危機
「さて上武、いろいろと訊いていいかしら?」
「な、何だよ、海野」
まるで体全体を押しつぶしてしまうような重圧を発する海野に俺は怯む。
俺にとっても思いっきりバカって言われたのは本当に久々だった。愛のこもったバカとでも言っていいのだろう。子安さんは未來のことを本当に大切に思っているからこその俺に対するバカという単語。確かに少し言い過ぎたかもしれないという焦燥があった。
そんな心境的に不安定な状態の俺をいいことに海野は知りたいことをどんどん問いただし始める。
「まず、あの未來って幼女と子安って言う女子高生とはどんな関係なのよ?」
「い、いや子安さんとは得にどうという関係はないんだけど・・・・・その未来に関しては無闇に人に話すことはちょっとできないというかなんというか」
「へぇ~、つまり私の時みたいに夜中に布団の中に無理やり連れ込んで無理やり服を引きはがしたりあーしたり、こーしたりしたのね」
「それだけは絶対にない」
即答でした。鮮明に記憶に残っていないことはさておいて。
「まぁ、してないなら信じるわよ。それよりも私が一番気になったのは未來って子とケンカしてた時に口にはさんだ刺殺されているってどういうことなの?」
「い、いや、それが無闇に話せないことなんだけど」
「教えなさい。5年前にあなたが私たちを裏切ったことを未だに恨んでいるわけじゃない。あの世界では裏切り何て日常茶飯事だもの。あの子のためか自分のためか知らないけど、何か抜けないといけない事情があったのはその様子を見れば確か見たいだし」
すっかり冷めてしまったコーヒーを飲んで一息入れる海野。
「それに子安って子はどう見て普通の子よ。気配でも雰囲気でも分かる。緊張感もなければ危機感ない。ああいう子が何もわからずに危険な橋を渡って一番の被害者になるって上武も経験で分かっているはずでしょ」
「あ、ああ」
「まぁ、あの子は適当に怖さを見せつければ離れていくとして・・・・・問題は未來って子よ」
俺は知っている。海野はまるで猫のように相手を見ただけで気配を察しどんな人物なのかを大体予想して的中させてしまう。そして、何よりも周り同調するのが非常に得意だ。どこに身につけたのか知らないが元の肉食獣のような獣の気配を消している。
「あの子から感じたのは血の気配。あれは何なの?その上武が刺殺されているのと何か関係があるの?」
「いや・・・・・そのな、あいつにはあいつなりの事情があって俺はそれにのっかているだけであってな。俺の目的がどうこうとかどうでもいいことであってさ。だから、あいつとはそう!ただの成り行きで付き合っているだけで」
「成り行きで私を見捨てるような奴じゃないのは私が一番知っているわよ」
さすがに結婚をして子供も作って家族として過ごしていたこともある中の相手になかなか隠し事を隠し通すのは難しそうだ。
「はぁ~」
「何よ?その大きな溜息は?」
いうしかなさそうだ。このままでは未来を抱えて今までのような生活をするのは難しそうだ。
「未來には謎の殺人衝動がある」
「・・・・・・何それ?」
「俺にもよく分からん。だが、その衝動はもちろん殺人を犯すことで緩和さえて消える。しかし、一度消えてもまた衝動が少しずつたまって再び発生する」
「へぇ~、それがあの子の血の気配だったんだ。それで上武はその衝動を解消するために毎日のように死んでいるのね。その不死の体を使って。そんな用途があったのね」
「俺も5年前に知った。どちらにしてもあいつを野放しにしていたらどれだけの人が殺されるか分からない。下手したら俺たちが殺してきた悪人よりもあいつの方が凶悪だ」
「誰よりも人の死に敏感な上武だからどれだけ苦しくても痛い思いをしても未來の衝動での犠牲者を出したくないことなのはよく分かるわ。でもね・・・・・」
海野は俺に迫るように机に手を置いて前かがみになる。
「私にとってそれは見るに堪えないことなのよ」
「・・・・・え?」
「私にとって上武の存在は無くてならない存在なのよ。失いたくないし、取られたくもない。私の目の前から消えたときは本当に絶望したわよ。でも、あなたはいつか現れて戻って来てくれる。私はそれを信じてあの家の中を何も変えていない。それどころかあの日以来、固く閉ざして入ってすらいない。あなたが戻ってきたときに動揺しないで依然と同じ生活が出来るように」
改めて海野の自分への想いの強さを知った。未來たちの前で海野が話したように海野との関係が出来たのは本当にただの体目的だった。ただ、海野はそれだけでよかったのだ。自分を見てくれる人物が目の前に現れただけでうれしかったのだ。海野は自分を見てくれる俺のことが好きでどんなことでもやった。人を殺すこともやって来た。俺と共に。
「そして、あなたは私の前に現れてくれた、戻ってきてくれた。それだけで私はうれしい」
普段なかなか表情を表に出さない海野だがその半分だけ開いた瞳から涙が見えた。薄くほのかに笑った海野を見た。だが俺はお前の元に戻ることが出来ない。
「すまない、海野」
両手を机に着いて頭を下げる。
「俺には未来を見張り衝動を緩和する役目がある。それを真っ当するには海野がいては無理だ」
それは海野が例外ではない。
「俺はもう人の死を見たくない。それに・・・・・それにな。俺は救いたい」
「・・・・・・誰を?あんな悪魔とそれと仲良くしてる子安さん?」
「確かに子安さんもそうだがそれよりも俺は未來を助けたい」
「無理じゃない?あんな悪の心に身を任せるような悪魔をどう助けるのよ」
「分からない」
その方法を探し続けて5年経ってしまった。何もしていないと言われてしまったが実際はその通りで俺は何していない。何もできなかった。これからもおそらくそれは変わらない。変えることはできない。
「確かにあいつと付き合い始めた当初はこれ以上人を殺されてほしくないというのもあったがそれよりもあいつが苦しむ姿が俺には見るに堪えないんだよ。俺とは比較することのできないくらいの恐怖とあいつは常に戦っている。飯を食っている時も、寝ている時もいつもそうだ。俺はそんなあいつの枷を俺は外してやりたい。殺人衝動から助けてやりたい。ただ、俺はそれだけなんだ」
俺は多くの人の死を見てきた。友人の死、家族の死、仲間の死、恩師の死、いろんな死を見てきた。死の遠い存在になった俺だったがそのせいか周りの死が鮮明に見えるようになった。どれほど苦しく辛いのかを経験した。それから逃げるように不死の体を使った汚い仕事ばかりするようになった。矛盾しているのは自分でも分かっていた。人の死を見たくないはずなのに人を殺す仕事をしていた。どれだけ強力な重火器を持っていようが俺は死なない。そして、その重火器を屈指していたものが死ぬ。苦しかった。だが、その苦しさを圧倒する未來の殺人衝動を見て自分の悩みが小さいものに感じてしまえた。不死の体で人を救うことが出来る。その喜びも大きかった。
「すまないがしばらくお前の元には戻れない。本当にすまない」
再び深々と謝る。
だが、そんな俺の意思を断ち切るように海野は口をはさむ。
「・・・・・・上武を縛るのはその少女を助けたいという思いと人の死をこれ以上見たくないという思いの二つが交錯しているからね」
「そうだ」
「なら、私がふたつとも叶えてあげる」
そういうと海野は立ち上がる。
「ど、どうやって?」
「私は目的のためならばなんだってするわよ。特に上武。あなたのためだったら重罪だって犯す覚悟だったあるわよ」
嫌な予感を感じた。
「海野!お前一体何を!」
「あ、でも重罪を犯したら藤崎といっしょに暮らせないわね。なら、ばれないようにやるわよ」
ポケットから小銭を置いて去ろうとするのを目の前に立って止める。
「一体何をする気だ!答えろ!」
俺の声に周りの客、従業員の注目を浴びる。
「何って上武も分かっているんじゃないの?未來って子を助けてあなたの前では人を死なせない。そう、あなたの前で人は死なせないの」
最後の言葉だけは耳元でひっそりとつぶやいてからその横を素通りして振り返った時には海野はすでに人ごみの中に消えていた。
「未來。・・・・・・未来!」
未來の危機を感じた藤崎は走り出す。




