魔女閑話2・七賢ソウジュ
魔女の魔力を感じ、生い茂る草の大陸を訪れたバニラは、静かにその森林を楽しもうとする。
魔女の仲間を集める、という目標で旅を始めた彼女であるが、いまだに快い返事はもらっていない。その上、新たに出会う魔女が友好的かどうかなど保障されてもいない。
さっそく強い敵意とぶつけられた魔力にバニラは警戒し、振り返る。
だが、後ろから来た金色の魔女はバニラにも見知った存在だ。
暗黒の森の中で麗しい見た目のゴールは、まるでおとぎ話に出てくるお姫様のように映える。彼女がバニラに肩を並べるほどの超武闘派の魔女でなければバニラも萌え萌えなどと言っていただろう。
「また君? リベンジは燃えるけど、今忙しいんだ」
「そんなこと言って逃がしませんわ! 私をあれだけ辱めておいて……あの時の雪辱、晴らさせていただきます!」
言うや否やゴールは全身に金色の鎧をまとい始める。金を出現させる能力と武術を組み合わせた戦闘スタイルこそがゴールの真骨頂。
「私の邪無負を、拳の道を見せてあげましょう」
「やれやれ、我儘なお嬢様だなぁ」
軽口は叩きつつも全身で戦意を向けてくるゴールに対し、バニラも体から魔力を放出し始める。
「言っておくけど容赦は……」
だが言葉は途中で途切れる。
二人に襲い掛かる大量の殺気、そして膨大で歪な魔力の流れ。
「これは……」
危険を察知したバニラは魔力を自分の足元に一点集中させ、火山を発生させる固有魔法を発動する。
足元からバニラの体を地面ごと隆起さえ持ち上げたのは、しばらく噴火の見込みのない休火山、単なる山を出現させたのだ。
そしてバニラはその山の頂上から自分達に襲いかかろうとしていたものを見た。
大量の羽虫だ。
耳触りな羽音を鳴らす羽虫は山を登らず綺麗に左右に別れ、そしてまた合流し、バニラの後ろにいたゴールに突進した。
「ひっ、気持ちわるっ!」
言ってゴールは顔を守るような姿勢でとどまった。
彼女の鎧、その名も『武装・錬金』は完全密封、空気も光も外部から遮断されている。羽虫程度の攻撃で壊れるものではない。
のだが、武装・錬金つまりゴールの固有魔法『黄金化』は物質変化の固有魔法、相手がより高位の変化魔法を使えば解除できる。
「火山化ぁ~、面倒だし、ここでリタイアしちゃって」
あらゆる物質を火山に変化させる物質変化の固有魔法、それはゴールの金さえ例外ではない。
ゴールの鎧が小さな岩クズになって崩れていく。一応これも小型の火山、という扱いだが、ゴールにしてみれば服が砂になっていくようなものだ。
当然虫が大量にいて気持ち悪いのに、それどころかゴールのドレスまで砂粒となり消えていく。
「い、っやぁぁぁあああああああああああ!!」
裸の恥ずかしさと虫の気持ち悪さに絶叫し、ゴールは凄まじい勢いで逃げて行った。
改めてバニラが振り返ると、今度は虫ではない異形が目の前に羽搏いていた。
不気味なほど白い肌に黒と緑の髪、六枚の、背中に生えた薄く透明の鋭い羽が忙しなく動いている。
「貴様、何者だ?」
声は女のもの、敵意は感じるまでもなく、その鋭い視線と彼女の後ろに追随する鋭い角を持った羽虫を見れば充分伝わる。
「私は赤の魔女・紅蓮のバニラ。あなたは?」
「誇りある我が名、名乗る価値があるか!?」
語らぬまま、魔女は腕を振ると大量の羽虫がバニラに突撃してきた。
「やれやれ、やっぱりみんな冷たいなぁ」
それに向かってバニラは片手をかざす。手の平には小さな穴が開いており、そこからは質量をも無視した勢いで大量の溶岩が噴出した。
それは羽虫のみならずその魔女まで焼き尽くさんとするが、それは羽虫が集って魔女を守る。
「大した実力! ならばこそここを通すわけにはいかない!」
その発言、そしてバニラは既に魔力で感じ取っている。
「もう一人魔女がいるんだね!? しかも二人は既に知り合いときた! 是非仲良くしたいなぁ」
「ふざけるな! あの方に会わせてなるものか!」
言いながら魔女には鋭く輝く二本の角が、羽は鮮やかに彩られ鱗粉が、体表には悪臭漂う油分が、虫の特徴を得た体へと変わっていく。
「『昆虫蟻装』、貫く!」
一度引いて、滑空するように勢いをつけて魔女は突撃する。
「更に『昆虫祭集』!」
言うと同時に魔女・ヴァミンの傍から先ほど以上に大量の虫が出現し、彼女を守りながら共に羽搏く。
「……殺さないように倒す、あんまり燃えないなぁ」
「む?」
飛んでいる最中に気付く、先行している虫の死、そしてぱらぱらと肌に触れる熱い砂。
「まどろっこしいね、『生命の劫火』」
瞬間、周りの虫全てが炎上した。
触れるものの血液や魔力、生命力を炎へと変える魔法が虫から虫へと延焼していき、ついには主を守るはずの虫が業火の塊となりヴァミンを包み込む。
落ちていくヴァミンを見下ろしてバニラは火山の上からしばらく考えた。
ヴァミンを追撃する必要はなさそうだが、あれでは失神もしていないだろう。
敵意満面の彼女を味方につけるのが難しいなら、彼女が守るもう一人の魔女と話をつけた方が恐らく早い。
そしてバニラはそっちの方へと駆けて行った。
落ちたヴァミンは魔力の炎を自らの魔力で打ち消しなんとか事なきを得る。
しかし赤の魔女の名に相応しき威力、ヴァミンは生まれてこの方、これ以上ないというほどの、ダメージ以上の屈辱を受けた。
「……これ以上近づかせるわけにはいかない!」
決意新たにヴァミンは立ち上がるが、後ろから別の反応。
「虫を出現させたのはあなたですの?」
全裸になった後、自らの金で下着のような鎧を装備した姿だ。
だが恥はない、むしろ最低限の誇りを保ちつつ活発に動ける恰好としてむしろ好ましく思っている。
そんなゴールの事情など、ヴァミンには関係ないが。
「……だったらどうする?」
「魔女同士で殺し合うほど野蛮ではありませんわ。……ですが、私にあれだけの辱めを与えたのです。それ相応の覚悟はしているでしょうね?」
「ちっ、今は貴様の相手など……」
そういうヴァミンの顎にゴールの蹴り上げが炸裂した。
「どうしてあなたと戦うことにあなたの許可が必要なんですの?」
その言葉は届かない。黄金の蹴りは確実にヴァミンにダメージを与えた。
既に黄金の鎧は全身を包み始めている、一方でヴァミンの体も昆虫の力を帯び始めている。
「……すぐに殺す!」
「物騒ですわね。もっと優雅に、気品よく振る舞えませんの?」
拳戟が響く。
ゴールとヴァミンが戦っていることを感じながら、バニラはあっさりと魔女が住んでいると思われる小屋に辿り着いた。
深い森の中、白土でできた上品な家は、おとぎ話のような可愛らしさがある。
「萌えるなぁ。お邪魔しまーす」
中はまるで薬剤師が住んでいるかのような植物やハーブの匂いが充満している。その元はそこらに散らばっている草の破片だろう。
部屋の隅にはベッドがあり、その脇には小綺麗に整頓された机があった。
その椅子に、緑色の長い髪で片目を隠した、不健康そうに口をぽかんと開けた女性が座っている。
上下一体の寝袋のような緑の服は、かろうじて白い足が出ているだけで、手すらそのだぼだぼの袖から見えていない。
「えーっと……君がここの魔女? 名前はなんていうの?」
尋ねても、その魔女は口を閉じるだけで何も言わなかった。
「さっき別の魔女もいたんだけど、あっちの子は誰か分かる?」
何も言わない。
「君って何の魔女なの? 色持ちだよね? 二人とも緑みたいだけど、どっちが純色の緑?」
言わない。
「名前を聞いても点点点、おうちを聞いても点点点、君は迷子の猫ちゃんかな?」
。
「駄目だこりゃ。ちょっと萌える」
バニラはもうお手上げ、と言った雰囲気でだらっと壁にもたれた。
こうも何も言わないと、敵意剥き出しでも話の通じるヴァミンの方が都合がいい。
この魔女は敵意もなければ懇意もない、まるで抜け殻のように何の反応も示さないのだ。
しかし聞き出すなら、まだ敵意を出していないこの魔女の方がいいかもしれない。
と考えて、面倒臭くなっていると、無言の魔女はベッドの方へ移動した。
それを好機とバニラはとらえる。
先ほどまで魔女が座っていた椅子に座ってバニラは一言。
「寝て待ってていい?」
魔女に睡眠は必要ない。それでも寝るのは、人間が寝るのと同様に、休息だとか記憶整理だとかもあるが、バニラの場合は暇潰しである。
無言の魔女は相変わらず何も反応しないが、バニラはそれに返事をした。
「沈黙は肯定とみなすんだよー。じゃ、おやすみー」
座ったまま、バニラはくーくーと寝息を立て始めた。
それを緑の魔女・創造のソウジュはただ見届けた。
して数分後。
バニラの体が傾きこけそうになるのを見て、ソウジュは自分の能力で植物を生やし、それを支えた。
「んぁ……ああ、支えてくれたんだ。優しいんだね、君」
ソウジュはそれでも全く無言で、反応すらしなかった。
(いきなりやってきて変なの。 寝出す、なんて頭が変なのかな?)
ソウジュは喋れないわけではなく、また頭が足りていないわけでもなく、彼女は言葉を喋るという作業を極度に億劫がっていたわけである。
(にしても、エッチな体してるなぁ、なんでビキニなんだろ? 人の布団で寝てくれて、匂いとかうつったらどうしよう?)
まあいいや、とソウジュは締めくくって、ぼんやりと寝た。
そして数時間後、傷つき意識を失ったヴァミンに金の首輪をつけ、ゴールはそれを引きずりながら小屋に辿り着いた。ゴールの完全勝利ということだ。
「バニラ、今度こそ勝負を……寝てる!?」
ゴールが驚き叫び声をあげると、それでバニラとソウジュが目覚めた。
そしてソウジュは死んだような無様なヴァミンを見て、体から魔力を充満させ始めた。
「ああゴール。どうやらこの無言の魔女は怒ってるみたいだよ。君がその子を傷つけたから」
「私も辱められたのです。この程度で済んだことを感謝していただきたいですわ? やるというのなら、バニラの前にあなたから倒して差し上げますが?」
挑発し戦う気を示す二人だが、バニラが間に割って入る。
「の前にさ。ムゴンちゃん、一つ良い?」
相変わらずソウジュは無言で、けれど視線はバニラの方に向けた。
「私さ、魔女だけが集まる大陸を作りたいんだ。だから引っ越してくれない?」
ソウジュは無言で、視線をゴールの方に戻した。
既にゴールは戦意充分、なのに魔女だけが集まる大陸と言われても信用ならない。たとえ既にヴァミンと共生しているソウジュであってもだ。
とにかく今は仲間の仇であるゴールと相対すべきだろう。
場所は小さな庵の中、すぐ傍にはバニラ、向かい合うゴールとソウジュ。
部屋の中は木製の家具類や植物が飾られており、同様に地べたにヴァミンが這いつくばっている。
まずソウジュは大きな木を生やし、自分はその枝の一本に立ってみるみる距離を作り上を取った。
大きな地響きと地鳴りと共に、地割れから生えだす幹、幹、幹。
枝が触手のように伸びているかと思いきやそれは根、盾のように、あるいは鞭のように樹木の組織がゴールの行動の全てを阻んだ。
庵はあっさりと倒壊するが、ヴァミンには蔦のような根が包み、守る。
「まずは木登りですの? 野蛮だこと」
嘲りながらゴールは黄金の鎧に身を包みながら、軽々と跳ねて木に登攀した。
木を殴り拳を埋め込み、ソウジュのすぐ傍でゴールはその顔を見た。
無表情で、無言。何を考えているか分からないソウジュと戦うことはゴールにとっても複雑だが、先に敵意を発したのはソウジュなのだ。
「闘おうと思うなら、逃げるだけじゃなくて何かしませんの?」
木は太い、既に直径五メートル以上の幹が、さらに太くなっていく。たった今できたにも関わらずこの大陸に元々あった樹齢五百年を超える木々よりも雄々しく神聖にも思える。
ソウジュは何も言わない。だが、その目だけはゴールを睨みつけている。
「……何もしませんの? ならこっちから」
木に埋め込んだ拳から、固有魔法でも何でもない魔力の塊を発して木を爆破。
二人は体勢を崩すがゴールは平然と腕を組み仰向けに落ちていき、ソウジュは頭から真っ逆さまに。
地面にぶつかろうという直前で、ゴールは背中から蜘蛛のような黄金の足を四本生やし着地、一方のソウジュは全身から蔦を伸ばし、それを切株となった巨大な木に結び、再び昇った。
「自衛しかしないんでしたら、私は戦いませんが?」
呆れたゴールがそう言うと、ようやくソウジュは動いた。
何本もの蔦をまとめた極太の蔦を両手からゴールの方に放つ。まるで大蛇のような蔦は、まとまっていながらも一本一本が不規則な動きで回避は難しい。
「そんな小手調べ……呆れた。もうやめます」
ゴールがそう言ったのは、蔦が魔力のこもっていない単なる蔦だからだ。だからそれを黄金に変え、自分の制御下に置いて、ゴールは踵を返した。
ヴァミンこそ敵意と殺意があったから戦ったのだ、敵意のないソウジュと戦う意味は、ゴールにはない。
一方のソウジュもヴァミンが生きていることは分かっている。激情に駆られたものの、目前の敵の力強さを感じ怖気づきだしたところだ。
「ねえ、ゴールと戦わないなら私と一緒に魔女の大陸を作る計画に付き合ってよ! この子も一緒にさ!」
と折れた木の根元程で、ヴァミンを気遣うバニラを見ればソウジュもすっかりその気は失せた。
体から強大な魔力を感じさせなくなりすっかり戦意を失くしたソウジュは、バニラに寄り添うのであった。
それをゴールは恨めしそうに見ながら、結局はその場を去った。
ヴァミンが目を覚ました後、三人はソウジュが作り出した蔦で出来た木の小屋でその計画を話し合った。
そしてヴァミンが真っ先に口を開いた。
「理解できん」
「なんで!? 君だってこのムゴンちゃんと一緒にいるじゃん!」
「ムゴンなどと変な名前をつけるな! 私はこのお方に命を救われたからこそお守りしているのだ。何故我々が人間の真似事などしなければならん!?」
魔女にとって人間など下等生物以外の何者でもない。
そして集団で生活するなど、まさしく人や弱小の魔族がすること。魔女には相応しくないとすら考える。
「うるさいなぁ君は。じゃあこの子はなんて呼べばいいのさ? それに真似事じゃないよ。もっと魔女が栄えるための手段さ」
「貴様と対話するつもりはない! さっさと消えろ!」
「まだこの子の意見聴いてないもん。ねえムゴンちゃん」
やっかむヴァミンの相手を面倒がりバニラがソウジュの肩に手をかけた。
すると、緩やかにソウジュの右腕が上がり、ぐっと親指を立てた。
「……ほらーっ! ほらほら! ムゴンちゃんも賛成してるじゃん!」
「そんな! う、私にだってそんなコミュニケーションをとっていただけないのに……」
目に見えて落ち込むヴァミンであったが――
「ついてこないの!?」
大陸を去るに至って、ソウジュは移動する気がなかった。
「実は魔女の大陸とか嫌だった!?」
ソウジュは首を横に揺らす。
「動きたくないだけ、とか……?」
ソウジュは首を縦に震わす。
「じゃあ待ってる、みたいな?」
縦に震わす。
「……あ、そう。燃えないな……せっかく初めての仲間だと思ったのに」
「ハーッハッハッハ! ざまあみろ変わり者! お前など……いてっ」
高笑いのヴァミンを戒めたのもソウジュであった。足元からヴァミンの足を貫くように苗木が生えていた。その傷も魔女なら即座に治る程度のものだが、ソウジュの気持ちを理解するには充分なものである。
「……じゃ、とりあえず私だけで他を当たってみるよ。うん! それじゃあね! ムゴンちゃん!」
「ソウジュ」
「えっ」
「えっ」
ただ一言。
必要なことさえ喋らない、必要最低限さえこなさない、そんなソウジュがとった初めてのコミュニケーションが名前であった。
それが七賢、緑の魔女・創造のソウジュであった。
殺李書文当たったのでパーティ




