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ダーク・ハート  作者: 駿河留守
不死鳥
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悪心

 多くの人が行き交い、多くの店が鎮座するこの大型商業施設内においてひとりの人間を探すというのはかなり難しい気がする。しかも、私たちがいたコーヒー喫茶はちょうど施設の真ん中に位置する。どっちに走って行ったのかすら分からない相手をヤマ勘で探すのは難しい。未來ちゃんはここに来たのは今日が初めてだと言っていた。そして、今日はまだあの場所にしか言っていない。だったら、未來ちゃんのことだから行く先は自然とあの場所になる。

 人ごみをかき分けて向かった先はペットショップだ。

 息を整えて店の中を覗くとやっぱりさっきの子猫のショーケースの前にしゃがみ込んでいた。分かりやすい子で本当に助かるよ。

ゆっくりと近寄るとそれを感じ取ったようにこちらを見た。

「藤崎じゃないんですか・・・・・」

「あの人は来ないと思うよ。相当怒ってたし」

「・・・・・ですよね~」

 しょんぼりと気を落とす。あれだけ言ったのに自分が悪いって思っているみたいだ。

「さすがちょっと言い過ぎた感がありますよ」

「というと?」

「藤崎の前でのタブーな単語が死ぬとか殺されるとかなんですよ」

 前に未來ちゃんのことを聞いたときは普通に言っていた気がするけど、考えないでおこう。

「でも、不死なのにどうして死ぬとか殺されるとか言っちゃいけないの?」

「死なないからこそですよ。回避できない死の危機に直面しても絶対に死なないということは周りの人はどんどん死んでいく。あいつはわたし以上に人の死を目の前で見てきた。だから、誰よりも命の重みを知っているんですよ」

 このペットショップで話していたこと。飼っていたペットが死んでしまった悲しみも命の重みを知るからこそ重たく感じてしまう。

「聞きましたか?藤崎の力のこと?」

「確か不死鳥の力なんでしょ?」

「そうですよ。あいつの手にかかれば怪我も治すこともできれば、死者も蘇生できる」

「え?」

 死者の蘇生って生き返らせるってこと?でも、不死鳥の血を飲めば不老不死になれるって藤崎さん自身が言っていた気がする。たぶん、血を飲ませれば死んでしまっている人間でも生き返らせて不老不死にできるっていうことだよね。

「あいつはその気になれば、目の前で死んだ人たちを生き返らせることだってできる。でも、それはやらないのはなんでか分かりますか?」

 人が死ぬところを見るのは嫌だと言っている割には人を生き返らせることが出来る力を使わないって意味が分からない。

「たぶん、意味が分からないと思うですけど、わたしには分かるんですよ」

「何が?」

「藤崎の気持ち。5年もいっしょに暮らしてたら分かりますよ」

自分の悪の心から生まれる殺人衝動を正面から受け止めて悪の心をもすべてを受け入れてくれる絶対の存在。人を殺してしまうかもしれない未來ちゃんの目の前でどれだけの人が死のうと目の前に絶対に倒れずに立っている人物。それが藤崎さんだ。何もない焼け野原の真ん中の中でも誰もいなくなっても藤崎さんはずっとそばにいる。

 そんな安心から未來ちゃんは藤崎さんを信頼している。だから、どんな藤崎さんの腐った現状を見て動じないで暮らしてきた。だから、話さなくても通じ合う部分があるんだ。

「どうしてなの?藤崎さんが死んじゃった人を生き返らせない理由って」

 未來ちゃんは目をごしごしと涙をふき取ってから話す。

「あいつは病気なんですよ。平気そうに見えるけど、死を見過ぎて若干精神が壊れているんですよ。死に一番遠い奴が一番死を恐れて怯えているんですよ。別にあいつ自身が死にたくないというわけじゃない。不死の時点でそんな心配はほぼないに等しいですからね。あいつが恐れているのは人の死を見ることですよ」

 藤崎さんがやっていた汚い仕事。人を殺す仕事。目標のほとんどが悪人だったけど、中には関係のない家族まで含まれていた。その家族を殺してしまったことを一番の苦痛としていた。「わたしと関わっているのも、わたしのことを心配するって言うのもきっとあると思うけど、実際は暴走して多くの人が死に追いやられてそれを見たくないから。家族と縁を切っているのもきっとわたしと関わらせたくないから。危険が及ぶから」

 それだと今までの藤崎さんの未來ちゃんへの想いが少しずれる気がする。

「前に藤崎さんは―――、俺はこの力で殺されるかもしれない人を助けてる。それだけで俺は幸せなんだ―――って言っていたんだけど」

「それは嘘ね」

「はい?」

「それは上っ面。表面上をきれいないい訳で隠しているだけですよ。実際は私が人を殺さないかどうか監視しているだけ、そして衝動を抑えるために自分が傷ついているだけですよ」

「なんなのそれ?」

 未來ちゃんはジト目で私を見つめてから言う。何もわかっていない私に。

「あいつはすべてが自分のためならなんだったする。嘘もつけば、人を利用もする。それがあいつの藤崎の―――悪の心ですよ」

 誰にだってある悪の心。藤崎さんは否定せずに共存していく必要があるって言っていた。でも、私には無理だ。私は藤崎さんの悪の心を許すことが出来ない。それは未來ちゃんよりも残酷で真っ暗な闇だ。

 しゃがみ込んでいた未來ちゃんが立ち上がる。

「どこに行くの?」

「藤崎のところです。謝りに行きます。いくらあいつの悪の心が残酷でもわたしはあいつに助けられている」

 藤崎さんはどれだけ傷をつけられても平気だ。気が失うくらいの痛みを受けてもそれは時間が立てば何もなかったようになくなってしまう。それは今と状況がまったく変わらない。いくら藤崎さんが未來ちゃんの気を害するようなことを言っても未來ちゃんは藤崎さんの元に戻ってくる以外選択肢がない。それを分かっているかのように言いたいことを言っている気がして私はすごく腹が立つ。なかなか珍しいものだよ。私がこんなにも腹が立つなんて思ったのは。

「行く必要なんてないよ」

 私は行く手を阻む。

「でも、あいつがいないと」

「それなら私が守ってあげる。私が未來ちゃんを守ってあげる。その殺人衝動も私が何とかする。だから、あんな人ばかりに頼る必要なんてないんだよ」

「無理言わないでください。じゃあ、どうやってあの衝動を止めるんですか?適当な生き物を殺すだけじゃ収まりませんよ。人を残虐無慈悲に殺すまで私の衝動は止まりませんよ。それがたまればたまるほど強くなっていく。それでもどうやって陽子さんは止めるんですか?」

 確かに現状を維持するには藤崎さんの存在が必要不可欠だ。

「わたしはあいつが嫌いですけど、心の底から嫌っているわけじゃない。あいつの隣にいると安心するんですよ。私の衝動でこれ以上の人を死なせないで済む。そんな大きな安心感が藤崎といると落ち着くんですよ。私にはあいつが必要なんですよ。陽子さん。あなたに私を止める術はないんですよ」

 そうかもしれないよ。私にはその殺人衝動をどうこうする手段も力もない、弱々しいただの女子高校生なのだ。それでも私には私にしかできないことがきっとあるはずだ。

「分かったよ。私には止める手段はないよ」

 素直に認めるよ。だって、否定する箇所も根拠もないし。でも、私は友達として。

「まだ、謝りに行かなくてもいいんじゃない?」

「・・・・・・え?」

「藤崎さんは人が死んじゃう姿を見るのが嫌なんでしょ。だったら、未來ちゃんが藤崎さんといっしょにいないと不安なのは向こうだっていっしょでしょ。いつ衝動が起きるか分からない未來ちゃんを何時間も野放しにしておけるわけがないよね」

「た、確かに」

「ならさ、少し遊んでからでもいいんじゃない?少し藤崎さんを懲らしめるつもりでしばらく距離置くんだよ。そうすれば、少し考え方が変わるんじゃない?」

 藤崎さんの悪の心を逆手に取った嫌がらせ。これが私の悪の心なのかな?

 落ち込んでいた未來ちゃんがいつものような悪いことを企んでいる笑顔を見せた。

「そうですね。少し藤崎を懲らしめましょう」

「そうと決まれば、この上にゲームセンターがあるから行こうか」

「はい」

 別に自分の弱さを否定したわけじゃない。弱いのは分かり切ったことだし。でも、やっぱり本音から頼られていないということが悔しい。藤崎さんのように当たり前のように頼られていることが少し羨ましいと思ったりもする。それは私に小さな少女を守るだけの力がないからだ。だから、こうして励ますことしかできない。それでもいいかなって思うんだけど、友達として心強い支えになりたい。残酷な運命を背負っているからこそ支えてあげたい。

だから、私はこうしてもがく。

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