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戦国・陸

「そうですか、ネロ様とピカリ様が……」

「はい、それぞれ配置についてもらいました。ただ、イツキ様が……」

「構いません。では」

 通信を切り、ハルナは傍に控えるホムラと、遠く遠くシェル国エンマ軍を遠望した。

 日程を決め、こちらが三国同時に攻め込もうとした時に、向こうからの徒党を組んでの戦争を申し込まれた。これを受け入れぬ理由はなかった。

 栄光ある天帝に具申しても、敵は全て迎え撃つべきと答えるだろう。いやそうでなくてはならない。

 北を見よ。人の姿で魔を害しながら天帝に刃剥く裏切り者が跋扈する。

 東を見よ。敗残者が群れを為し魔族を味方にするなどとほざいている。

 周りにはうろちょろと外陸からの侵略者が人の尊厳を犯している。

 その全てを、断じて許してはならぬ。サド国を犯す者、天帝の威光を汚す者は等しく死という罰が与えられるべきである。

 戦力の分散は激しいが、この決戦で敵の大将を全て討ち取れば問題なし。

 北のソウザ・トキジにはマゾウ・ヒョウの軍を。東、エンマの所領からはテンマ・ダイの軍が来る手筈になっており、それにはサドシマ・ホムラの軍を。そして北東、決戦の中心はエンマとハルナの軍が。

 しかしどこが敗北しようと、誰が死のうと、天帝とその第一の剣ハルナが死すまで、サド国が滅ぶことはない。剣折れ矢尽きようとその魂が生きている限りサド国全てが死ぬことはない。

「……では、時刻ですね。全軍、進軍開始!」

 一世一代の大戦(おおいくさ)



 大戦が始まる三日前。

「イツキが帰ってこないって?」

「はい、いまだに行方不明だそうで……」

 ネロとピカリは割り当てられた長屋の一部屋でそのような話をした。囲炉裏と衣装を置く桐箪笥がある程度の質素な食って寝るだけの部屋だが、二人ともそれで困ったことはない。

 虫の魔族がソウザ・トキジの使いではないとピカリも気付いたため、それがテンマのものだと分かっているからこそ、大体の予想はできていた。

「わざと捕まってるか、洗脳とかでやむにやまれず捕まってるか、でしょうね」

「心配ですね……」

「別に? せいぜい敵になって出てくるか、一生出てこないかの二択。まああいつが敵になってたら捕まえ直すのがちょっと面倒だなってくらいでしょ」

「そっ、そんな残酷なこと!」

 ピカリの考え、既に殺されているか、敵に利用されているかという考えは確かに残酷でドライだ。仲間意識の強いネロにとって悪し様に言うのも仕方がない。

 が、ピカリは魔女の大陸の戦士。

「仲間は見捨てる。希望的観測なんて持つ方が愚かよ。……まああいつらに殺す気がなかったんだし、サドシマ・ホムラの娘ってだけで利用価値あるんでしょ? 十中八九生かされて三日後の大戦で利用されまくるんじゃない? 殺されてる方が希少な可能性だと思うけど、選択肢は常に色々考えないと……」

「そうかもしれないですが、心配とかしないんですか?」

「心配して帰ってくるならいくらでもしたげるけど? アンタもイツキもそういうところが温い」

「……やっぱりそういうところ嫌いです」

「お互い様。……それより、この国にいつまで付き合う?」

 すっかり話を変えたピカリであるが、ネロはピカリの態度にまだ腹が立っていたのでそれには怒りを隠そうともしないまま、なんとなく聞いた。

「どういう意味ですか? まさか裏切るなんて言いませんよね?」

 やや怪訝な、不審を訴えるネロの気持ち悪そうな態度を、ピカリはむしろ気持ちよさそうに笑って答える。

「イツキがいなくなったら義理もないでしょ。ま、私は本毛屋の和装をハルナ様にも買ってもらったから悩んでるけど」

「じゃあ付き合えばいいじゃないですか。私に何が聞きたいんですか?」

「天帝よ。天帝ってのが邪魔臭くて全ての国が争ってるんでしょ? サド国が全て倒さなくてもいいじゃん」

 言われてネロは得心した。要は天帝というものが国の方針について声明をいくらか出せばこの争いの状況も二転三転するだろう、が、すぐに難題にぶつかる。

「それができれば苦労はないですよ。けど、どうやって? 何万もの兵がぶつかり合うのを止めるなんて……」


「手伝ってくれればできるけど」


 ピカリ・レビテント。

 その大胆不敵な発想と秘術は埒外、しかし不可能なことをできるとは言わない女。

 クラス最強の称号を得るに相応しき実力を持っていた。

「正気ですか?」

「衣装が手に入ったのよ。ジョウ国にはない、サド国限定の本毛屋ブランド和装ドレス。あのサキに一歩近づいた私に……不可能はない」

 その自信、果たしてどこから来るのかもわからない。しかしネロは対面した女が自分の方を見ているようで、焦点が合わずどこか遠くを見ているような、何も見ていない視線をしているのを知った。その目は、シズヤがよくしていたような目であった。




 エルド国、テンマ・ダイの陣幕。

 よりかけ離れたサド国南部の端、人もまばらな農村地帯の民家の中にイツキとダイ。

「天帝はサド国の中央部も中央部、そんな場所にいる。周りには魔女の大陸から来た秘術使いが常に十名以上、カタナとユミヤを使う近衛兵も五人ほど。ぶっちゃけ俺にはまず突破できない。俺は速いだけで弱いからな」

 堂々と言い放つダイに呆れてイツキは物も言えないが、現実、天帝をどうにかしようなど無謀でしかなかった。

 ダイの能力は彼自身が言うほど低くはない。エグサ、テツ、イツキ、ピカリのような戦士たちを前にして気配を悟られることもなく強奪する速さと気配のなさ。戦闘を考慮しなければ充分である。

「天帝を攫う、ってことはできないの?」

「不可能じゃねえ。というかたぶんできる。がその場合、魔女の大陸からやってきた生え抜きと近衛兵たち全員が戦線に出ることになる。はっきり言うがそいつらが戦場に出たらもうどうしようもねえ。天帝の存在が俺らを首の皮一枚生き残らせてんだ」

「戦ったことあるの?」

「稀に、ローテーション組んで戦場に出る。これがその資料だ」

 準備が良いのか悪いのか、強い敵の情報はあるのに勝つ手段はないとダイは言う。

 イツキは秘術がそれほど万能であるとは思わないし、経験が増えれば強くなると分かっていても、シズヤやリースほど強い者はそういないと思っていた。

 特に、この大陸の戦争の形式に合わない能力はそれ故に戦場に出ず天帝を守っているとも考えられる。それならば警戒すべきは……。

「かつて弓矢部で部長だったエウラウ・ナスターシャの『当たるまで追跡し続ける矢』と剣道部部長だったドロスケイル・ミヤの『水になる剣』……水になる剣ってなに?」

「剣振ったら水になってビシャーって切るんだよ。遠距離武器にもなるってわけ」

「あんたの速度なら逃げ切れるわよ。でも当たるまで追跡し続ける矢はね……」

「お前、撃ち落とせるか」

「たぶん」

「じゃ、行くか。天帝盗みに」

 あまりにはっきりと、あっさりと、ダイが言って決めつけるのだからイツキが驚き聞き返した。

「そんな簡単に決めていいの!? っていうか信じていいの!?」

「お前を背負っていくんだから一蓮托生だ。お前ができるって言うなら信じるし、そうしないと俺だっていずれ死ぬ。軍が全滅させられるし……」

 テンマ・ダイには後がない。利用できるものはなんでも利用するし、イツキも命が懸かるなら適当なことは言えないだろうと思ってのこと。

 ダイはイツキを信頼しているわけではないのだ。ただ自分も死ぬのだから死んでもやれと、命という財産を共有して挑めと。

「そういうの、ちょっと気に入った。あんたのそういうところは好きだわ」

「そりゃよかった。失敗するなよ、ミトオシスコープは預けてるんだからよ」

 イツキの手にある金色に輝く筒。手に持つだけで不思議な力の伝わる、どこか神々しく触れ難い雰囲気の装備。神器と呼ばれる物の力は、その性能以上に何かを引き出すことがある。

 秘術、思い込みが力になるその能力を、ミトオシスコープならば何倍にも引き出すことができるだろう。

「……今の私、できないことないかも」

「ハッ! そりゃいい! さぁて決戦が始まる前に天帝を人質にしてハルナのところまですっ飛ぶか!」

 北から東で戦を行うサド国の不意を打つ形で南からの天帝誘拐案。

 策謀野望大望渦巻く戦国の大陸、大戦がはじまる。

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