秘密の切り札編2・戦争前・十二将
ライ・キングルの城に一人で乗り込むズニは、柔らかな微笑を浮かべ余裕を持っていた。その衣装も合わせて貴族然とした姿ながら、人、魔族問わず誰もが恐れる邪悪の首魁に一人相まみえる彼女はまさしく戦士である。
最近はこういう役回りがなかった。五千年前、ただ一人暴れる『暴刃』の時はいつもこんな風に一人で誰かと語り合っていたし、こういう無謀なことも何度もしていた。
外見は要塞そのもの、飛行する魔族を射出する装置や大砲、常に戦場を行くライは無双の実力者でありながら、仲間のためにこれだけの城を建てた。
しかしその中、彼の私室や会議室はそういった戦事とは離れた王の宮殿のように豪奢を極めている。彼らしいといえばそれが彼らしい。
「直接会ってまで話すことか? 魔女とやらは」
「ホルガンが倒されたっていうのに緊張感ないワケ? ……魔女の恐ろしさはあなたもわかっているデショ」
「そりゃあ、な。だが知らない魔女だ」
五千年前、人魔戦争でこそ魔女は名を挙げた。魔女から戦力として出されたコウハは大陸一つを丸ごと焼き尽くし、堂々の勝利をした後、そのコウハは七賢の奴隷のように魔女の大陸の門番となった。
それほどの実力者を顎で使う他六人の魔女、その集団を誰もが恐れた。
「結局のところリフレやソウジュはコウハほどの実力があるわけでもねえ。ホルガンを倒した程度で調子に乗られる方が片腹痛い」
といっても、ホルガンを直接倒したのは魔女ではないわけだが。ライにとってはどちらにせよいまだ警戒さえ値しない敵だとみているわけだ。
それ以上の関心事、それをライは話したい。
「それよりヴォイドゥムの失踪だ。心当たりはねえか?」
「あるわけないデショ。……セルゲイ派といっても、セルゲイに忠誠を誓っているようにも見えないシ、あれに自分の意志があるとも思えナイ」
ヴォイドゥムは完全に自分の本拠地を変えていた。それも元の仲間たちに何も言わず。
彼女にとって興味がないのだから仕方ない、のだがそのあまりに個の強すぎる性格は誰にも行動の予測をさせない。
もはや考えても仕方ないこと、とまで言える。腹の内を最後まで出さないヴォイドゥムは策士としては一流かもしれないが、誰からの信頼も得られないのでは統治者として致命的だ。この大陸からいなくなったのなら、競争相手が一人減って楽、という程度でしかなかった。
にしても、ライと話をすると安心する――というのがズニの本心だった。彼は五千年前から性格も何も変わっていない。邪悪な存在だが、野望や目的のために全力を尽くす様子は見ていて気分の悪いものではない。
セルゲイは金策にのみ走り、シントは人を愛するようになった。五千年前から変わらないデビルを堅物だの頑固者だとの呼ぶきらいもあるが、その一意専心を嫌うつもりはない。
ズニ自身、人を尊重し尊敬し敬愛しているが、同様に魔族のことも大事に思っている。魔族なのだから当然だが、それでも変わってしまった自分、というものに少しの不誠実を感じる。
だからライの真っ直ぐさを自分にはないものとして、憧れの目で見てしまう。
「……あなた、何か力が増している? 前会った時から見違えた……」
「鍛え方が違うんだよ。それより先制攻撃は任せるぜ。予定通りに、な」
「……まあ、いい。予定通りニ」
魔女の強さは杞憂、ヴォイドゥムの失踪のことも、ライの増幅した魔力のことも。
そんな風に考えられるわけはない。だがライと話して得た感覚がある。
当たって砕けろ。邪魔する壁は切り刻む。その五千年前の暴刃としての感覚が今のズニを占めていた。
わからないことを考えて解決するなど自分には無理なのだ。とっとと暴れて全部倒せば解決。単純で簡単、それが武で名をはせた者の成功体験にしてたった一つのシンプルな答え。
全員殺せばいいや。ちょっとくらい、そんな昔の感覚でやっていいだろう。
この城に入る時と同じように、意気揚々と彼女は城を出た。
ライとしてもズニは信頼に値する魔族であった。ただ過去の戦争の時に比べれば非常に甘くなった、甘ちゃんであるが。
そもそもシントは嫌いだった。彼は昔から優しすぎた。セルゲイは強く雄々しくあったが、それでも金のことしか考えない阿呆になった。シントよりも忌々しい。
デビルは、心の底から尊敬できる存在だった。裏切られ最後を迎えたという話を聞き、彼らしいと哀れに思ったし、その地位を奪い取れると喜びもした。
だが死を悼む気持ちも本物である。人を劣等種とし、魔族こそ頂点であるという考えの持ち主、三大魔皇として世界に名を轟かせる彼の死は魔族の凋落をも意味する。
モナドや魔女のような強い魔族も残っているが、権勢としての魔族主義の魔族というのはいなくなったと言える。
それこそ、残っているのはこのライ・キングルくらいなものだ。
低俗なパミン、主に仕えることしか考えていないケルティア、これといった思想のないドッパロン、そして弱いホルガン、そんな奴ら相手に尊敬というのが無理な話だ。
ズニは自分の芯があり、実力があり、そのために様々な手段を行使する。ヴォイドゥムも恐らくあるだろう己の目的のためにセルゲイに仕えた振りをする。
何より、この大陸に来た。デビルが最後に拠点とした、魔族が人を討ち果たし奪い取った最新の大陸、ここを制する魔族こそデビルの後継者と呼ぶにふさわしい。
そう考えると、人間と魔女がこの大陸に来たというのも因果な話だ。魔女、それもコウハほどの実力者がデビルの後釜に座るというのならライも納得だ。
だがそうはいかない。人間と手を組む者など認められない。
何より、その地位に立つのは自分だ。五千年前のように、自分がデビルやセルゲイのように強き魔族となり、ズニやヴォイドゥムを率いるのだ。
それこそ悲願であり大望。志ある魔族を率い、邪魔な人間を殺す。
シントとだって戦ってみせる。魔族が頂点の世を、魔族が作り出す。魔族のための世界。
魔女を倒すなど、名前に箔がつく、そんなことさえ考えていた。
『雷帝』の名は伊達ではない、その実力は充分にあるのだから。
ヴォイドゥムは思う。
魔族、やる気ありすぎ、と。
ヴォイドゥムは刹那主義だった。その瞬間瞬間楽しければいいや、という考えの持ち主だった。ズニやライのような魔族もそうだと思っていたが、違う。彼らは未来を見据えて政治を執り行う。そしてそれが多数派であると知った。
ヴォイドゥムは実はかなり長生きで、モナドと同じベリアルという種の魔族で八千年は生きている。しかし基本的に、無を感じて生きている。
楽しいことを探して、色々してきた。飽きっぽいし色々探して雑に生きているのはモナドも同じで、それでもモナドはやる気があって動き回っているが、ヴォイドゥムは数千年くらい己の作り出した闇の中で眠って無駄に時間を過ごしたりした。
でもそうしている間に楽しいことがなくなるかも、と思って起きた。で、ノリで戦って、楽しいことをのんびり考えながら暴れているうちに十二将となった。
それでも退屈だった。世界を変えようなんて意志はないし、変えようと思えば変えられるしどうでもいい。
『最強の雌』モナドほどの実力の実力を持ちながら、そんななのだから当然全てに無気力になっていく。そうして朽ちる魔族もいるというが、彼女はまだ生きている。
イェルーンが、ちょっと面白い。
狂人の類は何回か見た。意味不明なことを言って相手にする価値もない妄言しか言わない終わったやつ、魔族にも人間にもそういうのはいる。
だがその妄言が、妙に人を惹きつける。悪のカリスマとでもいうのか、魔族も、良識のありそうな人間も、なぜかイェルーンのもとに集う。
イェルーンは自分以上の刹那主義者だった。魔族で長命の自分より、短命な人間がそれだけ楽しみを大事にする気持ちはわかるが、それでも楽しくないなら死ぬというほどの気持ちで生きている。
初めて自分のような、いや自分以上の存在を見た気がした。強さではない、生き方の問題。無駄に生きるくらいなら死ぬという意志、そのハングリー精神はモナドにもない。自分よりも良い生き方をしている、そう思えた。
といっても、ヴォイドゥムにとってはみんなの生き方が馬鹿なのだ。将来のことを考えてより楽しく生きるより、とにかくただただ楽しい生き方をして、破滅しても楽しくある、それこそが正しい。その時その時の最善を見つけるのだ。
「ヴォイドゥム、ライの雷は君かスノウに防いでもらいたいのだが……」
「二人でしのげばいい。それで部隊を二つにわけられる」
ライが空から降らせる雷の攻撃を防ぐことについて、まず戦法を考えねばどうしようもないほどの苦境。
これっぽっちも楽しくない、と呆れてイェルーンを見れば彼女は寝ていた。
ああ、賢い。彼女は自分が楽しめるように雑に生きている。それを見習った方が良い。
ヴォイドゥムは静かに目を閉じる。より楽しく生きるため。
メギドとプリコネばっかりしている




