猿にもわかるように書きなさい
諭吉先生のお言葉で、卑しくも物書きを目指すものならすべからく金科玉条と掲げるべき大切な心得でありながらも私に一番かけるもの。それが丁寧さだ。
伝わるように書かなければ伝わらないけど面倒臭い。
ここまでの雑な説明で、1.から4.までのどれだけが読者に伝わっただろうか。
帰納法で一般化する、セオリー通りにやったつもりだが。
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反証は悪魔の証明になりかねない。世界人類一人一人に聞けとでも?
環境や個体差は話を聞く耳を持つか否かに関わってくるが、受け取ってさえ貰えば成立する筈だ。
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そんな見方も出来るというだけで、全部の感動がその構図に含まれるわけではない、と仮定する。
それが浅薄に表面を見ただけの洞察不足ではない、と仮定する。
ならばそれは何において心を動かされたのか説明出来るだろうか。
出来るならばこの理論をどうか覆して、より正確なものをお教えください。
出来ないならば、どう考えても説明のつかない感動はあり得るか。嘘や虚構の上ならば可能性はあるが私にはちょっと思いつかない。
暫定でこれが私の最終解だ。
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アナ雪見て感動しましたー、とかいうのが嘘で、「アナ雪を見に来た人々はそこで何故か何も理由なく感動しました」と書くのが虚構の例。
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ちなみに私はアナ雪を見て感動した。ヤケになって、氷の城に引きこもる姉の歌が、心に響いた。あの歌詞は、言葉のままの姿じゃなくて、ある種シニカルな皮肉ですね。
大切なアホの妹を傷つけまいとひたすら自分を抑圧する姉が、もうええわいと開きなおってやりたい放題する姿にはカタルシスがあった。
一緒に見に行った女の子は途中で煙草を喫いに出てっちゃいましたけど。
ラストは出来合い。新聞四コマの如く、あえて世間を騒がせない、狙いすましたつまらなさ。
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それはともかく。
ようは演繹、実践で使えるか否か。
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これがまたひち面倒臭い。
だが仕方ないので短編を作例する。
言い訳とハードル下げの為に言っておくが、ここでは例として極力わかりやすいように、猿でも分かるように単純化して書く。
高度な作品にはこれがもっとずっと深部だったり、意外なところに埋め込まれている。工夫次第なので、読者の中のデトックス派志望者は健闘して下さい。
なろう出身のデトックス派ラノベから、芥川、直木、星雲、ヒューゴー、ネビュラ、ひいてはライトノーベル賞までを総なめにするために!
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まず対立構造とその焦点を決める。
幼い内面の象徴は…何でもいいんだが……そうだな、わかりやすいインナーチャイルド、ちっちゃい女の子にしようか。生意気で、嘘つきで、人の言うことを聞かないやんちゃくれのワガママ娘。
対する世界は彼女の行く手を阻むもの。暴走トラックドライバー、過去に三人異世界送りとかは如何か。
免許取り消し後も無免で乗り回す荒くれ、とか設定すると、幼児性がドライバーに移ってしまうので却下。慎み深く罪を悔い、反省していた方がいい。
焦点は、娘に人殺し! と罵られるあたりか。
はい整いました。
あとは順次、話に沿って升目を埋めるだけ。苦痛の単純作業となりうるのが難点です。
だがまあまあの感動は出せるんじゃないでしょうか。
タイトルはこれ。『綺麗な首飾り』
さあうまくいったら、おなぐさみ。
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離婚した妻が死んだ。
病死だった。
親権を取られた筈の身寄りのない娘が、私の元に戻ってきた。
決して嬉しくはない。調べて分かった事だが、私と娘に血縁関係はなかった。
しかし私も脛に傷を持つ身、事故で人を殺し、実刑を受けた負い目がある。
そもそも家庭を崩壊させたのは私の方だ。
彼女にはせめて一人立ちする迄の保護をしてやるつもりだった。
「お父さん」
何も知らない子供は無邪気に懐いてくる。
はじめは母が恋しくて夜通し泣き通したり厄介だったが次第に落ち着いた。
彼女のワガママには参った。
誰に似たんだか、お菓子やしょうもない玩具をいくらでも欲しがり、いつになっても満足しない。彼女の求めているのは本当は、母の愛に他ならなかったからだ。
紛い物では埋め合わせのつきようがない。私は少ない給金から決して安くない賠償金の引かれるなか、出来る限りを彼女の希望に費やした。
とはいえ子供のいう事だ。それほどまでに高価な物を要求されるような無理は押し付けられなかった。
あの時までは…。
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ここまでが前提、序破急の序。あー面倒くさい。それにしても辛気臭い話だなあ。重苦しい。ドライバーの方に引きずられすぎてるし。オッサン視点も失敗か?
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元妻、娘の母の一周忌。少ない親戚の集まる中。
娘を連れ、恥を忍んで出席する。
彼女が遠縁の伯母の首にある、真珠のネックレスを見て目を光らせていたのは気付いていた。
しかしそれを盗んで自分のポケットにしまい込み、あまつさえそれをバラバラに破壊してしまおうとは、まさかこの時は思いもよらなかった。
緑茶と茶菓子が振舞われ、坊主が講釈を垂れて帰ったあと、奥の座敷から伯母の悲鳴が聞こえた。
「ないっ。おばあちゃんの肩身のネックレスがないわっ」
確かに袱紗に仕舞った筈だったそうだ。
娘を見ると、素知らぬ顔をしている。しかしポケットが不自然に膨らんでいた。
「愛利恵瑠ちゃんちょっとおいで」
障子の裏に呼び出し、追い詰めたり、傷付けないように細心の注意を払って言葉を選ぶ。
「そのポケット。今ならまだ誰にも疑われてないから、お父さんがこっそり戻してきてあげるよ」
「知らない!」
娘はムキになった。彼女はきっと、本当にそれが欲しかったわけではない。ただわがままの延長で、それを盗ったのだろう。幼さに起因する出来心だと、そう思った。
「伯母さんにとって大切なものなんだ。返してあげよう?」
娘はキッと私を睨みつけると、
「じゃあ、私にも返してよ!」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「伯母さんに聞いた。お父さん人殺しなんだって」
何も言い返せなかった。
「お母さんがいなくなったのもお父さんのせいだって」
違う。そうじゃない。しかし言葉が出てこない。
「お母さんを返してくれたらこんなのいらない!」
娘はポケットからネックレスを取り出すと障子に向かって叩きつけた。
薄紙を破り、桟に当たって紐が切れ、乳白色の珠が四散する。
「この人殺し!」
娘は叫びながら、泣いていた。
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破。まあ私の実力じゃあこんなもんが限界です、息切れも甚だしい。結局、娘とおばはんとの、会話もしない対立に変わっちゃったから、最初の設定でキメるという手法の提示は計画倒れくさい。でも要点がその辺にあるのだけは、ご理解いただけると嬉しい。
今っぽくするためのDQNネームいいでしょ。あかん?
あかん?
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伯母に謝り倒して、飛び散った珠を親族総出で拾い集め、修理代をかなり多めに包んで渡した。
最後まで見つからなかった一粒は、庭で娘が見つけた。
私が謝罪しているあいだじゅうどころか探索が始まって殆どの真珠が見つかるまで、ずっと彼女は突っ伏して泣いていたのだが、ようやく涙を出し尽くしたようだ。
空の色は深く、もう夕焼けも沈む頃。
不貞腐れた顔で、しかし私にそっと手渡してくれた。
彼女はまだ謝りはしなかった。
しかし踏ん切りがつかないだけで、気持ちは痛いほど分かった。
伯母は相変わらず陰口を叩き、人殺しの娘が盗人だなどとまた言いふらす事だろう。
どうしようもない事が、世の中には多すぎる。
様々な失ってゆく悲しみの中で、本当に譲れない大切なものはきっと、光り輝く真珠なんかじゃない。