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ダーク・ハート  作者: 駿河留守
不死鳥
32/36

出現

「隠れて」

「了解です」

 人ごみの中に慌てている藤崎さんを発見して未來ちゃんと共に物陰に身を潜めてやり過ごす。

「何か楽しいですね」

「そうだね」

 ふたりでゲームセンターで遊んだり服を見に行ったりCDショップで視聴できる音楽をずっと聞いていたり本屋で立ち読みできる本を読んでいたり普段行動が制限されている未來ちゃんにとってはすごく楽しく充実した時間だと私は思っている。そして、藤崎さんをからかっているいつもの光景に少し安心もしている。

 でも、気になっているのは未來ちゃんの言う藤崎さんの言う悪の心。人の死を見たくないから未來ちゃんを監視していると言っていた。そのためなら嘘もつけば人をも利用するって言っていたけど、あの未來ちゃんを探している姿を見ているとそれが本当なのかなって感じる。もし、未來ちゃんの言うとおりだったら放置していることが不安なのかどっちともとらえることが出来る。

 あー!もうどっちなの!

 頭をワシャワシャとして悩む。

「よ、陽子さん?どうしたんですか?」

「何でもないよ」

 まぁ、今の状況を見ているとストレスが溜まっているという雰囲気もないしすぐに衝動が出てくることはなさそうだね。タイミングを見計らって藤崎さんのところに行って向こうから謝るように言えばいつものように立ち場の弱い藤崎さんが押されて謝ることになると思う。

「じゃあ、次はどこに行こうか?」

「もう少し雑誌読みたいです」

 ああ、猫の雑誌だね。

 藤崎さんが人ごみの向こうに消えたのを確認して移動する。

「ひとつ訊きたいことを聞いてもいいですか?」

「何?」

 本屋に入って立ち読みできる雑誌コーナーに直行する。分野のせいか人はいなかった。それを見て何の抵抗もなく雑誌に目を通りながら話し始める。

「なんでこんなわたしとここまで付き合ってくれるんですか?いろんなリスクがあると思うんですけど。そのリスクとかを考えると陽子さんには私と仲良くする利点なんてどこにもないと思うんですよね」

 リスクね。確かにいつ殺人衝動が起きて殺されるか分からない相手とこうしていっしょにいるのは普通にはおかしいと思うよね。しかも、足を刺されているのになんでだろうね。

「そんなリスクとか考えないよ。こんなにかわいい未來ちゃんとお友達になれているだけで私はいいんだよ。友達になるのにリスクとか考えないことだよ」

「そ、そうですけど」

「それに一度や二度刺されたくらいじゃ私の心は折れないよ」

 キョーコちゃん曰く固いというより柔らかすぎると言われた。だから、折れない。

「私ね、普通に学校に行って、友達と遊んだりして、勉強したりして、そういうのが結構普通だって思っててつまらない日常だなって思っていたんだよね。でも、未來ちゃんに会って私の思ってる日常が当たり前じゃないんだなって改めて感じたの。だから、未來ちゃんには私みたいな本当にあくびばっかりでつまらないくらいの日常を送ってほしいなって思うんだよ。そのためだったら刺されようが私はへっちゃらなんだよ」

 私が求めていた刺激的な日常。でも、それを望んでいない人もいて私の退屈な日常を求めている人もいるんだってことを知った。それが未來ちゃん。私はこんな小さな女の子に私の日常を教えてあげたい。そうすれば、自然と殺人衝動も消えるんじゃないかなって思うんだよ。そんな過激的な行動する必要性を消せば衝動自体が消えるんじゃないかなって本当に勝手に思ったんだよ。

それまで私は絶対に未來ちゃんの前からはいなくならない。

 どんなことがあってもだよ。

「私は未來ちゃんの前からはいなくならないよ」

 頭を撫でながら言う。すると恥ずかしくなって赤くなった顔を本で半分隠しながら小声でありがとうって言ってくれた。そう言われるだけで私はすごくうれしい。

「わ、わたしも努力します。この衝動が消えるように」

 本を閉じて棚に戻して私の方をまっすぐ見つめる。汚れひとつない大きくて吸い込まれそうな宝石のような瞳で。

「人に頼りっきりになるんじゃなくて自分でも何か方法がないか考えます。わたしも陽子さんの前からいなくなりたくありません。だから、これからもずっと友達でいましょう」

 その笑顔は全身の毛が逆立ちそうなくらいの興奮、そして直視することが出来ないくらい眩しかった。もし私が男の子のだったらこのまま告白とかしてしまうかもしれない。いや、私はユリじゃないよ。未來ちゃんは好きなのは母性として友達としてだから。でも・・・・・・。

「抱きついていい?」

「え?なんで?」

 だよねー。

「なかなかいい友情じゃないの?」

 声が聞こえて振り向くとそこには海野さんの姿があった。

「海野さんじゃないですか?藤崎さんはどうしたんですか?」

「あなたたちを必死に探しているみたいよ。それに対してあなたたちは隠れてやり過ごしているみたいだけど」

「あいつの態度が気に入らないんですよ。確かに藤崎がいないとわたしは何もできないけど、だからって態度が気に入らないんですよ。わたしのせいで家族と過ごせていないみたいな言い方をするし。両立くらいしなさいよって思いますよ」

 未來ちゃんの言うとおりだ。海野さんのような藤崎さんに一途に思う人もいるのにも関わらず、それを放置して未來ちゃんと共にいる。家族を巻き込みたくないという気持ちも分からなくもないけど、それでも未來ちゃんの過去を考えれば家族と過ごす時間くらい確保してもいいと思うんだけどね。

「まぁ、両立も何も私たちの家族は崩壊しているから両立したくても無理でしょうね」

「崩壊してる?」

「娘がひとりいるってさっき言ったわよね」

 未來ちゃんと同じ年くらいだって言っていた。そこが未來ちゃんの虫の居所を悪くした原因だ。まるで未來ちゃんを藤崎さん自身の娘の代わりにしている気がして未來ちゃんは許せなかったみたいだ。まぁ、私からすれば娘とお父さんの関係に見えなくもないんだけど、それを故意にやっているかいないかでは大きな違いがある。

「その娘はね、私のところでも暮らしていないのよ。上武も実際に過ごした時間はあなたの方が長いわね。私自身もあの子という時間もほとんどなくて家族って言える存在だったかどうか分からないわね」

 海野さんの言っている意味がまったく理解できなかった。娘さんといっしょに暮らしていない。藤崎さんはおろか海野さんもいっしょに暮らしていない。家族と言えるかどうかも怪しい。それはどういう意味なんだろう?

「もしかして、藤崎がやっていた汚い仕事と関係があるんですか?」

 真っ先に未來ちゃんが私の疑問を払しょくする質問を海野さんに投げかける。

 藤崎さんは昔汚れ仕事をしていて主に人を殺す仕事をしていたと言っていた。それはあまりにも危険だ。自分以外の人たちにも甚大な被害をこうむる。でも、藤崎さんは不死だから被害をこうむることはない。そうなると順序的に狙われるのはその家族ということになる。

「それもあるわね。不死だから自然と私や娘が狙われたわ」

「む、娘さんは!」

 思わず聞いてしまった。藤崎さんの娘さんの安否。

「生きているはずよ。超がつくくらいのド田舎に私の両親といっしょに暮らしているはずよ」

「指示したのは誰なんですか?」

 私が知りたかったのは娘さんのことを思って距離を置いて暮らしているのかどうか。もし、仕事上のせいで離れて暮らしているなら藤崎さんが未來ちゃんを自分の娘の代わりにしていないことになる。

「上武でもなければ、私でもないわ。あの子自身が勝手に逃げたのよ」

「放置していたんですか?」

「親から連絡があったから別にいいかなって思っただけよ。私にも仕事があったし」

「娘さんよりも仕事の方が大切なんですか?」

 未來ちゃんが強く問いただす。その横で私は海野さんが言っていたことを思い出す。自分たちを裏切った思い人のせいで仕事がままならなくなって生活がままならなくなって壊れた人もいたって言っていた。その思い人とは藤崎さんだと分かった。その藤崎さんの仕事は人を殺す仕事をしていた。つまり、海野さんの仕事も藤崎さんと同じだった。

「海野さん!」

「どうしたの?」

「陽子さん?きゅ、急にどうしたんですか?」

「海野さんも藤崎さんと同じなんですね」

「ど、どういうことなの?」

 未來ちゃんだけは分かっていないようだ。それもそうだ。あの場にはいなかったし未來ちゃんはこの海野さんのことをよく知らない。あの場にいたしてもきっと猫しか見ていなかったと思うし。三度の飯よりも猫なのが未來ちゃんだ。

「海野さんも藤崎さんと同じ何か汚いお仕事、つまり人殺しをしていたんですね」

「・・・・・・あなたにはたくさんヒントあげたものね。分かって当然だわ。そうよ、私はたくさん人を殺して来たわ。上武が的になっている間にパーンってね」

 手を銃の形にして私に向かって撃つ動作をしてくる。

「上武は不死だけど痛みは常人と同じように襲ってくる。その痛みを見ているのは耐えかねないの。だから、上武が痛み苦しむ時間が少しでも短くなるように手早く銃で頭をパーン、剣で心臓をサクッとヒモで首をキュッと殺すのよ」

 この人には何か違和感を感じた。前にのど元まで来ていた違和感はこれだったのかもしれない。それは感情だ。この人は藤崎さんとは真逆だ。人を殺すことを楽しんでいる。それを限界まで隠している。気配に敏感な猫たちにすら察知されないくらい厳重に無表情という飾りに隠し切っていたんだ。私の感じた違和感。それは今ここで初めて海野さんと出会ったということだ。今までの海野さんはただの飾り。これが本性。これが海野さんの闇、悪の心。

「質問いいですか?」

 海野さんの本性に戸惑っている私を余所に未來ちゃんが手をあげて質問をする。

「海野さんが言う様子だと藤崎は人を殺していない風に聞いて捉えることが出来るんですけど」

 あの言い方だと不死の体を使って的になって気を引いていただけということになる。

「そうね、まったくではないだろうけどほとんどが私ね。でも、上武は自分が殺したって言っているのよね。私がやったんだから別に自分を責める必要なんて何もないの」

 藤崎さんは不死だから人の死に一際敏感だ。それは自分で殺して来たからだと思っていた。でも、実際は違うんだ。見てきたからだ。自分はどれだけの怪我を負っても倒れない、死なない。一方で向こうはどんどん倒れて行ってしまう、どんどん死んで行ってしまう。目の前で。未來ちゃんが言う病気にもなるはずだよ。私だって想像するだけでどうかしそうになるよ。目の前でたくさん人が死んでしまうのに自分はどうやっても死ねない。苦痛だよね。

「で、そんな上武は少しでも罪滅ぼしをしたいとでも思っているのね。あなたを不死の体を使って本気で救おうとしているみたいよ。それが本質的に自分への救いにもなっているみたいね。全くバカみたいよね。そんなもので今までの罪がぬぐえるわけでもないのに」

「そうかもしれませんね」

 未來ちゃんが両手で拳を握って肯定する。

「でも、少し違いますよ」

 海野さんは眉間をぴくっとさせてむっとした。

「確かに自分のやっていなかった救いをやって舞い上がっている大バカ野郎ですよ。でも、あいつの本気をバカにするのは心外ですよ。確かに私を救うことが藤崎の救いになると思いますよ。あいつはそれで罪滅ぼしなんてする気なんてさらさらない。あいつはへらへらしてて気づきにくいんですけど、いつも本気なんですよ。悪の心を私に見せつけておきながら本当は私のために必死なんですよ。生活が苦しい時は不死の体であることいいことに自分の身を削って少ない収入をすべてわたしのために使う。あいつって本当にバカですけど―――最高なんですよ」

 前にお弁当を未來ちゃんに作った時のことだ。藤崎さんは数日間何も食べていなかった。少しでも未來ちゃんのために。それがストレスを軽減して殺人衝動を抑えるためでもあったのかもしれない。でも、パチンコ屋で倒れていた時もスカートの丈の長さを話していた時もいつものような口げんかでも藤崎さんはなんともないような顔をしていた。本当は苦しいはずなのに消していた。悪の心。自分の見てほしくないところを消すためのカモフラージュ。不器用な藤崎さんの照れ隠しだったんだ。藤崎さんの言う悪の心との共存はこういうことなんだ。

「あなたが藤崎を連れ戻しに来てそれに藤崎がOKするならわたしは止めません。その後のことは陽子さんと一緒に考えます」

「未來ちゃん」

「もし、お別れになるのなら最後に言い過ぎたって謝りたいです。それでお礼を言いたいです」

 単純だけどありのままの感情が詰まった暖かな言葉。

「―――ありがとうって」

 未來ちゃんは歩き始めた。私は慌てて後追いかける。きっと、これが最後なのかもしれないと未來ちゃんは思っているんだ。今まで救ってくれた藤崎さんとは。思い人もいて家族もいるのに自分ばかり面倒をみてもらいっ放しとはいかないと思っているんだ。

 この気持ちが本物じゃなかったら言えないありがとうの言葉。大丈夫だよ。これが最後じゃないよ。藤崎さんが本気で未來ちゃんを見捨てるわけがないよ。あれもきっといつものケンカと同じだよ。

「何か勘違いをしているみたいね」

 その瞬間、私に襲ったのは以前に経験のしたことのある危機感だった。未來ちゃんに襲われた時、強盗に襲われた時、どちらともとらえることのできる重圧、殺気を敏感にも感じ取った。その気配はあまりのも強く大きくて未來ちゃんにも感じ取ることが出来たのかその気配の方を見るとそこには黒く輝く―――拳銃だった。その銃口の先は未來ちゃん。

「危ない!」

 とっさに未來ちゃんに体当たりするように飛び込んで未來ちゃんを押し倒した瞬間、鼓膜を突き破るような破裂音と共に焦げ臭いが鼻を差して頬をとてつもない速さで何かがかすって雑誌を立て掛ける本棚の穴をあけた。押し倒した衝撃でそのまま未來ちゃんに覆いかぶさるように倒れる。

 未來ちゃんは海野さんの方を見て驚愕の眼差しを送る。私もすぐさま振り向いてその送られる眼差しの意味を改めて知った。海野さんの握られている黒光りする拳銃。その銃口からはほのかに煙が立ち込めて焦げ臭いにおいがする。それが硝煙の匂い。私の経験のしたことのない匂いだ。

「子安さんだったかしら、意外と反応がいいのね」

「あ、ありがとうございます」

「お礼言ってどうするの!」

 未來ちゃんはすぐさまに起き上って私の手を引く。

「動かない方がいいわよ」

 かちゃりと海野さんは銃口を私たちに向けて逃げようとする足も自然と竦んで動かなくなる。

 頭が整理できないでパニック状態だ。どうして海野さんが拳銃を持っているのか。それに関して藤崎さんと同じ殺しの仕事をしていた経験があるから。じゃあ、その海野さんがなんで私たちに牙をむいて銃口を向けているのか。正しくは未來ちゃんに銃口を向けるのか。それはすぐに海野さんの口から説明してくれた。

「上武はあなたに縛られている。その歪んだ悪の心に。5年もの間消えないでそこにあり続けている殺人衝動が後何年で完全に消えるの?そもそも、人は必ず悪の心を持っている。この世界には完璧にいい人なんて存在しない。悪の心は死ぬまで一生付き合っていくべき自分の肉体のひとつよ。それが原因で起こるその殺人衝動を上武は一体どうやって解消していくつもりなのかあなたは予想できる?」

 海野さんの言うとおりだ。悪の心は誰にだってある体の一部と同じ。例えるならば、人間には必ずある内臓とかと同じだ。必ずってなくてはならないものだ。それが未來ちゃんにとってはとてつもなく有害な殺人を犯すというものだ。そんな悪の心を解消することは本当にできるのだろうか?

 たぶん、できるかできないかは一番未來ちゃんが知っている。

「できるますよ、たぶん」

「たぶん?」

「あいつといればきっと大丈夫。だって、わたしにはあいつの他に陽子さんっている新しい友達が出来て衝動が少し弱くなったんですよ」

 でも、それはただストレスが減っただけであって弱くなったわけじゃない。

「藤崎がわたしの衝動を受け止めてくれて、陽子さんが衝動を弱くしてくれる。わたしは本当に恵まれて運がいいと思います。時間はかかるかもしれないけど、きっと克服して見せますよ」

「そのためにはやっぱり上武が必要不可欠じゃない」

「そうですね。だから、藤崎にはわたしの前からいなくなってほしくないです。でも、藤崎が海野さんを選ぶのなら私は止めません」

「その必要はないわよ」

 即答で海野さんが答える。

「上武はあなたのところにいると言った。あなたを助けたいという一心でね。それに関して別にいいと思うんだけど、ひとつだけ許せないことがある」

「そ、それは?」

「上武が常に傷ついているということよ」

 初めて見せた海野さんの表情は怒りだった。常に半開きだった瞳から注がれるのはすべてを貫き通す鋭い目線だった。そこ感じ取れる感情は怒りだけ。

「確かに上武は不死で死なない。でも、痛みはある。私はあいつが痛み苦しむ姿を見るのが嫌だ。だから、殺しの仕事でも的になっている上武が苦しまないように仕事を早く終わらせた。そのためなら私は躊躇もしない抵抗もしない全力で行く!」

 海野さんの叫び声と銃声のせいで周りに人が集まり始めた。

 海野さんは本当に藤崎さんが大好きなんだ。だから、好きな人が傷つくところも苦しむところも見たくない。今、藤崎さんが傷つきそのせいで苦しむ原因となっているのは未來ちゃんだ。

「そのためにまず!未來!あなたを殺す!」

 引き金を引こうすると人ごみを掛けき分けて警備員が乱入してきた。

「こら!何をやっている!」

「邪魔をするな!」

 銃を警備員に向けて足元には発砲する。当たることはなかった。でも、その銃声と床に空いた穴を見て周りのやじ馬たちが一斉に悲鳴を上げて逃げ出した。尻餅をついた警備員も何もできずに背を向けて逃げ出す。

「未來ちゃん!この隙に!」

「逃がすわけないでしょ!」

 本棚の影に逃れるように逃げたおかげで銃弾から逃れられたけど、次はない。

「走るよ!」

「は、はい」

 未來ちゃんの手を引いて逃げ惑う人たちの中に潜ろうと走る。

「未來!あなたさえいなければ上武は私のところにずっといた昔も今も!あなたのせいで私の人生はめちゃくちゃなのよ!私は上武を取り戻す。取り戻してあの時みたいな常に命の危機と隣り合わせだけど充実したあの時間に戻る!だから!さっさと消えろ!殺人鬼が!」

 本棚を角を曲がり銃を発砲した瞬間、逃げ惑う人たちが一気に頭を下げる。そして、それは私たちも同じだった。違ったとところと言えば、右ふくらはぎを襲う激痛のせいで未來ちゃんの手を握ったまま転がるように倒れたことくらいだ。

「よ、陽子さん!足が!」

 足を見ると右ふくらはぎからどくどくと血があふれ出ていた。少しでも動かすと足の中心近くに痛みが走って血の出る量が一気に増える。どうしてかは簡単に予想できる。海野さんの銃弾が私の足に当たったのだ。力が入らない。激痛と共に襲うのは拳銃を手にかまえた海野さんが迫る姿だ。未來ちゃんは私の足の怪我のせいでテンパって海野さんの接近に気付いていない。

 焦る未來ちゃんとは反対に私の気持ちは妙に落ち着いていた。なぜだが迫ってくる海野さんが怖いと感じなかった。たぶん、あの時と比べて恐怖感が弱いせいなのかもしれない。暗がりに潜む赤黒い瞳、そして襲い掛かる悪魔。刺された足を何度も何度も抜いたり刺したりして大きくなる痛み。それに苦しむ姿を見下しながら笑みを浮かべる赤黒い瞳を持つ悪魔。

 それと比べてしまうと動かさなければ大きくならない痛み。あたりは明るくて私に向ける瞳の色は見慣れた黒目。

 そうか。私が怖かったのは悪魔になってしまった未來ちゃんなんだ。そんな未來ちゃんを見たくないから私は怖い思いをしても友達をしているんだ。それが私の悪の心。でも、それ以外にも私には心がある。それがきっと悪の心とは逆の存在。その心が私の背を押す。

「未來ちゃん逃げて」

「え?」

 涙目の未來ちゃんが戸惑っている。私が導かないと。

「海野さんの目的は未來ちゃんだよ。私じゃない。こんな怪我、また藤崎さんに治してもらえればいいよ。私は未來ちゃんが守れればそれでいいの。これ以上は何も考えないで。私の怪我のことで怒らないで。きっと、出てきちゃうよ。私の嫌いな未來ちゃんが」

 私の嫌いな未來ちゃん。それは悪の心に完全支配されてしまったあの未來ちゃん。

「だから、逃げて」

「で、でも」

「逃がさないって言ったでしょ」

 未來ちゃんに銃口を構える。おろおろした未來ちゃんは身動きが出来ずにそのまま後退りするだけで何もできない。このままだと撃たれる。今の海野さんに躊躇の言葉はない。痛む足に鞭を打って立ち上がってふたりの間に入る。

「よ、陽子さん」

「子安さん邪魔よ」

 そのために立っているんだよ。

「早くしないとあなただって危ないわよ。いつあの悪魔が出てくるか分からないわ。今この瞬間突然出てくる可能性もある。生き物って言うのは命の危機瀕した時の最後のあがき以上に怖いものはないわ。特にその子には殺人衝動という絶対防衛本能がある。今の状況でその衝動が出てくる可能性は非常に高いわ」

 確かにこの状況はあの強盗の時と何ら変わらない。ただ、突きつけられているものがナイフか拳銃かの違い。なら、その時みたいに私が。

「大丈夫だよ。私が守ってあげるから」

 そう振り向いた途端、私は背中がぞっとした。

「え。あ、は、はい」

 生返事をする未來ちゃんは恐怖で怯えていた。赤黒い瞳をして。

 まだ、行動に現れていない。完全に殺人衝動が顔を出したわけじゃない。でも、このままだといつ暴れ出してもおかしくない。衝動が完全に出てきたら私には止める術はない。本人はまだ気づいていないようで怯えて尻餅をついている。今ならまだ間に合う。逃げないと。

「海野!」

 それは希望の声。

 声がした方には息を切らした藤崎さんの姿があった。

「探したぞお前ら」

「藤崎!」

 怯えていた未來ちゃんの声から明るさが戻った。腰の抜けた未來ちゃんはまだ動けずにいる。

 藤崎さんは周りの状況を見て把握する。拳銃を構える海野さん、腰の抜けて動けない未來ちゃん、そして、痛む足に鞭を打って海野さんに立ちふさがる私。

「たく、銃声が聞こえたから慌ててきてみれば相変わらず容赦ないな、海野」

「上武。邪魔しないで。あなたがここに来なければあなたに苦しみを与えずに済んだのに」

「普通に考えて無理だろ。どう頑張って未來が死ねば俺の耳に入る」

 ゆっくりと私のもとに近寄る藤崎さんを海野さんは解く止める気配はない。

「大丈夫か?」

「は、はい」

 藤崎さんのよりかかった途端、足に力が入らなくなってそのまま倒れそうになるのを支えられる。気付けば私の足元に信じられない量の血で出来た水たまりが出来ている。それを見ると血が抜けたように足に全く力が入らなくなる。

「無理もないな」

 すると藤崎さんはナイフを取り出して一瞬だけ躊躇してから自分の手首を切った。痛みにしかめる顔をしながら手首から流れ出る血を私の足の怪我にかけると痛みはないけどシューッと白い蒸気のようなものが上がって傷口がみるみる塞がって行き最後には銃弾が足の中から出てきて傷口が完全に塞がった。痛みはまだ残ったままだけど。

「そのまま未來を連れて走れ。海野は俺が何とか食い止めてみる」

「た、たぶん無理ですよ」

 すると藤崎さんが困ったように笑顔を私に向ける。

「知ってるよ」

 立ち上がって海野さんの方を睨む。

「そんな怖い顔で睨まなくてもいいじゃない」

「残念ながら俺は今非常に怒ってる」

「知ってるわよ。何年あなたと付き合ったと思っているのよ」

「ハハハ。そうだった」

「そうよ、そうよ」

 二人の笑い声が人の抜けたショッピングセンター中に響く。それはそれは不気味に。

 落ち着いた未來ちゃんが重い腰を上げた瞬間だった。

「死ね!未來!」

「子安さん!未來を連れて逃げろ!」

 海野さんが発砲した銃弾は盾になるように割って入った藤崎さんのわき腹に当たって血が噴き出る。そのまま倒れそうになる藤崎さんは痛みをこらえて踏ん張り、自分の手首を切ったナイフを構えて海野さんの方に向かって走り込んで振りかぶって斬りかかる。海野さんはそれを持っていた銃で受け止める。

「早く逃げろ!」

 藤崎さんの声にハッとして痛む足でこけそうになるのをこらえて未來ちゃんの手を引いてエスカレーターで1階に逃げる。放心状態の未來ちゃんはもうされるがままだった。

「待て!上武!邪魔するな!」

 バンバンと発砲する音を背にして身代わりになってくれた藤崎さんに申し訳ないと頬に涙が流しながらも走る足を止めない。すると未來ちゃんの逃げる足が止まった。そのせいで手が離れてしまった。ブレーキをかけて振り返る。

「どうしたの急に!早く逃げないと!」

 私が催促しても未來ちゃんは落とした視線をあげない。

「未來ちゃん!」

 顔をあげた未來ちゃんの表情から受け取れる感情は不安だった。

「わたし。殺人衝動が出てきてますよね。さっきショーウィンドに映った自分の目が赤黒かったです。これだといつ人を殺したいという衝動に自我が消えるか分かりません」

 それは分かってる。だから、少しでもストレスの少ないところに行かないと。

「陽子さん。お願いがあります」

「それはここから逃げたら聞いてあげる」

「それじゃ遅いんですよ」

 彼女は何かをすでに察していた。このままいけばどうなるのか未来予知をしたかのように。

「わたしを人気のないところに連れて行ってください」

 私のやるべきこと。今は未來ちゃんを逃がす。それ以外にもたくさんある。そのひとつはこれ以上犠牲者を出さないということ。このまま人ごみに行って殺人衝動がこんにちはって顔を出して暴れた一巻の終わりだ。

「分かった」

 明るい出口とは逆の方向を歩く。どんな運命が待っていようと私は受け入れる。

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