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クロスフィールド編11・蒼の魔女・英雄のコウハ

 負けたヴァギンを迎えるチームメンバーは、なかなか冷たい。

 ラムラテによって人間の姿に戻った今では全裸で眼鏡もなく、額の六つの赤い目を包帯で隠しているが、魔族として耐え難い無様な姿であった。

 それ以上に耐え難いのは、己が負けてしまったことであるが。

「負けたんだね。じゃ、私が行くよ」

 シズヤはそれだけ言って、中堅としての役割を果たしに行こうとする。

「小娘、無理はするな」

 ラムラテは一言だけシズヤに言う、だが業務連絡のように感情を表に出さないラムラテには特に反応しない。

 だが、既にリースが目覚めている。

「シズヤ、ラムラテ殿の言う通り、決して無理はするな。かの御仁ならば手荒な真似はないと思うが……」

 言いながらリースの両腕はシズヤの植物によって治療されている途中、強く打った背中のダメージは銀のおかげで少ないが、ヒンジャーンに折られた腕はすぐには治らない。

 それでもリースに不安はないが、シズヤは彼女が不安にならないように笑顔を向けた。

「大丈夫、仇は討つよ!」

 そしてリースに背を向けたシズヤは、氷よりも冷たい顔で試合会場へ進んだ。



『なんということでしょうか!! クロスフィールドの三人目の戦士は、なんとフィナッカが実子、三女のシズヤ・クロスフィールドだ!! 魔女の大陸の一年生の最強という井の中の蛙、ここで大海を知るか!?』

 モラルの魔族側に偏ったような実況も気にせず、シズヤはグランデを見つめていた。

「敵意充分、じゃな。お嬢様というには、あまりに邪悪」

「誰にだってこんな顔はしないよ。ヴァギンを倒したあなたが怖い、っていう気持ちもあるし」

 シズヤは珍しく正直に語った。敵意は充分あり、リースを倒した相手が憎い気持ちもある。しかし目の前の老いたゴブリンは悪人に見えない。シズヤすらそう思ったのだ。

「でもね、リースの仇だから、絶対に負けない。絶対に」

「ふぉふぉ、厚き友情じゃ」

「愛だよ? 結婚するもん」

『始めぇっ!!』

 呆気にとられたグランデは、シズヤの巻き起こした暴風を防ぐ手段がなかった。

 いや、厳密には力眼を発動はしていた。シズヤを中心にその目で細部に至るまできちんと見ていた。

 だからこそ、表情一つ変えず、確実に真実を言っているというのが理解できた。生半可心を読むなんて技を持っているがために、その真実の愛に猶更驚いた。

 そして、そこからあふれる魔力。筋肉の運動量も変わらずに膨大な魔力が吹きだし風となって自らを襲うあらゆるものを破壊し尽くす勢い。

 不意打ちの上に、グランデとは相性が最悪だった。相打ちの引き分け狙いが最善手であっただろうと、魔法壁にぶつかったグランデは消えゆく意識の中で思う。

『…………お、終わった、のでしょうか。信じられません! ザックス兄弟の弟ヴァギン・ザックスを倒した大魔族グランデ、それを倒したのが、若干十五歳の、ただの人間! シズヤ・クロスフィールドだぁぁぁぁ!!』

 リースならば魔女という体裁がある。だがシズヤがそれを、しかもあんな一瞬で、というのは、誰もが驚くところだ。

 だが、次の相手はそうはならない。



 セルゲイやコウハが、寝かされて動けないグランデを心配そうに見守っている。

「……やはり、年かの」

「馬鹿野郎、油断こいてるからだ」

 セルゲイが呟く。いつも豪快に笑っていた彼も、今度ばかりは静かに驚きを示していた。

「グランデ殿、しかし戦いには相性という物があります。リースとヴァギンを破った戦法は見事でした」

 先の二戦の健闘を讃えながら、コウハは満を持して立ち上がった。

「不肖、副将のコウハ、あなたに恥じない戦いをお見せしましょう」

 魔女・英雄のコウハ。ついにその拳を奮う時が来た。


『説明の必要がありましょうか! 人魔戦争で戦い英雄という称号を得! 最強の七人の魔女の称号『七賢』と呼ばれた、我々が知る最強の存在! 最強の魔女! 英雄のコウハ!!』

「自分より強い魔女はいると言っているだろう!! ……ああ、全く、誰が英雄のコウハだ」

 コウハは確かに強いが、バニラとゴールという自分の師匠には頭が上がらないし、まだまだ未熟な部分もあると思っている。だがそれ以上にこういう評価が多いのは、その実力が自他ともに認め、充分な発揮の機会があればこそ。

「さて、シズヤ・クロスフィールド、グランデ殿の仇は討たせてもらうぞ?」

 自信ありげに笑うコウハに、シズヤは眩暈のようなものを感じた。

「……リースに、似てる」

 第一印象が、デジャブめいていた。

 初めてリースとあった時の粗暴さというよりも、リースと慣れ親しんでから一緒にいる機会は多かったが、そういったリースの雰囲気とコウハの雰囲気は酷似していた。

 そしてまた、初めてリースと遭った時の独特な雰囲気も、今、戦いに赴こうとするコウハから感じ取っていた。初めて見た時には魔女という恐怖と驚きがあったが、こうして敵として注視すればするほどに、既視感は強くなっていく。

「彼女か。自分も他人のようには思えない。だが、遠慮はしないぞ? 自分は友情のために、戦わせてもらおう」

『始めぇっ!!』

 モラルの叫びと同時に、シズヤはグランデにやったように暴風を起こした。

 コウハがいかに強いといえど、体重に鑑みれば風で倒せないわけがない。

 しかもグランデにはしなかった鎌鼬も数多く含めている、切り裂き、吹き飛ばす、キルやヴィーなど魔女さえも殺し得る破壊の風がコウハに襲い掛かる。

 それを、コウハは。

「固有魔法『煌々波動(こうこうはどう)』」

 真っ青な炎で自分の全身を包み込んだ。

 炎を吹き飛ばすほどの勢いがあると思われた風は、コウハの魔力に敵わず炎による上昇気流で全てが無効化されていく。

「対策はさせてもらった。そして、次に行かせてもらおう」

 危険を感じ取ったシズヤはすぐに空へと飛びあがり、同時に地面から巨木を数本出現させてそれを盾にした。

 だがただの盾ではない、それぞれが猛毒を帯びた巨木、高所にいる自分のみがそれを躱せる。

 それを炎に包まれたままのコウハはシズヤが飛びあがって滞空するまでを見送り、動きを止めたところでようやく炎を解いた。

「そして我が燦日が技の一つ、『疾風』」

 言ってしまえば、ただの跳躍。

 だが、彼女はそれで飛行し、地上からはるかに離れたシズヤの目前にまで跳ね上がっていた。

「さて」

 必死の距離、シズヤは息が止まった。瞬間移動にしか思えなかった。

 コウハはゆっくりとシズヤの首を掴む。

 それだけ。

 コウハが重力に従って落ちるのに合わせシズヤも高度が下がっていく。

 そして二人が地に足をつけると、ゆっくりとシズヤは手を挙げた。

「降参、だな?」

「は……い」

 首を縦に振ることもできず、シズヤはそう言った。

 あまりに、簡単に。

 けれど、絶対的に。

『強すぎる!! コウハ選手の勝利!!』



 無傷で戻ったシズヤに、最初に声をかけたのはリースだ。

「グランデ殿との戦いは……なんというか驚いた。だがコウハ殿との戦いも……うむ、世の中には強い者が多い」

「……うん」

 悲しみ、というよりシズヤは茫然としていた。夢見心地だ、負けたということが信じられないほどだった。

 歴然とした力の差を見せつけられれば、それがどうしようもないほどであれば、どうにかしようという気すら失せる。

 次の選手、というところで、メイドが一人やってきた。

「ラムラテ様、これを」

「ああ」

 ラムラテが受け取ったのは金色の籠手、そこに籠る魔力は魔族や魔術師しか分からないものだが、リースですらその奇妙な力を感じ取った。

「ラムラテ殿、それは?」

 聞かれたラムラテはそれを自分の拳につけながら答えた。

「ハサイナックル、神具と呼ばれる魔を討つ強大な力を持った武器だ。あらゆる物を壊すことができるという」

 ムゲンチェーンの兄弟のような武器であるが、ムゲンチェーンが持ち主に魔力を与え、数多く戦えるというものに比べると、こちらは個人戦に特化している。

「……本気、ということか」

 リースが呟くと、ラムラテは溜息を吐いた。

「テゼルト、出番はないと思え」

 そう一言だけ言うと、ラムラテはメイド服を脱いだ。

 素肌に張った漆黒の鱗が彼女の体を最低限に包む。

 半魔体、魔龍としてのラムラテは既に力を示しつつあり、その緊張感に味方さえ目を見張る。

「コウハも、セルゲイも、私が殺す。強さの果てを、求めて……」

 そのラムラテの後ろ姿を四人は見送った。



『ザックス兄弟の姉にしてクロスフィールドの筆頭メイド! 『暴虐の獄炎龍』の仇名はどうしたのか、メイドなどという慎ましい仕事! しかし今の姿は半魔、やる気は充分! かつての力を見せてくれ、ラムラテ・ザックス!!』

 慣れぬ武器を忙しなく触れるラムラテに、コウハは楽しそうに笑いかけた。

「ついにこの時が来たな、ラムラテ。自分はこの時をずっと待っていた」

 ラムラテは無表情でそれに応えず。

「闘いに、一つ提案があるんだが」

「……聞こう」

「まず、遠距離戦といかないか? 自分達が殴り合えば、被害がどれほどのものになるかわからない」

 魔導晶によって守られているとはいえ、魔女と魔女程の実力を持つラムラテとハサイナックルが組み合わせられれば、それは充分に起こり得る事態だ。

 だからコウハの提案は妥当と言えば妥当、むしろラムラテのいるクロスフィールド側としては願ってもないことだった。

「いいだろう」

「よし」

『始め!』

 そう言って、コウハが退きながら、遠方へ放つための炎を右腕に纏わせた直後。

 ラムラテは黒い炎を用いた加速で一気に距離を詰め、右腕でコウハに拳を放った。

 誇張なく、打撃。

試合前の約束は一瞬で破られた。

「ラムラテ!? 話が違うぞ!」

「話だと? 敵同士でか!!」

 躱された打撃はそのまま地面にぶつけられ、地を砕く! そして割れた地面からラムラテの黒い炎が噴き出した!

「獄炎烈波!!」

 燃え盛る黒い火炎がコウハを包む。

「『煌々波動』!!」

 だがコウハも黙ってやられるわけがなく、蒼い炎に身を包みそれをなんとか防ぐ。単純な魔力量だけならば魔女という種族である分コウハが有利――だったはずが、蒼い炎が上へ押し上げられる。

 リライオンが数日かけて毒漬けにしたその体は魔力に関してはラムラテより劣るほどにまで落ちていた。

 こうなれば黒い炎、獄炎を防ぐ術は、ただ受けて耐えるしかない。

「ラムラテに騙されるとは……研鑽が足りぬか、努力、研鑽、くっ!」

 そして、炎が消えた後には火傷だらけのコウハが残っていた。

「しぶといな、コウハ」

 獄炎の高熱は魔女でさえ疲弊させるに充分、魔力への抵抗力が下がった今、正々堂々と戦えばコウハが負けうるほどにまで弱っていた。

「何故だ、ラムラテ……、こんな姑息な手段を用いてまで、自分に勝ちたいのか」

「ああ、勝ちたいとも」

 ラムラテは即答した。普段の彼女とはかけ離れた印象に、コウハは言葉を失った。

「最強になる、強さの終わりを見つける。その果てをお前も私も知らないだろう。私にとっての壁は貴様だ、コウハ」

 言うと同時に、ラムラテの体中に黒い鱗が張り始めた。

更には巨大な尻尾が生え、顔は醜く爬虫類のそれへ変形し、最後には巨大な翼が生えた。

 獄炎龍魔、龍神の大陸にしかいない魔族、通称『龍』であるラムラテの魔族としての本来の姿。ヴァギンの蜘蛛と比べれば小さく、人間態とあまり変わらない大きさだが、その力は比ではない。

「コウハ、私は最強になれるなら何でもする。時に聞こうじゃないか、お前は努力、研鑽といつも言うが、その果てに何を求める? 何のための強さだ?」

 饒舌と呼ぶには足りないが、それでもラムラテにはありえない言葉数にコウハは驚く。だがその良くない感じを覚え、コウハは説得を試みるように答えた。

「自分は、自分を鍛えてくれた師匠のため、数少ない仲間のために強くなるのだ! 守るための力を……」

 弱弱しいながら拳を握るコウハの頭を掴み、ラムラテは自分の目を見据えさせ、堂々と伝えた。

「下らん。強さを手段にするなど、貴様もリースも履き違えている」

 そしてコウハを魔法壁へと投げつけた。

「強さを求め続ける! それは最強になるため、最強で居続けるため! 強くなるのに理由はいらぬ! 強くなるために強くなる! 強さこそが全てだ! 魔女がそんなことも分からないか!?」

 動く気力を失くしたコウハに、ラムラテが一歩ずつ近づく。

「恐れろ。泣き叫び這いずり回って逃げろ。二度と私という存在を忘れず、毎晩毎晩殺されるかもしれないと恐怖に震え続けろ。それが強者、そして弱者。く、くっくくくく……」

 たまらなくなって笑い出すラムラテは、直後真剣な表情になり体中に獄炎を纏う。

「君は……そんな」

「詫びろ。自らが強かったことを」

 ラムラテが一言呟くと、同時。

 会場の魔導晶が全て壊れ、魔法壁が消え去った。

「……これも君か、ラムラテ?」

「いや、知らんぞ、なんだこれは!?」

 会場が混乱とどよめきに包まれる中、事情を理解しているのはただ一人。

セルゲイの巨体が観客席に現れた。

「ありがとよコウハ! これで俺の作戦は全て無事に遂行できるってわけだ!!」

「……? どういうことだ、セルゲイ?」

 満身創痍のコウハが呟くが、その言葉はセルゲイに届かず、彼は自分勝手に捲し立てる。

「この五連戦は囮だって言ってんだよ。俺の目的は……これだ!!」

 セルゲイが腕を一振りすると、空を裂く斬撃はフィナッカのいる特別観客席を無残に切り裂いた。

 セルゲイの高笑いが響き、観客達は戦々恐々となり逃げだし始める。

 控室の戦士達が急ぎ試合会場へと姿を現す。

「雇い主に騙されていたのか。……哀れな女だ、コウハ」

 ラムラテが呟き、止めを刺そうという瞬間。

「研鑽……研鑽研鑽研鑽研鑽研鑽研鑽研鑽ケンサンケンサンケンサン……ひっ、卑怯者どもメガァァァァアアアアアアアアア!!」

 コウハは、切れた。


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