学校編5・VSネロ
ながめ
リースの朝は早い。
鶏が鳴くより早く、新聞が届くより早く起き、日課の散歩とジョギングを済ませる。
イツキは完全に放置して、道着に着替えると軽くストレッチしてから炊飯器をセットすると、すぐさま駆け出す。
いつものルート、というものがないため、ひとまず目立つ学生寮を基準にその周りを何週かすることにした。
すると、偶然向かいから白い運動着を着た女子が走ってきた。
「あ、リースさん!」
「お前は……ネロ、と呼ばれていたな」
髪の毛の先でくるんと巻貝のようにカールした金髪、人当たり良さそうな笑顔を浮かべる姿は、まさしくシズヤ達と食事をしていた二人のうちの一人、友達Aである。
「私はコルネロ・プラムですよ。覚えてくれますかね?」
「まあ、善処しよう」
リースはぴったりと足を止めているが、ネロは足踏みを続けている。
だが、話を続けるのもネロの方である。
「そういえば、昨日のイツキさん、どうでした?」
「昨日というか今日もだ。あんな人間とは思わなかった」
と辟易したようにリースが言うと、ネロは明るく楽しそうに笑う。
「でしょうねえ、自分本位でわがままなところあるし……」
言いながら、リースは無言だが即座にネロは手をぶんぶん振り否定を示す。
「といっても皆はそれを楽しんでるわけでして! 別に嫌とかそういうことは……」
「まあ、私も楽しいといえば楽しかったからな」
「そ、そうですか! それなら安心……」
ふぃー、と息を吐き、ネロはついに足踏みが止まる。
「ランニングですよね。一緒に走らないですか?」
「主があわせるなら」
最初はネロも無理してついていくが、ものの十分経たずネロは脱落。
不甲斐ないと言えばそうだが、リースにとってこの時間に起きて走っているだけで十分な評価をネロに与えた。体力面ではなく、精神面に関してのみだが。
部屋に戻った時、イツキは既に居らず、鍵も開け放たれていた。
もう一つ、行住坐臥の隣に『悪意行住』という自己製作と思われる掛け軸が新たに増えていたので帰ったと思われる。なかなか達筆であった。そしてイツキの人間性がやっぱりよくわからないリースであった。
ともかく、炊飯器を何度かかき混ぜた後、水と塩を手につけ……要するにおにぎり作りである。
朝ごはんもおにぎりであり、昼ごはんもおにぎりになる。
と考えたところで、おなかがくーっとなる。
昨日は戦いのいざこざなどがあったため、晩ご飯を食べていない。それはおなかが減る。
腹が減っては戦は出来ぬとは言うが、戦があっては空腹など気にならないものなのだ、とリースは一人、ほくそ笑む。
塩だけの握り飯、もはや慣れた食事であった。
リース、再び学校へ赴かん。
学校に来て開口一番、リースは担任の眼鏡女教師に言う。
「魔女を倒すための秘術を教えていただきたい!」
ホームルーム前、クラスにほどほど生徒は集まっていたのだが、一瞬沈黙が場を支配するほどの大声であった。
「ダメだ」
教師の一言に、当然リースは食ってかかる。
「何故だ! 私はもうここの生徒であり、魔女と戦うことを決めた人間、駄目な道理はない!」
そもそもリースがここに来た理由こそが魔女を倒すために得られるという秘術、それが駄目な理由はなにか。
「まだここに来て日が浅い、今なら全てを捨てて逃げることができる。秘密が漏れては困る」
その秘術は門外不出とまでは言わないが、来て二日目の新入りに見せるものではない。
「私はそんなことをしない! 魔女を倒すまでここから離れるつもりも毛頭ないぞ!」
リースがまっすぐ教師を見続けるが、教師はなんら変わりない様子だ。
「お前がどう言おうと関係ない、と言いたいが、いつまでもそんなことを言ってられないから校長と相談したよ。条件を」
「……なんだ、最初からそう言ってくれればいいものを」
「簡単ではないぞ? 責任を取ってもらえる保証人を作ること。秘術の情報をもらした時、魔女を倒さずに逃げた時に、その責任を、リース、あなたではなく他の誰かにとって貰う」
「……何故、そんなまわりくどい方法を。探し出してでも私自身を狙えばよいではないか」
「その意味はリース自身で探すことだ。ともかく、代わりに罰を受ける、そう言って貰える友達を作ること。分かったか?」
リースは渋々といった風にうなずいた。
そのまま黙って席に座ったが、はてさてどうしたものか。
転校二日目、友達などと呼べる人間はいないし、一番仲良くしただろうイツキには『一日遊んだだけで友達だと思うな』と切り捨てられている。
「友達、か」
心を許しあう存在を友達というらしいが、それなら親兄弟も友達ではないか。
リースにはその基準がよくわからない。
ふと、イツキの方を見ると、『恨み晴らさでおくべきか』とノートの大きく書いて曝している。
ノートの端から、ふふっとイツキは笑った。
「っていうか、なんて格好で学校に来ているの……」
柔道着のままであるが、リースはまるで無視。むしろ頬に大きな絆創膏を張っているイツキに言われることではない。
友達とは対等な関係のことも言うが、これと対等でよいのか、とリースは更に悩むことになった。
午前は魔女についての授業。
今まで出た魔女の歴史とそれから分かる戦法、特徴などが示された。
基本的に魔女は動かない、特定の住処を作りそこで防衛戦をする。
住処も特徴的ではあるが、獣などを魔法で呼び出し戦わせるのも特徴的である。その獣と化け物は大体が一緒で呼び出し操るという点では全く共通するが、それぞれの魔女固有の生物もいるという。
リースはそれを聞いて、なんだか情けない奴、と素直な感想を持ったが、魔女本体は呼び出す化け物の数倍以上強いと聞き評価を改めた。
ちなみに現在確認されている魔女は西から順に『湖の魔女ヴィー』、『塔の魔女ノーベル』間に魔女の姿は確認されていないが住んでいるとされている雪のかまくらと、大塔があり、『火山の魔女バニラ』『双子の魔女キル&ジー』となっている。
授業が終わり昼休みになると、イツキがリースに言った。
「一緒に食べない?」
「構わんが」
言いながら、リースは麻袋から五つのおにぎりを取り出す。同時に水筒も。
「それだけ?」
「そうだ」
だけ言うと、お手玉のようにおにぎりが五つ、リースの口の中に入った。
「ご馳走様でした」
そして拍手。
「冗談でしょ!? っていうか速い! っていうか少ない!」
おにぎりのサイズから考えて少なくはないが、味気ないことは確かだ。
イツキが大声でツッコミまくる中、シズヤ達がイツキを誘いにくる。
そこでイツキも言う。
「とりあえず見てなさい。本当のお昼ご飯っていうものを教えてあげる」
「また、何を言い出すのか……」
ここから始まるのが、イツキ曰く『本当のお昼ご飯』、である。
机は四つ!
四つが正方形に、向かい合うのはイツキとシズヤ! ネロとエレノン!
今、はみ出たように五つ目の机がまじわり、そこにリースが座った!
四人はめいめい弁当箱を開き、同時に口を開く!
「そういえば、今日の朝リースちゃんと会ったんですよ」
「ほっ本当に!? 私、昨日お泊りしてたのに、朝起きたらいなかったんだけど!」
イツキがさっきから怒っているのはそれである。自分を放置して朝から出かけるのは女子にしては酷い。
「へえ、リースちゃん、何してたの?」
とシズヤのパスがリースを狙う。
「む、朝のトレーニングだが……」
「そうなんですよ! 一緒に走ろうとしたら、リースちゃん凄い速くて……スタミナも速度もとんでもないんですよ!」
「……ネロが駄目なだけ」
エレノンが気の置けないネロに一言呟くと、ネロは過剰に驚く。
「辛辣な言葉ですね!?」
「間違ってはないから仕方ないでしょ? それに、駄目な方が可愛いんじゃない?」
「イツキちゃんは……多趣味だからね」
愛想笑いを浮かべシズヤが間違ったフォローをした結果、ネロとエレノンは追及する。
「変人ですね!」
「というより、変態……いや痴女……?」
「そ、そんなことないから! 普通だって普通!」
「なあ待ってくれ」
イツキがなじられる賑やかな中で、リースが挙手してその場を治める。
「お昼ご飯って……ぜんぜん食事が進んでないではないか」
あまりしゃべっていないシズヤとエレノンの弁当に空きがいくらかあったが、これではお昼ご飯というよりもお喋り時間である。
「気付いたのね。これがお昼ご飯」
「ご飯してないのに、お昼ご飯なのか」
「その通り!」
イツキが胸を張って言う。
それを見るリースの顔は、何か下らない物を見る顔である。
「イツキちゃん、意味不明だよ」
「意味不明です!」
「……わからなくもない……けど」
「そういえば、主は……」
実際にリースとエレノンが直接喋るのはこれが初めて、それを聞こうとするとエレノンは言う。
「……私は、シャイニングフレイムドラゴン、略してイニ」
「なるほど、イニ」
「うわーっ! 違う違う違いますよ! エレノンはエレノンです! エレノン・バルタルタ!」
慌ててネロが訂正すると、エレノンはむすっと顔を膨らました。
「……でも、イニのが格好いい」
「かっこよくっても大事な名前ですから!」
ともかく、リースは名を覚えることが出来た。
そして、この空気も十分に味わった。
柔らかで、暖かくて、誰もが落ち着き払ったような、よく考えられた劇のように、落ち着いて、安心して見ていられるような空間。
「これが、友達か……」
「そうその通り! リースもようやくわかってくれたようね」
と、イツキはいつの間にか空になった弁当箱を、大きな音を立ててしまう。
「ここで本題よ」
「まだ何かあるの?」
シズヤが訝しげに言い、二人も視線をイツキに集める。
「私がリースの保証人になろうと思って」
教室は沸きに沸いた。
一瞬だけ沈黙が時間を支配したがそれは束の間、とめどない生徒達がイツキを説得するムード。
「考え直した方がいいって!」「その怪我もリースがしたんでしょ!?」「信じていいの?」
まあ発言は多々あるが、シズヤとエレノンはそれを言わなかった。傍若無人なイツキの振る舞いを止めても無駄と知っているから。
エレノンは単純に面倒くさかっただけかもしれない。
「イツキさん、別にリースさんが逃げるとかは考えてませんけど、そう考え無しに行動するのはどうかと思いますよ」
ただネロは一言口をはさむが、イツキは得意な顔をして言う。
「確かに私はいろいろとあれだけど、無謀なことはしなかった! それくらい分かるでしょ?」
元々喚く連中も、最初から無理だと半ば諦めはしているし、リースの頓珍漢な態度などを見れば逃げ出すということも考えてはいない。
それでも万が一の可能性というのはあるのだ、万が一リースが逃げ出す可能性と、億が一イツキが諦める可能性。
結局はどちらもないだろうが、それでもこう騒ぐのはのは様式美というか、お決まりのことなのだ。
「イツキ、どうしてそんなことを? 私と主は友達ではないといったではないか」
と、リースが問う。
周りは諸悪の根源のような、最も業深く巻き込まれたリースを同情や憎悪など相容れない視線で見る人が多い。
だがリースの言葉もイツキの説得のようで、ますます混乱して言葉が出せない。
が、イツキがぬけぬけと、更に言う。
「いい? 友達って言うのは、一緒に遊んで、一緒にご飯食べて、殴り合って川原で寝そべってなるものなのよ! あと、その人の家に行くっていうのも重要! だから、もう友達でいいわけよ!」
その発言を聞き、リースは再び思う。
あまりに理不尽、あまりに身勝手、これこそが自分勝手であると。
その教室の者は既に皆が理解している、結局、このトラブルの原因もイツキなのだ。
「はぁ……もう勝手にしろ」
二日にも満たない時間であるが、リースは何度この言葉を言っただろうか。
「言われずともさせてもらうわ。ありがとう、リース」
にこっとイツキが笑い、結局誰もが諦めた。
席に戻る前に、リースが思い出したようにシズヤの元へ走る。
「そうだ、シズヤ殿! 私を弟子にしてくれる話、考えてくれただろうか?」
「ええっ! そ、それは私、考えてなかったといいますか、そのあの、無理、です」
おどおどしつつも、確かな否定の言葉にリースは大きく驚いた。
「なにぃっ! な、何故だ! 私では不満なのか!?」
見るからにリースは狼狽しているが、シズヤの方もそれはそれは甚だしい様子。
「不満とかじゃなくって! わ、私は、弟子とか取れないし、そもそも戦い方が違うというか……」
肉弾戦のリースと、秘法を活用するシズヤでは、戦い方以前の問題。
それならリースも腑に落ちた。
「むぅ……だが、それもそうか。すまなかったな」
言って、リースは戻った。
昼休みは直に終わる。
午後の次の時間は、実戦の授業である。
「今日は、いきなり殴ったりしないで下さいね!」
と意気揚々と言うのはネロである。
「朝の鍛錬の成果を見せてもらおう」
初対面に近いくせして、リースは師匠じみたことを当然のような顔をして言う。
ともかく、ごく平凡に試合は始まっていく。
リースは今日も今日で皆の情けない戦いぶりに呆れはしていたものの、一応常に目を見張っていた。
無論それは、昨日見れなかったイツキとエレノンの戦いぶりや、シズヤが他の相手にどのように戦うかを見るためである。
まずイツキは同様に二丁拳銃から鳥もち弾を発射するのみ、口ぶりから他にもいろいろ出来るだろうに、それを隠しているのだ。
秘術を得ても、色々と努力があると知れて、それだけで満足と言える。
次にシズヤが戦おうとなった時、対戦相手はすぐに降参した。
「なんだ?」
「リースさんも分かるでしょう? シズヤさんが強いから」
ネロが意味深に言う。
「確かに強かったが、戦う前から戦意喪失など、腑抜けめ……」
「それでも、最強を相手にすると流石に、いやでしょう?」
「最強?」
「あれ、聞いてないんですか?」
ネロ曰く、シズヤはこの学校の一年最強であるという。
学年ごとの大会で最強争いがあるのだが、シズヤの強さは類を見ないほどで、ともすれば二年三年よりも強い、と専らの噂であるという。
しかもそれは事実で、シズヤの実力は教師の間でも五十年に一度の天才だとかの言われぶりである。
「それほど、であったか……」
試合は、結局戦わされた女子が、蔦に足を取られぶん回されている。
そんな様子を見ながらリースはふかぶかと溜息を吐いた。
「ただでさえ貴重な物質操作の秘術、それを今までで唯一二つも持っているんですよ! チートですチート。反則のズルですよ!」
空気を読んだり守ったりをしていたネロが言葉を荒げるほど、それは貴重で強いらしい。
「やはり、私にも必要か。秘術が……」
「そうですね! ふふ、秘術がないと私にも勝てませんよ?」
エレノンの前に、リースとネロの戦いになった。
挑発とも取れる言葉にリースが返事をする前に、審判の声が響いた。
「試合……開始っ!」
ネロの秘術、それは大小多少、大きさも数も自在に出せる黄金の鎌!
それをネロはまず短いそれを、両手に二本出現させた。
いや、重なっていた鎌は人を切るものというよりも投げるためのただの刃のように重なっている!
「それそれそれそれーっ!」
まるでブーメランのように、無数の小鎌を無制限に投げ続ける。
上下左右無数にある鎌ブーメランの範囲は広く、避けきることは難しい。
故にリースはそのうちの一本の柄の部分を掴み取った。
そして、それで投げられた後続の鎌をなぎ払う。
「弱いな」
「はああ!? 高速回転する鎌をですよ!? 掴み取るってどんな反射神経ですか!?」
ふん、と今度はリースがその鎌を投げ返す。
「あわわわわわ!!」
とネロも鎌を複数投げて防ごうとする。
その目には、投げられた鎌しか映っていない。
投げられた鎌はなんとか弾けたが、その時リースは既に必死の距離。
鎌を投げたと同時に走り出した事すら、ネロには気付けなかった。
「はれ?」
腹部に一撃、重い一撃がめり込むとネロは言葉を発することも出来ずに倒れた。
どさっと音を立てて倒れるネロを見て、リースは一礼。
そしてネロを背負ってその場を後にした。
卓越したリースの能力に周りも騒然となったが、一時の騒ぎに過ぎない。
リースが注視したのはエレノンの戦いである。
黒いローブを身に纏う占い師のような風貌のエレノンは、しかしリースより少し背が低いほど小柄、どのように戦うのか。
その秘術は直径三十センチもないほどの透明の球体、それが三つも彼女の周りに浮いている。
「予言しよう……あなたは、宙に浮いて気絶する」
並々ならぬ気配を漂わせるエレノンに、思わずリースは息を呑んだ。
だが、周りの空気は冷ややかどころか、暖かな雰囲気に包まれている。
「あー、エレノンは……弱いから」
困惑するリースを諭すように、イツキが傍に寄ってきた。
「あの球体は、自由自在に操れるはずで、そもそも形も操れるらしいし、予言に使うための道具でもあるらしいんだけど……今の所、球体にしかなったことはないし、予言もネロの昼食の内容くらいしかできたためしがないっていうね……」
「どういうことだ?」
「しっかり特訓しないと応えてくれないのよ、秘術ってのは」
「話が違うではないか。か弱き女性でも戦うための手段ではなかったのか?」
また新情報、問い詰めると、イツキはつまらない子供を見るような反応をして溜息を吐く。
「世の中、そんなに甘くはないの。エレノンは求めすぎ、それに見合う努力も才能もなかった、そういうこと」
「よくわからん!」
「要は才能の差よ。できる人はできる、できない人はできない」
「それでは納得できん!」
「納得? そりゃそうね。才能の差なんていわれて納得できる人はいない。でも実際納得できなくたって、足が速い人は遅い人よりどうやっても速いし、賢い人は馬鹿な人の理解を出来ない。そういうものよ」
何か悟った風に、イツキは淡々と告げた。
三つの球が先行して、叫びながら突撃するエレノン。
が、三つともボウガンの矢が当たると吹き飛び、最後にエレノンに狙いが定まる。
直後、エレノンは両手を挙げる。
「……た、タイム……」
「タイムじゃなくて?」
「……降参」
あっけなく、エレノンは負けた。
「何の予言だったんだ……?」
「ムードみたいなものよ。格好いいからって、あの子はそれが好きみたい」
実戦が終わって、後は基礎訓練のみである。
実戦の後の基礎訓練というのは奇妙な感じがするかもしれないが、この日の基礎訓練は学校の外回りの警備なのだ。
運動場の南に学生寮、北に校舎、その北に魔女の森がある。
そこで、二人一組になって魔女の森をパトロールするのだ。
ネロとエレノン、シズヤとイツキ、が彼女達にとっていつものメンバーであるが、リースが増えて少し変わる。
「うーん、どうしようか」
森の手前で、数グループが出発している中、その五人はまだ分け方すら決めかねていた。
「私がリースと一緒に行くと言っているだろう」
先生が当然のように言うが、それにはイツキが食い下がる。
「や、待って下さい。それなら私がリースと……」
「イツキちゃん、私は……」
と、シズヤが泣きそうな顔をするとイツキは顔をそちらに向ける。
「うう~、どうしたらいいんだぁ……?」
結局はイツキが一人頭を抱えているだけである。
「あの、私達は先に行ってもいいですよね?」
「……いや、これは大きな変化がある、予感がする……」
さっさと行きたいネロであるが、エレノンに強く止められては動けない。
「別に私は一人でかまわん。早く行かせろ」
「駄目だ、森の魔物は弱くとも、魔女が徘徊している時もある。その場合に備えて二人一組を……」
「噂が事実なら二人でも敵わないだろう! それに、魔女を打倒すれば信頼も勝ち取れる。それで秘術を……」
目的と過程が逆さまになっているが、リースは強くなれれば順番はどうでもいい。
「リースさん、一つだけ言っていいですかね?」
「どうした、コルネロ」
名前の確認ついでに呼んでみたが、ネロでいいですよ、と優しく返された。
「二人一組っていうのは、倒すためじゃないんです、逃げるためなんです」
「それはどういうことだ。その後ろ向きな発言は感心せんな」
リースはいつもと対して変わらないような態度だが、ネロの雰囲気は重い。
「魔女と出会った時、我々は十中八九負けます。でも魔女がどんな種類か、どの魔女がよく外出するかとかの統計を取るためにもそのことを伝えないといけないんです。だから、一人が魔女を必死に足止めして、もう一人が逃げる、そのための二人一組なんです」
それがいかに重要なことか、リースにはわからない。
統計を取る必要も感じなければ、仲間を見捨てる必要も感じられない。もっとも、仲間への思いはあまりないが。
「倒しても良いのだろう?」
そこで。
みんなが言葉を続けられない中で。
ただシズヤだけが笑った。
「ふふっ」
誰かが笑ってやってもよい状況だった、教師は叱りつけようか諭そうか悩む状況だった。
だが、その人物のその行動は、リースにとってあまりに違和感が強い。
「……シズヤ殿、何か可笑しいか?」
リースはシズヤから目が離せなかった。
「え?」
その、尋常ならざる空気にようやくシズヤも気付いたようだった。
「え、あ、いや、別にそんなつもりじゃなくって!」
「ならどういうつもりか、私も聞いてみたいな」
そのように問うイツキ、眉間に少しだけ皺が寄っている。
「ど、どういうつもりかって……別に、そんな……」
困った風にシズヤは笑顔を浮かべるが、その場は治まらない。
「ええっと、ええっと、ええと……」
だんだん、笑いが引きつる。
「ちょ、皆さん、シズヤさん困ってますよ……」
恐る恐る、なんとかネロがその場を取り持とうとするが、イツキのひとにらみに黙り込む。
「リース、お前は笑われても仕方がない」
教師が強めの語調で宥めすかすが、それでもリースは強く歯向かう。
「何故だ! 魔女を倒すための秘法なのだろう!?」
「すぐに知ることになる、秘術を伝える時に」
「何故そんな……」
歯痒く思うも、それ以上リースは言葉を続けられない。言っても無駄だと、そう判断した。
「それより今はシズヤの方が大事じゃない?」
「い、イツキちゃん、もういいでしょ?」
シズヤに対して胡散臭い物を見る目をしたが、結局イツキは折れた。
「まあ私はもういい。後はリースと二人で話をつけてくれ」
ようやくシズヤは少し胸を撫で下ろしたが、まだリースの目つきは鋭いままだった。
「シズヤ……」
「先生、ネロとエレノと私の三人で行かせてください」
エレノはイツキがエレノンを呼ぶときの愛称である。念のため。
「いや、それなら私と組め、イツキ」
瞬間、イツキが露骨に嫌そうな顔をしたが、眼鏡の奥の眼光に負けた。
「眼鏡コンビですね」
「……不吉な予感が……」
「エレノのそういう予感が当たった試しがないから、助かるわ」
そう言って、各自が散らばり始める。
二人、残されたシズヤとリースの空気は重そうに思える。
だが、あまりにリースがはきはきと包み隠さず話すためそうはならなかった。
「シズヤ殿は私の無謀を笑ったのか!? それほどに魔女は強いのか!? それとも別な理由があったのか!? 正直に言ってくれ!」
「そ、それはその、えっと、あの……怒らないって、約束してくれる?」
「それは約束できない!」
毅然とした態度で断られてしまっては、二の句が告げられない。
「えー、えーっと……」
「別に恐れることはないだろう? シズヤ殿ならすぐに私を倒せるのだから」
生かして帰すだけで、様々な風評が流れるから険悪な仲にはなりたくないのだが、そういう事情を読み取れるほどリースは大人ではない。
「嘘を吐かず、正直に言ってくれれば良いのだ。何も気にしないでくれ」
リースの真剣な瞳を見てか、誰も居なくなったのを見計らってか、シズヤはしずしずと口を開き始める。
「あのね……、魔女に勝てるわけないのにー、って、思ったの」
そういうシズヤは、顔の下半分ほどを手で隠しつつも、笑っていることが見て取れた。
「……それは、事実か?」
「先生が生徒をやっている時からずっと、魔女と戦って生きて帰ってきた人はいても、倒したことは一度もないの。なのに、魔女を倒せるなんて、ありえないじゃない」
「主は戦ったことはないのか?」
「え? ないよ? だって戦ってたら死んじゃってるもん」
然も当然のように言うシズヤに、リースは幻滅した。
それは幻滅、がっかりなんてぬるい言葉とは違う、幻の如く恭しく扱っていたシズヤを、全く下の存在であると認識した。
そのことは、シズヤも視線だけで悟った。
リースが自分を見る目から、みるみるうちに尊敬と羨望が消えていく。
残った物は、ただ、見るだけの視線。
「なにか、おかしいこと、言ったかな?」
「さあな。私にはもうよくわからん。だが、ひとまず行こう、シズヤ」
付け加えたように、敬称を省いた名前を呼ぶことで、ますます空気は鎮まった。
いかに強くとも、その心意気では何物にも勝てない、リースはそう思った。