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学校編1

 三十も並ぶ机と椅子、教室の窓には学生寮と広大な森林から突き抜けた紫色の塔が映る。

「転校生を紹介します。入りなさい」

 眼鏡女教師の声を受け、リースはその教室に入った。

 学校自体は武道や戦闘用のスペースが数多く設けられているものの、あまり普通の物と大差ない。

 それでもリースには物珍しかった。

 生まれた時より父と鍛錬のみの生活、父以外の人間に知り合いはなく、会話すらろくにしなかった。

 多くの人間はここに来るまでの飛行船で十分見たが、それすらあの世の何かを見るような目で見ていたのだ。

 必然リースの挙動は固まる。だが使命感が彼女を動かした。

「リース・ジョンだ。よろしく頼む」

 ちょっと変な喋り方にクラスが小さくざわつくが、リースにとってむしろ上出来、その騒ぎも教師が話すと収まる。

「では、あの空いている席に座りなさい」

 と教師が指差したのは窓側にある一番後ろの席。

 転校生が来るからと予め用意されていたのだろう、リースは言われるままに座る。

「リース・ジョン、どちらが名前でどちらが名字かしら?」

 突然の優し気な声に、リースはその鋭い視線を右に向けた。

 桃色の髪をポニーテールにした、眼鏡の女生徒が柔和な笑みを浮かべている。

「リースが名前だ。主は?」

「ぬ、(ぬし)て……。サドシマ・イツキでイツキが名前。クラス委員長をやっているから、何か困ったことがあったら言って」

「クラス、委員長か。……強いのか?」

「え?」

 不適な笑みを返してきたリースに、イツキは驚く他ない。

 強いのか、と尋ねられた時にどうすれば良いのか。

 確かに個々人の戦闘能力を重視する大陸ではあるが、このような法律にも校則にも縛られた空間で、突然転校生が強さについて質問するなどあまりに非常識。

 イツキは、少し笑いをこらえながらなんとか答える。

「えっと……権力的には、少しだけ強い、かも。実力は関係ないけど」

「なんだ……ふん」

 と、吐き捨てられては、笑いをこらえていたイツキも少しむっとする。

 だがそれ以上はない。

「では、ホームルームを始める」

 うわついたクラスは女教師の声で鎮まり、いつもの平穏を取り戻す。


 ホームルームが終われば、ミーハーなクラスメイトは一斉にリースの元へ集まる。

「リースちゃんって言うんだね! 凄い髪綺麗!」「目、綺麗……」「ちっちゃくて可愛い~!」「どこから来たんだっけ?」

 とミーハーこの上ない言葉責めで流石のリースも平静ではいられない。

「な、なんだお前たちは!? ええい寄るな! うっとうしいぞ!」

 この台詞は、時と場合によって周りの生徒の空気を冷めさせることがあるが、また別の場合において可愛さが増すこともある。

 特にリースはいろんなところを触られたり見つめられたりしてわたわたと慌てているため、後者に当たる。

 そうなれば、周りの空気はますます熱狂していく。

 呆れた視線でイツキは見ていたが、退屈そうに顔をそらした。

 その方向には、イツキがよく見知ったクラスメイトがいる。

「イツキちゃん」

「シズヤ。シズヤは転校生の方に行かないの?」

 シズヤと呼ばれた少女は、栗色の髪と大きな胸を揺らして、えへへと笑った。

 その性格のように柔らかなセーターは上半身のほとんどをすっぽり包み、しかし肌に吸い付くようなスパッツはその人懐こさを示すように隙間ない。

 だが両手は顔を隠すように口元に当てたり、常に前に出しているのは、その消極性の表れだろうか。

「私、新しい友達とか、あんまり作れないから」

 ふうん、とイツキは、また呆れた目をした。



 授業は一般教養と実戦訓練の二つからなる。

 しかし、この学校は魔女との戦闘を主として集められているため一般教養はないに等しい。

 本当の本当に一般的な知識のみを学ばされ、他に実用的なことはほとんど教えられない。

 なので、この日も一時間目から運動場で訓練である。

「ど、どうして、こんなことに……」

 と悩める表情を浮かべるシズヤの傍には、戦闘と聞いてうきうきのリースがいる。

「よろしく頼むぞ! えーっと、シズヤ!」

 二人一組の訓練、クジによって二人はたまたま一緒になってしまった。普段は自由に決めていい組であるが、転校生のリースに向けた特別な配慮の結果である。

「どうしてこうなるんだか……」

 イツキは少し離れた位置から、溜息をつきながらそれを見る。

「……どうして? それは、神が選んだ運命……」

 突然声を出したのは、イツキと一緒になった女生徒である。

 黒い髪、黒い瞳、全身に纏う黒いローブ。

 もし二人組みを自由に作らせたなら、いかにも一人になっちゃいそうな雰囲気。

「運命ねぇ、エレノン的にはどうなの? それ」

 ともすればどういう運命なのか、そこのところが詳しく知りたいイツキである。

「……さぁ?」

 きょとんと小首を傾げる姿に、イツキは呆れる。

「適当ねぇ、全く」



 二人一組で行う訓練は!

 単純な戦闘!

 ルールは二人が一対一で戦い、降参を宣言するか、失神するかで勝負が決まる!

 殺害は無論アウトである。本来魔女と戦うための仲間が訓練如きで殺しあいなど無駄で無意味。

 一方実戦においても、降参など敵の戦意を喪失させることも、失神、武器の破壊により無力化することも実用的といえる。

「それでは、一組ずつ前に出ろ!」

 運動場の大部分を使い戦闘、他の生徒はそれを離れた場所から見学することになり、教師は一人その場で戦況を見る。

 一組、一組と戦いが始まる。

 リースはそれを興味深そうに見つめていた。

 まだリースは魔女と戦うための秘法を伝えられていない、つまりこの中では唯一丸腰同然の人間。

 他の生徒に比べると生まれた時から訓練の日々だったため戦闘力は十分だが、それでも力の差はある。

 と思っていたのが先ほどまで。

 いざ戦いが始まってみると、そのあまりに稚拙な戦いぶりにリースは安心どころか、落胆すら覚えた。

 女子達が何もない場所から一瞬にして武器を出したり、物質を操る様は確かに圧巻であるが、それだけが秘術というのなら、別に荷物持ちを雇えばよいだけのこと。

 特筆すべきこともなく、怪我をして失神したり、武器を失い降参したり、他愛もない戦いが続いた。

 茶番、という言葉がうってつけ。

 やっている本人達からしては本気であり、教師が見て満足いく内容であっても、戦い続けてきたリースにとっては所詮女子供の道楽。

 溜息をつくリースを、イツキが目ざとく見つけた。

「退屈かしら?」

 じろり、とイツキがしていたような目を、リースは返した。

「全く退屈、というより幻滅だ。呆れてものも言えん」

「へーえ、じゃあシズヤにも勝てる?」

「同じようなら、圧勝だろう」

 リースは()も当然のように言い切った。

 そしてイツキは軽く、リースにも誰にも気付かれないように溜息を吐いた。


 リースとシズヤの戦いが始まる。

 グラウンドに出て、即座に。

 掛け声もなく、リースの拳がシズヤの鳩尾に沈んだ。

 誰も気付かぬほどの速さ、間違いなくシズヤは胃液を吐き失神し、戦闘は終わった。

 が、戦闘は始まってもいなかった。

 試合開始の掛け声を待たずして戦うというのは、生徒としてルール違反。

「リースさん……!」

 教師から大目玉を食らったのは間違いなく、周りからの顰蹙まで買ったことは言うまでもない。



 リースとシズヤの戦いは最後に回され、その間他の者の戦いが進んでいく。

 シズヤは保健室で寝かされ、リースはそれを見守っていた。

 その心中は穏やかではない。

 期待が大きかった分、落胆も大きく、これから縛られる年月の長さにもうんざりしている。

 故郷である格闘の大陸、そこで戦い続けた方がより強い敵との切磋琢磨があるだろう。

 強さの頂点、それをこの学生たちと競ったところで意味はないとリースは確信している。

 唯一の期待は魔女、強大強力な魔女との実戦のみ。

 それまでをこのぬるま湯で過ごすこと、それがどうにも歯がゆく、弱者の象徴のように見えるシズヤに当たりたくもなる。

「おい起きろ!」

「うわぁっ! な、なあに?」

 相変わらず髪と胸が揺れる、そこでリースはそれを凝視した。

 父と二人、長い間二人きりで暮らしてきたリースにとって、また自身が全く胸が膨らまなかったため、それが異様に見える。

 てっきり大胸筋が尋常ならざる強化されているのか、はたまた心臓を守るための入れ物をしているのかと思いきや、それが太った肉のように揺れているではないか。

「な、なんだそれは!?」

 リースはおっかなびっくりとしている。

「ええっ!? なにが?」

「なにがではない!! その……」

 と困惑するシズヤを他所に、リースは考える。

 髪の色も肌の色も違う人間がいるとも、魔女という化け物がいるとも父から聞いた。

 父曰く、世の中には魔族という人とは違う知的生命体がいるとも聞いたし、法や規律を遵守する頭の固い連中がいるとも言っていた。

 そのように人はかくあるべきという指標はない、これもシズヤ自身のなにかアイデンティティなのかもしれない。

 それを問い詰める必要が本当にあるのか、それが悩ましい。

 だが、飛行船にもこのような人間はいた。世間は女性が大胸筋を鍛えるのが流行しているのかとも思ったほどだった。

 だが、それは人の性質なのやもしれぬ、と考えをめぐらせて、結局リースは尋ねた。

「シズヤ、と言ったな。その……胸にあるそれは、なんだ?」

「そ、それ?」

 おそるおそる、シズヤは自身の胸を見た。

 何の変哲もない、シャツの上に私服のセーターを着た、自分の胸。

 腕を組むようにして持ち上げて見ても、何の変哲もない。

「何もない、と、思う、けど」

「何もないわけあるか! これだ! これ!」

 白を切られたと感じたリースは、怒りと興味からその両胸を、両手で鷲掴みにした!

「へ? は? きゃ……きゃあああああ~!!」

 一体、十五~十六にもなって胸が膨らむことを知らない女子がどこにいるだろうか。

 だが、ここにいた。シズヤがそれに気付けなかったことが不幸の始まりである。

 興味深そうにリースは、それをぐにぐにといじくった。

「むぅ……人肌の暖かさがあるという事はやはり人体の一部なのだろうが……筋肉ではないのか? この柔らかさ……脂肪か? このような脂肪をつけるなど、ふんっ!」

 投げ捨てるように乳を手放すと、リースは体ごと顔を背けた。

 リースの怒りは単にシズヤに対するもののみではない。

 レベルの低い戦い、外の女性達が無意味な脂肪をつける謎など、全てをここにぶつけてしまった。

「昨今の女子の考えることはよくわからん!」

「え、ええー……?」

 それはこっちの台詞だと言わんばかりにシズヤは疑問符を飛ばすが、どうにも話が通じない。

 乱暴された胸を少し撫でながら、シズヤはおっかなびっくりと会話を試みる。

「結局、何がしたかったの?」

「その胸についている肉についてだな……」

 相互の納得まで、時間はそうかからなかった。



「胸とは、自然と膨らむものであったか……」

 リースは、素直に驚いていた。

「これは、いつかは膨らんでしまうのだろうか?」

「えと、それはその時が来ないとわかんないかな」

 困ったような愛想笑いを浮かべるシズヤに対して、リースは苦虫をかみつぶしたような顔だ。

「そうか……おぞましいな。邪魔になる」

 本気で恐ろしく、疎ましげに思っているリースを見て、シズヤも苦笑いを浮かべるほかない。

 別の大陸では大きい方が好まれたりもするのだが……リースはどうにも異なる文化圏に住んでいるらしい。

 と、その時保健室の扉が勢いよく開かれた。

「シズヤ!」

「あ、イツキちゃん」

 少し息を切らしたイツキが、どたどたとシズヤの寝ているベッドに近づく。

 一度、リースを睨みつけたが、リースはイツキにも胸があることを確認し、ふっと息を吐いた。

「イツキ、主も胸があると大変だな」

「はぁ?」

 言っていることの理解が出来ないが、ともかくイツキは心配で肝を冷やしている。

「シズヤ、怪我はなかった? 大丈夫だったの?」

「うん、触るとちょっと痛いけど、平気」

 ちなみにこの発言は、殴られた鳩尾ではなく乱暴された胸に対して、である。

 イツキは今一度リースを見たが、リースはむしろけろっとしている。

「どうかしたか?」

「あんたねえ……!」

「それより、ただの見舞いに来たのか? イツキ」

 リースに言われ、ハッとイツキは自分が来た使命を思い出す。

 だが、見舞いに来ていきなり言い出したい内容でもない。

「それは……えっと」

「私達の番、なんだね?」

 シズヤの言葉に、リースが強く反応した。

「戦か。血が湧くな、例え弱者でも」

 ふっ、とリースは澄ましたように息を吐いた。

 それを複雑な顔で見つめるイツキと、暗い表情で見つめるシズヤ。

 ともかく、二人の戦いが始まる。



 運動場、二人と教師のみの空間。

 今度は二人、適当な距離を保ち、間に教師が入って、向かい合う。

「それでは、試合……開始!」

 観衆たるクラスメイトのざわめきが一層大きくなる。

 教師の声に、リースより早くシズヤが反応した。

 シズヤは飛んだのだ。

「なっ!?」

 一瞬遅れて駆け出したリースであったが、シズヤは既に空高く、跳んでも跳ねても拳は届かない。

 どうしたらいいか、と考えて、リースは徐々に動かなくなっていった。

 打つ手がないこともない、リースほどの能力の持ち主なら何かを昇るなり、物を投げるなりできる。

 だが、考えれば考えるほどにリース本来の力は発揮できず、シズヤに敵う道理がなくなる。

 それでも諦めるという選択はリースにない!

 たとえこの場に昇る物がなく、投げる物がなくとも、絶望しようとも、戦いこそが彼女の人生だったのだ!

「シズヤ! それでは戦いにならないのではないか!?」

 いきなり空に飛んだシズヤであるが、実際そこから何のアクションもない。

 言って十秒も経っていないが、戦いは一瞬一瞬が重要視される。

 その間、シズヤはただ飛んだだけ、ただ見下すだけである。

 一方リースも砂をかける、自分の服を千切って丸めて投げる、くらいしかできないので、結局ただ見上げているだけであった。

「戦いにはなるよー! 飛ぶのに力を使うからー! こうしてるだけでー! 大変なのー!」

 一層リースは意味が分からなくなった。ならなぜ飛ぶのか。

 上を制するということは、確かにそれだけで意味はある。

 頭は弱点であり、そこを狙えるというだけでどれほど有利であるか。

 戦争にいたっても戦闘機を多く操り制空権を取ることは重要である。

 だが攻撃も斥候もなく飛行機を飛ばすだけでは、燃料の無駄遣いに他ならない。

「なら、早く降りろ!」

 リースの声を聞いて、シズヤは楽しそうに、呟いた。

「その必要はないんだよね」

 その呟きは、リースに聞こえなかったかもしれない。

 リースの足元からめきめきと地を割り植物が生えた。

 長い蔓を振り払うようにリースはそれを殴ったが、蔓はその柔い腕に巻きついた。

「なんだ?」

 同時に足も絡めとられ、新たに生えた大きな幹に、逆さまに縛り付けられてしまった。

「む、この程度」

 腕を振るい、足をバタつかせるが、妙に伸縮する蔦と弾力ある幹には何も通じず全てが徒労に終わる。

「くっ、放せ!」

 ばたばた動くがリースはもうどうにもできない。

 シズヤが高度を下げ、そんなリースの様子を見つめた。

「降参する?」

「誰がするか! こんなもの……くそっ!」

 振り払おうと一層動くが、蔓はますますきつく四肢を縛り、ついには動くことすら出来なくなる。

「ぐっ! 主……これほど!」

 憎憎しげに見るリースを傍目に、シズヤはふうっと息を吐いて地上におり、ゆっくりとリースに近寄った。

 そして、もう一言。

「降参して」

「いやだ!」

 逆さまであるが、シズヤはゆっくりとリースの顔へ手を伸ばした。

 目を守るためか、恐ろしいからか、リースは目を閉じるが、杞憂であった。

 頬をぐにーっと伸ばされた。

「降参してってば」

「いやだ!」

 両頬を引っ張った。

「降参しないと、酷いよ!?」

「いやふぁ!!」

 確かな実力があろうと、結局は茶番であった。

「シズヤさん、終わらせたいのなら失神させればいいでしょ?」

「あんまりしたらかわいそうだし……」

「かわいそうらと!? あうまりわらしをなめうなよ!?」

 何を言っているかは何となく理解したが、それでもシズヤは首を縦には振らない。

「でも、降参したほうが……」

 シズヤがゆっくりと両手を放す。

「降参などありえん! 私は、生まれた時から……」

「シズヤさん! その遠慮は弱さです! 魔女と戦う時までそんなことを言っていたら……」

「でも」

「放せーっ!」

 結局は教師の独断によってシズヤの勝ちとなった。

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