学校編4・VSイツキ
みじかめ
場所はリースの部屋!
1DK風呂付の部屋は西にベランダ、東が廊下となっているため、壁は南と北のみ!
部屋の中央にテーブル、角に箪笥などがある以外に、南に『唯我独尊』『獅子奮迅』北に『竜章鳳姿』『行住坐臥』と書かれた掛け軸があり、ダンボールがあるのみ!
引っ越したてで片付いていない部屋は、更に狭く、運動場と比べると障害物が多い!
何より狭さ! これならシズヤが相手でも飛ばれる心配はない!
この空間なら、近距離でこそ無類の強さを発揮するリースの本領!
「言っておくが、私は自分の部屋だから遠慮する気はないし、主だから遠慮するということもない」
「それはおんなじよ。一日遊んだだけで友達になれると思ったら大間違い」
互いに酷な台詞であるが、戦う関係に情は必要ない。
テーブルを挟み、北と南に、イツキとリースが、対面する。
「ふむ、審判がいないな」
「必要ないでしょ? 失神か降参なんだから」
「と言っても、試合開始の合図が必要だ」
リースはもうルールに順応したようだった。そこでイツキが提案する。
「銀貨を高く放り上げるわ。それが落ちたら、試合開始、でどう?」
「良いだろう」
イツキが金を出し、そのまま放り投げた。
戦いが始まる。
リースは右拳を前に突き出すような構えを取り、イツキはただ目を閉じ、両手の人差し指と親指を伸ばした。
金が落ちた。
瞬間リースが跳ねた。
テーブルを飛び越え、そのまま引っ込めていた左拳をイツキに突撃させる。
だが、イツキの両手には既に武器がある。
秘術により生み出された武器は、右手にオレンジと黄を基調とした近未来的な、左手に桃色の正方形の物体が纏わりついた、二丁の拳銃。
それを、テーブルと天井に向けてそれぞれ撃った。
弾丸は射出され、それぞれテーブルと天井に当たったかと思うとそのままリースの方へ跳ねた!
上の弾丸がリースの顔の右半分を、下の弾丸が両足を、広がり粘液のようになり包み込む。
だが、リースの勢いはそのまま、拳はイツキの顔左側へ当たった。
イツキの体が吹き飛び、行住坐臥に衝突する。
一方のリースは何をされたのか確認するべくテーブルのうえに着地したが、そこから一歩も動けない。
「……なんだこれは?」
ねばねば、というよりもぴっとり、その白い物体は足とテーブルにくっついたまま離れない。
壁に激突したイツキが、ゆっくりと立ち上がった。
「いっ……たぁ~。痛いじゃすまないんだけど?」
頬骨が折れてしまってはないか、とイツキはせわしなく顔を擦るが、涙が流れ頬が腫れたのみである。
「本当に容赦ないのね。でもまあ、私の勝ちだけど。え、ちょっと待って……口の中、切れてる」
「待て! 勝ちだと!? まだ勝負はついていない!」
リースは怒りながら叫ぶも、イツキは口の中に手をつっこんでいる。
「ふがががが!」
「ふざけては、いない。いたた……。もう私の鳥もち弾に捕まっちゃったからにはリース、あなたの負けよ。私のこれはシズヤの植物より強いんだから」
シズヤのより強い、という言葉にだけリースは反応した。
「……どういうことだ」
「私が秘術で出せる武器はこの二丁拳銃でね。弾丸が貫通しない以外はいろんなことができるの。これは破裂させて鳥もち付けにする粘着弾。力で外すことは不可能。つまり」
ぱんぱんと、もう二発の弾丸がリースに直撃する。
それはリースの服に当たり、その部分を包み込む。
「こうやって、鳥もちで包めばあなたは窒息する。死ぬ、だからあなたの負け」
「……そうか、わかった。もう外してくれ」
妙に潔いリースを変に思いながら、イツキは解除薬を撒き散らす弾を数発撃ち込む。
するとすぐリースは腕を、指を、興味深そうに動かして、跳ねた。
「え?」
そしてイツキが両手を叩かれ拳銃を落とす。
「ちょーっ! ちょっと……」
銃はすぐに出せるが、落として魔力に還っていない今ではそれができない。
それにリースは無表情で言う。
「降参はしていない。失神もだ。なら、まだ私は負けてない」
「それは屁理屈……うっ」
綺麗に足を刈られ、派手な音を出しイツキは倒される。
そのまま、リースは馬乗りになった。
「ま、まあ大胆……」
減らず口と冗談を叩く余裕はあるが、イツキに抵抗はできない。
「何か反抗したら、その顔を眼鏡ごと壊す。降参しろ」
得意げになったリースに言いたいことの一つや二つはあるものの、両手を膝で挟まれている。
「はいはい私の負けでいいわよ! こずるいんだから……」
それは、リースが一番よく分かっていた。
こんな卑怯な真似をしなければ勝利できない現状。
今はそんな屈辱を子供じみた言い訳と屁理屈で負けを雪ぐしかない。
当初の目的が今、明確に目前に現れた。
魔女を倒すための秘法、それが早急に必要だと感じた。
風呂を済ませたので、リースはもういつもの筋トレを軽くして寝るだけである。
が、イツキはそうはならない。
「なにしてるの?」
「特訓だ」
虚空へ掌底打ち、これを繰り返す。
腕立てやスクワットや腹筋や逆立ちや……様々なトレーニングを茫然とイツキは見ていた。
「毎日してるの?」
「生まれてこの方、欠かしたことはない」
ちなみに敗北したイツキは、頬に大きなガーゼをあてがい、余計なことは言わないしないという約束をしている。
「筋肉つかないの?」
「知らない。そこは我が母に関することらしい。何でも魔法使いの母らしく、肉にならず魔法の何かに変わるらしい」
「魔力かな? はー、便利ねぇ。羨ましい。私なんて筋肉つくかつかないかの瀬戸際を悩みながら鍛えてるのに」
「つければよいではないか?」
ごく当然のように、むしろ不思議に思うようにリースは問う。
が、イツキは慣れたように溜息をついた。
「女の子はね、そんな無粋なものいらないの。二丁拳銃だって魔力で出来た紛い物だから力がなくても使えるし」
「なに? 重くないのか? 反動は?」
「ないない。そういうものだから」
「そういうもの? 武器が出るだけじゃないのか?」
「女性でも魔女に対抗できる、ということはつまり、女性でも楽に使えるってこと。わかる?」
「だが力があった方が……」
「必要ないの!」
なおもリースは顔をしかめたが、言葉にはならなかった。
もしイツキの言うように、ただ強大で便利な力なら、確かにリースの求めた強さも手に入るだろう。
だが、何故か釈然としない。本当にそれでいいのか、努力もせずに、と謎の自責が始まる。
「それが……いや、何でもよい。私は今まで通り自身を鍛えるのみ」
「ま、私もそれがいいと思う。好きにしなさい。じゃ、おやすみー」
「ああ、先に寝ろ」
一通り筋トレを済ませ、入念なストレッチを始めたところで、ゆるやかな動きがぴたりと止まった。
「いや、帰れ」
時既に遅し、イツキは寝息を立て始めている。
結局、リースは無言のまま、隣に布団を敷いて寝た。