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クロスフィールド編2・プロポーズ

 虫に怯えて弱ったリースを庇うようにシズヤは立ち、前方のテゼルトと後方のシオン両方に気を配った。

「『忠毒』……十二将って、確か魔族の名立たる王だよね」

 最も有力な魔族は三大魔皇と銘打たれたセルゲイ、デビル、シントの三人である。

 その次に有力とされているのが十二将、性質も大きさも思想も違う十二の高位魔族、その一人こそが人型ムシ魔族、忠毒の異名を持つテゼルト・ペイルマンである。

「味方なの?」

 シズヤの疑問は、アリスなど魔族によって支えられていた人間の言葉には思えない。

 確かにエリオット教の隊長格などは無法者の魔族に襲われ激しく恨んでいることも多いが、魔女と争うシズヤとて魔族の全てが悪いわけではないと知っている。

 けれど、リースを怖がらせた時点でシズヤにとっては悪である。

「決して敵ではございません、お父君のお客様でございます」

 シオンがそこまで言うと、ようやくシズヤも警戒を解いた。だが敵意は残したまま。

「……まあ何でもいいよ。私はリースと二人で行くから」

 一刻も早く二人から離れたい想いでシズヤは足を速めるが、殺気にも似たシオンの強い気を感じる。

「なりません、このシオンに同行させてください」

 半ば強制的な懇願に、シズヤは苛立ち、敵意をシオンにまで向けた。

「……何人相手でも容赦しないよ」

「おっとっと」

 テゼルトが自分は関係ない、という風に手を挙げてお道化るが、シオンはむしろ力ずくでもついて行くと言わんばかりに喉元を膨らませた。

 胃の中に物を仕込む、そんな能力を持ったシオンは人と魔のハーフである。

「シズヤお嬢様は我儘になられたようですね」

 二人の気がぶつかり合う。

 だが、シズヤは傍にいたリースに急に抱きしめられて動きを封じられた。

「むっ! 無理! 虫は無理なんだ! すまないシズヤ!」

「えっ! あ、だ、大丈夫、大丈夫だよ!」

 どうどう、となだめすかしていると、シオンが笑った。

「シズヤ様も、そのように可憐な少女を連れて街歩きをしては何かと大変でしょう。私が保護者として……」

「うるさいなぁもう!」

 全く不本意ながら、結局シズヤはシオン達の同行を許した。

 しかしまあ、ずっと手を繋げたのだから、シズヤとしても満更ではなかった。


 あまりに広大なクロスフィールドの旅は、徒歩だけでは到底回り切れない。

「ここからはバスに乗っていただきます」

 なかは老若男女人魔問わずごちゃごちゃとしており、シズヤは重い溜息を吐く。

「飛んでいくから別にいいよ、こんなの」

「そうは行きません。私達は飛んでいけないのですから」

「そうなの? それはいいこと聞いちゃった」

 言うが早いか、そこからの動きは速かった。

 リースを抱き抱えて飛翔したシズヤは、植物によってシオン達を妨害することも忘れず、素早く遠くに見える大きな豪邸へとまっしぐらに飛んで行った。

「シズヤ! いきなり何を……」

「へへー、気にしちゃ駄目だよ」

 してやったり、と優しい笑顔のまま、シズヤはどこまでも飛んで行く。

 だが後ろには追う者一人。

「シズヤ、テゼルトという魔族が来ている」

 瞬間、シズヤは強い殺意と共に視線を後ろに向けた。

 すると、すぐにテゼルトは両手を挙げた。確かに今の彼は背中から薄い羽が四枚忙しなく羽ばたいている。

「闘うつもりはございません。ただ、万が一のためについて行くくらいはいいでしょう?」

「……リースを怖がらせて、よくそんなこと言えるね」

「シズヤ、私は気にしていない」

 シズヤとしては怒り心頭であるが、リースがそう言う以上はぐっと飲み込む。

「あとは館に向かうだけなのだろう? 何でも構わん」

「……じゃあ、特別に許してあげる」

「感謝の極み」

 テゼルトは器用に空中で飛びながらお辞儀をして、そのままついてきた。

 こうして、三人は直ちにクロスフィールド家の実家に辿り着いたのである。



 たくさんのメイドと執事が立ち並ぶ中、三人は歩いた。

「ここが私の家だよ、リース」

「ふむ……家という言葉で済ませてよいものか?」

「メイドと執事に扮した人魔問わぬ大量の兵士、そして堅牢な造り、城砦と言っても過言ではありませんな」

 リースとテゼルトが意見を同じにしているのに嫉妬しているシズヤに、メイドが声をかけた。

「あの、お嬢様ですね!? えっと、シオン様は……?」

「撒いたよ。それより、お父さんのところに案内してくれる?」

 老齢の外見に見えてシオンは魔族の血を持つ故老いとは無縁、優れたボディガードをあっさり巻いたことにメイドは絶句しているが。

「ねえ早くぅ?」

「は、はっ! かしこまりました!」

 緊張しながらメイドが歩くのを三人はついていく。

 荘厳な像、誰をも通さぬほど眼鏡な門、そして開かれた扉の中には、また人の姿をした魔族のメイドと執事が大勢いた。

「ふむ、フィナッカ様は戦争でも始める気なのかね?」

 物騒な言葉にリースが眉を顰めるが、テゼルトの次の言葉ですぐに意味を理解する。

「誰もかれもが名を馳せた武人、あまりの戦力に肝を冷やします」

 リースの血が沸き始めるが、それをメイドが阻害した。

「あのぅ、シズヤ様、ご主人様と謁見する前に、一ついいですか?」

「内容によるけど、なに?」

「お二人の知り合いであるという、怪しい人物を捕えているのですが」

「殺しちゃって」

「シズヤ! 何を言って……」

「ああ、冗談、冗談だよ! 会う会う、会うから……」

 過激なシズヤの発言であるが、折角二人きりで実家に連れてきたのに、知り合いが誰であれ邪魔されるのはシズヤにとって殺意が芽生えるほど憎い。

 イライラを募らせつつ、まず地下の部屋へ案内され、そこで鎖でがんじがらめになったシキ・クラシマと出会った。

「シズヤ! リース! ……うう、情けない。済まないが、助けてくれないか?」

 周りには見栄えの悪い筋肉質な執事とメイドが一人ずつ、武器を持ってシキを見張っている。

「……一年二組の最強だったな。シズヤに瞬殺された。何故、こんなところに?」

「話せば長くなるけど」

「別にいいよ話さなくて。解放して魔女の大陸に戻してあげて」

「承知しました」

「シズヤ、話しくらいは」

「分かったよ、聞く聞く」

 リースは本当に私のことを愛してくれているのだろうか、などとシズヤは悩みつつ、シキの話を聞いた。

 シキの目的はクロスフィールドにある闘技場である。

 過去、レンの特訓のために作られた闘技場は今や世界的にも有名な施設となり、戦士であるならば一度は行ってみたい場所。

 シキも前々から挑んでみたいと思ったが、クロスフィールドに入るにはかなり金がかかる。

 だがそれを貯め切ったシキは、シズヤとリースがこのクロスフィールドに来るという情報も聞いていざ挑戦、とここまで来たのだ。

 だが調査不足、闘技場の参加料が払えなかった彼女は行き場を失くしてシズヤの知り合いということでここまで来たのだが、クロスフィールドの城砦など周りを歩いただけでつまみ出されるなり殺されるなりするところを、シズヤの知り合いの一点張りでここまで持ちこたえたのだ。

「……済まない」

「それより主を捕えたのは誰だ? 主より強い者がいるとは……」

「いや、対して抵抗はしなかったから」

 抵抗したとして、これだけの魔族相手に助かるとは、シキも思っていないが。

「ふむ、闘技場か」

 リースが興味深そうに呟くのを、嫌な予感を覚えつつシズヤは素早く言う。

「何でもいいよ。入国金も返してあげて、魔女の大陸に送還して。いいよね、別に」

「うっ……できればそれは」

「主はどうしたいのだ?」

 リースの質問に、シキは答えた。

「闘技場で戦わせてほしい! そのために働く必要があるなら何でもする!」

「何でもねぇ……じゃあもう少し魔女の大陸で働いて来たらいいんじゃないかな?」

「シ・ズ・ヤ」

 リースの言葉に、いい加減シズヤは怒った。

「もう! リースは私とシキさんのどっちが大切なの!?」

「どちらも大切だ」

「どっちの方が好きなの!?」

「それは無論……」

 リースはシズヤの腰に手を回し、ぐいと顔を近づけた。

「……言うまでも、ないだろう?」

 シズヤの胸元に顔を埋め、上目遣いになっているのに、それでも勇ましいリースの表情は、結局シズヤの心を打った。

「……ずるいよ、リース」

「そう言うな、シズヤ。シキが可哀想ではないか」

「はいはい。それじゃシキさんもここのメイドにでもなってよ」

「め、メイド!? 私がか!?」

 驚くシキの拘束をメイドが取り払う。そのメイドにシズヤは言った。

「それとあなた、シキにメイド服を用意してあげて。えっと仕事は……私とリースの小間使いでいいや。賃料はここの食事代と宿代と、闘技場に参加する分だけでびた一文いらないよね?」

 メイドは頷くが、シキは苦い顔をしていた。

「メイド服なんて、そんなのなくても……」

「駄目、こういうのは形から入るんだよ」

 意外とシズヤも頑なであるが、シキは悩む。

 シキもリースのように武道着を着こなす戦士だ。私服は意外とお洒落なところもあるが。

 白いフリルのついたカチューシャ、黒と白のコントラスト、フリフリのスカート、なんて。

「メイド、かぁ……」

 ちょっと悪くないかも、なんてシキは思っちゃうのだ。



 そして早速、リース、テゼルト、シズヤとメイド服に身を包んだシキはフィナッカのいるという部屋の前に立った。

「……ここにお父さんがいるんだ」

「緊張しているのか?」

「だって、会ったことないんだもん」

 驚きリースはシズヤの顔を見るが、その表情は確かに重い。

「子供の頃はさ、ずっとお姉ちゃんとかお母さんにばっかり育てられて、男の人を見たことがないっていうのは聞いたよね?」

 頷いてリースは確認する。

「お父さんさ、昔はだいぶ忙しかったから、世界中いろんな大陸に行ってたの。お母さんも放ってさ」

「そんな、過去が」

「だからお父さんと一緒だったリースのこと、ちょっと嫉妬したりしたよ」

 シズヤは苦い笑顔を浮かべた。それが精一杯の笑顔だった。

 けれど直後、シズヤはゾッとする冷たい目をした。

「――許さないよ、私を放っておいたお父さんのこと」

 リースも、シキも、テゼルトも何も言えなかった。

 そしてシズヤは扉を開けた。

「シズヤァァァァァアアアアアアア!! ずっと会いたかったよ! ああ、大きくなって、こんなに可愛くなって! ほらラムラテ! ヴァギン! あれが私の娘だ! なんて、ああレンにそっくりじゃないか! 一目でわかったよ!」

 煌びやかな装飾、調度もリースですら見て一級品だと分かる、けれど造りはこじんまりとした私室。

 そこで椅子からとび上がろうとしているところを、特徴的なメイドと執事に抑えつけられた、半分白くなった髪と濃い髭の男こそが。

「……お、父さん?」

「そうだよ! まあ、シズヤのことは学校の体育祭の時の映像を見せてもらったから知っているんだけどね。ああ、シズヤ! こうして会うのは初めてだね? パパだよ~」

 小さく手を振る姿はまるで赤ん坊を相手にしているみたいだ。

 シズヤは自分の胸中すら分からなくなった。こんな馬鹿みたいな人相手に、何を剥きになっていたのか、と。

「シズヤ、パパって呼んで」

「……もう十六歳だけど」

「お父さんでもいいよ」

「それより大事な話があるの」

「なんだい、シズヤ?」

 穏やかな笑顔のフィナッカ・クロスフィールドに、シズヤはリースを抱きしめ、熱烈なキスを見せて、そしてリースとフィナッカ、いやその場の全員が放心状態になった中で、言い放った。

「私、彼女のことが、リース・ジョンのことが大好きです。だから、リースと結婚します」

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