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ダーク・ハート  作者: 駿河留守
不死鳥
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救い

 深い深い闇の中。俺にとってはこの闇はすぐに晴れる少しの辛抱。俺以外だとこの闇は二度と晴れることはなくそのうち考えることもなく意識が闇にのまれて消えるのだ。生き物はこの闇の中に入ることは一度しかない。入る条件は死ぬこと。俺は不死と言われるが死の経験は何度もする。この暗闇にも毎日のように入っている。中に長時間いるのはどうしても気がおかしくなりそうだ。前も後ろも上も下もない。ただ真っ暗な暗闇にひとりいると恐怖で体が強張ってしまう。不死でも俺は死が怖い。こんなところから早く出たい。ただをこねる子供のように俺はいつもそう思う。ここにいる時間は俺の死んだとき状況に比例する。より重症ならばここにいる時間は長くなる。今回はかなり重症みたいだ。海野も抑える気がなくなれば容赦がなくなる。早くここから出て未來と子安さんのところに行かなければならない。もう、時間的にも未來の殺人衝動が出てきてもおかしくない時間だ。

早く急かす気持ちに答えてくれたかのように目の前に明かりが見える。手を伸ばしたその先には現実の世界が広がる。


 歪む視界。全身に感じるのは痛み。体中のほとんどの感覚がない。

 不死の力で死から逃れた時でも体の感覚はしっかりとあるものだ。感覚があるということは痛みもあるということだ。未來に刺されるときは一旦死んでから生き返り痛みを痛感する。そこでまた気を失いそうになる。でも、今回は相当重症なのか痛みすらも感じない。

 右手はある。体を触れると右足はあるが左足は膝より下はない。左腕に関しては肩しかない。まだ再生しきっていない。海野は一体どこまで俺を傷つけたんだよ。俺の苦しむ姿が見たくないとか言っていたくせに。つか、よく見たら俺裸じゃん。これは首を斬り落とされたか体が木端微塵に砕け飛んだかのどちらかだろうな。海野の装備を見る限り可能性としては前者だろうな。俺の全身が木端微塵になるような爆弾みたいなのを抱えていたらまずこの建物が無事では済まないはずだ。俺の再生の起点は頭だということは経験で知っている。だから、首を斬り飛ばされたら元の体は消滅して頭から体が再生してくるらしい。

 再生した右手足で体を起して今の現状を確認する。

「ここはどこだよ」

 窓の外を見ると車が何台も止まっているところを見ると立体駐車場とこの商業施設をつなぐ出入り口のようだ。すぐ横には女子トイレの入り口がある。血の跡を追う限り海野は俺の頭だけを持って階段を使ってここまで来たということが分かる。その血は女子トイレにも繋がっている。

「この格好で女子トイレに入るとか本物の変態になりそうだな」

 だんだん、聴力も回復してきて聞こえてくる喘ぎ声はトイレの奥からだ。左足も再生してまだ感覚が確かではないが立ち上がり中に入るとすぐに肩から大量の血を流した海野の姿があった。

「おい!海野!どうした!何が!」

 海野がいつもの半分開いた目ではなくしっかりと見開いた先にあったもの。俺はそれをしばし現実として受け入れることが出来なかった。喘ぎ声の正体は未來の泣き声だった。脱水するのではないかと思うくらいの涙を流しながらずっと『ごめんなさい』とつぶやいていた。

 未來の膝に転がっていたのは腹から大量の血と中にあるべき内臓が飛び出した子安さんの変わり果てた姿だった。どうしてそうなってしまったのか。未來の様子で分かる。

俺が近寄るのに気付いた未來がこちらを見る。Tシャツの前は血で赤く染まり顔にもべっとりと返り血で染まり流れる涙で洗われているところもある。涙と鼻水と血で未來の整った顔立ちもぐちゃぐちゃになっていた。俺の姿を見るや否や流れる涙が一層溢れる。

「遅いわよ。・・・・・遅いよ」

 子安さんはもう息をしておらず眠るように死んでいた。未來の近くにナイフが落ちていた。海野がもっていたものだ。殺人衝動に掌握された未來はもうただの女子中学生ではない。人を殺すという強い執着心が未來の持っている身体能力を遥かに超えて襲い掛かってくる。海野はそれを知らない。だから、襲い掛かるどころかナイフを奪われて斬りつけられている。

「上武」

「なんだ?」

「今すぐその子を殺しなさい」

 そんなに怯えるお前の姿を見るのは初めてだぞ。

「それ以上その子を野放しにしておくと一体どれだけの犠牲者が出るか分からない」

 誰のせいでそれを止める俺が遅れたと思ってるんだよ。

 変わり果てた姿で眠る子安さん。彼女には友達がいて家族がいて俺たちのいるような世界とは遠い無縁の世界の住民だ。そんな少女を俺たちはこの世界に連れ込んでしまった。向こうから積極的に首を突っ込んできたと言ってもいい訳にはなるがこんな形でお別れするくらいだったら、ケンカ別れの方がよっぽどマシだ。

 流す涙が止まらない未來。自分のせいだと責めているのだ。

お前のせいじゃない。俺のせいだよ。手を下したのはお前かもしれないが今まで何もできなかった俺のせいでもある。責められるのはお前だけじゃない。

この不死の力は俺自身が死なないという力に加えてこの血を怪我の治療や死者の蘇生もある。怪我の治療は今まで何度もやって来たが後者は一度もやったことがない。不死鳥の血を飲めば不老不死になる。この言い伝えは本物だ。俺の血を飲めば不老不死になれる。それは死者にも有効だ。だが、勇気がない。不死には不死なりの苦痛が存在する。どうあがいても死ねない。死ねないからこそ周りの死が鮮明に見えてしまう。周りの大切な友人、家族がどんどんいなくなっていく悲しみは耐え難い。それを俺以外の人間に味わってほしくない。

 残念だ、子安さん。あなたのことを教訓にこれからは人との関わり方の考え方を見直すとしよう。だから、本当にすまない。せめてあの世で安らかに。

 すると未來が俺の脚にしがみついてきた。俺にすがるように助けを求めるように。涙で潤った瞳で、涙でむくれた顔で俺に助けを求める。

「お願い、藤崎。これから言いつけは守るから、いい子にするからだから・・・・・だから・・・・だからお願い。陽子さんをわたしたちの唯一の友達の陽子さんを助けて、お願い、藤崎」

 しばし考える。本当にいいのだろうかと。

「いなくなってほしくないの。もう、ダメなの。わたしの前から人がいなくなるのはもう・・・・・」

 ひとりのわがままで命を簡単に扱ってはならない。でも、責めを負うのはお前だけじゃない。

「これが最初で最後だ。分かったか」

 未來の頭を撫でて落ちていたナイフを拾って自分の手首を切る。ドッと血が流れて刺すような痛みに襲われる。本当にこれが最初で最後だ。流れる血を子安さんの口元に近づける。

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