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クロスフィールド編1・クロスフィールド

ニネンブゥリディスカ

 レンをこの大陸に送り届けたのと同じ、金色の飛行艇が魔女の大陸に泊まっていた。

 力を得るために魔女の大陸に来る者は多く、里帰りする者もまたいる。

 しかし一年の時点で将来を見初めた相手まで決めて親に見せに行く、というのはシズヤ・クロスフィールドくらいなものだろう。

「これに乗っていくのか。なんとまあ……」

「これは、お父さんの趣味だから、ね? えへへ……」

 照れ隠しで笑いながらも、シズヤはリースをその成金趣味とも言える機内へとエスコートした。

 広い機内に対して席は僅か六人分、しかも座らないスペースに十人以上もメイド服を着た女性が仕えている。

 年齢は様々、リース達と同じくらいに見える人もいれば、ハッケイよりもまだ年上の老婆もいる。

 皆一様に入ってきたシズヤとリースに視線を向けるが、そこに含まれる想いも様々、と言う雰囲気だ。

 厳しく敵を見定めるような者もいれば、和やかな笑顔で出迎えてくれる者。

「そのお方がリース・ジョン様ですね? シズヤお嬢様」

「うん。リースにも紹介するね?」

 そうシズヤが語り掛け手で示した相手は、高齢のメイドだった。

シズヤとの雰囲気は暖かく砕けており、一目見たリースもその仲が自分とはまた違った緊密さを示している。

「彼女はシオンさん、シオン・ファクシさん。私のお母さん代わりの人だよ」

 紹介を受けたシオンはリースに対して頭を下げた。

「シオンです。この度はご結婚、おめでとうございます」

 リースはその柔らかな物腰ながら、隙を見せないシオンの動きに目を見張った。

「……気遣いには感謝する。が、少し気が早いのではないか? まだ父上の許可も貰っていないというのに」

「シズヤ様が見初めたお方です。あの方が反対したとして、私が許可を出しましょう」

 なかなか無茶苦茶なことを言っているが、気にせずにシズヤはリースを席に導いた。

「ちょっと遠いけど、一日もかからずに行けるから。多分、着くのは夜になるかな」

「ふむ、それまでどうするかな」

 シズヤは席に付属しているリモコンを操作すると、二人の前にモニターが降りる。

「映画見る? カラオケとかネットとかも繋げられるしニュースも見れるし……外の風景もどうかな? 本とかも……」

「シオン殿、お手合わせを……」

「だと思ったよ! リースの馬鹿!」

 リースは何かあればいつも特訓だの鍛錬だの、である。

 そういう一本気なところも素敵であるが、たまにはロマンスを求めたいのがシズヤの気持ちであった。

 諦め溜息を吐くシズヤを尻目にシオンは穏やかに笑う。

「そうですねぇ、ですが船を壊されてはたまりません。見たところリース様は、身のこなしからして体術を疎かにして、派手な秘術で戦うようですから……」

 リースの眉が震える。

 今シオンは、暗にリースの一挙手一投足が武闘家ではないと愚弄したのだ。

 予期せぬ真正面からの挑発に困惑すらしたが、そんなリースが言葉を返す前にシズヤがその肩を掴んだ。

「リース、もうリースは私から見てもとっても強いよ。気にしちゃ駄目」

「……ふ、主に言われるまでもない」

 リースにしてみれば、シズヤはこういう風にいつも気遣ってくれている。意地の悪いことを言う性格の悪い女である。

 それでも、もうそんなシズヤのことをリースは愛してしまった。

「では……風景でも見るか?」

 シズヤの笑顔がぱぁっと弾けた。

「うん!」



 風景はものの数分で飽き、映画は馬鹿馬鹿しいと一蹴、歌は歌えない。

 飛行艇でリースは退屈そうに本を探していた。

 図書館にあるような大きな本棚が一つだけ飛行艇にあるのだが、その本を片端からシズヤとリースは眺めていた。

 けれど、本は一人で読む物なので、シズヤの面持ちは暗い。

「本か……、文字は読めるが、読んだことはないな」

「ないの?」

「教科書くらいなものだ。生きるより訓練の人生、だからな」

 言いながらリースは父との日々を思い出した。

 自分の居場所は、今はここなのだろうかと。

 シズヤの隣なのだろうか、と。

 そっとシズヤの手を握る。

「わ、どうしたの?」

 そんなリースの表情は、シズヤが初めて目にするほど貴重な、弱気な表情だった。

「シズヤ、私は主がいなくなったら……主に見放されたら、そう考えると……」

 そんなことを言ってリースは自分でも何を言っているのか分からなくなる。どうして自分が居場所などを求めているのか。

「大丈夫だよ!」

 シズヤが思い切り抱擁してくれたことで、そんなリースの葛藤は全て吹き飛んだ。

「逆にリースが離れたいって言っても、絶対放さないから!」

 秘術は強いが、シズヤは非力だ。

 そんなシズヤが、一所懸命に精一杯の力でリースを逃さまいと力を入れている。

 シズヤの精一杯の想いと力が、愛らしく、可愛らしい。

「済まない、シズヤ。心配をかけた」

「うんうん、これからずっと一緒だからね?」

 そんな仲睦まじい二人を、メイド達は神妙な面持ちで眺めるのであった。


 二人が結局選んだ一冊の本は『魔女辞典』という書名であった。

 魔女とは魔女の大陸の七人のみではない。

 魔女の大陸は魔女が最も多く集まり、最も多く輩出している場所であるのだ。

 そもそも個人の主張が激しい魔女がチームプレーなどできやしない。産まれた魔女はバニラの言葉を受け仕方なく残っている者も多いのだ。

 ノーベルはともかく、スノウが勝手にイェルーンについてしまったのはその最たる例と言える。

 リースはそれを見て、声を漏らした。

「格闘術を使う魔女もいるのか……」

最も多くのページを割かれて解説されているのが『青の魔女・英雄のコウハ』その魔女である。

 蒼き炎を身に纏い、格闘の大陸にて自らの流派『燦日(さんでい)』を流行させた、魔術、格闘共にトップクラスの実力を持つ、目下最強とすら言われている魔女にして、当代最高の格闘家とも称されている。

「リースにとって最強の格闘家って誰なの?」

「確か昔はチャンピオンの名をクライモヤと言って、私もその戦いを見ていた。非常に珍しいことに女性が男性のチャンピオンを打ち倒したということで騒ぎになっていた」

 昔を思い出しながら感慨深くリースが言うが、尤も、と注釈を加える。

「最強の格闘家は、紛うかたなくゴリアック殿だろうな」

「あー……そうだね」

 シズヤの落胆の意味をリースは理解できないまま、飛行艇は二人を運ぶ。



 そしてついに――――

「ご覧ください、リース様」

 シオンの言葉に従って窓の外を見ると、リースは感嘆の呻きを漏らした。

「これは……桁違いだな」

 魔女の大陸よりもずっと大きな大陸。

 建築は大人数が集まる想定の大きな物が多く、空港に集う飛行艇も、空から見ている時点で蟻のように小さいのに、それらすべてがリースが今乗っているものよりも大きいと判断できる。

「凄いでしょ。大きくて、集まりやすくて、魔族と人も関係なしに集まる場所」

 シズヤが自慢げに言って、シオンが説明を済ませる。

「故に皆がこう呼ぶようになりました。クロスフィールド、と」

 その名はリースでも知っている。

「いや、待てシズヤ、それはつまり……」

「ここが私の家だよ、ようこそ、リース!」

 広大な島の全てを前に、その迫力に、リースは生唾を飲んだ。



 数ある港の一つは、シズヤの所望によって一般の物が選ばれた。

 家庭用の専用港もあるのだが、シズヤもこの島を自由に歩くのは初めてなのだ。

「私ね、お父さんのことあんまり覚えてないんだ」

 シズヤを育てたのは過保護なシズヤの母と、姉のアカリだ。忙しく世界を飛び回る父の姿はシズヤの記憶の中にない。

「シオン達メイドと女家族に育てられて、男の人を見たことは殆どなくて」

「こんな島にいるのにか!?」

 リースは今、広大なクロスフィールドの港に辿り着いた。

 今まで一度たりとも経験したことがない『街』という存在、魔女の大陸のちっぽけで低い人口密度とはまるで違う。

 ざわざわと耳障りな人の声、大きな飛行艇のエンジン音、あまりの人いきれに眩暈すら起こしそうだ。

「言ってなかったっけ? 男の人はイツキのお兄さんくらいしか……まあ、今はアリスさんとかコントンさんも知ってるけど」

「うむ……」

 言いながら二人は一歩踏み出す。

 と同時に、十人ほどいたメイド達もムカデのように連なって歩く。

 それをシズヤは振り向いて制止した。

「あのさ、二人きりになりたいから、消えてくれる?」

 輝く笑顔で毒を吐くシズヤに、シオンも輝く笑顔を返した。

「なりませんお嬢様。せめてこのシオンめだけでも同行させてください」

 シオンとシズヤが笑顔のまま、だが睨みあう以上の雰囲気が出ていた。

 だが二人とも外部からの悪意は敏感に察知した。

「グローリースーツ」

 音もなくリースの体から魔力が溢れ出し、白銀の鎧に包まれる。

「け……ぶべっ!」

 シズヤの後ろから襲い掛かった三つ目の魔族を、リースが銀の拳で殴り倒した。

「……リースも気付いてたんだ。流石私の伴侶」

「お嬢様のお相手に相応しいお手並みですね」

 同時にメイドたちも各々の武装を始め、シオンも喉を膨らませた。

「シズヤ、なんだこいつらは?」

 一人無様に倒れる魔族がいるも、周りには更なる魔族が邪悪な雰囲気を醸し出し、集い始めていた。

「だから一般港をお使いになるのは遠慮して頂きたかったのです。魔族が多く治安が悪いのですから」

「大丈夫だよ、リースと私なら」

 クロスフィールドは治安を良くするために関税や入国料があえて高めに取ってある。けれど裏を返せば金を払えば無法者がいくらでも入ってこれるのだ。

 入国料がいかに高いといえども、クロスフィールド家三女のシズヤを誘拐できるとなれば、安いものである。

「パミン様の手土産だ! 野郎どもかかれ!」

 魔族はそれぞれ武器を持っていたり、自分の爪や発達した顎を示し集う。

「イヤァァァァァアアアアアアアアアアアアア!!」

 そのうちの一匹に、シオンは胃袋から吐き出した二本の曲刀をぶん投げた。

 驚くべきはその速さ、魔族は勿論のこと、その場の誰にも目視できなかった。

「……今は敵を倒すのみ! 『火乃魂・明星』!」

 灼熱の炎が魔族を列ごと薙ぎ払う。

「動じない騎士・ロイヤルストレートフラッシュ」

 シズヤは自分を守る植物五体のみを出現させ、その場で見学。

 下級魔族程度は、リースのみでも充分なほどであった。

 それをメイド部隊、特にこういった荒事ばかりを相手にしてきたメイドとは名ばかりの戦闘部隊が集まっているのだ。実力は定かではなくとも、リース以上の経験を積んだ彼女らがいれば問題はない。

 だが、例外はある。

「いやはや、面白いものが見れました」

 雰囲気はまるで違う。燕尾服に身を包んだカイゼル髭の穏やかな雰囲気の老紳士は、けれど全滅した魔族と同じ種族だと肌で感じられた。

「主が親玉か?」

「いえ、彼らとは無関係ですが」

 細くなった目は開かれていないようだが、リースの判断では身のこなしはシオンにも匹敵する。

「シズヤは渡さん!」

 銀翼の滑空に火華馬猛の勢い、電光石火の早業でリースはその老紳士の魔族に接敵し、拳を奮う。

「破我納火!」

 だが老紳士からは羽が生え、それを躱すように更に上へ飛んだ。

 破我納火は拳をしたから突き上げるアッパーのような一撃、それに業火の上昇気流によって敵を打ち上げるのが目的。

 だから、飛んだところでリースには次の一手がある。

「格闘華和奥義……」

 銀の翼と火の加わった今、かつてゴリアックやアリスに放とうとしたもの以上の威力がある。

「晴日!」

 リースの放てる最高の技にして究極の奥義、これが通じなければ決して勝てない相手だろうと諦めさえつくほどの技。

それを目にすれば卓越した魔族であろう老紳士もようやく狼狽の色を見せ、目が開かれた。

 だがその目が合った瞬間、リースは絶句し、動作を遅らせた。

 彼の目から大量の毒虫があふれ出したのだ。

 蛆虫のようなワームがぐんぐんと伸びリースの体に巻き付く。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」

 集中力を失った体からは銀が禿げ、炎も消え、リースの体は墜落! リースは虫が苦手であった! 割と魔女の森を歩く時も虫とかいたら嫌だなぁと思うほどであった!

「リース! こいつ……!」

 シズヤが怒りを露わにしようとするも、それをシオンが制した。

「いけませんお嬢様、早とちりです! 彼は敵ではありません!」

 けれどシズヤはそれすら振り切り、落ちてくるリースを抱き留めた。

 そして、間近の彼を睨む。

「……何なの?」

 老紳士は空からゆっくりと下降した自分の帽子を被り直し、改めてそれを外して挨拶をした。

「自己紹介が遅れ申し訳ございません。私はテゼルト。『忠毒(ちゅうどく)』などと一部では呼ばれています」

 穏やかに、親人間派の魔族はそう語った。

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