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魔女とクルイ編2・争いの前

 ニッカがその異様な行軍を目にしたのは草木も眠るような深夜である。

 自分が夢を見ているのか、他のニッカが見ている夢なのではないか、などと散々に考えたが、それはどう見ても現実である。

 見たことのない女が一人、そして五人は名高い各地の魔女。

 それが密集し、第二地域まで移動しているではないか。

 目視してすぐにニッカは走り出す。そのニッカは不意に現れたケルベロスに頭から食われたが、その情報は他のニッカにも伝わっている。

 学校で寝泊まりしているノアに情報が行くのはすぐである。

 そして、教員が全員集められるのも、である。


「さて、皆さんに集まってもらったのは他でもありません。魔女が六人、ここから北の塔に集まったという情報がニッカさんからありました」

 務めて平静を装っているが、流石のノアも今回ばかりは誰の目にも尋常ならざる様子だと分かる。

「ニッカ、それは本当なんだな?」

 鋭い瞳で睨むようにナミエが尋ねる。怖い顔は、それだけ真剣だということ。

「すぐに個体がケルベロスに殺されたんですが、見ましたよ。恐らくかまくらのスノウ、火山のバニラ、双子のキルとジー、湖のヴィー、そして塔のノーベル」

 場が鎮まりかえる。

「かまくらのスノウ……外見は?」

「真っ白な姿です。足先から頭のてっぺんまで真っ白」

 再び沈黙が場を支配する。

 しばらくの間を空けて、苦渋の表情でようやくノアが端を発した。

「……ではまず住民の避難をアーサー、モナド、エイノに任せます」

 呼ばれた三人は意味深そうに頷き、それぞれが作業に立った。

 ただアーサーは神妙な面持ちで、不安で青ざめているロイを見た。

「北方面にて森からの侵入者が来ないかの警備をロイ、レイゼ、そしてナミエにお願いします」

 ただの警備ならば、ニッカで事足りる。

 実力派の三人に任された実質的な任は、北から魔女が攻めてきた場合、迎撃しろということだ。

 ロイは一瞬アーサーに笑顔を向けると、すぐに真剣な顔で頷いた。

 何事も、全てが苦渋の決断と言わねばならない。誰だって死にたくはないし、死ねと命令もしたくない。

 それでもノアには、ここの職員たちには責任があり、それに殉ずるだけの気持ちがあった。

 考えることも大切、しかし皆が事務作業と実践訓練を積み重ねたエキスパート、判断は現場に任せ、戦闘力で割り振るのが一番と、ノアは考えた。

「森の中で魔女を牽制する役目はニッカ……死ぬことは確実ですが、他の個体の精神に影響が出るようなら、すぐに逃げてください」

「それには及びませんよ、校長。こう見えても私、半分くらいは魔女怖いってなってますけど、半分くらいは穏やかな気候で陽の光を浴びながらバカンスしてますから!」

 数多いるニッカはこの島の中で千ほどいるが、それ以上の数が外の島にもいる。それらは今は休みを満喫している。

 そんな軽口が今は僅かな救いだ。

「……さて、それではニッカ一人とゴロロ、私と共に着いてきてください」

「あい、何すんだすか?」

 変わらぬ調子のゴロロと、また自分かと溜息を吐くニッカ。

「この情報を他の学校へ、そして戦国の大陸の同盟国に伝えます。場合によっては援軍を、また避難地として住居をわけてもらうことも考慮します。なのでニッカは逐次情報を私に伝えてください。ゴロロと私はいざという時の戦力として残ることと、情報処理作業を手伝ってもらいます」

「……んー、ニッカ一人で充分と思うげど?」

「ニッカ一人じゃなくて、ニッカたくさんね。私、一人じゃ銃持った女の子、オーケー?」

 そうニッカはまた笑う。

 そんな折にナミエは既に歩き出した。

「あっと、先輩! もう行くんですか!?」

「善は急げだ。敵がこの時間に動いているのは十中八九生徒のパトロールがない、警戒が手薄な時間だからだろう。となると敵は明日午後よりも早くに動く可能性が大いにある。もし本当に動くならな。ニッカ、お前も自分の分身を今のうちに多く出しておけ。数が多いに越したことはない」

 言ってロイとレイゼを見ると、ナミエはすぐに出て行った。

 その仕事に熱心な姿勢は誰もが尊敬していたし、今だってナミエを凄いと思う者しかいない。

 しかしその真面目さを、誰もが不安に感じていたことも変わりない。

「……そうですね、我々も動き出しましょう。ニッカ、早速ですが飛脚代わり、お願いします」

 ノアが懐から書簡を取り出した。

「それは?」

「魔女襲撃可能性の報せです。一週間後に音沙汰がなければ我々に何かあったと、そう判断してくれるでしょう」

 今まで気楽に特訓していたわけではないし、誰かが死ぬこともあった。

 それでも、今と今までは全く違う。

「お願いしましたよ、ニッカ」

「はい。……重いですよ、校長。お願いなんかじゃなくって、命令とかでいいんですよ?」

 呟き、一人のニッカが走りその場を後にした。

 それぞれが、それぞれの作業を全うする。

 だがその誰もが、窓の外から聞き耳を立てる存在には気付かなかった。



「魔女が来る、か。待つか? いや待つ必要はないだろう? っつうかこのどさくさに紛れて攻め込んでもバレないだろ!?」

 屋上からニッカが尋常ならざる様子で走るのを見ていたゴリアックは、かつてないほどの興奮を湛えて一人叫ぶ。

「嗚呼盛り上がってきた! ネイローの戦いを見た時だってこれほど興奮したか!? いや、していない!!」

 クリーム色の壁面に穴をあけながらゴリアックはその黒い空をも讃えた。

「ああ、ああ、魔女よ! 俺はお前を待っていた! それはきっとお前らも俺を待っているはずだ! 今すぐにでも行きたいところだが……一つ」

 ゴリアックは自ら上った屋上から飛び降り、二年の学生寮へと向かった。



 同時刻に、ニーデルーネもその光景を確認していた。

 元々死神である彼女はどこにでもいてどこにもいない、という他に追随しないほどの情報能力も備えていた。

 それを味方である者に知らせないのは、死神とは死を司る神、故に贔屓をすることはできない、という自分が決めたルールのせいである。

 このルールこそ、ニーデルーネが無法ともいえる死神の能力を使う条件であり、それを破れば自分の能力は弱体化する。

 大会なんぞに力を奮うんじゃなかった、と後悔したのもそのためであるが、今の後悔はそれ以上である。

 その後悔の内容は、こんな能力にするんじゃなかった、ということだ。

「ネロとエレノンに……いや、あの二人はきっと……」

 魔女が来るから二人で逃げなさい、と言えば、優しい二人はきっとみんなを呼んで逃げるか、ニーデルーネを放っておけないよ、と残るだろう。

 前者の場合だと死神である自分が多くの命を救う結果になりルールを破る、後者の場合など、助けようとした二人が助からなくなってしまう。

 どうすればよいのか、悩みながら、ニーデルーネは夜を彷徨う。




 飛行するジョーカーデビルの移動は思いのほか難航していた。

「おいおい、これちゃんと着くんだろうな? 道間違えてましたじゃ謝っても許さねえぞ?」

 ヘルが怒りを露わにするが、ジョーカーは笑って誤魔化す。

「仕方ないでしょ? このデカい図体を操るのも至難だってのに、こんなに周りが、ねぇ?」

 デビルを警戒する人間の勢力が飛行艇などを使い攻撃してきているのだ。

 ヘル含む七匹のクルイが体を触手のように伸ばし攻撃しているし、デビルの体から卵を放ち攻撃しているのだが、それでも不慣れな空中戦ということで予想以上に時間を取っていた。

「おいおい、明日までに着くんだろうな!? テメェ無事に辿り着いても殺すぞ!? あぁ!?」

「んな、無茶な……」

 厳しいヘルの態度には、ジョーカーも場を濁すような笑いしか出せない。

「ああ……僕たちは人間の攻撃によって死ぬのですね? 儚い人生だった……」

 普段なら総バッシングを受けるフールの言葉も、誰も言い返せない。なんなら誰もがフールのような悲嘆の表情を浮かべたくなったほどだ。

「全く驚きの連続だな、こりゃ」

 トリックが一言漏らしても、誰も何も言えなかった。



 町を探索すること数時間、ホテルの近くにいると思ったのにどこにもジョーカーの姿を探し出せず、アリスはついに根が折れて行き慣れた裏路地のゴミ箱に腰かけた。

「っはぁ~、なんでどこにもいねえんだよ、くそっ! 手遅れか……?」

 何をどう呟いたって、こんなところでは結果は変わらない。

 他にジョーカーの行く当ても分からない。強いて言えば父のところだろうが、そうなると本当に手の出しようがない。

「学校、魔女の森……あの辺りはなぁ。無理だろ」

 はぁ、と溜息を吐いた瞬間、アリスは飛び跳ねた。

 すかさず後ろを見ると、闇に溶け込むような服装の女が立っていた。

「お前は……いや知っているぞ。確か生徒の、イェルーン・アダムス!」

 果たして暗いローブの中からイェルーンにはアリスが見えているのかどうか、それほどに今の彼女は闇と同化している。

「なんだ? やるってのか!? だったら……容赦はしねえぜ!?」

 銀コインを二枚取り出し、両手に一本ずつ構える。

「……うむうむ、著名な魔族を殺すというのも一興……。つっても、テンション上がんねェわ。魔女が攻めてくる日を信じて待ってる信心深い少女なわけだよ、私は」

 説教するようにぼそぼそ呟くイェルーンの声をほとんど聞き取れなかったが、その信じられない内容をアリスは把握した。

「なに、魔女が攻めてくるだって? は、馬鹿げてるな。狂気に取りつかれて」

「狂気に取りつかれているのは否定しねェよ? だが馬鹿げているのはテメェらの方だぜ、ワンコロ」

「ワンコロだぁ!? テメェ痛い目見てえようだなぁ!?」

 アリスは野生の瞳で狂人を睨むが、そのイェルーンは狂気を失くしたように力を抜いた。

「いいよテメェは」

 投げやりな言葉は、遠慮というより拒絶、それも相手を低いものとして見た時のそれだ。

「その目、なんかピカピカしてやがる。いやそれをぐっちゃぐちゃにするのもいいんだがな? なんつうか、必死さが足りねえ。燃えねえんだよ、それじゃ、私の中のぐつぐつぐつぐつと煮え立った憎悪と狂気が燃えねえんだよ……」

 突如泣きそうになりながら、イェルーンはアリスに見えない方向へと去っていく。

 その様子をアリスはただ見送るのみだった。

 こうして去ってしまえば残ったのはイェルーンの言った『魔女が攻めてくる』という言葉のみ。

 拭い去れない不安を抱え、結局アリスはコントンと合流することを決めた。


 夜はまだ明けない。

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