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学校編2・ゲームセンター

 授業後、リースは誰とも口を聞こうとはしなかった。

 もっとも、ミーハーな女生徒達はシズヤに対する無礼のためにリースと対面しなかったし、シズヤ自身も声を掛けづらく、イツキも同情と怒りでどうにも話し出せず、誰も喋ろうともしなかったが。

 リースの人生は戦い。それがたった今、弱者として罵っていた者に負けてしまった。

 想像を絶するほどの絶望、悲嘆、そして熱望が渦巻いていた。

 嘆くことは、確かにある。

 だが年を取り全盛期を遥かすぎた父親に勝利し数日、目標を失った彼女にとって、敗北は

人生の否定ではなく、新たなる夢に繋がる。


 続いての授業は、魔女の説明であった。

 一般常識どころか、この学校を含むこの大陸では誰もが親から教えられるほどのことであるが、これはリースのために行われた授業といっても差し支えない。

「魔女とは、この大陸に古く何百年も前から住み着いている、魔族の一種である」

 だが、そのリース自身が上の空であった。

「魔族の中でも最上位の魔力と力を持ち合わせ、人と同じ見た目ながら、まるで別」

 シズヤのことばかり考えていた。

「現在魔女は七人、うち五人が観測されている」

 全く話を聞かなかった。

「リース? リース・ジョン、聞いているのか!?」

 酷く怒られたことは言うまでもない。


 が、リースは挫けない。どころか強い意志を持ち、改めてシズヤの前に立った。

「シズヤ殿! 私を是非とも弟子にしていただきたい!!」

 とリースは堂々と大きな声で申し込んだ。

 一方のシズヤはイツキ含む友達数人で机を囲んでお弁当をひろげていたため、驚き言葉も出ない。

「リース、時と場合を選んだら?」

 とイツキが呆れ気味に言うが、いい加減彼女がどういう人物かわかってしまったので、行っても無駄だと溜息を吐く。

「弟子ってなんですかね?」「……先生と生徒みたいなもの、シズヤが先生……」

 と残る二人は勝手に会話するが、一番困ったのは無論、先生になるシズヤだ。

「む、無理だよ! むりむり、私が教えることなんて……」

「ふむ、確かに体術と自信がもう少しあればシズヤも師匠として立派だろうに……」

 急に一歩引いた風なリースに、シズヤも呆気に取られた。

「あなたはいったいどうしたいの?」

 とイツキが尋ねると、それに反応しリースが視線を向ける。

「イツキ、君も補佐してくれると助かる」

「はぁ、世界はあなたのためにあるんじゃない。もっと周りと合わせなさい」

「……なに?」

 全く意味がわからないように、リースは言った。

 世界が誰のためのものか、そんなことを考えるほどリースは学術的に育ってはいないし、そんな概念の存在にすら気付きはしなかった。

 が、一度考え出すと止まらないのがリースの性分でもある。

「ふむ……世界が誰のものか、か。なかなか興味深いことを言う」

「はぁ?」

「ともあれ特訓だ! シズヤ! 付き合ってくれ!!」

「え? えええ!?」

「まだ昼休みでお弁当を食べてるでしょ!」

「まだ食べていないのか? 遅いな」

 ふっと、なぜかリースは澄ました。

「私はもう食べ終わったぞ? あんなもの数分かからん」

 なぜかリースは完全に勝ち誇ったように胸を張り、自信気に言う。

 もうついていけないし、わけがわからないとイツキは疲れきった様子だが、喋る二人は楽しそうに見ているし、シズヤは苦笑いを浮かべる程度であった。

「つ、付き合うって……どうすればいいの?」

「付き合うっていうのはね、二人で映画見て、お茶して、家に言って、一緒に、ね、寝ること、ですよ?」

 茶化して途中から顔が赤くなる金髪の友達に、エレノンは呆れた顔を見せた。

 が、シズヤの顔の赤さは友達の比ではない。

「ネロちゃん! 別にリースちゃんの付き合うはそういう付き合うじゃなくって!」

「いやわかってるって……」

 イツキだけが常識人らしくツッコミを入れた。

 そして、険しい目でリースを睨む。

「喧嘩みたいなことは感心しないわ、自分勝手なのも」

「うん? 喧嘩ではなく特訓を頼みたいんだ。自分勝手、と言われても……」

 リースには言葉の意味がよくわかっていない。ジブンカッテ、何か記号のように思える。

「ジブンカッテとは、なんだ?」

 勝手という言葉も自分という言葉もわかるが、合わさるとさて、どうなるやら。

「はぁ!?」

 皆、絶句した。

 だが、ここでイツキが覚醒する。

「ちょっとあんたこっちに来なさい!」

 とイツキが強引にリースの腕を引っつかみ、廊下に連れ出す。

「なんだいきなり!」

 とリースも喧嘩腰であるが、おとなしく連れて行かれた。

「ちょっと、イツキちゃん!?」

「この世間知らずに、世間と言うものを教えてくる! あと自分勝手もついでに!」

「な、なに?」

 そのまま二人は出て行った。

 まさかとは、と残された三人は思ったが。

 イツキ達は本当にその日、早退ということになった。



「それで、どこまで連れて行くつもりだ?」

「街」

 この大陸には、五つの街がある。

 というのも、大陸の半分以上は恐ろしい魔女の呼び出した化け物が生息する森になっているので、それを防衛するために五つの学校が作られた。

 戦える女性の集まる学校、そこを卒業した教師達が、学校や寮に暮らすことで、軍隊兼自衛を賄っている。

 五つの学校が放射状に陣取り、それぞれの学校に属する街が五つ。

 食料などは到底賄えないために外の大陸から輸入していて、見返りとして秘術の情報を伝えている。

 その国は群雄割拠の時代で、この大陸のように男女比は女性が一方的に多いため、艱難辛苦を共に乗り越えようと深い同盟を結んでいるが、今は余談である。

「まず……遊ぼう」

「なんだと? イツキは一体何がしたいんだ?」

「もう事情は分かった。どうせ昔から戦いのみを続けてきたために、世間を全く知らないんでしょ?」

「その通り! 息より訓練、生きるより訓練の私だった!」

「だから世間知らずなのよ!」

 気迫に、リースも少したじろぐ。

「今からゲームセンター、次にショッピング、最後にカラオケに向かう。いい?」

「ゲーム! ……せん? しょっ? から? なんだ、何を言っている!?」

「見ていればわかる。とりあえず来なさい」

「嫌だ! そんなもの……」

 見知らぬ場所に連れて行かれる不安以上に、イツキの我儘に付き合うことがリースにはたまらない。

 だがイツキはそれを見越したように不穏な笑顔を浮かべた。

「私に付き合えば、シズヤの弟子にしてもらえるよう、融通してやってもよいぞよ?」

 リースの表情は一瞬で揺らいだ。

「……本当か?」

 苦渋の選択、というほどではない。

 学校への興味は元々シズヤと魔女以外になくなってしまったし、一般教養の授業もそれほどしっかりした内容ではない。

 単位や成績を気にするわけでもないし、魔女さえ倒せれば学校にいる意味も、学校がある意味もない。

 ここで付き合い、シズヤとの仲、イツキとの親睦を深めることこそ強くなり魔女を倒す近道に思えた。

「……なら、まずは『げえせん』からだな」

「なんだ、ちゃんと知ってるのね」

 というわけで、街の北の方にある歓楽街へと二人は赴いた。

 大人向けの店とそういう店が並存するのはあまり教育上よろしくないが、元々この大陸に男性は限りなく少ないし、何より土地が少ない。これ以上の土地を切り開こうとすると、どこかの魔女の領土とぶつかるのだ。

 よって、かなり雑多でカオスな歓楽街となっていたが、気にする者はいない。

「ここがゲームセンター、悪い子供の溜まり場」

 それを前にするイツキの目は、いや表情は先とまるで違っていた。

「随分と騒がしいな」

 耳障りな電子音と機械音が重なり、煙草の紫煙と色彩豊かで派手な電光が充満している。

「悪い子供、か。確かに、安っぽい悪意を感じるような場だ」

 安っぽい悪意、なるほど的を得た表現かな、とイツキは思ったが、じゃあ高級感ある悪意を感じる場はあるのか、と少し問い詰めたくもなった。

「さあリース、青春の時間は有限、早く楽しみましょう」

「何をするんだ?」

「好きなものを選んでいいわ。私のオススメは……クレーンゲームかしら」

「それはどれだ?」

 案内されたのは、ファンシーでポップなぬいぐるみが数多く入った筐体。

 クレーンを動かすボタンが二つに、コインを入れる穴と払ったコインを戻すボタンがある。

 リースが気になったのは、払い戻しのボタン。

 銀色に出っ張った細長い円柱のそれは、押しても押しても戻ってくる。

 程よく返す抗力、戻ってくる勢い、その時の「ガッ」という他愛もない音、小気味良い。

「これが娯楽か。確かに、なんだか楽しいな」

 僅かに口元を緩め、リースはそれを何度も押すが、再びイツキは呆れ溜息をついた。

「あなたからはこれっぽっちの悪意も感じないわ……」

 黙ってリースの手を止めると、イツキは強い語調で言う。

「いい? これの遊び方は、まずお金をここに入れます」

 小さな銀貨を二枚、イツキは慣れた手つきで穴に転がし入れる。

「どうだ?」

 しかし払い戻しを連打していたリースによってちゃりんちゃりんと金が戻ってきて、イツキが発狂しかける。

「あんたはまず黙って見てなさい! いや黙るだけじゃなくて、何もしないで!」

「あ、ああ……」

 いい加減にリースもイツキに恐れをなしつつある。怒りとは、恐ろしいものである。

 それはおいといて。

 イツキが再び金を入れると、今度は払い戻さず、機械がしゃべる。

『一のボタンを押して、クレーンを右に動かしてね♪』

 可愛らしいような、甘ったるいような女性の声に、ついリースが反応した。

「なんだ、人が入っていたのか」

 またも想像を絶する言葉にイツキがこの世のものと思えない反応を示し、それを見てリースは怒られるかと思い頭を守った。

「今、なんて言った!?」

「いや大したことは言っていない! 当然のことだったな、ははは……」

「いやいや、ええ? 人が入ってるって? この中に? 人が?」

 常識を疑うような目は、二人ともがしていた。

「入っているだろう? 喋っていたじゃないか?」

「いや、機械音でしょ……、大丈夫?」

 世間知らずどころではない、常識知らずこそ相応しい。

「ちょっとリースさん、いいかしら?」

「な、なんだ?」

 努めて平静を装うイツキに、ただならぬ気配を感じつつリースも平静を装う。

「どうして、この中に人がいると思ったの?」

「喋っただろう」

 格闘の大陸には機械がないのか、車を見て「鉄のイノシシが!」などというのだろうか、そこまで考えたが、またも想像を絶する発言を、リースは零す。

「我が家はオール電化だったからな……」

「だったらどうして!?」

 機械が喋る→中に人がいる→オール電化、という謎の方程式まで出来上がって一層意味不明である。

 部屋の灯りから風呂の熱にいたるまで電気で賄っているリースが、どうしてこんな馬鹿な勘違いをするのか!

 もうイツキは疲れた。脳の処理能力に限界が達し、糖分を補給せねばならないとまで感じつつあった。

「ちょっと……待っててね」

 すぐそこの自販機で甘ったるい炭酸水を買うと、イツキは一気に飲み干し、下品なゲップを手で隠して、改めて向き合った。

「機械は喋る、わよね?」

「いや、機械は喋らない」

「人が喋ってるの?」

「ああ、そうだ」

 ふーむ、とイツキは推理する。

「あなたの家で、姿を見せず喋っていた人はいるのかしら?」

「ああ! デンコさんと言って、お風呂が沸いたりすると報告してくれるのだ」

「それはデンコさんが自己紹介したんじゃなくて、お父さんが言ったんじゃない?」

「む……確かに、デンコさんは個人的な会話はしない御仁だったな。確かに紹介も父を通じてだ」

 御仁て、などと思いはしたが、やっとイツキは落ち着き、大体の事情を理解した。

 ふうーっと疲れた息を吐く。

「あのね、リースさん。それはお父さんに騙されているのよ。デンコさんは本当はいなくて、機械が喋っているだけ。だからあなたの家にデンコさんはいないし、クレーンゲームの中に人もいないの、わかる?」

「な、なんだって!?」

 リースの驚きは半端なものではないが、イツキの疲れも同様である。

「わ、私はデンコさんと父さんの三人暮らしだと思っていたのに……なんということだ……まるで、片腕を()がれたような気分だ」

「お父さんを一度ぶん殴ったほうがいいわね。私のためにも」

 全く無駄な労力であった。

「ちょっと待って欲しい。もしかしたら魔女の大陸に伝わる秘法というのも、相手を蔑称する時に、きすまいあす、というのも、我が母が幼い頃に死んだというのも嘘なのか?」

「うーん……一個目は本当で、二個目は微妙。……三個目はお父さんに改めて聞いて。とりあえず、あなたの父親って……」

 全く見知らぬ人間に怒りが込み上げるというのは、イツキの初体験である。

「ともかく、今はクレーンゲーム! やってみるから見てて!」

 リースが空返事すると、早速イツキはボタンを押す。

 みよんみよん、と奇妙な音を立て、クレーンは右へと動く。

 ボタンから手を放すと、再び機械音。

『二のボタンを押して、クレーンを奥に動かしてね♪』

 言われた通りにすると、桃色の猫のぬいぐるみをクレーンが捕える。

 そしてクレーンがみよんみよんと下り、見事に猫の耳についたタグの部分をキャッチ。

 戻ってきたクレーンがタグを放すと、猫は端っこの穴に落ち、イツキの手元に。

「ほら、あげる」

「いや、いらんのだが……」

「私だっていらないし。ま、やってみなさい。いい、ボタンは押しっぱなしにしている間だけ動くのよ!」

「わかっている。私がこんな子供の遊びに……」

 お金が入り、みよんみよんとクレーンが動く。

 銀色の毛を持つ鋭い目つきの兎に狙いを済ませたらしい。

 が、クレーンが首を掴むと、するっとそれは落ちてしまった。

「なんだと!? おいなんだこれは! 少し根性が足りていないのではないか!?」

「足りてないのはあなたのおつむよ。もっと頭を使わないとね」

「ふむ……もう一回、チャンスをくれ」

「仕方ないわね。クレーンはこれで最後よ?」

 最後のチャンスとばかりに、イツキは財布から取り出した二枚の銀貨を、名残惜しそうに渡すのを渋る。

 その分、リースの顔も渋くなる。

 重々しげな雰囲気で、一枚一枚のお金を払う。

 そして、緩やかな機械音の元、リースの戦いが始まる。

 狙いは先ほどと同じ白銀眼帯の兎。

 問題は狙う部分、先ほどイツキはぬいぐるみ本体ではなく、商品タグを狙った。

 あれほど小さなタグを狙うのはよほどの経験と才能の賜物に違いない、とリースは考える、さては遊び人だなと誤った言葉を使ってまで考える。

 だが、自分にも出来ると信じ、言い聞かせた。

 その結果。

「おいこのクレーンは根性が足りていないのではないか!? もう少し下まで伸ばしても……」

「分かったから、次の所に行きましょう」

「いや、こうなったら私が払ってでも……」

「時間が無いの! また後の日にでも来てしなさい!」


 ずるずると引きずられた先には、テレビのような画面が二つ対になった筐体。

 長い銭湯の鏡のように連なったそれに、背もたれのない緑の回転イスがセットになっている。

「これは格ゲー、格闘ゲームよ」

「格闘ゲーム!? それはそれは……私にうってつけと言えよう」

 格闘の大陸出身、いまだに力は振るえずと言えど、リースの格闘術はとある流派の始祖という父をも破った実力。

 リースは袖を捲くるが、それにツッコミをいれずイツキまで袖を捲くる。

「ゲーム、結構いろんな種類があるけど、好きなのを選んでいいわ。私が一番強いのは『マクビ』ね、初心者には『アングラ』とか『ニンサツ』だけど」

「ふっ、何でも構わん」

 その台詞は、言葉は違えどどのゲームでも構わないというイツキの言ったものと同じ。

「じゃあマクビで」

 イツキが選び、その場から少し離れた筐体に向かうと、周りの客から声があがる。

「あ! 『楽園の破壊者(ソウルブレーカー)』! 楽園の破壊者が来たわ!」「あれが、かの有名な……」「ロナ使いの……」「すげえ……」

 まるで英雄を讃える凱歌のように、観客は口々に褒め称え、英雄の凱旋を祝うように道を空けていく。

「いったい何事だ?」

「気にしないで。ただ一つ言っておく、マクビでは負けない、マクビでは負けない」

 イツキは、少し深呼吸をしてから、宣言するように、説明するように、高らかに叫ぶ。

「マクビ、それはマックスビートという格ゲーの一つ!!

 他の格ゲー『アンダーグラウンド』や『忍獄滅殺(にんごくめっさつ)(略してニンサツ)』と比べるとテンポが速く、コマンドから攻撃に発生するフレームが短いのが特徴。更に硬直時間、即ち隙も少なく設定されており、コンボに連打と反射神経を要する玄人向けのゲーム!」

 恥も外聞もなく叫んだイツキは、どこからか指抜きの手袋を取り出して装着し、眼鏡を整え、座った。

「さあ……そこに座りなさい」

「ふむ……このボタンと、カチカチ動く赤い球で操作するのか。クレーンゲームよりも複雑だな」

「ええ、複雑で、奥が深い」

 イツキの言葉とそこに隠された想いも深い。脇にある説明書きと、観客の言葉を聞き、リースは真摯に画面に向かった。

「よし……任せろ!」

「じゃあ、行くわよ……」

 ごほんと咳払いをして、イツキは再び高らかに叫ぶ。

「全九人のキャラクター! 私が選ぶのは『秘められた魔法使いロナ』! 全キャラ中最も一撃一撃の威力が低く、耐久も速度も紙! しかし最大コンボの長さと総威力は最高! まさしく上級者向けのキャラクター! 私はこいつで『楽園の破壊者』の称号を得た!!」

「お……おう……」

 リースはドン引きどころではない。もうイツキへの印象がすっかり変わっている。

 キャラクターは九人、八人が円のようになり、一人が中心にいて、それが嫌でも目につく。

 また見た目が随分違うのも印象的である。

 他の八人も性別、年齢、髪の色など差は多々あるが、中心の一人は全身鉄色の肌で裸の女性、無機質であり官能性はない、不思議な雰囲気だった。

「イツキ、この真ん中のはなんだ?」

「それはストーリーのラスボスでジュライっていうの。耐久が最強で一撃一撃の威力も高い。簡単なコンボから超上級者でもミスるようなコンボまである、初心者から上級者まで楽しめるキャラよ。ま、使うと嫌われるけど」

 リースは言っていることの半分も理解できていないが、とりあえず強いということは分かった。

「よし、こやつだ!」

「ええ、いいわ。一瞬でキめてあげる」

 ステージが乱雑に決められた後、勝負開始のカウントダウンが始まる。

 リースは戦いがもうすぐ始まると考え息を飲むが、イツキは違う。

 戦いは既に始まっているのだ。

 初心者がまず取る行動、それは何もなし。勝つには開幕突撃し、三度のコンボを叩き込み終わらせるのが一番。

 しかしである、もし初心者らしく弱攻撃を繰り返す練習のような行動を取ったらロナは吹き飛んでしまう。

 だがまあ、吹き飛んだところでどうということはない。普通にやれば負けないのだ。

 開幕より十一カウント、あっさりとジュライは沈んだ。

 ごめんなさ~いというロナの声と、うぐわーとジュライのハスキーボイスがミスマッチに響く。

「……なあイツキよ。ボタンを押しても何も出来なかったのだが……」

「弱Cを受けなければ大丈夫でしょ? それに空弱コンボもかわせるし、空強上Kだって二択だし」

 やっぱり言っている意味がさっぱりわからないまま、第二ラウンドが始まる。

 そして当然、リースは負けた。

 ただボタンをかちゃかちゃしていただけのリースは、意気消沈といった様子で、イツキになんとかいう。

「なんというか……金を無駄にした気分だ……」

「授業料よ。どうせあなたのことだから格ゲーって聞いて息をまいて、こんな洗礼を受けるかな、と思ったから。生半可に手を出しちゃ駄目ってこと」

 そう笑いながら、楽園の破壊者は手袋を外す。

「他にも麻雀とかメダルとかパチンコみたいなのもあるけど……どうする?」

「いや、ここはもう、ちょっと……」

「でしょうね。ふふん。じゃ、ショッピングとしゃれ込みましょう」

 既にリースはイツキの先導を迷惑とも、何故先導されているのかとも考えなかった。

 ただついていき楽しむ、そんなことに気付かず、リースは居心地の良さを心のどこかで味わっていた。


 マックスビート

 科学実験によって誕生してしまった知的無機生命体『ジュライ』!

 暴走し人間を殺し続けるジュライには多額の懸賞金がかけられ、トレジャーハンター、国家のエージェント、流浪の格闘家、魔法使いや魔族が戦いを挑む!

 というストーリーの格闘ゲーム、通称マクビ。

 ゲームセンターのアーケードのみならず自宅用ハードにも移植され、他のゲームよりも速いテンポが人気でネット対戦にも対応している。

 イツキは全国ランキングでは二位の実力で最強のロナ使いとして知られている。

 コンボに入った時の緊急回避が二回設定されているうえ、一度だけ三十秒間『マックス状態』になれ、この時は被ダメージ二倍、与ダメージ二倍になる。

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