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シグルド会戦編3・秘密の切り札

 イェルーンらが砦の前まで来た。

 一つの巨大な塔とそれに付随する各方向十六の見張り台、今やその全てから魔族の姿が見える。

 それだけならず、木製のバリケードの残骸など邪魔になる物は取り払われ、巨大な四足の魔族や大蛇のような魔族、相当な敵の準備にシンクレアは息を呑んだ。

「宣戦布告もなしに攻撃するようなクズ! 自由にしていいんだぜお前ら!!」

 ホルガンの傘下にして、神聖大陸拠点防衛部隊長『うねりのグライブ』は大蛇の姿の魔族。

 その全長は七十メートルにも及ぶが、巨大な体のそこかしこに魔族が張り付いている、軍用列車のような役割をも果たす。

「宣戦布告だぁ!? 戦争にルールがあんのかオオヘビ野郎ォ!! ひゃはっ!」

「団長、戦争にもルールはあります」

 シンクレアが諌めるが、既にイェルーンはドーピングを始めている。

「行くぜ野郎どもォ!! イェルーン空賊団の初陣だぁ!」

「既に皆戦っていました! 戦っていないのは団長だけで……」

 言っている間にイェルーンが突撃し、その後ろにレイヴンがついた。

「副団長、蛇は任せるぜ」

 呟き、レイヴンは猛スピードで真ん中の砦へと突っ込んでいった。

 それに声をかけたい気持ちもあるが、副団長としては団長の命が何よりも尊い。

「スノウ、イェルーンを守れ!」

 言われなくても、だろう。スノウは足元を氷にしてスケートのようにイェルーンを追った。

「レイヴンは砦への道を作ってくれ! ハッケイ殿は団長達の後から砦へ!」

 ハッケイは意味ありげに顎鬚を弄りながら、シンクレアの指示に従い駆け出した。

 そしてシンクレアは、ウラヌスとキナに目を向けた。

「お二人には……、周りの監視塔を攻撃してほしいのですが」

「団長は虐殺って言ってたけど?」

 ウラヌスはそう言いながら、最寄の見張り台へと移動し始めた。

「……ありがとうございます」

「感謝される筋合いないんだけど!? 私は私の好き勝手するだけだし!」

 キナは溜息を吐いてその後をついて行く。

 そしてシンクレアは跳梁跋扈する魔族に目を向けた。

「グライブ様ァーー!!」

 既に、グライブは虫の息だった。

 胴体の一部が完全に氷に変えられ、体が断裂している。

「これが魔女、これが魔女かぁーー!!」

 その力を受けたグライブが叫ぶ様を、魔族達は恐れ慄き、逃げ出す者もいた。

 それを茫然とシンクレアは見ていた。

 やはり努力より才能である。



 殆どの魔族が逃げ出し、残ったのは空賊団のメンバーのみ。

 砦の中や監視塔には死体が散乱しているが、外にはグライブの死体がある以外、殆ど魔族はいなかった。大ボスがやられたとなれば逃げだすのは、個々の実力差が激しい魔族や魔法を使える人間ならば当然のことと言える。

 無論、義や忠誠心のことを考えれば継戦する者もいるが、彼らが忠誠を誓っているのはグライブではなくホルガンなのだ。

 空賊団の面々が砦を調べるうちに、イェルーンが喚きだした。

「ああーっ! ……つまらん。なんかこう……ぐわぁーっとなることはねえのかよ!? あァ!?」

 言いながら自分に付き従うスノウの頭から酸を駆け出す始末。これではスノウもイェルーンから離れざるを得ない。

「ご乱心ですか、団長?」

 シンクレアが丁寧に問うが、そのシンクレアに向かってまでフラスコを投げ出す。

「テメェらが私の娯楽をぶんどったからだろうが! 燃えねェ……、ステラを殺してェ、ネイローを殺してェ、くそォ……」

 有象無象の雑魚軍団ではイェルーンは満足できなかったらしい。個々人なら嬲ることができるし、大量にいても虐殺は可能だが、今回はレイヴンとスノウにそれを取られてしまったのが大きい。

「待て! 待ってください団長落ち着いて! 本当に乱心じゃないか!」

「うるせェ! テメェら全員皆殺しだ!」

 叫び暴れるイェルーンだったが、シンクレアの拳から出た光で動きを止めた後、ウラヌスの鎖によってがんじがらめに縛られた。

「……酷いこと、しないで」

「しかし、こうしないとイェルーンに殺されるぞ?」

 シンクレアの言葉にスノウは腕を組んで長考を始めた。イェルーンは何を言うか分からないので猿轡を噛ませているのだ、スノウにとっては酷いことだろう。

「燃えること、か。誰か、団長を満足させられることはないか?」

「難しいこと言うわね。私の目的は道具探しだからたぶんないわね」

 ウラヌスとキナはそんな風に言うだけで特に考える様子もない。

「何も考えずにこういうの続けりゃいいじゃねえか。ぶっ殺すのが楽しいんだろ?」

 レイヴンの言葉は正しいが、あまりに危険が伴う。

「さっきのような戦いじゃ、団長の命がいくつあっても足りない。だが君達を警護に回すと、団長は燃えないそうだ」

「じゃ、警護なんざつけなきゃいいだろ」

「団長がそんな命令をしても、この最強戦力はそうしないだろう?」

 スノウは反応せずにまだ考えている。それをレイヴンはふーん、とスノウみたいに考え始めた。

「ハッケイ殿は……」

「生憎、考えるのは苦手でな」

 そう言う通り、ウラヌス達同様に考える素振りも見せていない。

 一応シンクレアはこの団の参謀にも目を向ける。

 それにノーベルは明らかに怯えて反応した。

「私に聞くのか!?」

「参謀だろう?」

「私は危険なことを考えるのが苦手なんだ!」

 そんな気はしていた。というか、恐らくノーベルはこの団の中では随一に頭が良い。だからこそ起こり得る、いや起こし得る惨劇を考えると、それに巻き込まれたいとは思わないのだろう。

 となると、とシンクレアは自分の意見を出した。

「私としては、この戦乱に身を投じるのはどうかと思います」

 縛られたままのイェルーンにシンクレアはその考えを説明した。

「今はホルガンと呼ばれる魔族の統治下にいますが、恐らく人間は迫害されている。故に、魔族も含みますが人間が主体のこの団を解放軍と見立て、地元の人の協力を仰ぎ、大陸を支配する」

 暴れていたイェルーンは動きを止め、その話を聞き入っていた。それに気を良くしたシンクレアは更に続けた。

「そしてこの大陸の全土を支配した暁には、新たな国を作るのです。そうですね……イェルーン帝国、なんてどうでしょう?」

「ぷっ! 名前に帝国て……愉快なセンスしてるわね~」

「そうだろうか? いや、笑っていないでもう拘束を解いてくれ、ウラヌス」

 シンクレアの言葉通り拘束が解かれ、動き出したイェルーンは狂乱し、叫ぶ。

「最ッッッッッッッッッッッッ高に面白そうじゃねェかシンクレアァ!! そのダセェネーミングセンスも気に入ったぜェ!?」

「……そんなにダサいか?」

 自分のセンスに自信を持てなくなったシンクレアの声には影が差すが、その考えにはイェルーンは大満足している。

「いいじゃねェかイェルーン帝国……くひゃっ! くふっ、くふっ、だが、それなら汚物の探し物もあるし、戦争だって起こし放題、皆がやりてェことができるってわけだ!」

「……ちょっと、汚物って私のこと!? いくら臭うからってそれは言い過ぎでしょ!」

「あァ~そうだなァ、屍肉を浴びて少しはマシになった」

「……そこまで?」

 ウラヌスまで自身を失くしているが、それは失くしていい自信だと、キナが念を押した。

「本当に、酷かった」

「俺なんか変身したら鼻が利くからよぉ、本当に臭くてたまらなかったぜ!」

 そこまで言われれば、ウラヌスもノックアウトだ。

 凹んで黙り切ったウラヌスは置いといて、とシンクレアは話を始める。

「ともあれ、街が見えます。早速あそこに行き公明正大に人を解放しましょう。無論、そこを統治する魔族も滅ぼして」

 にたぁ、とイェルーンの頬が引きつる。

「そりゃ、当然私も行かなきゃなァ?」

「ええ、それとスノウと私も同行します。あなたが善良で正しき皇であるという筋書きを考えましたので、それを利用します」

「ほォ? で、異論がある奴はいるか?」

 イェルーンが尋ねるも、誰も口を挟まない。

「ほらベル坊、お前は?」

「……我々が一般市民を味方に付ける術があるとは考えも及ばなかった。やはり機械いじりばかりじゃ駄目なのか」

「他には?」

 別にノーベルの反省を聞く機会ではない。

「帝国の名だが、もう少し考えた方が良いだろう。イェルーン帝国では独裁国家のようだ」

 シンクレアの心は半ば折れた。こちらもウラヌスのようにぽてんと座り込んでしまう。

「国の名前か、良い考えある奴いるか?」

 ウラヌスとキナは無言、そもそも彼女達が所属していた組織自体エリオット教だ。考えてない。

「俺もそういうのは駄目だな。なんか勝手に考えてくれ」

「同じく。先も言ったが考えるのは苦手でな」

 レイヴンとハッケイも案は出ないし、ノーベルも言っただけで先ほどのようにびくびく震えている。

「おいスノウ、お前なんかないか?」

「イェルーン帝国」

 一人同意。しかしシンクレアの折れた心は治らない。

秘密の切り札シークレット・ジョーカー

 イェルーンの腕から、ディスペアが呟いた。

「あん? なんだそれ?」

「僕らのリーダーが作ろうとしていた僕らの国の名前。魔女と人間を支配して世界に対する力を持とうとしたんだけど、結局みんな死んじゃってなくなっちゃった」

 悲しむわけでもなく、淡々と語るディスペアの言葉にシンクレアが反応した。

「切り札か。場面的にはピッタリだな。魔族に反旗を翻す、革命の旗印としては」

 シンクレアが認め、何よりイェルーンが笑った。

「それでいいだろ。他に意見もねェしな」

 イェルーンが重い腰を上げると同時に、シンクレアとスノウが付き添った。

「じゃあ、行くか」

「うん」

 そんなシンクレアの姿を疎ましそうにウラヌスはねめつける。

「……なーんか、副団長が板についちゃってない?」

 愚痴っぽく呟くも、キナは満足そうな笑顔で頷いた。

「牢獄のあの人を見ていたから、別に良い。悪い人じゃない」

「悪人の方が都合良さそうだけど」

 キナに対してウラヌスはやはり不満を抱いているが、意外にも諌めたのはレイヴンだ。

「俺もあそこにいてかなり長いが、実際シンクレアは可愛いもんだ。一所懸命な子供みたいなもんよ」

「それ褒めてる?」

「まっすぐな御仁ではある。故に、私も彼女目当てでここに来たのだ」

 ハッケイの言葉には、誰もが驚いた。

「……イェルーンじゃないのか?」

 レイヴンが尋ねると、むしろハッケイは意外そうに言う。

「誰もそんなことは言っていないだろう? かの一本気な娘が、この状況で善に振れるか、悪に振れるか、私の興味はそこだ」

 ほぉ、と感嘆の声が漏れる中、ウラヌスは呟いた。

「あんまり気に入ってないの、私だけなのね」

「ってか、そもそも役職になんざ頓着しねえよ」

 笑いながら言うレイヴンの言葉が、皆が思うところでもあった。



 街を支配していた事務的で戦闘力の低い魔物を氷像に変えて、イェルーンらは人々の前に立っていた。

「エリオット教が負けた後、魔族に支配されたこの大陸を再び人の手に取り戻す、我々こそが魔族をも支配して戦う。ここに秘密の切り札の樹立を宣言する」

 シンクレアの透き通る声が人々の耳に入り、徐々に人を集めていく。

「魔族の暴虐をこれ以上許してはいけない。既に我々はここより南の砦を一つ滅ぼした。君達を保護するためにもこの街を我々の支配下に置く。構わないな?」

 そうは言っても、既に役所も名簿など支配に必要な資料も抑えている。実質的な支配権は握っているのだ。

「ついては、我々に協力し、従事してくれる者を求めたい。必要なこと故に、皆のきっての志願を求める。あとは、国王から一言いただきましょうか」

 シンクレアがイェルーンに話を振ると、彼女は、面倒臭そうに溜息を吐いた。

「あァ~そうだな、テメェらは何のために生きている?」

 物騒な話題に嫌な感じを持ちながらも、シンクレアは、そして街の民達は黙って聞いた。

「やっぱり人生ってのは一度きり、楽しいことだけして生きてェよなァ? そうだろ? そうだな! だから言う! 私は魔族どもを殺していくのが最高に楽しいのさ! だからテメェらは楽しく安全に生きるために私達に貢げ! 私達はテメェらのために、そして楽しむために戦ってきてやる!」

 ざわざわと民衆が揺れ動く中、シンクレアは溜息を吐いた。

「団長……統率者として及第点、傭兵として満点、国王としては零点です」

「くははっ! 知るかよ。やりてェようにやる空賊団、だろォ?」

 これからどうなることやら、とシンクレアは痛む頭を抑えた。

 それがシグルドで結成された新国家・秘密の切り札である。

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