泥沼
ショッピングセンターの一角にあるスタ○バックスコーヒーにやって来た。それぞれが好きな飲み物を注文して店の一番角の席に座る。私の隣に海野さん。その正面に藤崎さんでその隣に未來ちゃんという配置になっている。エプロンを外してこの服しかないのかなって疑いたくなるような灰色のTシャツにひざ下までの黒の短パンをはいている。そして、ピリピリと胃が縮んでしまいそうな緊張感とオーラが海野さんから漂っている。それをもろに受けているのは真正面の藤崎さんなのにそれをコーヒーを飲みながら目線を外す。
なんというか・・・・・すごく気まずい。
正面にいるささくれを気にする未來ちゃんにこの気まずい空気をどうにかしてもらおう。
「み、未來ちゃんはコーヒーが苦手なんだね~」
未來ちゃんを除いて他三人は飲み物を注文しているのに対して未來ちゃんは何も頼まないで水を飲んでいる。好き嫌い多そうだからきっとコーヒーも苦手なんだろう。そんなのこれまで傾向を見ていれば聞かなくても分かるよ。でも、この空気をどうにかするには猫みたいなその癒しのオーラで何とかしてほしいんだよ。
察したのかハッとしてあたふたしてから藤崎さんのコーヒーと自分の水を見てからオーバーに分かりやすいように反応してくれた。
「そ、そうなんですよ~。どうしても、こう大人の味っているのが理解できなくて~。でも、隣の藤崎もコーヒーにはミルクとこれでもかというくらいの砂糖を入れて甘くしないと飲めないんですよ~。こいつもそんなに私と変わらないですよ~」
ナイス!未來ちゃん!
小さくグッドと送る。これでいつものように藤崎さんが言い返してくれれば雰囲気がいつも通りになるんだけど・・・・・・下を向いたままコーヒーの苦さがかき消されているコーヒーを飲んでいる。まるで聞こえていないかのように。
無視されたことに頬を膨らませて怒った未來ちゃんは、
「あ!手が滑った!」
藤崎さんの顔面に水をぶちまけた。
「て!テメー!何しやがる!」
「あんたこそなんで無視するのよ」
「お前みたいなお子様の言うことをいちいち真に受けてたらバカみたいだろうが」
今までバカみたいに真に受けてたと思うんですけど・・・・・・。
「どっちがお子様よ。そんな甘くするなら砂糖水にミルクでも入れて飲んでればいいのよ。家計がピンチだって言うのにコーヒーを台無しになるような飲み方する方がお子様よ。私からすればそれはドリンクバーでいろんなジュースを混ぜているのといっしょよ」
「俺をお前みたいなお子様扱いするな。コーヒーって言うのは大人の飲み物だ」
「その大人の飲み物を子供にしている藤崎すごーい。尊敬しちゃうよ。どうしたら、大人の飲み物をそんな風に子供の飲み物みたいにできるのか私知りたーい」
「ケンカ売ってんのか!」
「あれ?お子様の言うことなんかいちいち真に受けないんじゃないの?」
どっちも精神年齢同じにしか見えないのは私だけだろうか?ケンカするほど仲がいいとは言うけれど、まさか少し場の空気を軽くするために藤崎さんをからかっただけのことが本当のケンカに発展するとか仲がいいのか悪いの分からない。でも、おかげで少し空気が軽くなった。
「楽しそうじゃない?上武」
そんな和みを空気を一気にぶち壊したのは海野さんの一言だった。藤崎さんはそれから未來ちゃんに何も言い返さなくなって大人しくなってしまった。
「あなた、確か未來とか言ったわね」
突然、自分に振られて戸惑いながらもうんうんと二回頷く。
「ちょうど、あの子と同じくらいの年ね」
「・・・・・・そ、そうだな」
「藤崎さん?なんでそんな急に顔を色を悪くするんですか?」
変な汗が滝のように流れているのが見える。何か隠しているって丸分かりだ。
「い、いや、ちょっとあ、甘さが足りない気がする!」
そういってさらに砂糖を足す。それ以上入れると本当に砂糖水にミルク入れただけの飲み物になりかねないですよ。
「藤崎。あんた何を隠してるの?この海野さんとはどういう関係なの?」
「い、いや海野とは何もない。ちょっと、古い友人なだけでそれ以上でもそれ以下でもない」
激甘コーヒーを飲んで何かをごまかそうとしている。何か未來ちゃんにも教えていない、知られるとまずいことを隠しているのは明白だ。それは確実に海野さんがらみであるのは確かだ。
「海野さんと藤崎さんの関係ってな」
「やばい!手が滑った!」
藤崎さんがおしぼりを私に向かって投げつけてきた。
「ちょっと!藤崎!私ならともかく陽子さんにはダメでしょ!」
「うるへー!」
この慌て方おかしい。疑いが一層強くなる。
「未來ちゃん願い」
「了解した」
まだ、出会って1週間も経ってないのに未來ちゃんとの意思疎通はできているようだ。私が言うと藤崎さんが抵抗できないようにがっちりとホールドした。
「待て離せ!」
抵抗する藤崎さんを余所に訊きそびれたことを聞く。
「海野さん!藤崎さんとはどんな関係なんですか!」
「やめろー!何も言うな!何も訊くな!」
「ちょっとうるさい」
口の中におしぼりを押し込まれて何も話せなくなった。
海野さんは私たちの様子と藤崎さんの暴れる様子を見て何かを理解したようだった。
「上武。まさか、この子たちに何も言わずにいっしょにいるわけ?」
「何か隠しているんですか!」
未來ちゃんが一番興味がありそうだ。それもそうだよね。だっていっしょに暮らしてるんだし。いつも喧嘩している同じ住民の弱みとかほしいんじゃないかな~・・・・なんてね。
「まぁ、これを聞いたら確実に上武の株はがた下がりね。それにさぞかし楽しかったんでしょうね。かわいい現役でぴちぴちの女子高生と女子中学生に囲まれて。本当に私という女を差し置いておいて本当に最低な奴。それでいくらでこの子たちをたぶらかしてるの?」
「・・・・・・・はぁ?」
「あんたたちはただでこんな胡散臭いおっさんといっしょにいるわけないでしょ?どうせ、お金渡して毎日私みたいに夜家に連れ込んでいちゃいちゃしてるんでしょ」
藤崎さんは自力で口の中のおしぼりを吐き出して慌てる。
「頼む!海野!それ以上は何も言わないでくれ!俺の命に関わる!」
「命に関わる?別にいいじゃない。どうせ、死なないんだから」
それを聞いた瞬間私と未來ちゃんに電撃が走った。どうせ、死なないんだから。それは藤崎さんが不死だってことを知らないと言えないことだ。藤崎さんが女の人を夜家に連れ込んでいたということよりも衝撃的だった。
「あ、あの!海野さんは藤崎が不死だって知ってるんですか?」
「知ってるわよ。あんたたちと同じで私もお金を払ってこいつの体を売ったんだから」
「死ねー!藤崎!」
「止めろ~!」
「ちなみに一回じゃないわ。あの夜以降、私は上武のお気に入りになって毎日のように通ったわね。もう、躊躇もなくて私がホテルの部屋に着いたらすぐにすり寄ってきてまずは足を頬ずりしてからだんだん顔を上がってきて」
「う、海野さん!ここは公共の場だし、それに今はお昼です!その辺にしておいてください!」
「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」
「く、首がもげる」
首を絞めてそれを離そうと未來ちゃん。いくら窒息させても死なないだけど、息が出来ない苦しさはずっと続くみたいだね。不死も意外と辛そうだ。
「毒薬とか飲ませたらずっと苦しんでそうですね」
「何を恐ろしいことを考えてるの!止めて!お願いだからそれ以上は何も考えないで!」
「毒薬は飲み薬だと吐き出して効力が薄いから注射とかの方が的確よ」
「へぇ~、そうなんですか~。勉強になります!」
「勉強しないで!それと海野も変な知識を与えるな!」
首を絞められながらも必死に抵抗する。海野さんといても藤崎さんの立場って変わらないんですね。海野さんとは少し私たちと違った感じがして気まずかったけど、私たちと何にも変わらない普通の人なんだな。
「それで、海野さんは藤崎さんとは元援助交際相手だったってことですか?」
「そんなことしてない!」
いや、思いっきり証言してる人が目の前にいるんですけど、これ以上の証拠はどこにあるんですかね?
「まぁ、援助交際相手だったって言うのは15、6年前の話よ」
結構昔の話なんだ。というか海野さんは一体何歳なんだろ?
「その様子だと私と婚約してるってことも話してないみたいね」
空気がまるで真冬になったかのように凍り固まる。私と未來ちゃんの目の色が抜ける。確かに胡散臭くて無職で変態だけど、誰よりも未來ちゃんのことを思い、広い心を持って、人の命を第一に考えるようないい人だってこれだけ過ごしてようやく分かったのに。
「「まさか!奥さんほっておいてのうのうと過ごしてる最低な男だとは思わなかった!」」
「同時に言うな!」
日に日に未來ちゃんとの息があってきている。友達になるくらいだから当たり前だよね。だったら、きっと考えていることは同じはず。
「川に沈める」
「ドラム缶にコンクリート詰めすればき、永遠息苦しみながら生きていく絶望を与えられるね」
「何を恐ろしいことを考えてる!」
海野さんの言うとおり株がどんどんジェットコースター並みに下がっていく。
「ちなみに私と上武はできちゃった結婚よ。そこの未來ってこと同じ年の娘がいるわよ」
海野さんが藤崎さんにとどめをさした。
それを聞いた瞬間、未來ちゃんがいつもと違うごなり声で真剣に怒った。
「奥さんと子供もいるのに私と暮らしてるっておかしいじゃない!」
「いや、それはお前のことを考えて」
「もしかして、いっしょに暮らしてるのって本当はわたしの殺人衝動のせいじゃなくて体が目的だったの!本当に最低よ!そんな奴だって思わなかったわよ!」
「ち、違う。お前といっしょに暮らしてるのは本当にお前のことを心配して」
「嘘はもういいわよ!」
さすがに藤崎さんも怒る。
「嘘じゃない!お前の悪の心は周りに大きな被害が生じる。それはお前にとってもよくないことだろ!俺はそれをどうにかしたいだけだ!」
「そう言っておきながらもう5年よ!5年間あんたは何をしてきたの!何もしてないじゃない!何もしないんだったらわたしを殺して奥さんと子供をしっかり養いなさいよ!」
「殺すとかいうな!誰が毎日のように刺殺されてると思ってるんだよ!俺がどれだけ痛い目にあって来てると思っているんだよ!」
「嫌なら辞めればいいじゃない!それでさっさと元の場所に戻りなさいよ!」
「それだとお前はどうなる?その衝動でまた周りの誰かが・・・・子安さんが殺されたらどうするんだよ!」
「それだったらわたしが死ねばいい話じゃない!」
「だからそんなこと言うって言ってるだろうが!俺はお前のことが大切だからこうして今も!」
「わたしの前に家族を大切にしなさいよ!」
それは心の叫びだった。私もそうだけど藤崎さんにも感じたようだ。
未來ちゃんには家族がいた。でも、それは自分の殺人衝動で殺してしまって今はいない。自分を家族のように慕ってくれたからこそ未來ちゃんは藤崎さんを信頼していっしょに暮らしている。でも、その藤崎さんには家族があるのにそれをほったらかしにして自分を優先されていることがたぶん許せないんだと思う。自分と同じ年の娘がいるならばきっと心境も同じだと思った。
「あんたの娘のわたしじゃないでしょ!」
パチン。
藤崎さんはほぼ無意識に未來ちゃんの頬を叩いた。小さな顔に赤く腫れる。そして、ドッとあふれる涙を拭き取って席を立って店を飛び出していった。
「み、未來ちゃん!」
「ほっておけ」
不機嫌そうに腕を組みながら席に座る。
「なんで叩いたんですか?」
すると飲みかけのコーヒーを飲み干して一息ついてから語る。
「我がまま娘め。俺が一体誰のためにここまで付き合ってると思ってるんだよ。あいつは感謝が足りなさすぎる。俺はあいつのために苦しい思いばかりしてきたんだ。それも知らず言いたい放題言いやがって。どうせ、俺がいないとどうしようもないくせに」
私はどちらを味方すればいいのか。未來ちゃんの言い分も分かる。家族があるのにそれを放置していることも許せないけど、藤崎さんの言い分も分かる。未來ちゃんがこうして普通に暮らしていられるのは藤崎さんの存在が大きい。衝動の矛先を不死の藤崎さんに向けることで被害を出さずに衝動を発散できる。不死でも痛みは普通に襲われるということは足を切り刻まれても、腕を斬り落とされても、目玉をくりぬかれても、内臓をえぐられても、喉もとを突き刺されても死なないけど痛みはある。それはたぶん想像できない苦痛だ。それをただ一人の少女を助けるために耐えている。
「誰にだって悪の心はあるって藤崎さん言ってましたよね」
「ああ、言ったな」
「なら、私も悪の心を屈指して言います」
気を落ちかせて大きく息を吸って叫ぶ。
今思ったことを全力で。
「藤崎さんのバカ―――――!」
海野さんに一礼して未來ちゃんの後を追う。
「まるで昼ドラみたいな泥沼展開ね」
「誰のせいだよ」




