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閑話・ネロとエレノンが出会った話

 ほどほど皆仲良くなった頃である。

「ネロ、エレノンと仲良くなった時の話が聞きたいのだが」

 まさしく突然。出し抜けにリースが言うものだからネロが面食らう。

「えええっ! そ、それは秘密ですよ! と、というよりも、別に私はエレノンと仲良しじゃないですから」

 近くにエレノン達もいるのだが、そう言う。

 エレノンは聞き耳立てる。

「仲良しじゃない、だと? このクラスで一番の仲良しに見えるのだが……」

 リースの言葉通りと言っても過言ではない。何せ二人は部屋も一緒、ペアも一緒、いつも一緒にいると言っても過言ではないほどだ。

 更にヴァルハラ事件の時こそ、危険だからとネロを遠ざけたエレノンの配慮は、その中が本当に深いと証明している。

 のに、ネロはまだ言う。

「仲良しじゃないですよ! も、もう、エレノンなんて、むしろ嫌いです」

「……そんなこというネロ……私も嫌い」

「ええええええっ!! エ、エレノンは私のこと、嫌いなんですか!?」

「……そんなこと言うと、ね」

「じゃ、じゃあもう言いません!!」

「む、嫌いではないのか? じゃあ、仲良しなのだな?」

「え、あの、それは……」

「……仲良しじゃない? じゃあ、嫌い」

「うわああああああああああああああああ!!」

 ネロは叫びながら走り出した。

「おお……、いったいネロはどうした?」

 エレノンが独り言を言うように、小さな声で呟く。

「……ネロは、嘘を吐かないし、嘘をつけない。だから信用できる、だから好き」

「ふむ、確かに。ネロから悪意はまるで感じない、純粋の塊のような奴だからな」

「それは違う。ネロは悪意も出す時はむき出しにしてくれる……だから、好き」

 リースがわからない顔をするが、そこでエレノンが加えて言う。

「あなたも、嘘を吐かないし、悪意も出さない。だからリース、あなたも好き」

「そうか、それは光栄だな」

 エレノンの僅かな微笑みに、リースも小さな笑顔を返した。

「ききたいなら、話してあげる。私とネロの……昔話」

「ふむ、是非」

 エレノンの小さな口から、ぼそ、ぼそ、とその過去が語られた。





 ラーメン屋『バルタン』、ある日の出来事。

「このまま家でラーメン屋の修行をすると迫力はあるけれどスケールの小さい出来事しかなさそうなのでこれから出て行って魔女と戦うために対魔女学校に通うことにしました、終わり」

 とエレノンがかつてないほどすらすら喋ると、母は激怒し、エレノンは一人逃げるように対魔女学校に入学し、その日に寮に入った。

 エレノンはなかなか特殊な人間関係を構築していた。

 嘘を嫌うエレノンは、社交辞令やお世辞をいう人間関係が嫌いなため、普通の友達を作らない。

 必然一人ぼっちで孤独な人物になってしまうが、その方が性に合っていると考えたためにわざわざ友達をつくろうとも、そんな自分の否定もしなかった。

 さて、そんな彼女が教室で出会ったのが……いや、まだ誰とも出会わなかった。

 エレノンは一人、ぼんやりと過ごす。

 するとクラスの方からきゃっきゃと騒がしい小娘が数人いるではないか。

 その一人がコルネロ・プラム、つまりネロだった。

 まだ二人は出会いすらしていない。ネロはイツキと少し親しそうに話しているが、まだ二人も別のグループに所属している様子である。

 シズヤなど大人しすぎて、いや、腹に抱えた闇を誰にも解き放てず、一人でいる。

 そんな状況で数日経ち、まだ秘術の習得すらないある日の出来事。

「ええ~、やめてくださいよ、エレノンなんて陰気が伝染っちゃいますよ」

「うわ、ネロって結構はっきり言うね~」

 エレノンが嫌う下衆な会話である。

 こういう輩は相手にしない、無視に限る。

 こんな奴らと一緒になって人の悪口を言うくらいなら一人淡々と過ごす方が良しというもの。

 しかし、ネロはわざわざエレノンの前まで来た。

「あなたのこと言っているんですよ。陰気なエレノン」

 ネロの取り巻きは遠慮や制止の声を遠巻きから言うが、意味を成さない。

 なんだこいつ、というのがエレノンのネロに対する第一印象、深い憎しみと怒りも一緒に。

 視線も態度も嫌味たらしく、悪意に満ちている。

 だがこの時から、ほんの少し、全体に好意も含まれている。

「あんたみたいに暗い顔でぼーっとしてられていると、こっちまで気が悪くなるんですよね!」

 エレノンは険悪な表情をして、雰囲気まで険悪になったが、その場は先生が来て収まった。

 こんなことが何度かあって、ついにみんな秘術の習得が始まった。

 そして、二人一組の制度も。

「ねえねえネロ、二人一組誰とする?」

 と仲良さそうに話しかけるが、それは甘い考え。

「私ですか? 私はもうちゃんと考えてるですよ」

 見捨てるための一人を考えなければならないのなら、嫌いな奴を選んだほうが良いと、エレノンは考えた

 だが意外にもネロは引っ張りだこ、自分と一緒になる可能性は三十分の一より低い。

 けれど。

「あんたなら、簡単に見捨てることができるです」

 ネロは、エレノンを見てそう言った。

 この時からエレノンはネロに対して他と違うものを感じていた。

 そりゃいじめ同然の暴言を毎日のように吐かれていたら他の人とは違うが。

 歯に衣着せぬ物言い、それは嘘を吐かないということだ。

「……私も、お前と同じこと考えてた」

「お、お前ですって!? むむむ……」

 そんな風に二人はペアになった。



 ちなみに、エレノンは当時、イツキとシズヤが嫌いだった。

 シズヤはおどおどして自分の意見も言えないし嘘ばかり吐いていると分かるから仲良くなる資格もなし。

 イツキとて数々の秘密を有している、普通は気付けずともエレノンはそれに敏感だった。秘密を隠すためにはイツキは嘘をつく、それがエレノンには分かった。

「エレノン、一緒に出かけない?」

 という誘いも。

「……嫌、私は、あなたが嫌い」

 と言って跳ね除けた。こういわれたらイツキも泣いて帰るしかない。



 また、ネロがエレノンの実家に来ることもあった。

「おばさん、ここのラーメンは天下一品ですね!」

「そうだろネロちゃん! いつも毎度!」

 そんな中にエレノンが一端帰省したのである。

「エレノン? どうしてここにいるんですか?」

「……私の家」

 気まずいが、ネロはブレない。

「おっ、お前の辛気臭そうな顔を見ているとラーメンが不味くなるです!」

「そうだぞエレノン、笑え笑え!」

 母は完全にネロ側であった。

 ネロがすぐに全部食べ終わって金を払って帰ったが。

「ふん、お前なんか嫌いですから!」

 とネロはわざわざ言わなくていい一言を吐き捨てた。

 流石に親も気になる。

「エレノン、ネロちゃんと仲悪いのかい?」

 喧嘩別れ、親が娘を心配する当然である。

 だがエレノンは別なことを聞き返した。

「……父さんは、コルネロのこと、好き?」

「ああ、良い子だ!」

 良い子とは思えないが、嘘を吐かない子であった。

「そう……私も、嫌いじゃない、かも」



 して、二人が仲良くなったと思われる運命の日。

 午後の授業は魔女の森のパトロールであった。

「それじゃ、行きますよ、エレノン」

 エレノンは答えず歩く。

 ネロは大きな鎌を一本携えながら、エレノンは球を三つ浮かべながら。

「球、本当はもっといろんなことができるんですってね? 全く、役立たずですね、それで敵を倒せるんですか?」

 倒せないが、それは答えなかった。

「聞いてるんですか!?」

「……草」

 エレノンは言う。

「この辺りの草……トゲトゲで危ないから……刈った方が良い」

 ネロはむむっと唇を噛んで、言う。

「わ、わか、分かってますよ! そんなこと!!」

 へったくそな嘘だなぁ、とエレノンはそんなことを思いながら歩く。

 ネロも草を刈りながら歩いていたが、これは危なそう、これは大丈夫かな、と結構のんびりと歩いていた。

 そうするうちに、出会った。

 場所は魔女の森中腹!

 まだ戦闘経験の少ないネロとエレノン!

 対するはトロールの上位種「ロックトロール」!

 体が岩のようにできたそれは、火や氷に強く、斬撃にも滅法強い!

 ただし、トロールと違い、岩のように固い体は打撃による攻撃で崩れるとそれで死ぬ。つまり弱点が真逆なのだ。

 それを見てネロは、油断した!

「変な色のトロールですね! 私が倒すからお前は見てるです!!」

「……待ってコルネロ、それは違う」

 エレノンの声は小さく、ネロに届かない。

 大仰な動きでネロは鎌を振り下ろし、あっけなく折られた。

「なっ、なんで!?」

「逃げよう!」

 エレノンとネロは踵を返し、全速力で逃げ出す。

「……っ! 舐めるな!!」

 小さな鎌を無数に投げながら、ネロは走る。

 だが、その後ろ向きになった時、彼女は情けなくこけた。

「馬鹿!」

 エレノンが叫ぶも、結局は何も意味を成さない。

 ネロはすぐ立ち上がろうにも、棘のある草で足を切ってしまう。奇しくも、それは、伸びた木の根、ネロが切らなかったものだ。

「早く立って!」

「あ、足が……足が」

 腰が抜けたようにネロは地面にへたりこんで、先に逃げるエレノンの方へ手を伸ばしている。

「い、いや……」

 できるだけ後ろを向かないように、ネロはエレノンを見据えた。

 エレノンもネロを見ている。

 エレノンは恐怖した、自分では倒せない敵への恐怖と、死の恐怖におびえたネロの顔。

 情けなく、格好悪く助けを求める姿。

 死の際に、ネロの無様な姿にも、涙にも、嘘偽りは当然ない。

 ここで放置して逃げても良いのか、とエレノンは自問した。

 自分はネロが嫌いである、なにかと悪口を言ってくるし、悪意のある目を向けるし、自分のことなどいつ死んでも良いと思っているような態度ばかり取る。

 間抜けで大雑把で性格が悪い。

 でも嘘は吐かない、いつも正直に、自分の気持ちに真っ直ぐ生きている。

 自分はそんなネロのことをどう思っていたか。間違いなく嫌いである。

 けれど、何故だろうか、死んで欲しくない。

 エレノンは足を止めて、すぐ反対方向へ、ロックトロールの方へ走り出した。

「な、何してるんですか!?」

「ま、守る……」

 ただ両手を広げて、前に立つだけ。

 球が三つ、ロックトロールに簡単に弾かれた。

 それでもエレノンは、両手を広げて通せんぼをしていた。

「どうして見捨てないんですか!? そのための……」

「魔女と会った時のためのだから、今は別にいい」

 嘘はない。ただ無謀なだけ。

 エレノンの前に立つロックトロールは、エレノンの倍以上に大きい。

 エレノンは見て分かるほどに震えている、怖くないわけがない。女子などトロールの一撃で簡単に折れてしまうのだ。

「逃げてっ! 私なんていいじゃないですか!!」

「私の勝手でしょ!! 勝手に死なれたら後味悪いでしょ!!」

 そうは言っても、もうエレノンはただ目を閉じて立つしかできなかった。

 どうしてこんなことをしたのか、というのも謎が多いが、一つにはエレノンの死生観にあるのかもしれない。

 曰く、命が全てとか、生きていればなんとでもなる、というような命重視の世間が嫌いだった。

 時には、容易いことに命をなげうったっていいではないか、ひょんなことで人生を棒に振ったっていいではないか。

 どうせ人間の百人に九十九人は何も無いしょうもない生涯を送るのだ、ならば命をわざわざ重視する必要もない。

 だから、ネロなんかを守るのに捨てたって、構わないのではないか。

「コル……ネロは、私が守る」

 なかなか良い遺言ではないか、とエレノンは少し満足して、決意した。

 直後。

 ロックトロールの体に風穴があく。

 瞬間動きは止まり、そこから更に穴があいていく。

「だいじょうぶー!?」

 イツキとシズヤのペアが、消えたロックトロールの奥に見えた。

 息を切らしながらシズヤが走って、エレノンに言う。

「ごめんね、獲物取っちゃって」

 平然と、シズヤはそんなことを言う。

 まるで命を懸けたというのに、シズヤにとってはこの程度早く家に帰れるかどうかということに過ぎないのだ。

 イツキも信じられないといった様子で目を丸くしていた。

 はぁ、とエレノンは溜息を吐いた。

「……化け物め」

「私のこと? ひどいなぁ、みんなだって秘術貰ったのに……」

 女の子らしく悲しそうな顔をするシズヤは、やはりどこか嘘くさい。

 命を守られて恩を感じるなど、命を重要視しないエレノンには理解し難い感情である。

 それでも、エレノンはそれを感じてしまった。何より自分一人の命ではない。

 ならば、ネロはエレノン以上にそれを感じる。

「そんな……私は、だって私は、エレノンを、見捨てるつもりで……」

「……どうでもいい。無事でよかっ……なんて言わない」

 少し恥ずかしそうに、エレノンはその場を一人歩いて去る。

 だが、ネロは飛び跳ねた。

「エーレノーン!!」

 ぎゅっと後ろから抱きしめて。

「……重いんだけど?」

「足を切っちゃって動けないです!」

「なら、私達が一緒に戻るわよ? いい、シズヤ?」

「うん、帰るところだしね」

 こうして、四人は一緒に森の入り口の方へと戻って行った。



 この四人を繋ぎとめているのはネロであり、ネロがいなければ到底エレノンがイツキやシズヤと仲良くなることはなかっただろう。

 というか現在もエレノンとイツキ・シズヤは傍から見てそれほど仲良くなさそうである。

「そんなことがあったのか……、ネロが悪口など、想像できんな」

「……あの子は、言う事は言う。だから、好き」

 思い返せば、確かにイツキに向かって変態とか平気で言っていた。

「ふむ、確かに……」

「……リースのことも、変な人ですね、が最初の感想だった」

 ピクっとリースは反応したが、それは抑えた。

「都会が初めてだったのだ。まあ、仕方ない」

「……そう……私もそう思う」

 微妙な距離感にリースは不安を感じつつも、しかし妙な心地よさを覚えた。


 エレノンから見た、ネロ達の過去。

 毒舌ならぬ毒視線とでも呼ぶべき考え方ではあり、まだ仲良くなるきっかけに過ぎない話。

 それでもこの四人の過去を知るには、そしてエレノンとネロのことを知るには十分だったと思う。

 リースは、その時に自分がいないことを、少しだけ歯痒く思った。

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