この大陸、から、出る。いい?」
「いいって、勝手にしたらぁ? でも、ジーはなんでかしらん?」
本当に不思議そうなヴィーの疑問はもっともだが、体が乗っ取られている事情をスノウはよく理解していない。
「たぶん、ジーも本意じゃない」
体を操られ勝手に連れて行かれるのだ。けれどヴィーは別の理解をしたし、それは正直どうでもよかった。
「じゃあ行かないでしょ。ま、行ってもいかなくても、どうでもいいんだっけどぉ」
はぁ、と溜息を吐いてヴィーはネイルを整え始めた。
「それで、それだけ? だったら私より序列が上のキルに言えばいいんじゃない? それくらいあんたにだって分かるでしょぉ?」
「そんなこと、キルに、言ったら、殺される」
「ああ、それは分かるのね、意外」
ヴィーが小さく笑うと、スノウも少しだけ笑顔を見せた。
「……二人だけ、か。あの会話の成り立たない魔女とね」
二人が死に、三人が出て行く。
七人いた魔女も、この大陸にはヴィーとキルの二人ぼっち。
「一緒にくる?」
「嫌よ、人の下なんて、そこまではプライドが許さないわ。私は紫の魔女、序列二位、妖艶のヴィー、たとえ逃げようと恐れようと、死ぬまで魔女、忘れないで」
それはスノウが初めて見たヴィーの真面目な顔だった。
元序列四位、自分よりもトウルやバニラとの付き合いは長く、恐らくはノーベルと違いバニラの燃える燃えないが演技である、あるいは彼女が奸智に長けた魔女の長であると分かっていただろう。
彼女たちを失ったヴィーが何を思うのか、それは思考が浅いスノウにはさっぱり分からないが、簡単なものではないということは分かる。
「きっと、忘れない。ヴィー、ノーベルは任せて」
「ええ任せるわん。ま、任せるっていうよりも、あんたたちは二人で一人って感じじゃなぁい?」
そして、二人はまた笑い合った。
学校からほど近い病院でコントンの峠が越えるのを確認してアリスは一息ついた。
「全くよ、死んだかと思ったぜ、この馬鹿」
「馬鹿とは随分な兄ですね、せっかく助けてやったというのに」
ベッドに何とか収まったコントンだが、体は未だに痺れて動けないという。
「ああ、それは感謝しているぜ。……オヤジの仇、討てたんだよな」
「ええ、違いなく」
「だが、魔女はあの通りごまんといる。それは、許せねえ」
アリスは一人拳を握り、言う。
「あなたが許そうが許さまいが関係ないでしょう。あとは、若い者に任せましょう」
そうコントンは呟き、静かに眠った。
アリスがコントンが寝ると死んだのかも、と思ってしまう状態になると発覚するのは、もう少し後である。




