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戦国・拾

 ハルナとネロの戦うサド国と諸国連合の最前線に訪れた一団こそ、天帝を護衛する近衛と魔女大陸の援軍である。

「おっ、天帝いるじゃねえですか。いやぁご苦労様です、剣姫様が保護してくださったと。これで我々の任務はしゅ~りょ~ということで」

「ツワノ・ハルナ! 貴様がテンマの軍を早々に討伐せず、挙句魔女の大陸から外患を引き寄せたがために此度の騒動が起きたのではないか!!」

 おぉう、とドロスケイル・ミヤが一歩退く。近衛の長らしき女がハルナへと啖呵を切ると戦いは一時止まる。

 攫われたのは近衛たちの失態と言ってもいいだろうに、しかし近衛の意見も全く間違っているとは言えない。イツキが加担した以上ハルナらにもその責任はあるのではないか、と考えるのも無理はない。

 呼ばれたハルナは天帝を見る。天帝の判断を仰ぐのがこの国のしきたりであり慣例であり、法である。

「そうなのか、ハルナ」

「詳しいことは定かではありませんが、その可能性が高いかと」

 して天帝の意見は。

「……今いる敵を斬り殺した後、責任を取って死ね」

 それが天帝の言葉であった。ハルナの母も父もそのようにして死んだし、順当にいけば次はそこらの近衛がサド国の護国の剣となるだろう。

 ――だが、ハルナは変わった。

「……そうですか。では、天帝に反旗を翻すとします」

「は?」

 ハルナは。

 自ら天帝につけた護衛と共に、天帝の首を掻っ捌いた。

「なっ!」

 近衛が、魔女の大陸の戦士も、ネロも、ジュウゾウも、離れて戦うホムラやヒョウも、いやその場の誰もが、完全に動きを止めた。完全に見入った。止めることはおろか動くことも、その光景を信じることもできなかった。

 なんで、そんな、あっさりと。

「きっさまあああああああああああああああああああああああ!!」

 まず動いたのは近衛。次々に抜刀し、真っ先に、我先にとハルナへと向かう。

 それぞれがハルナと同等の剣士であり、天帝の傍に仕えることを許された歴戦の気力使いでもある。順当に考えれば、狂気に逸したハルナなど、この近衛総勢二十一名がかかれば殺せるはずだが。

「はは……はっはははははは!! はははははは! アッハッハッハッハ!!」

 笑う。剣姫が笑う。狂ったように呵呵大笑を繰り広げる剣姫は誰にも見せたことのない笑顔で駆け出し、そのカツダンソードを堂々と振るった。

 血、血、血。首だけ吹き飛んだ近衛が噴水のように血を噴き上げる。速さ、強さ、その全てが今までの剣姫とはまるで段違いの実力。

 近衛の全てが死んだ。弓取りも剣士も首と胴体を綺麗に別たれて、血を噴き上げる。

 血塗れで笑う剣姫は、完全に気が狂ったとしか思えないが。

「……」 

 ハルナの視線は近衛達と一緒に来た魔女の大陸の援軍に向く。今のハルナはどう見ても国に反旗を翻したサド国の敵であり、ひいては同盟している魔女の大陸の敵でもあるが。

 ミヤが秘術の剣を出現させる。軽口をたたく余裕もない。すぐに殺さねば、殺されるのだから。

「あれを殺すのに異議はないな。エウラウは援護に残れ。他五名、魔女の大陸に向かいハルナの乱心を伝達する係に任命する。散れ!!」

 七人がかりで戦う以上に、生存者を増やすべきと考えたミヤの判断に他五名は従う。奇しくも魔女と戦う時のような判断であったが、今のハルナはそれだけの脅威であった。

 だが瞬間、ハルナの体中に傷がつく。ミヤの秘術『水になる剣』は、もはやネイローのように液体を斬撃に変えるほどに成長していた。血濡れのハルナを傷つける程度はできる。と言っても浅い切り傷だ。

 それで止まるほどの女ではない……、どころかハルナは激しく体を回転させ、その血を振り払った!

 ありえない。既に傷口は開いている。その血を使って傷つけることだってできるのだ。

 そう考えた、ミヤはそう考えた故に斬られた。

 回転しながら抜刀しようとするハルナを前に、剣で身を護ることも考えずに小手先の攻撃をしようなどと考えるから。

 袈裟からバッサリ、ネロとは比較にならないほど深く切り刻まれて膨大な血が噴出する。その状況にあってようやく後悔と自らの過ちに気付くが、それはそれとしてミヤは叫ぶ。

「エウラウ! お前も逃げろ!!」

 軍団のために何ができるか。それが上に立つ者に必要な視点である。

 自分から溢れ出る血液さえ武器になる。ミヤから放たれた返り血はそのまま斬撃となってハルナを斬り裂く。

 主に顔面に斜めの裂傷、重要なところでは両腕ともに筋を痛めるほどの傷ができている。鎧も前面は兜から腹当てまで斬られており僅かに腹にも傷ができている。

 放置していれば死に至るか、逆に言えば治せば充分に生き永らえる程度の傷。

 それで、その程度でハルナは止まらない。

 一目散に逃げるエウラウを一瞥した後、視線はネロの方を向いて――

 襲い掛かってきたヒョウの方をぐるりと向く。

「ハルナ様! 何を考えて……」

「ヒョウ、私は気付いたのです……ネロさんとの問答を経て……」

 名を呼ばれたネロがぎょっとする。いや、今の血みどろのハルナが何を言おうとそれは狂気の文言としてしか受け止められないが。

 ヒョウとて油断はしていない。だがしかし、既に満身創痍で、武器も誰からもらったかわからない使い慣れぬ刀。

 条件は確かに簡単だが、部下として忠誠を向けてくれるヒョウを斬れるのか。

 ハルナは斬った。

 剣道の面。真正面から頭を叩き割る動きさえ、神具カツダンソードはあっさりと真っ二つにした。

「ヒョウ!」

 衝撃にホムラが叫ぶも、攻撃はおろか移動もできずに膝をつく。そもそも戦うどころか動ける体ではない彼はついにそのガタが来てしまった。ハルナの凶行をただ見るしかできない、そんな状況であった。

 戦える人間は、しかし多い。周りにいるエンマ・ジュウゾウの部下も、サド国の人間も全てがハルナの敵であった。

 それにハルナ自身満身創痍と言っていい状況だ。ミヤの液体斬撃がハルナの体を痛めつけているのは確かなのだ。

 だが、簡単に近衛やヒョウさえ斬り殺すハルナと戦おうという者がまずいなかった。

 ただネロを除いては。

「行くのか」

 ジュウゾウが問いかけるのを、ネロはうなずいて歩くことが答える。


「私との問答を経て、何を知ったんですか」

 ネロが問うた。疑問であった、ヒョウすら迷わず斬ったハルナが、一体何を考えてこんな行動をしているのか。その答えが自分との問答にあるとハルナは言ったようであった。

 そんな実のある話をした覚えはないが……確かに自分は、したいことはないのか、と、天帝の命以外に何かないのかと問うたのだ。

 それにハルナは答えた。

「私……私は戦うことが好きです。自分のしたいこと、天帝の命に逆らってでもしたいことを見つけたんです。私、みんなと戦いたい。戦って、倒したいです」

 聞いて、次の言葉が出るのを待って、出てきたハルナの言葉は。

「構えないんですか?」

 だった。

「……それだけですか?」

「それだけとは?」

「……天帝を、他の人達を斬り殺した理由はそれだけですか?」

「ええ? はい」

 最初は戦いを止めるために。

 次は怒りに狂って。

 そして最後に戦いを楽しむために。

 ネロは戦った。戦っていた。

 だがその最後の理由、それでさえハルナに圧倒された。

 ただそれだけのために、全てを投げ打つなど。

「正気ですか?」

「……改めて問われるとどうなんでしょう? でも今、楽しいですよ」

 剣姫はにこりと笑った。己の楽しいことが戦であると知った少女は、全てにおいて信を置く天帝から死ねと命じられて、ついに己の信じる道を進むことにしたのだ。

 して、その道は一体どうなっているのか。この大陸で生まれ、戦い、成長し、責務ある者として育った彼女の価値観はすっかり凝り固まっていた。

 ほとんどの者に理解されず許されない形で固着してしまっていた。

「わかりました。殺します。殺し合いましょう」

「はい!」

 イツキになんて言い訳しようとか、自分がバケモノを目覚めさせてしまったとか、国際問題だとか、そういうことはもうどうでもよかった。

 改めて、殺さねばならない。その気持ちだけでネロは向かい合う。なんとしてでも殺さねばならない、それ以外に考える必要すらない。

「いざ」

「尋常に」

「「勝負!!」」

 ジュウゾウが援護してくれた時、怒りに任せて斬られた時、血が抜けて冷静に戦えた時、ホムラの援護さえなくなった時、いろんな場合があったが、今度の戦いは、ハルナがズタズタに切り裂かれ十数人を斬り殺した後でようやく、戦いは完全に互角になった。

 そうして、再び歌が響き始めた。

 


 茫然自失のピカリのもとにテンマ・ダイが戻ってくる。

 しかしその腕に抱いているんはイツキのようでイツキではない。カツラを被って本毛屋の着物を着こんでいるだけなのだが、その姿を見ればピカリは一目で誰だかわかる。

「……あっ!? えっ!? サキ!? ネットアイドルのサキ!?」

「おう! えーっと、お前の助けになるっつうことで連れてきたぞ!!」

「あなたがピカリちゃんね! サキよ! よろしく!!」

 よくもまあ白々しい、とダイは呆れてしまいそうになるが、肝心のピカリが大興奮と言った様子で握手まで求めているのだから無粋な口出しはしない。

「これ、あなたの親友のイツキちゃんが託してくれた衣装よ。これでバリバリ歌ってちょうだい!!」

「は、はい!! 貴女のエールがあったら私なんでもできます!!」

 なんて言いながらすぐに着替えて、ピカリはステージに立つ。

 憧れのサキが応援してくれているというのなら、どんな困難であろうと、世界を平和にするほどの歌唱だってできる。できないわけがない。してみせる。

 なんて気負ったところで、ピカリの隣にサキが立つ。

「私も歌うわ! あなたの応援がしたいの。いい?」

「はっはい! もちろんです!」

 秘術のマイクが同時に二本出たのは初めてだが、こんな状況、出ないわけがない。

 スピーカーも、SPも、ファンも今まで過去最大に出現した。ステージだって自然と修復されていく。わざわざサド国の街と接続する必要もないほどに設備が自然と整っていく。

 今、ピカリの秘術は最高潮を迎えていた。己がアイドルであると自覚すればするほど強靭になる秘術は、自分のアイドルとしての理想そのものであるサキと共にあることで完成したのだ。

 憧れであった金髪のツインテール、戦国の大陸特有の和装に似たアイドル衣装、煌びやかな笑顔にみんなを笑顔にするような優しい表情。

 そうか、そうだったのか、そんなことを隣にいて、ピカリは思う。アイドルというものを、実際に間近に見て憧れ直す。理解し直す。完璧な存在を学び直す。

「ねえピカリちゃん、私提案なんだけど」

「はい!!」

「そんなに肩ひじ張らないで? さっきの反戦の歌、とっても心に染み入る素敵な歌だけど、それはあなたらしくないと思う。あなたの持ち味は、きっとみんなに元気を与えるアイドルソングだから」

 そんなことを言われては、興奮しないわけがない。憧れの人が自分を認識していた。何が得意かも知っていてくれた。そして、そんな自分への助言もあった。

 聞かないわけがない、試さないわけがない。憧れは何よりも強い感情だった。

 今まで卑屈なほどに努力をしていた自分の全てが報われるようであった。狭い交友関係の全てもこの時このためにあったのだと感じるほどであった。

 史上の悦びがあった。今ならば、どんな歌を歌おうとなんだってできる。

「……それでは、この世界に捧げます。『エール』」

「……うん、私も手伝う」

 ステージに二人のアイドルが立つ。そんな状況までも、ダイは白々しいと思ってみる。

 気付かないわけがないのだ、サキの正体がイツキであることを。



 ハルナがカツダンソードを落とした。

 ネロは鎌を失った。

『ねえ、あなたの好きな人はだあれ? きっと世界の誰もが誰かを愛している。誰かは誰かに愛されている』

 再び、ハルナは己の手を見る。血に塗れ、既に力も入らない弱々しく震える手を。

 切った人間の顔を思い出す。ヒョウを、天帝を、部下を、自分に従う人間だろうと近しい人間だろうと平然と殺そうとした事実を今更に実感する。

 それはハルナにとって間違ったことではなかったはずだった。初めてしがらみや軋轢から抜けて行えた行動、自分の気持ちに正直に行った行動が、今彼女の動きを止めたのだ。

「……これは」

 一方のネロも完全に動きを止めていた。ただ、今はもう魔女の大陸に帰りたいとか、ピカリやイツキと合流したいとかそういうことしか考えていなかった。

 今度こそ完全な沈黙があった。誰も戦うことはない。広い戦国の大陸全てをも包み込むほどのアイドルソングが完全に人間の戦意を失わせるほど、愛で満たした。

 なんて言葉は良いが、強烈な洗脳である。

「私は……私にはもう大切な人などいないっ!」

 ハルナはなお叫ぶ。既に大切な人足り得る者など全員自らの手で斬ったのだ。強力な洗脳音波は、しかし国民さえも大切な人とカウントするためにハルナはとても戦える状態ではないが。

 ネロが正面からハルナを抱きしめた。

「私では、駄目ですか?」

 愛の増幅。見れば敵味方問わずに誰もが慈しみあい抱きしめ合っている。先までホムラを攻撃していた部下がホムラを治療している。殺された死体を敵味方問わずに埋葬している。

 心と思いやりに溢れているようであった。戦争などという愚劣なありえない行為を今後誰もしないと、その光景を見れば思ってしまうような人と人の心のやり取りがそこにはあった。

「……ネロ、様」

「ハルナさん……」

 異常なほどいい雰囲気だった。ハルナは、その抱擁を受け止めて、静かになった。

 戦争は強制的に止められたのだ。



 してライブステージ。

 すぐにボロが出た。まずイツキのカツラが外れた。

「あっ! ……ららら~」

「……ららら~じゃないっての!!」

 歌は中断、ピカリがイツキをマイクでぶん殴る。そのギャグみたいなやり取りにダイは思わず笑ってしまう。

 ……歌の効果が絶大なのは間違いなかった。ダイ自身、その神々しいほどのステージを前にして微動だにできず、ただただ見入るしかできなかった。その間何も考えず、その二人のステージを見ることしかしなかったほどに。

「ピッ、ピカリごめん。元気づけたくて変装してみただけで私がサキってわけじゃ……」

「わかってるわよそんなもん!! アンタ! 顔の傷! 誰につけられたか知らないけどそんなど派手な傷ついててわからないわけないでしょ!?」

 言われて、イツキがやっと気付いた。ダイでさえ無粋だから言わないようにしていたが、ハルナに接近された時につけられた顔に横一線の傷は流石に別人と見間違うこともない。

 それがたとえサキ本人と全く同じ格好、顔、声、髪型、服装であっても、イツキでしかないと知らしめることになる。

「ほら、折角だしもうちょっと手伝いなさいよ。どうやったら戦いが終わるか分かんないんだから」

「うん、えっとごめんね。本当に」

「気にしてないからとっととアンタから歌いなさいよ!!」

「いやピカリの考えた歌なんだから合いの手くらいしか……」

「あんたが考えて私が合いの手入れたらいいでしょ!!」

「ええー」

 ――気にしてないわけがない。

 ピカリが見間違えるわけないのだ、サキのことを。

 だから、傍で歌声を聞いて踊りとその姿を見て、サキがサキであることなど絶対的にわかるのだ。

 イツキであるなんてこと、わかるのだ。悲しいほどにどうしようもないくらいに。

 でも言えるわけがないから、気付かないフリをする。それがサキの望みであるようだから、そうするのが正しいに決まっているのだ。

 再び始まった歌は、先ほどと同様に大陸中の人間から戦意を奪っていく。

 今度こそ完全に戦いは終わる。増幅する愛が殺意や戦意すら塗り替える。それはきっと、ハルナのように狂った戦意でさえ。

 きっと誰もが平和な大陸になるだろう――

 ――と、ステージにダイが立った。

 目的は、イツキの腰ほど、服の中にしまっていた神具。

 ミトオシスコープを強奪するとダイは即座に飛んでいく!

「な、ちょっとアンタ!!」

「ちょっとイツキ! 歌って戦いを止めないと……」

「~~! ああもうわかった! クソ、返すだけだからまあいいけど……釈然としない!!」


 戦場の中心、ネロとハルナが共にいる傍にダイが舞う。

 落としてあったカツダンソード、それを手に入れて。

「取った。取った捕った盗ったやったぜ!! これでやっと故郷に、帰れ……」

 瞬間、ヤがダイの体を射抜く。素早く躱したとて、右の腕を貫かれ、抱えていたミトオシスコープは落とす。

 それに警戒してダイは遥か高く、遠くへと飛ぶ。強奪に成功したという油断ももうしない。

 この大陸に来た目的であるカツダンソードは得たのだ。ミトオシスコープを犠牲にしてでも、それは必要なことであった。

 射抜いたホムラは、敵が落とした神具を拾い、眺める。油断ならぬ敵を仕留めきれなかったことに後悔はあるが、溜息をついて今度こそ静かに寝ころんだ。

 長きにわたる戦国の大陸の戦乱が終わる日であった。

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