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ダーク・ハート  作者: 駿河留守
始まり
3/36

刺激ありの日常

 帰り道。キョーコちゃんとふたりだけの帰り道。いつも通りで何も変わらない。

「あ。買い物してく」

「ああ、今日からおばあちゃんいないだっけ?」

「うん」

 おばあちゃんは今日から近所の友達と一緒に1週間の温泉旅行に今日のお昼頃から出かけてしまったのだ。もう、80近い年齢になっても楽しむことを忘れないパワフルなところは見習わないといけない。

「となると今、陽子の家にはひとりだけってこと?」

「そうなるね」

「お泊り会決定ね」

「え?」

「あたしも今日に備えて何か買ってこ」

「何を勝手に決めてるの?」

 まぁ、これが初めてじゃないから気にしないけど。

 家からほど近いコンビニにキョーコちゃんと立ち寄る。いつもの店員さんがやる気のなさそうな声で私たちを出迎える。

「何買うの?」

「とりあえず、明日の朝ごはんかな」

 籠を取ろうとすると中学生の女の子と手が当たる。

「あ。ごめんね」

「いえ」

 女の子は遠慮して先に譲ってくれたので遠慮せずに先に籠をとる。セーラー服の女の子は黒髪のツンテールでムスッとこちらを睨むような鋭い目つきをしているけど、背は低くてその睨む目はまるで猫が威嚇しているみたいでかわいい。

「何してるの?」

「かわいい猫を見つけてちょっと興奮してた」

「・・・・・大丈夫?」

「大丈夫だよ。恋愛対象は女の子じゃないから」

「あんた一体何考えたの?」

 私の周りの人は良く言います。あんたってよく分からないって。マイペースで若干天然なのにもかかわらずいろいろと厄介ごとに首を突っ込みがちなところがある。例えば、困ったおばあさんがいたら大抵助ける。道に迷っていたらいっしょに目的地を探していっしょに迷子になってしまうという全く持って無駄なことばかりしているのだ。

「陽子は何食べるの?」

「私はこれ」

 粗挽きウィンナーパンである。

「陽子ってこういう惣菜パンの方が好きよね」

「だって、食べた気しないじゃん」

「まぁ、そうだけど」

 キョーコちゃんはクロワッサンを私の持つ籠に入れる。

「そもそも、そのパンってからし入ってる時点であたしは選ばないわ」

「え?ないとおいしくないじゃん」

「からし苦手」

 そうなの?ないのとあるのとどちらを選ぶと言われたらある方がお得感があって私はいいと思う。だから、お寿司とかでも大抵さびありを買う。

「キョーコちゃんはもしかして納豆とかにもからしとかかけないの?」

「苦手だし」

「私からすればありえない。だって、からしがないと物足りないというか味ないじゃん」

「いやいや、それはおかしい。納豆にはちゃんと味あるわよ。逆にからしとか入れたら納豆本来の味しないじゃない。ただ、からしチューブそのまま舐めてるだけじゃない」

「それはひどいと思うよ。からしを入れることで本来の味が引き出されるんだよ。それともキョーコちゃんは辛いの苦手?」

「唐辛子とかは好きよ」

「・・・・・・日本人?」

「日本人よ!なんでからし苦手なだけで日本人かどうか疑われないといけないのよ!」

「そんな好き嫌いばっかりしてるから彼氏に」

「それに関して関係ないでしょ!」

 一体私たちはコンビニまで来て何の話をしているのやら。

 飲み物やらお菓子やらをかごに入れてレジへ。

「お金は後で建て替えてね」

「分かってるわよ」

 キョーコちゃんは雑誌コーナーの方に行ってしまう。きっと、都市伝説とかの書かれた雑誌でも読みに行ったのだろう。そういうありえないことが好きなキョーコちゃんなのだ。でも、こんな平凡な街で起こるありえないことは早々起きない。全国ニュースになるようなことなんて何も起きない。そういうところなのだ。それでも多くの人たちが行き交う町には事件というものは一日に必ず一度は起こる。そう例えば今目の前で眼鏡にマスクをした男の人がナイフを構えて店員を脅しているとか。

「・・・・・あれ?」

 今起きていることが理解できずに固まる。

「動くな!」

 店内に響く声。ビニール袋が床に落ちて買った飲み物、お菓子等が散乱する。声の方を見れば、さっきの猫のような女の子が目の前の店員を脅す人のように眼鏡とマスクをしている男の人にナイフを突きつけられて捕まっていた。

「いいか!警察に連絡しようとしたらこの娘の命はないと思え!変な動きはするな!その場で両手をあげて動くな!」

 店内に今まで経験したことのない緊張感が走る。ピリピリと皮膚の表面が電気ショックで痺れそうなくらいの恐怖と緊張感。これが私やキョーコちゃんが求めていた刺激的な日常。

 い、いやいや、望んでない望んでない。確かに刺激だけど命が危ないよ。そんな刺激いらない。私がほしい刺激はもっと日常的なことであってこんなコンビニで買い物してたら強盗と鉢合わせたなんて言う偶然なんていらない。

「おい!そこの女!手をあげろ!」

 そこの女とは私のことだ。あまりにも突然のことで手足が震えて頭が真っ白になっていたせいで強盗の言ったことなんて上の空だった。でも、苛立ち焦っている強盗は今に私に向かってそのナイフで斬りかかってきそうだ。慌てて籠をその場において両手をあげる。それを見ると女の子にナイフを突きつけながら店内をじっくり監視している。客や店員が妙な真似をしていないチェックしているのだ。ふたりの強盗の近くのにいる私の緊張感は誰と比べても強いものだと思った。でも、それは大きく違った。人質にとられている女の子と私は目が合った。その子の目は最初に目が合った時のような鋭い目線ではなく本来の大きい瞳がうるうるとゆるんで今にも泣きだしそうだった。足には力が入っているようには見えず強盗に引きずられている状況だ。恐怖がそこの子を支配していた。ナイフを突きつけられて警察がやってきたら問答無用で殺されるかもしれないという恐怖に泣きだしそうになっている。もし、それが私だったら絶対に泣いていた。大きな気勢を上げてワンワンと。私じゃなくてよかった。

 そう思う自分が一瞬腹立たしくなった。自分が一番緊張感の強いところにいる。そんなことはない。ナイフを突きつけられていつでも命を奪われるような立場にいるあの子の方が千倍も緊張感の中にいるはず。いや、緊張感という表現を通り越して恐怖感の沼にいるはずだ。困った人は助けないといけない。何かと首を突っ込みがちな私はここでまさか動けるなんて思っていなかった。

レジ近くの私のすぐ横には酒瓶が置いてあった。お花見にどうですかとお菓子などといっしょに置かれていた。レジの強盗は出口を確認しながら店員を脅す。女の子を人質にとる強盗は店内を見渡す。そのふたりの強盗が私から目線が外れたほんの一瞬、ほんのコンマ何秒の世界、外れた目線の好きに近くに置いてあった酒瓶を掴み女の子を人質にとる強盗に後頭部に向けて振りかぶり叩きつける。

バリンと分が割れる音と中に入っていたお酒が散乱する音が店内に響く。割れた瓶の破片が床にパラパラと落ちる。突然のことにレジの方を見ていた強盗もぽかーんとしている。私自身も割れずに残った瓶を振りかぶった態勢状態でなんでこんなことをしたんだろうと若干の後悔があった。

しかし、今日の私は運がよかった。

酒瓶を叩きつけた強盗はそのまま仰向けに倒れる。力なく倒れて気絶した。お酒を頭からかぶった女の子は何が起こったのか理解できずとにかく強盗から離れた。我に返った、残りの強盗が私に牙をむく。

「おい!女!何してやがる!」

「いや!そのつい!」

「ついじゃねーよ!」

 ナイフを構えて突っ込んできた。

「落ち着いて!」

「うるせー!」

 その日の私の運勢をちゃんと見返しておきたいくらい本っっっっっっっ当に運がよかった。別に私は幸運女ではない。おそらく、一生分の運をここで使ったのだと思う。

 突っ込んできた強盗はお酒でぬれる足元を滑らせる。瓶の破片のせいでその滑りやすさは増していたのだろう。滑ってそのまま後頭部から転倒した。で、気絶した。

 店内は強盗がやって来た時とは違う静けさで支配される。

「こんなことってある?」

 私の問いに誰も答えられない。

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