大会編30・二回戦
「東におわしますはぁ! 名門ラスペード家三姉妹の次女、ダグラス・ラスペードォ!! 非常に過激な格好をしていることに目がいきがちですが、髪の手入れを欠かさず、実はお嬢様らしき優雅な振る舞いを欠かさないことを忘れてはいけない! 一応は拳道部に籍を置き、自ら獣人となり戦う秘術はこうご期待!!」
ノアの発言、観客の下卑た視線や顔を赤くする姿にも目をくれず、ダグラスはシリルを見つめる。
一方のシリルも戦闘モードに入ったためか、恥じらいもなくダグラスを見ている。もともと粗暴な彼女は全裸の人間すら見たって顔を赤くするなんてことはないのだ。ただ、ダグラスの服が全裸よりなお扇情的なことは否めない。
「対する西におわしますはぁ! 一回戦でその拳道部の部長、ブシン・クロードを見事屠った暗黒灰蜂、シリル・ホーネット! その心ははたして白か黒か、はたまた髪の色のように灰なのか!?」
ちなみに、説明で見た目や髪の色を強調するのは分け隔て、差別なく、楽に見分けるためである。位置や方角、能力や名前だけでは分からない人間もいるが、色はかなり判断するのが簡単だからである。
「シリル・ホーネット、私はあなたを……」
ダグラスが宣戦布告をする瞬間に、ひときわ甲高い歓声が響く。
「がんばれがんばれシ・リ・ルゥーーーーッ!!」
学生服を着た女子たちが、恥ずかしげながらも手を振って応援している。
その中には、ダグラスの妹であるレオニーもいる。それがシリルを応援している。
ピクピクピクとダグラスの血管と口元が震えるが、長い溜息と同時に収まった。
「あの、本当に心配するようなことはしませんので」
「試合、開始!」
言葉を途中で切られるも、シリルは素早く本をだし、同時にブシンの時のような小悪魔を十匹も出現させた。
だが半分の五匹が鋭い刃のような羽の一振りで切り裂かれた。
「……ラスペード家次女以前に、一人の姉として、あなたに嫉妬で戦おうとしてしまいそうです……が、それでもいいでしょう」
ダグラスは考える、レオニーとシリルは短い部活の付き合いだろう、応援だってするかもしれない。
だからって姉の対戦相手をそんな応援することはないじゃない、これからの姉妹関係をどう構築すればよいのか、なんて悩んでしまう。
尾羽が出現すると同時に三匹の悪魔を切り裂いた。
シリルは新たに八匹の悪魔を復活させると同時に書を開く。
だがダグラスは考える。秘術の相談だって聞いてやったし、秘術を入手する時に魔女と関わってショックを受けた時も慰めてあげた。エレノンに対して恋のような友情のような、なんとも言えない女の子らしい相談だって私が受けたのだ。
なぜにシリルを応援するのか。
「今この場にてシリル・ホーネットは汝の喚起を要請する! 目的は勝利! 行動は打破! 対象は鳥人!」
両腕に広がった翼から、ミサイルのように羽が射出されると、全十匹の悪魔がそれに纏わりつくも、その悪魔ごとシリルに向かう。
「報酬は我が声! 高貴なる精神と潔癖の誇りよりなお尊き者」
「のんきに召喚なんざできると思ってんのかよぉ、女王蜂ィ!」
既にダグラスは嘴と猛禽の瞳、翼と筋肉の塊でできた鳥の怪物と化していた!
軽く身をそらし致命傷は避けるが、シリルも最初からダメージは計算のうちである。
本を持つ腕、左足は太ももから脛の辺りまで、肩や腹、胸にまで羽は刺さり血が滲むが、シリルの声は止まらない。
「我が前に姿を表せ! 汝の名は――」
瞬間、突風が吹いた。
シリルはめくれる本に指を挟みつつ、羽の刺さった腕を上げて顔を防ぐ。
次の瞬間には、本を持っていた腕が吹き飛んでいた。
シリルの目前には、軽く睨む程度のダグラスが立っているのみ。
平気な方の腕は掴まれ、もう片方の腕はダグラスの背中側に落ちてしまった。
ダグラスが意地悪く、血の付いた羽をぺろりと舐める。それは挑発でも余裕でもある。
「さて、本がなければ、腕がなければもうかなうまい」
シリルは血の流れる腕を見ながら、静かに呟く。
「――マコウダ」
突如現れた剣が、シリルをつかむ腕を、ダグラスの腕を切り裂いた。
まず剣が現れ、次にそれを持つ青白い手が、そして人馬一体の鎧を着た青と紫を基調とする色彩の騎士のようなものがその場に姿を表した。
ダグラスは腕を一本なくすものの、すぐに飛び去りその状況を俯瞰した。
「本は私の肉体に触れていれば問題ありません、つまりは私から離れても、腕と触れているならば問題はありません」
「あ? 試したみてえに言いやがって」
ダグラスの言葉通り、そんなことを試したことはない。
こういう時に秘術は便利だ。自分の想像通りに働くし、死ぬほどの危険になれば自分が死ぬわけがないという強烈な思い込みにより急成長を遂げることがある。今回のシリルとて一度試してみたりすればダメだろうが、こういった窮地にこそ成功し、これからも成功させ続けることになってしまう。
マコウダと呼ばれた魔獣は二刀流の剣士であり、その鋭い切れ味の剣を構える。
「はいはい、降参だ。召喚を成功させたお前とは戦わねえよ。けっ!」
意外なほどあっさりと決まる試合だが、それはまた理由があった。
シリルは召喚にこそ時間がかかる代わりに、自分が好きな魔獣を呼び出せる、つまり相手を見てからその対抗策を練ることができるのだ。
だからこそブシンも召喚が成功された時に狼狽し、怒りによる力を全力で行使した。その結果は惨憺たるものだった。
「試合終了! 勝者、えー、シリル・ホーネット!」
二試合目ともなると歓声も先ほどより大きい。自分が認められている感覚を味わいながら、シリルは笑みを浮かべた。
「それでは報酬です。よくぞ、私のために戦ってくれました、感謝します」
報酬の声をやると、馬が膝を折ると、マコウダは騎士のように、頭を垂れ、消え去った。
ふと、観客席に目を向けると、応援するエレノンが手を誘うように動かしている。
「どうかしましたか、エレノン様?」
「……ちょっと、外の試合を」
応援が済んだため、ニーデルーネの試合を見る、ということである。
エレノンを愛しお守りする会が総員をもって外へ向かう姿は異様に目立つ。しかも一年中心ながらシリルとミーシャがいるために悪い意味で目立っていた。
「ニーデルーネ・ツベコトヴァ! 黒いローブと赤い鎌を持つ姿はまさしく死神、一回戦は巫女レイゼイを完膚無きまで倒しました。さて二回戦はどうなるか!?」
ナミエの力の入った演説とともに、ニーデルーネは鎌を振り回しアピールをする。
「対してヤリサイ・ライノスタ! 情熱的な赤い髪と瞳、槍部の副部長として熱血精神をもって後輩達に教鞭をふるっています。一回戦はニーデルーネ同様圧倒的な速さで『蛇王』ミネラ・キーニを倒しました。さあ、この二回戦はどうなる、試合、開始!!」
今まで同様、ニーデルーネがヤリサイの後ろに着くと、その鎌を首筋に当てる。
しかし違うのはその直後、ヤリサイの細い鉄の槍がそれを弾いた。
虚を突かれたニーデルーネが態勢を整える前に、ヤリサイの槍の柄がニーデルーネに追撃を与える。
ただの打撃にローブが揺れるだけだが、ヤリサイはすぐに跳び、改めて槍を構えてニーデルーネに対面する。
「挨拶もなしに戦うなんて卑怯オブ卑怯だね! でもわかったよ、君の能力の秘密!」
謎の多い死神化能力、それにはいまだニーデルーネしか知らないことが多い。
だが今、ヤリサイの行動によって間近で見ていたナミエもようやく今までの攻撃についての不可解な点が解明された。
「槍術三倍段って知ってる? 単純計算すれば、剣と比べて槍は三倍強い! つまり最強オブ最強!!」
「……それがどうした、人間? 我のデスサイズはなまくら刀とは比べ物にはならないぞ?」
「三倍、オブ、三倍だ!! 僕の槍は、僕のあらゆる能力を三倍にできる!! 動体視力だろうが速度だろうが力強さだろうがね!!」
いいつつ、ヤリサイは周りをちらちらと確認する。部員に対して格好いいかな、と思う気持ち半分、外部大陸の有力企業に対するアピール半分である。彼女は就職希望なのだ。
少し呆れたニーデルーネは、しかし攻撃はあえてせずに対話に応じる。
「それで、我が能力の秘密とは?」
「超高速移動かと思ったけど、それはない。だったら僕が君から抜け出せる道理はないからね。つまり、瞬間移動、オブ瞬間移動!! 君は今まで敵の真後ろに出現することができる能力を使っていたのさ!!」
観客達がいくらか沸くが、肝心のニーデルーネはまるで応えない。
「ふむ……まあ、五十点といったところか」
「なんだって?」
訝しがるヤリサイに、ニーデルーネははっきりと伝える。
「このテスト、受けるのは汝と我のみ。我にとって汝は赤点だ、ヤリサイ・ライノスタ」
ニーデルーネの後ろから、六人のニーデルーネが空に飛び立った。
「えええっ!?」
驚き素っ頓狂な声を上げつつ、ヤリサイは態勢を乱さずにしっかりと構える。
だが次の瞬間には五人のニーデルーネがヤリサイの四肢と首に鎌を当てていた。
分身、そしてその全てが瞬間移動。そんなもの、白兵戦で敵うわけがない。
たとえ三倍になっても、今のニーデルーネは単純計算で七倍だ。
「言い残す言葉、降参以外に一つ許してやろう」
その場に残っていたニーデルーネの言葉に、ヤリサイは冷や汗と共に答える。
「……そのテスト、君と僕で平均が七十五点なら、赤点は免れるよね?」
「その言葉、零点だ」
冷たく切り捨てられ、しかしヤリサイは満足げにため息を吐いた。
「……降参」
「試合終了! 勝者、ニーデルーネ・ツベコトヴァ!」
ニーデルーネは再び鎌を振り回し、周りに精一杯のアピールを繰り広げる。
それと同時にエレノンの姿が目に映った。周りにはシリルと、エレノンと同じ格好をした他の仲間達に囲まれている。
観客席から見ていたエレノンは、思わず呟いた。
「……ニーデルーネ、凄い」
「ええ、本当に。あれでは私も敵いません」
シリルの呟きに、周りが一斉に騒ぎ出す。
「シリル殿、そのような弱気な発言は認められないな」
と、リース。
「そうですわ、いくら強くとも、気持ちの上では勝利を望むのです!」
とレオニー。
「やだやだやだー! シリルが勝たないと、この会が目立たないよーっ!!」
ミーシャが駄々をこねるが、シリルにとってこの会は十二分にまで目立ってしまっている、しかも悪目立ちだ、もう負けた方がいいんじゃないかとすら思う。
カナタもイロも激励の言葉をかけるが、シリルはネロと一緒にいるエレノンを見た。
「エレノン様は……」
警戒するようにエレノンの腕をつかむネロの、不安そうな眼が目についた。彼女はシリルのことはそれほど気にしていないのだろう。
そしてエレノンは、シリルの瞳をじっと見つめた。
「……シリルの、したいように」
シリルの手を、エレノンはきゅっと両手で握った。
――勝たなくては。
そんな強い想いがシリルの中から沸き上がった。
「汝ら、なんだその姿は?」
「あ、先輩」
皆が絶句している中、ネロとエレノンのみ平然としている。
「……これは応援の正装。応援者たるもの、心の底から体の隅々まで応援の務めを果たさねばならない」
エレノンにツッコミは入れず、仮面の顔をシリルに向ける。
「なら、汝は我を応援していないのだな?」
「私は、戦う相手かもしれませんから」
「クラス優勝宣言とは、これはこれは大した自信だ」
シリルとニーデルーネが睨みあう。シリルの言葉は自信ではなく、エレノンに応えるための決意、そしてニーデルーネへの高い評価の表れである。
「負けませんよ」
珍しい強気な表情で、シリルは、そう宣言する。
ニーデルーネがそこで見たのは、かつての荒ぶる女王蜂としてのシリルであった。
「……ならば決勝で待とう。あまり我を落胆させるなよ、シリル・ホーネット」
「はい、ご期待に添えて見せましょう」
それを聞くと、ニーデルーネは消えた。
まるで嵐が過ぎ去るかのような時間に反応していたものは少ない。
その中でエレノンは心に不安が芽生えるのを確かに感じた。
「勝者! ディペンドン・セメンタル!!」
勝者への歓声がディペンドンを包む。
決められたフィールドの中で見えないまきびしを撒いて逃げ回る、なんて地味な戦法であったが、ディペンドンの外見と鮮やかな体術だけで充分絵になるのだ。
しかし、勝者の余韻を味わうこともなく、ディペンドンはいろいろと喋りたい欲求に駆られながらも、耐える。
「よっ、音無のディペンドン!!」
暗器使いとしては優秀そうな異名で呼ばれるも、ディペンドン本人にとっては喋りたくて仕方がない。
『ヤメロヤメロ!! オレヲソンナフウニ、ヨブナッ!!』
精一杯秘術の人形が叫ぶも、その甲高く小さな声では届かない。
はたして決勝まで、いやゴリアック戦までこの秘策を守り通せるのか……、そう、ディペンドンは真剣に悩んだ。




