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魔女大陸動乱編4・第一対魔女学校の暴君

 レイミーヤとサヨの歓迎会は、数日後にニッカの行きつけの店で行なわれることとなった。

 特徴のない普通の店で、単なる居酒屋のようなものだ。もっと小さな屋台のような店がニッカが一番好きな店だが、そこはナミエと二人で行った場所、教師全員ならば、まあ普通の店しかない。

「へー、雰囲気いいじゃ~ん。ほらサヨも座って」

「はい」

 レイミーヤは当然のように上座に座り、サヨを隣に座らせる。そんな態度をふてぶてしいと思う間もなく、ロイ、ゴロロ、モコ、一人のニッカ、アーサーもそれぞれ席についていく。

「じゃー注文するよー。唐揚げ三個くらい頼む? ん?」

「レイミーヤさん、もうちょっと遠慮を……」

「馬鹿! 歓迎されてるんだから自由に振る舞うべきよ! サヨは遠慮し過ぎなんだって!」

「そうかな……?」

 と二人の会話は弾むが他はぽつり、ぽつりとまばらな会話しか進まない。

 そもそも教師全員出払う時点でこの歓迎会は間違っている。警備をゴリアックと他のニッカに任せてはいるが、あまりに無計画と言わざるを得ない。

「ほれほれサヨ、なんか最近あった面白いこと話して」

「ええっ!? そんなの無茶です!」

「いいからさ!」

「ええ、ええと、ええと……魔女を両断できた、とか」

「それ見てたけどこっちは面白くないんだよ! 死ぬ思いだったって!」

「ごめんなさい!」

 怒鳴られて謝るサヨは、そのまましゅんと肩を落とした。

 だが、レイミーヤの暴挙は枝豆を頬張りながら矛先を変えるのみ。暴君は遠慮を知らぬ。

「じゃあロイ、なんか言ってみ」

「……この集まりに意味があると思えない」

「ふんふん。で?」

「魔女の襲撃が恒常化しつつある今、戦力が整っている中で抵抗すべきだ! 今ここで遊んでいる時間など……」

「面白くない!」

 レイミーヤの一喝には、呆れてロイは言葉も出なかった。

「私はね、面白い話って聞いてんだけど?」

 最初に言った通り、だが空気の読めない発言にロイがついに立ち上がった。

「真面目な話をしているんだ! ふざけ続けるなら第一学校に帰ってくれ、レイミーヤ。戦う意志がない者はここに必要ない」

 サヨまで帰らせるかもしれない、そんな不安がロイの中によぎるがそれでも構わなかった。この学校の空気は、そんなお道化て良いものに思えなかったからだ。

 だがレイミーヤは第一学校で振る舞ったようにはしない。

 ただ口笛を吹いて一言。

「はーいすみません反省してまーす。……うるせえな」

 誠意のない言葉の最後にぼそっと悪態も呟く。もちろん全員に聞こえている。

 それでも、ロイが二の句を告げる前にレイミーヤが言ったのである。

「じゃあ戦う前に悩みを解決しよう! やはり戦うとなると憂いを失くしたいものだからねぇ。ということでディペンドンちゃんだったっけ? なんか言ってみ」

「私ですか!? いえまあ悩みという悩みはそりゃあるにはありますがそれを易々と他人や見ず知らずの人やさらには原因に近いロイ先生に語ってもいいものかという時点で悩みますしそれにこれは相談すべきことではなくて自分自身で決めるべき内容であってっていうとやはり答えが出るものでもないので堂々巡りだとも思うんですがそれでも最終的には私の決断が必要なのでここは話さないが吉と……」

「いや話せ!」

「ええー!」

 ディペンドンの長々とした言葉を全部受け止めて、レイミーヤが出した答えは結局それ。

「……私が教師になるかどうかという話なんですが、いまだに命を懸けて生徒を守るか、命を懸けて戦えるかどうかというのが不安なんですよね。この間の魔女との戦いでもニッカ先生を死なせてしまいましたし何もできませんでしたし精々走って喋るくらいしかできなかったのでもう情けなくて恥ずかしくて死にたくて教師なんてできない向いてないって思ってるんですよね」

「責任感あるし平気じゃね?」

「適当じゃないですかレイミーヤさんって人は!?」

 ディペンドンが驚き叫ぶが、レイミーヤは尚も続ける。

「じゃあさ、教師にならなかったら戦わないの? 教師にならないって決めたら死なないように安全圏でだらっとしとくの?」

 言われて、ディペンドンは言葉を失くした。

 だが、すぐに言った。

「そうですね……今の私はきっと戦うでしょう。すぐ死ぬかもしれないですけども」

「じゃあ問題ない。君の勇気は教師でも警察でも軍隊でも通用すると思う。なあロイ」

「軽々しく呼んでくれるなぁ。……だが、そうだな」

 ロイは頷き、ディペンドンの目を見据えた。

「僕は君を信じたい。それだけ悩んでくれているのだから」

 呟くロイはどこか暗い顔をしていた。

 他人に心配かけまいと行動していたつもりが、ディペンドンがそれほど悩んでいると思わなかったのだ。

 お喋りでふざけた態度の見られる生徒だったが、これからは可愛い後輩として、信じることができそうだ。

 ようやくロイは、僅かに微笑むことができた。

「……と言っても、ノア先生に相談するまでは仮だけどね」

「はい」

 穏やかに微笑むディペンドンに、もう憂いはない。

 その晴れやかな笑顔はロイだけでなく、レイミーヤまでも魅了した。

「なあサヨ、あの子可愛くない? 狙わない?」

「狙うってなんですかレイミーヤさん!」

 驚いて声を荒げたサヨを無視して、次のレイミーヤの矛先は……。

「ゴロロちゃん! 悩みあんでしょ?」

「わだすは、別に……」

「ふてくされたモデルみたいな反応してんじゃないよ! 私に嘘吐いたらどうなるか分かってんでしょうねぇ? 注文増やしまくって食べきれませんってお店に言って余分に払わなきゃならない分を全部払わせるよ」

「地味ですね、レイミーヤさん……」

 くすくす、と笑い声が漏れるが、ゴロロは喋ろうとしない。

「何を悩んでんの? サヨが好きとか? だったら平気だよ、サヨは彼女いないし好きな人もいないっぽいし」

「えええっ!? あの、レイミーヤさん?」

「なに?」

「なにって……その……うう」

 とレイミーヤだけはまるで気付いていないようであるが、ゴロロ含む第二学校の教師は皆気付いた。サヨの感情がこの場にいる鈍感な暴君にのみ向かっているということを。ゴロロはの地味な失恋の瞬間でもあった。

 ただレイミーヤはとにかく気付かないので適当なことを言う。

「まあゴロロくんは私ほどの強く天才的な女性に勝つほどの実力者だ。うちのサヨをやってもいいぞ。ガハハ! なんちてな!」

「いえ、もう、なんかいいです。なんがもう駄目だごりゃ……」

 すっかり意気消沈したゴロロに、尚もレイミーヤが詰め寄るとついにゴロロは話した。

 ヤケクソである。

「わだすはぁ! もう教師さ辞めよと思ってんです!」

「なんで?」

 全員が絶句している中、レイミーヤは淡々と尋ねる。

「やっぱ給料? 見合わないもんね~。私みたいな天才最強教師がサヨよりも安月給なんだから」

「それは単純に、教師歴が……」

 と二人のコントはまるで無視して、ゴロロは続ける。

「……もう自信がねえ。目の前でネイローが死んで、ナミエさんもレイゼ先生も死んで、わだすの実力じゃ魔女に勝でねし、生徒も守れねぇ……。わだすは、弱い」

 意気消沈のゴロロに対して、レイミーヤは今度は怒り心頭に立ち上がり大声を出した。普段から大声で喋ることが多いのでいまいち迫力は足りないが、とにかく怒ってるらしく足をバタバタ地団太を踏んでいる。

「なんだその理由!? じゃあお前に負けた私も教師辞めろってか!?」

「そうは言ってねぇ! わだすが自信がねえから……」

「じゃあ自信くらい持て! 力があって、責任があって自信がねえだぁ!? 覚悟が足りてねえんだよ! 死ぬ覚悟だけじゃなくて死なれる覚悟だってしてきたんじゃねえのか!?」

 死なれる覚悟、という言葉はゴロロに雷のような衝撃を与えた。

 二人組を作り、見捨てるということは確かに生徒の時点で習ったことだ。見捨てる覚悟も死ぬ覚悟も、十年以上前から培ってきたはずだ。

 だけど今のゴロロは、それでも納得はできなかった。

「……出ねえもんは出ねえ」

「ってか出るだろ。うん、出る出る。なあサヨ」

「え、私は、分からないけど……」

 思い出したようにレイミーヤは語る。

「始めに私が戦車で攻撃した時、お前真っ先に止めたじゃん。自信がなくても、いざという時にちゃんと動けている、それでも自信がないと思うか」

 言われてゴロロも思い出す。確かにゴロロを名指しはしたが、あの時はディペンドンを守るべきだと考えて行動した。

 全く自信がないと思っていた時であったが、必要な行動はとれていたのだ。

「自信持てって~、働ける人が重要なんだからさぁ~」

 ゴロロの心が揺らぐ。

「ディペンドンちゃんも先輩に居て欲しいよね、ね、ね?」

「はいそれはもう! 私の前で戦ってくれたゴロロ先生の勇姿たるや、ゴロロ先生に手とり足とりいろんなことを教えてほしいですしモナド先生が入院している今一番親しい先生と言っても過言ではありません。そんな先生が辞めてしまったら私の心も……」

「分がっだ分がっだ! ……ひとまずは続ける、うん」

 キャッキャと笑顔でディペンドンとレイミーヤがハイタッチ。

「じゃ次アーサーちゃん言ってみようか!」

「えっ!? 私は、別に……」

「ないの?」

「……別に、ない」

 虚を突かれたアーサーだったが、結局は静かに押し黙り、レイミーヤに心を閉ざす。

 なにせ悩みはロイのこと。ロイが疲弊し、自分との距離を空けていくことに不安と悲しみがある。

 だがそれを吐露することはロイに迷惑といらぬ心配をかけることになる。ならばこそ一歩引くのが大人として、責任ある者としての行為だ。

 それを知ってか知らずか、レイミーヤは続ける。

「じゃ、ロイは今の見てどう思った?」

 一風変わった質問に場が凍る。しかも真っ先に反応したのはアーサーだった。

「ロイは別に、関係……」

「ないことないでしょ? 二人のラブラブっぷりは有名だしねー。今のアーサーの反応見て、ロイが何を思ったのかなーって」

 ロイは重い口を、ようやく開く。

「……アーサー、もし悩みがあるなら僕は話してほしい。それはきっと重要なことだ」

 このわずかな時間でゴロロとディペンドンの気持ちを汲み取ったレイミーヤが見事な手腕であると、それはロイも分かった。だからこそ、ロイもアーサーの考えを理解せねばならなかった。

 だが、アーサーは頑として口を開かない。

「……どうして、アーサー」

「アーサーちゃんが話さないなら、ロイが先に言えばいいよ」

 既に、誰も話せないという雰囲気ではない。だがレイミーヤの言葉に耳を傾けようという気になっていた。

「ロイも色々あんでしょ?」

「僕は、ない。だから安心して……」

「じゃあ私が言おう。校長という任についたが、次々と問題が起きてその重圧に負けている。しかも自分が質問しても大好き同士のアーサーが答えてくれない。校長をする自信がない。けどしなくちゃいけない。不安だけど頑張ろう、そんなんでしょ」

「っ!! そんなことはない!!」

「リム・ミドナイトを自分で殺せなくてますます不安になった。魔女との戦いに参戦できなかった。そんなのも関係してるでしょ?」

「僕は……僕はそんなこと……」

「生徒が魔女を倒したんだものね。ゴロロ先生も同じことで悩んでるんだし、仕方ないよ、ロイ」

「仕方なくなんて! 僕には責任が……」

「ないね。心が弱すぎる。校長代理は無理。とっととノアが戻ってきてそっちにやらせればいいんだ。何なら私がしようか?」

「ふざけるな! そんなこと……」

「だったら、心配をかけないようにするか、心配をかけるなら周りに助けを求めろ。誰もロイに全部を求めちゃいないよ」

 あまりにはっきりした物言いは、求めていないという残酷にも思える言葉は、少しだけロイを責務から解放したように思えた。

 ただ、意気消沈して力が抜けているが。

「こんなもんかな。あースッキリスッキリ」

 楽しそうに伸びをするレイミーヤは、単に愚痴を言い切っただけ、という雰囲気で笑っていた。

 別に第二学校全体の成長を促すなんて考えをレイミーヤは持っていない。ただこれから付き合う人間が辛気臭い顔をしているのが嫌なだけなのだ。

 あまりにずけずけと、正直な気持ちで人の心に土足で踏み入るような真似をするのは、それこそ彼女が暴君であるからである。

 しかし優れた独裁者であるならば、周りの全てをも良き方向に導くことが可能であろう。尤もレイミーヤがそうであるかどうかは分からないが……。

「よしご飯ご飯! 今日は歓迎してもらうよー!」

 心の底からの声で、レイミーヤはその食事を楽しんだ。

 ただ、傍のサヨに新しい悩みができていることを彼女は気付いていない。

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