魔女大陸動乱編6・第四地域、奮闘
魔女の大陸は五地域に分かれており、構造は大して変わらない。
第四地域の学校は、しかし特別、その校長室を地下へと移設し、他の学校に比べ壁は鉄板で覆い、壁にはエイナとバーバラの使う武器がストックされている。
また、第四地域各地に直接声を届けることができる放送器具がある。元々人口は少なく土地も狭い大陸であるためニッカ一人が情報伝達を可能としているが、これは様々な可能性を考慮して設置したものである。
「やっぱり、魔女を一体くらいは殺しておきたいねぇ」
第四対魔女学校の校長エイナが校長机に面し座るその真ん前には、ピシッと起立した元第五対魔女学校の校長バーバラが真剣な目を一心にエイナに向けている。
その後ろ、来賓が座る黒革のソファには義眼の秘術使いにして第四地域の最強バロミ・テスティ。並んで、拘束具をつけられた『透明変態』ミリィ・ダバウフ。第四地域の最強の教師ロブレン・キーリ。壁に背をつけ腕組み立つのはここの拳道部部長ザルー・キラル。
ミリィを除けばごく少数ながら第四地域でエイナが認めた実力者達、彼女らがいなければ第四地域の野望はままならない、故に話し、そして味方に引き入れた。
「炎のキル、肉体を自在に操るヴィー、そして金を作り出す武闘家ゴールと、正体不明のハイパー。で、みんなに相談なんだけど、誰殺したい?」
あっけらかんとこの大陸が長年抱え続けていた課題を解決できるような物言いは、校長という立ち位置から矛盾しているとまで言える。
殺したいで殺せるものではないのだ。そんなこと誰もが自明のこととしている。
なのに、ここの五人は当然のように答えていく。
「私はキルですね。……多くの同胞を、部下を、生徒を、大地を! 何もかも奪われた。是非仇討ちの機会を!」
「はいはい落ち着いて。まず多数決だって」
鬼気迫るバーバラを落ち着かせつつ、エイナはロブレンに目を向けた。
真っ白いローブと覆面で全身を包み込んだロブレンは、その柔らかな眼光しか見せない。
「誰でも」
ただ一言だけ呟く。誰でも殺せるという自信の表れか、はたまた他の者の考えを聞こうという様子見。それに対しては向かいに座っていたバロミが言った。
「ハイパー、かな。何をしてくるか分からない敵を倒す。それができれば、強さの証明になる」
もっともらしい言葉にエイナは満足そうに頷きつつ、最後にザルーを見た。
「ザルーは? 今なら考慮しちゃうよ。魔女討伐」
顔の右半分を固めた髪で覆ったザルーは、闘志の宿る右目で力強くエイナを見つめる。
「ゴールだ。ゴリアックと互角だったと聞いている」
明確な目標であるが、真の目標は魔女よりもゴリアックである、という雰囲気は隠しもしない。
「うんうん、その機会もボチボチできるから。でも意見、割れちゃったねぇ。間を取ってヴィーとか?」
適当な意見に全員が反発しようという時だった。
「失礼しますエイナ校長! 巨大な化け物が魔女の森から……!」
顔面蒼白の教師の言葉を、第五地域の二の舞になるかもしれないと、そんな不安があって当然だろう。
なのにエイナは、それを待っていたと言わんばかりに笑みを浮かべる。
実際に待っていたのだから。
「じゃあ……いっちょ行こうか?」
四人の魔女はわざわざ第二地域から第四地域にまで移動し、ハイパーを中心に南進を始めていた。
その目的はキルに続いてハイパーの実力を示すことである。わざわざ未知の戦力の手の内を開示するのも愚策と思えるが、これは下等な人間相手に実力を誇示し自信を喪失させる、というのが魔女の基本姿勢であるゆえだ。
「なんで第四地域を? 因縁でもおあり?」
ゴールが一応尋ねると、ハイパーは首だけ振り向いて意気揚々と笑う。
「第五が消えたんだから片っ端から潰すんだ!」
邪気を隠そうともせず、けれど無邪気な子供のようなハイパーは既に人間を滅ぼせる気満々でいる。
「全く、子供なんだから」
ヴィーが呆れて言うのをハイパーはまたギャーギャーと喚くが、気にせずにまた進む。
「私だって色々考えてんだ! そもそも同じところばっか攻撃しても面白くないし」
「はいはい。で、どれくらい攻撃するわけぇ?」
付き合わされる身としてゴールからキルとヴィーは手を出すな、と命を受けている。どれくらい待つのか、というのはヴィーとキルにとって退屈な時間のイコールだ。
「滅ぼせるなら滅ぼすまで。力を見せつけるだけですので、一撃ちょっとで死なない人間が何人か出てきたら退きましょうか」
一撃、というのがゴールを基準としているのかハイパーを基準としているのか、でまた話は変わるのだが、それに目を輝かせたのはハイパーである。
「じゃあもう行っていいか!? 久しぶりに体を動かせると考えると色々と興奮しっぱなしだ!」
「ええ、いいわ。存分に力を奮いなさい」
ゴールの許可が降りると、ハイパーの体から魔力が充満していくと同時にその体中の皮膚がごぼごぼと音を立てて膨らんでいく。
「……ああ、醜いわぁ、ハイパー、あなたって本当に醜い」
あまり見つめてはブチギレそうになる、と言わんばかりにヴィーは目を反らす。
殻を破るようにハイパーの中から青い鱗の巨大な蛇の化け物がその頭を滝登りのように空へと伸びていく。
『言っとけヴィー! お前より弱かった私は、色々あって今じゃお前にも勝てる!!』
流麗な水色の体は美しいが、蛇のような肉体には亀のように太く短い、鈍間そうな足が八本ついている。
巨大な尾が地面につくと同時に三人の魔女はその衝撃から避けるべく任意の方向へと移動した。
「……いいえ、ハイパー、だからあなたは美しい」
ヴィーは密かに称賛の言葉を送る。
足の生えた巨大な、地を這うしかできない龍は、その鋭いヒレと牙を第四地域に向けていた。
『これが我が固有魔法『人魔品評会』!!』
魔物、魔獣、龍でさえも殺しその身に取り入れるハイパーの編み出した固有魔法。奪い取ったのは龍の大陸に住まう巨大な水龍。その龍の持つ器官から無限にも思えるほどの水を吐き出し、この大陸をも飲み込むほどだろう。
ハイパーがその魔力をもって人に対し怒りをぶつける。
そして、ハイパーは怒りをぶつけられた。
『んなおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?』
ハイパーの体である水龍の背骨が逆にひん曲がる。元々死体を繋ぎ合わせる固有魔法と言えど、ここまで体をめちゃくちゃにされて平気なわけはない。
『てめっ、てめっ、テメェェェなんだってんだ!?』
「随分タフですね」
ゴキ、とさらにハイパーは半分に折れた。
『がっ! 死ぬ! 助け、誰か……!』
かつてゴリアックすらも触れさせなかった第四地域最強の生徒バロミ・テスティ。
水龍の出す水も、巨体の水龍さえもいともたやすく操り、破壊する。
ハイパーとて全く無抵抗だったわけではない。全てを飲み込む洪水のような創作固有魔法『ハイパーハイドロプレッシャー』はネイローやバロミのような埒外の存在がいなければ、確かに一撃で壊滅させられていただろう。
デビル・スクラムリーンエッジのような対軍団、対国家レベルの戦闘能力は基本的には魔女の大陸の戦士と相性が悪いからである。これでハイパーが死んだら、事故死といったところか。
もっとも、仲間を見殺しにするほど魔女は容易くない。
黄金をまとったゴールと地を走る火炎のキルがバロミを左右から挟む。
それにバロミが目もくれないのは、それぞれ相対する敵が決まっているから。
「例えばさぁ、第五地域が一人の魔女に滅ぼされたのに、第二地域の女が魔女を三人も倒せたのはなんでか分かるかい、バーバラ?」
校舎の校長室でエイナが問う。
そして、エイナの秘術によってゴール、ハイパー、ヴィー、キルは千里眼の映像で位置を把握できる。現にそれを今、している。
「……何故でしょう」
滅ぼされた側のバーバラはそれを答えられない。分かっているなら、そうしていただろうから。
エイナは知っている。エイナは見ていた。その秘術で、事の発端から、何もかもを。
「幾度となく体を消失されようと、必ず魔女を殺すという気迫。……まあゴリアックは特別なものだけど」
ゴリアックがトウルを倒した時、彼女は最後まで諦めなかった。デビルが塔を破壊する幸運もあり、彼女は魔女を殺すことができた。
「たとえ首を落とされようと、必ず魔女を殺すという意思」
ネイロー・クインが仲間のためにバニラを殺す、死をも厭わぬ全力の姿は、敵味方問わず恐ろしいほどであった。
「第二地域の生徒は確かに優秀だし、その二人に匹敵する生徒はうちにはバロミくらいしかいない。あれらは埒外の存在だよ。だけど、エレノン、ネロ、シリル、ミーシャ、ロイ、カナタ、イロ、レオニー、ダグラス……一人一人が対個人能力であってもだ、全員のその場の妄執、これなら第五地域でも我々でも比肩できる」
黄の魔女ジーを倒した時の総力。
第五地域とてキルとの闘いはそのようにあっただろうが、単にジーよりキルの方が遥かに強く、また第五地域でそのように連携できたものがいなかったというのも、差かもしれない。それは偏に運の差でもあった。
「でも第五地域にはまだ足りないものがあったわけ。葬式場を破壊されても戦う第二地域に比べてさぁ、燃え盛る第五地域からの避難を優先していた。だからバーバラ、君は生き残ってしまった」
炎の侵略は早い。そうなると戦闘以上に人命救助が優先される。全員がジーを殺そうとした時と違うのだ。
だから、第五地域では戦える者が積極的に死ぬことになった。戦力が分散される形になったのだ。
「だがバーバラ、君が生き残ってくれたおかげで、私達は最強足り得る! 私の千里眼と! 君のテレパシーで!」
魔力を隠蔽する第一のベリー。魔女を封じる第二のノア。瞬間転送が可能な第三のベンティフ。そして千里眼のエイナとテレパシーのバーバラ。
魔女と戦うこと以上に『魔女と戦うための戦線を構築、維持』のために要職として最重要に保護される『校長』という軍団長たち。その目的がそもそも魔女殲滅ではなく町の魔女シュールの防衛であるため、今まで戦うこともほとんどなかった。特にバーバラはキルとの闘いでも直接使用することもできず、バーバラは非常に悔しい思いをしていたが、今ついにそれを最大限発揮できる時が来たのだ。
これこそ復讐の狼煙をあげる時、辛酸を舐めた分、魔女に怒りの刃を突き立てるのだ。
左手からバロミを討とうとしたゴールの前にザルーが立っていた。
「武装・錬金。邪魔よ」
「お互い様だ」
ゴールの優れた身体能力を前にしても、ザルーは見逃さない。
確実に見て。
見て。
見切った。
ゴールの振りかぶった拳を紙一重で躱したザルーは、秘術を込めた拳でゴールの左肩を見事撃ち抜き、粉砕した。
「は? あ!? えぇ!? 馬鹿な! 馬鹿なありえない!!」
ありえない。
ゴリアック・エルムでも相打ちという形でようやく黄金の籠手を破壊できたまでだというのに、ザルーは今拳をもってゴールの鎧ごと左肩を粉砕したのだ。
『あらゆるものを破壊する拳』という秘術、そしてとにかく鍛え続けた身体能力。
彼女の能力はいわば対ゴリアック専用でくみ上げられたものであった。最強のゴリアックに勝つために、汎用性も何もない、ただ拳と拳の戦いに勝利するためだけに作られた秘術。
例えば、銃使いを相手にすれば、ゴリアックは勝てる。だがザルーは勝てない。
ザルーに勝てない人間の方が少ないのではないだろうか。魔女だって、キルやジー、ハイパーにも勝てるかどうかわからない。
だが、ゴールとゴリアックになら恐らく勝てる。
そんなだけの能力。
それが強い。
ザルーの二発目の拳がゴールの右肩をも破壊した。
「見たか、魔女め」
千里眼でゴリアックとゴールの戦いを見れば、充分その対策ができる。
己を知り敵を知らば百戦危うからず。きちんと見て対策を練るということがいかに役立つか、エイナの能力はいわばこの魔女大陸の魔女対策、その総決算。
「バロミやゴリアックのような規格外ならいくらかの魔女を殺せることも分かっている。もう魔女は最強の存在じゃあないねぇ」
そうは言っても、ゴリアックもザルーもいなくなってはゴールを倒す術はないかもしれないのだが、二人も対策がいるのだからむしろ万全とすら言える。
確かに魔女は最強の存在かもしれないが、それに対するは魔女を倒すために各々の最強を望み極める存在達。それを効率よく運用すれば負ける論理はない。
「見えているし、通じている。そして相性対策もしている。これで負けてこそ埒外の存在と言えるけど、さあて魔女の皆さん、どうかなぁ?」
キルが放った炎を、ロブレンは触れずしてかき消していく。小さな子供と奇妙なマント女がまるで火を点けては消して遊んでいるかのような姿は少々滑稽でもある。
いい加減キルも学習というものをするので、炎を消す手段が水や風と様々あることを学んでおり、ロブレンと相対して目立つのは音であった。音が火を消していることは別にどうでもよかった。
キルにとって不気味なのはロブレンが今まで戦った敵のように激情もせず、楽しみもせず、ただ淡々と火を消し、一定の距離を保ち続けることであった。
相手は己を殺そうという意思がなく、時間を稼ぎ守り続けるということに従事している。魔女に対する姿勢として人間らしからぬ立ち居振る舞いに、若干の不安を覚えたのだ。
その結果、ゴールの言葉を思い出す。『一撃ちょっとで死なない人間が出たら退く』、これ以上戦う必要がないのであれば退くに限る。
のだが、無理矢理金で腕を生やしたゴールのジャブを、ザルーが巧みに躱し叩き砕く。その一撃で済まさず、腹、胸、顔にと軽いジャブを繰り広げる。ゴールとて敵の破壊力に気付いたため回避と防御を主軸とした戦闘にしているためそれは大きなダメージではない。しかし最初に破壊された両肩の治癒は遅々として進まず、誇り高さ故に敵を見返すまで逃げ出せない事情があった。
「ころぉ」
思わず溜息、ならぬ溜ころぉ。むしろキルはあの高飛車で化け物めいた身体能力を持つゴールに対応できる人間がいることに驚いているが、ザルーはその驚異的な集中力と反射神経をもってゴールの特殊移動法『音虚』さえも見切っていた。
ゴールが敗北する、というのは今の今まで魔女の中で考えられることではなかったが。
「ころころ……ころ!」
キルが大きく地面を踏むと、キルを中心に円形に地面に火炎が走る。広範囲に広がった攻撃はロブレンでも即座に全て消し去ることはできない。広がった炎はバロミにも向かうが、彼女は自前の念動力でそれを振り払い、その向こう側にいるザルーはそれを気にする必要もない。
エイナらの戦法は、魔女が退く、ということを鑑みなければ完璧であった。
しかしキルは真っ先にヴィーの方向に向かって走ったのである。
「ヴィー、全部回収して」
「あらぁ……、全く珍しいこともあるものねぇ」
味方の敗北と窮地、それに慣れ、学習し、行動する。それが今のキルとヴィーにはできた。手痛い敗北の経験が彼女らを生かしたのだ。
膨れ上がったヴィーの肉体が、無尽蔵に波のように三人の元へと押し寄せる。
雪崩のように膨らむ薄橙の肉体を、バロミとロブレンの秘術は寄せ付けないが、さらに触手のように伸びたヴィーの肉体がゴールとハイパーの肉体に絡みつき、飲み込み、肉の体内を運んでいく。
『退くわよぉん? ……あなたたちの意志は関係なしに』
ヴィーの膨れ上がる肉体のいくらかはロブレンの音波によって爆破され、バロミの念動力によって砕かれた地盤で抉られていくが、退き、味方を肉で守るだけならば可能であった。
ただ、その二人の猛追によってヴィーはひしひしと殺意を、魔女すら殺しうる殺意を感じた。
『ヴィー! ヴィー! 私は、私はまだ戦えますわ! 私を誰だと思っていますの!?』
コウハの師匠、バニラのライバル、七賢序列は四、黄金の魔女・伝説のゴール。
自称伝説であった戦士はまさしく本物の伝説にすらなった。だがそれでも、ヴィーは鋭く伝説に口答えした。
『バニラは人間に殺された。トウルも、ジーも。……あなたのプライドも立ち位置も知ったこっちゃないのよね。戦わないで無視するって選択肢もあるけど、本気でリベンジするというのなら、私も本気出すわよん?』
強く、強く、ヴィーは言う。ゴールがどうしても死にたいというのならどうぞ死ねと言うほどの心づもりで言いたいことを全て言って、ゴールとハイパーを助けた。ハイパーは既に意識がなく、命すら危うい状態であったが。
バニラは人間に殺された。ヴィーはゴールを動かすに適確な言葉を最初に持ってきた。激昂しかける頭に冷水をぴしゃりとかけたのだ。
『……ふ、ふ、ふ。乗せられてあげるわ、ヴィー。それにしても、忌々しい人間ども……考えをもう少し、改めませんと……』
その日、魔女は大人しく退いた。
FGOのイベント面倒臭くないですか?




