シグルド会戦編7・シグルド会戦
シグルド西方、イェルーンとスノウ。
膨大な軍勢を相手にしなければならないというのに、二人は余裕そのものだった。
「さァて……見せてやるか」
と言っている間にもスノウは敵を氷にしながら、イェルーンの傍を離れない。
「……ちっ、つまんねえな。いいよ、テメェ一人で片づけてこい」
驚いた表情でスノウはイェルーンを見つめるが、イェルーンは悟った風に諭す。
「我慢してやるのさ。団長で、国のリーダーだ。これくらいはサービスしてやるさァ。任せて、認めて、自立させるってのが良いリーダーって奴だからなァ……そうだろ? そうだな!」
「……いいの?」
「いいから命令通りに動けっ! そんぐらいもできねえのかテメェは!」
「う、うん!」
直後、足元が凍り、いつものようにスケートの要領でスノウは軍団の中へ突っ込んだ。
だが、接敵するまでもなく、近づいた魔族は全て氷へと変化していく。魔力への抵抗がある強い魔族も中にはいたが、スノウの氷の刃の前には手も足も出ない。
何より、スノウの戦術はそれだけではなかった。
「氷の巨像」
魔女が生み出せる固有生物、ノーベルには小さなムササビしか出せずともスノウのそれは一人前の魔女のもの。
氷で出来たゴーレムと呼ぶべき柱のような手足を持つ人型の像は、まるで町への侵入を阻むように数十体立ち並び、その巨体を存分に振るった。
「おお、こんなこともできんのか……。すげえな」
感嘆の声をあげてイェルーンは、魔女の無双振りをその目に焼き付けた。
完全に圧倒し、氷の魔女は踊るように滑りながら、戦場を異形の氷の彫像立ち並ぶアトリエのように変えてしまう。
だがモチーフは恐れ、慄き、逃走、恐怖……まさしく魔女無双の戦場であった。
西方軍の生き残りはゼロであった。
シグルド東方、ウラヌス、キナ、ハッケイの戦況は苦境と呼ぶにふさわしい。
「炎舞炎膚奥義『零通火』ァ!!」
ハッケイは華麗に魔族の攻撃をいなしながら、貫通する炎の攻撃で敵の隊列に穴をあける。
が、それも限界。
萎縮した敵から距離を取りながら、そっとウラヌス達に耳打ちする。
「もう魔力がなくなりそうだ。持たん」
キナとウラヌスは二つのムゲンチェーン劣化第一番を使い、反発の力で敵の戦列を押し留めているが、それだけでは防ぎきれない。
「くっそ! ジークがいれば、防ぐだけならなんとかなるのに」
「真似てみる?」
「いや無理でしょ」
「逃げるか?」
ハッケイの思いがけない提案に、目を剥いたのはウラヌスだった。
「簡単に退けるわけないでしょ! ……敵中突破なら、キナと私で出来るけど、町を守るってなるとどうも無理ね。三方面に回す戦力がそもそもないし。……敵はそれを予想してたのかしら」
「もう無視していいんじゃない?」
キナもすっかり諦めモードで提案するが、それが現実的。
特に傭兵であるウラヌスにとって、金も貰っていないのに命を捨てて戦うなど考えられないはず。
だが、それをする理由が、エリオット教である彼女にはある。
「魔女大陸の小娘どもがムカつくのは分かるけどね、ここで魔族相手に尻尾巻いて逃げるなんてのが一番無理、腹立つできない」
「魔族に殺されるよ」
「逃げるなら死んだ方がマシね。魔族に殺されるつもりもないし」
ウラヌスは頑なに語る。その目には覚悟と決意の炎が燃えている。
「……怪我人放っといて逃げることは出来んな」
ハッケイが呟き、改めて大軍を前にした。ウラヌスはいまだに本調子ではないのだ。それを庇って、のこと。
「美人だし」
付け加えた一言がなければ、少しは株が上がるというものを。
「……しょうがない。付き合う。……けど」
防衛のため張り巡らせていた鎖を全て手元に戻し、キナは走った。
「守るためじゃない。一匹でも多く殺すために!」
無謀な突貫でさえ、キナなら数分は持つだろう。
数分しか持たないが、それでもキナならまるで自爆したかのように近くの魔族達に致命傷を与えて散るだろう。
元々はただの少女だった。
魔族に襲われ壊滅した不幸な田舎で、ただ唯一生き残った幸運な少女。
出会ったエリオットに魔族がいかに悪であるかを吹き込まれ信じ込み、今や魔族と共生する人間にさえも憎悪を向けている。
自分が同じように魔族と共生しているにも関わらず、魔族も人間も滅ぼせるならばそれで構わないと、その矛盾にさえ気が付かない。
そんな彼女が戦うしかできないのは、普通の幸せな人生を送れないことは彼女自身でさえ理解していた。
神速の伸縮を繰り返す鎖は、短いムゲンチェーンでは近距離戦しか行えない。だがウラヌスが持っていた劣化第一番を受け取ることで、まるで弾丸のような速度で鎖を鞭のように自由自在に動かすことができる。
それでも魔族の軍隊相手では、てこずらせることしかできない。
反発の鎖でバチバチと音を立てながら、敵の隊列の一箇所分を僅かに退けさせるのみ。
「先走って……あの子は」
呆れたように呟きながら、ウラヌスも前に出た。
彼女の特殊は『縛撃』、吸着しかしない鎖を、それをも勝る締め付けの破壊ができる神聖大隊長でも唯一の特殊な攻撃……があるのだが。
「大軍相手にはネードのが一番なのよね」
『盲目』の名を冠する既に死んだその女は、ただムゲンチェーンを適当に伸ばして反発だけさせるという技を使っていた。鎖に鎖が反発するランダムな動きは、集団や屋内戦では特に無作為な破壊をもたらす。
より効果的に、キナよりも敵の隊列を崩せたが、やはりそれだけでは敵の隊列を乱すことしかできない。
「これでは戦う場所がないな」
とハッケイが動けなくなるほどに、敵の最前線は混乱していた。
「漏れ出た敵を確実に仕留める。……なんとか持つか?」
「無理。犬死にね。三人揃って」
「むぅ、そうか」
それでも、ハッケイは自分の考え通り、突出した敵を狙うことに決めた。
だが、その時聞こえた別の軍勢の足音に目を向けた。
「……後ろから、だと?」
魔族ではなく、後方、町から人間の足音。
「民兵義勇軍、って感じ? まあ頼もしい」
ウラヌスが皮肉たっぷりに笑う。自分の国を守るために無給で戦う、戦意だけの集団、訓練も武器もなくやる気だけ、では戦力として不確定要素が強すぎる。
だが、ここは元神聖大陸。
「エリオット教元中隊長グレン! 並びに部下二十五名!」
「同じく元小隊長ハーバルト!」
「小隊長ベルディ!」
「中隊長ロートシルト! 並びに部下三十八!」
「大隊長イトゥユ隊、総勢百五十六名参戦! 神聖大隊長ウラヌス様とキナ様に間違いない! 我等でお守りするのだ!」
号砲が飛ぶと、一人一人の信徒が喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
数の上ではごく少数で、魔軍に比べれば吹けば飛ぶ小さな数字だと思うだろう。
なにせ敵は二万を超えている。一人百人倒してもまだ足りないのだ。
それに加えて魔族は普通人間より強い、人間数人で魔族を倒すのが普通なのだ。
だが、それではエリオット教が五十万だけで魔族に恐れられた神聖の宗教であったという説明にはならない。
傭兵上がりのエリオットが、戒律や集会の全てに戦闘のノウハウを詰め込んだ、戦う聖職者の実力は、指導者でもあるウラヌスとキナが一番把握している。
「総員二列横隊! 私とキナで敵隊列に穴を空けます! 散らばった敵兵を、陣を組み確実に撃破せよ!」
再び、いや先ほど以上の号砲が飛び交う、喜び、恨み、覚悟、様々な感情がないまぜになった叫びは、百倍以上の敵さえも脅かす。
「ハッケイさんだっけ? これなら守るだけなら可能よ。エリオット教は専守防衛に秀でているから」
久しぶりに余裕を見せたウラヌスは、敵陣から即座に戻ってきたキナと隊列を組む。
「頼もしい義勇軍は頼りになるのか?」
「魔が最も恐れた人間の集団の底力、ご覧になる?」
それはさっきの皮肉めいた笑顔とは違う、かつての、十万の部下を率いる頼もしき隊長の表情、既に敗色はない。
「……いや、それなら北の援軍に向かおうか。信じていいんだな」
「ええ、勿論」
それだけ聞き届けるとハッケイは即座に飛びのいて町の方へと戻って行った。
入れ替わりに、たくさんのエリオット教徒が二人の下に集うが、大隊長イトゥユは冷たい目でウラヌスを睨む。
「……はっきり言わせてもらいますが、魔族と手を結んでいる現状には納得していません。あくまで防衛のための戦力です」
「あら、それは総意?」
「イトゥユ隊は、そうですね」
急進派の中で、国内の魔女など内部是正を主張する者の代表がイトゥユである。
だが、ウラヌスとキナの顔に見覚えがあったこと、そして援護しなければ魔族に滅ぼされると言う状況なので動き出したというわけだ。
「さて、それは議会様に決めてもらいましょうね」
「……ともかく、正面の敵を倒しましょう。指示を!」
シグルド南方。
「俺より弱いテメェが勝てるか! 逃げろシンクレアぁ!」
尾を掴まれ踏み潰されている最中ながら、レイヴンは叫んだ。
もはやレイヴンも何故命がけで自分を助けろ、と言わないのか考えもしない。
自分自身がイェルーン空賊団に連帯意識を持ち、そして自分よりシンクレアの方が求められていると、ノーベルと同じように、分かっているのだ。
だがシンクレアは当然逃げない。
「ここで逃げれば結果は変わらない。……しかし、君が負けるほどか、レイヴン……」
数の暴力もあっただろうか、などとシンクレアが邪推するも、答えは簡単に敵が教えた。
「そりゃ俺が最強だからだ! ホルガン・マーナーの名前を知らないとは言わせないぜ!」
「ああ……そうか、魔族は分かりやすいな」
最強だから、国名に名前を乗っけるし、リーダーをしているし、こうしてレイヴンを倒している。
限りなくシンプルな答えばかり浮かぶが、その原理で行くとレイヴンを倒したホルガンに、シンクレアが勝てる道理もない。
そしてこの軍勢。
「……参ったな。やるしかないが……少し待ってくれないか?」
「あぁ?」
ホルガンの返事を待たず、シンクレアは懐から煙草を取り出すと、拳から出た炎で火を点けた。
「一服する時間くらいくれよ。ご無沙汰なんだ、仲間の前では吸うまいと思ってね」
「変人め。おいテメェら待つ必要はねえぞ! テメェらでこいつを殺せ!」
言いながらホルガンはレイヴンの尻尾を引っ張り、同時に魔の軍勢がシンクレアに襲い掛かった。
「……フゥー、焦っても仕方ないと思うが」
口に煙草を咥えたまま、シンクレアは両手を空へと掲げた。
「七拳とまで言われたんだ。副団長としての仕事はするさ」
両腕を重ね合わせて、拳から噴き出したのは、水。
だがシグルドの町の境である荒野では水が溜まることもなくただ低く低く流れていく、津波ほどの水が出せれば形勢逆転もあるだろうが、シンクレアの全力でも持って足が濡れる程度の水が広がるだけだ。
「それに何の意味がある!」
まず一人目、狼男のような魔族が鋭い爪で斬りかかってくる。
「威力のかさましにはなる」
攻撃を寸でのところで躱したところで、シンクレアの打撃は魔族に通用しない。
だが水の圧力でならその狼男を吹き飛ばすこともできる。
その間、右と左から来た敵に対して、片方には岩を思い切りぶつけたが、もう一方の斬撃には、右肩を裂かれた。
苦痛で歪み表情で煙草を思い切り吸い込み、辛うじて動く右腕から炎を噴射しそれを黙らせたが、やはりシンクレアは自分の無謀を悔いた。
迎え撃っても仕方がない。当初の目的通り、頭を潰す。
「おおおおおおおっ!! 私を倒せる者なら倒してみろ! 魔族共ォ!!」
柄にもなく、叫び、シンクレアは注目を集めた。
そして一斉に襲い掛かってくる魔族に、拳を向ける。
放つのは、強烈な閃光。
挑発することで敵の注意を引く単純な技だ。
目晦ましには充分過ぎる、即座にシンクレアは拳の突風で魔族を飛び越えホルガンの下へと駆けつけようとするが、その足は掴まれた。
忌々し気に振り返れば、目のない、臭いなどで敵を認識する魔族がいた。そいつにしてみれば光らせたところで何の意味もないのだ。
だが、拳から出す風を岩に変えてそいつを押し潰し、改めてシンクレアは飛んだ。
その間に、僅か一瞬の隙に、ホルガンとの間には二重、三重にも及ぶ魔族がいた。
取り囲まれたのだ。
「……炎で燃える、水で溺れる、雷で痺れ、岩で潰れる。……なのに、強いな、魔族は」
「人間にしてはお前も充分だな。やれ」
周囲三百六十度から襲い掛かる魔族。
いつ死んでもおかしくはない。
だからこその、決死の突撃ができる。
「私の答えはこうだ」
真上に、シンクレアは大岩を出現させた。
自分が潰れる、そんな位置に。
すべての魔族は一斉に退こうとするが、勢いのまま押し込もうと魔族は尚も迫ってくる。
だがシンクレアは既に一点しか見ていない。
真正面、ホルガンのいる方を。
切り裂かれて力の出ない右腕からは風を出して僅かに推進、左腕は唸る炎で敵を殴りつける。
速く敵を倒し進まねば自らが潰れる、そんな状況で左腕を水に変えて敵を押しのけ、ようやく進めた。
大岩が落ちる直前、後ろにまで迫った魔族がシンクレアの背中に大きな切り傷をつけたが、その集団は既に潰されている。
だが、まだ魔族はいる。
何より目に映ってしまった――尻尾を引き千切られ、人間に戻ってしまったレイヴンが。
「……ここまでか」
「……だから逃げろって言ったのによぉ」
今度は大岩を警戒してか、魔族はじりじりとシンクレアに詰め寄る。
それをも気にせず、シンクレアはもう一本の煙草を用意した。
「一日二本は吸わないようにしているんだがな」
大岩にもたれかかり、シンクレアは空を仰ぎ見る。
綺麗なものだと。
「呆気ないが、まあ仕方ない。スゥー、フゥー」
「こいつふざけてんのか?」
「さあ……殺す前にヤっちまわね?」
魔族の下卑た発想について、ホルガンは怒りを露わにした。
「テメェら! んなもんは町でいくらでもできるだろうが! そいつらはバルダ達の仇だ! 即刻殺せ!」
「ホルガン様もそいつを殺してないじゃないですか」
「こいつは魔族か人間か調べる。調べて殺す!」
人間であればどれだけ無残に殺してもいいが、魔族であるならば、ホルガンにも様々な考えがある。どちらが本性で、そしてどちらの首を残しておけば、効果的に敵を恐怖させられるのか。
命を懸けて孤軍奮闘した戦士、敵の中ではきっと重要な存在なのだろうと、信じて疑わないからこそあっさりと潰すことはホルガンさえ躊躇ったのだ。
そんな僅かな時間が、なんとか勝機を分けるのだ。
高速の、蜻蛉のような飛行物体がホルガンの膝に当たると小さく爆発し、その足をどけさせた。
「どわぁっ! なんだ!?」
その飛行物体は次から次へと飛んできては、自由自在に飛行し、魔族の体に自爆特攻を続ける。
ノーベルの作り出した無人飛行兵器である。
一時的に解放されたレイヴンは即座に飛び出て、変身しシンクレアの下へ駆け寄る。
「邪魔だどけぇ!」
変身は、腕と足のみ、身体の殆どは人間のままだ。
だがその必死の形相は充分魔族を萎縮させた。
剛腕に鋭利な爪、息も絶え絶えのレイヴンでも、なんとか二体の魔族を切り裂いて、シンクレアを抱きしめるまで至った。
「クソ! 羽が生えれば逃げられるのに……クソッ!」
「いや、大岩の向こうにノーベルがいる。町に逃げ込めれば、君だけは逃げられるぞ」
シンクレアは煙を吐きながら呟いた。
「だったらテメェも……!」
「いや、自力で立つのも辛くてね」
シンクレアのもたれている大岩には血が滴っていた。右腕から肩にかけても、とめどなく。
「……クソォ!」
レイヴンは、シンクレアを庇うように立ち、ホルガンの方を向いた。
「意外だな、守ってくれるのか?」
「決着がついてねえだろうが!」
「私の負けだったはずだ」
次から次へと蜻蛉型ロボットが飛ぶ中で、レイヴンは無数の魔族相手に、一歩も引かず睨みを利かせる。
「心中なんか御免だぞ! シンクレアァ! テメェも戦え!」
「無茶を言う……」
会話しながら、ホルガンがまっすぐ走ってくるのが確認できた。
今のレイヴンではもう手も足も出ない強敵で、ついには目を閉じるほどの窮地に。
ミサイルが飛んできた。
「むっ、おおおおおお!?」
それがホルガンに直撃する。
大爆音と爆風はレイヴンとシンクレアを大岩に叩きつけるほどだが、ホルガン含む周りの魔族さえ炎熱と煙で何も見えなくなるほどの威力。
そして、後には何も残らなかった。
「ホルガン様が……やられた!?」
「やられたーっ! ホルガン様がやられたぞ! 逃げろーっ!!」
後は、本当に速かった。
魔族は爆風で吹き飛び、なんとか意識を保てている程度のレイヴンでさえ、彼女が強気な表情で睨むと逃げ去っていく。
「……なんとか、助かったか」
それだけ呟くと、レイヴンも意識を失う。既にシンクレアも失神していた。
「おーい無事か! いやー私の天才的発明がピンチを救って……って! おい!」
簡易パワードスーツを纏ったノーベルがようやく訪れる。その手には機械の箱が一つある。
「敵が逃げてったっていうことは、リーダーを倒したんだよな?」
ふぅ、と胸をなでおろすノーベルだが、その足元に一匹のハムスターが走った。
茶色い毛、しかし可愛いと言うには、少し目つきがギラついているし、古強者を思わせる目の傷などが妙に勇ましい。
他にも、ミサイルで崩れた石ころの影や、大岩の下、空気中に浮遊している塵や埃のようなものまで、そのハムスターへと集まっていく。
「……魔力の流れが、作為的だ……なんだ、おいシンクレア! 起きてくれ!」
流石は魔女というべきか、それを早く感じ取ったが、ノーベルはそれをようやく確認した。
徐々に膨らむハムスターは既に三十センチにもなろう。
「ええい! これを食らえ!」
ノーベルが機械の箱のスイッチを押すと、同時に蜻蛉型ロボットが飛び立つ。
しかし、ハムスターからは大きな腕が生え、それを殴り――消失させた。
「正体を味方に教えていなかったのが仇になったか……まあいい、こうなれば俺一人でどうとでもなる」
小さい、がまだまだ周りの魔力を取り込み、ハムスター型魔族……いや、ホルガン・マーナーは元の姿へと戻っていく。
ホルガン・マーナーは魔小という魔族である。
いわば雑草のようなもの、個々に種族の区別があるが、あまりにも弱くすぐ死ぬプランクトンのようなものなので魔小と一括りにされた者達。
その中で、どんな偶然か人魔戦争以前から細々と生き続け、その結果十二将になるほど力を蓄えた小さな魔力の集積所たる存在。
体を鋭い前歯に変えて機械を削り取る、という技を持っていた。
「げっげげげ! なんで効かないんだ!」
ノーベルがスイッチを連打するも、ついに蜻蛉ロボは全てホルガンの体の小さな刃に削り取られ、なくなった。
「弱小魔族風情が、よくも俺の力を散らしてくれたな」
「弱小魔族だと!? 私は魔女だぞ!」
「知らん。今死ぬか、後で死ぬか、選べよ」
そこで、ノーベルは自分の分の悪さを悟った。
絶対に勝てない敵がそこにいる、と。
「……えぇ~、っと。私は魔女だぞ!? 他の魔女とも仲が良い! 魔女の実力は分かっているはずだ! 私をここで見逃せば他の魔女に口添えを……」
「もう黙れ」
一メートルサイズになったホルガンに対し、ノーベルはかける言葉が見つからない。
だが、逃げられない。
否、逃げたくない。
初めて自分を認めてくれたシンクレアを、見捨てて逃げることをしたくない。
「あああ、ううう、くそぉ……私を、私を舐めるなよぉ!」
ノーベルの固有生物であるムササビは、あっさりとホルガンに叩かれて絶命した。
「なんで私は! 何もできないんだよぉ!」
「知るか」
迫るホルガンの拳がノーベルのパワードスーツに……。
「間に合ったか、ふぅ」
掠り、大きな穴を空けた。
突然現れたハッケイに気を取られ、攻撃を外したのだ。
「また人間か。面倒臭ぇ」
「ハッケイ! 頼むぅ!」
ノーベルの泣き声に、渋々と言った表情でハッケイがホルガンに近づく。
「これはどういう状況だ? なぜ魔族一体だけ?」
「俺が、最強だからだよ!」
漸次的に大きくなるホルガンが一切の容赦なく振り抜いた拳を、ハッケイは身をかがめて躱す。
同時に、ハッケイの足元からは火が噴いていた。
「零通火」
火華馬猛の速度でホルガンの腹に直進し、貫通する拳の炎は、ホルガンの本体を捉えた。
「んなぁぁぁぁあああああああっちいいいいいいいい!! 馬鹿なぁぁぁぁぁあああああああ!」
膨らんでいた体からどんどん魔力が抜けていき、最後には小さな焼け焦げたハムスターが残った。
「……なんじゃこれ?」
ハッケイとて完全に敵の正体が分かったわけではなかったが、敵の内臓を焼く最強の技ならなんとでもなると思った。それが、想像以上の効果を挙げたのだ。
「か、勝った……勝った! 勝ったぞ! シンクレア! 起きろ!」
「……なんとか、生きているよ…………しかし……これでは……命がいくつあっても足りない……」
シンクレアとレイヴンは致命傷と呼ぶほどの傷を負ったが、奇跡的に死者はいない。




