再会
また、その次の日である。
「お弁当ありがとうございます。おいしかったです」
「どうも」
この日は土曜日で私も未來ちゃんも学校が休みである。交換したメアドでせっかくだから遊ぼうと誘ってこうして土曜日にもかかわらず会っているのだ。いつもセーラー服を見慣れているせいか、私服の未來ちゃんの姿を見てドギマギしてしまう。ホットパンツにTシャツの上にパーカー付きのタックトップを着ている。新鮮すぎて写真を一枚撮ってしまった。すぐに未來ちゃんによって削除されたんだけどね。
「普段外出しなさそうなのによく私服持ってたね」
「休日は時間があれば藤崎と町には出て買い物とかをしたりしてますよ。こうして同性の人と行くのは初めてで少し緊張しています」
頬を赤くしていつも通りのツインテールの毛先を撫でてテレをごまかそうとしている姿、なんてかわいいんだろう。それはもう悪の心を持つ女の子には全然見えない。どこにでもいそうな中学生の女の子だよ。照れたり怒ったりすると本当に猫みたいでペットにして飼いたい。
「それはそうと」
その照れ隠しをする未來ちゃんが急に覚めたような表情を浮かべる。それと同時に猫要素がなくなるのも残念。
「なんで藤崎もいるのよ」
そう、なぜか藤崎さんもやって来たのだ。見慣れた服装で。
「心配だろうが。いつコンビニで強盗に襲われたようなことが起きるか分からないんだぞ」
未來ちゃんのことを心配する姿はすごくいいと思うんだけど。
「ちょっと心配し過ぎじゃないですか?」
「これくらい普通だ。それに未來と暮らし始めた当初は俺が見えないだけで泣きわめいていた時期もあったくらいだそ。片時も離れたくない、私のそばから離れないでなんて言っ」
藤崎さんに向かって未來ちゃんがどこで拾ったのかコンクリートブロックを投げつける。そのまま倒れて藤崎さんは動かなくなる。まぁ、不死だから普通なら病院送りの怪我でも大丈夫だろうけど。一方の未來ちゃんは顔を真っ赤にして息を荒くしていた。
「む、昔の話だからね!今は全然大丈夫だからね!」
なんか必死に訂正してる姿がいい。
「いやいや、そう言いながらも影では怪我大丈夫?痛かったでしょ?ごめんねってちゃんと謝って来てくれるいいや」
復活した藤崎さんに向かって再びコンクリートブロックを投げつける未來ちゃん。
「陽子さん。一旦、こいつ川に沈めてから遊びましょ」
「何をやっても藤崎さんには無駄だと思うよ」
だって死なないんだし。
今日やって来たのは市内にある大型商業施設である。駅からはかなり離れているのが難点だけど、食品売り場をはじめ衣服やレストラン、家電製品などの多くの専門店が軒を連ねている。駅から離れているが付近に大きなショッピングセンターがないおかげか休日になれば駐車場もいっぱいになるくらい繁盛した施設なのだ。
「ここは初めてですよ」
「そうなの?」
「わたしたちには移動の足がないんで、いつも近場で買い物とかは済ましてたんで」
今日は家の自転車を使ってここまでやって来たのだ。時間はかかるけど、お金のかからない一番の移動手段だ。未來ちゃんたちは車はもちろん自転車も持っていないらしくて家に眠っていた自転車を一台貸し出してここまで来た。藤崎さんの分の自転車はないので走って来てもらった。不死だからどれだけ痛めつけても大丈夫。
「子安さん。俺が不死だって知ってから扱いが雑じゃないか?」
「さぁ、さっそく行くよ!」
「おー!」
「俺は無視なのか?」
ショッピングセンターに入ると全体が2階建ての吹き抜けになっていて天井にはその明かりが入るように窓が設置されている。屋上には駐車場があって中の様子が屋上から確認できるところもある。
「まずはどこに行きますか?」
ここに誘ったのは私だ。なので最初にどこに行くかをもう決めているのだ。
「ついてきて」
ここには来たことがあるから目的地には迷わず行ける。休日ということもあって行き交う人はとても多い。家族連れに、友達同士、恋人同士といろんなジャンルの人たちがいる。
こうして見てみると私たちは不思議な関係だなって思う。女子高生の私と女子中学生の未來ちゃんと無職の藤崎さん。どこにも共通点なんてないこの3人の関係はどこかでがっちりとつながっている。私と未來ちゃんは友達として、一度は切れかけた関係がまた元に戻ったからさらに強い関係となった。藤崎さんと未來ちゃんは言わずともこの二人は絶対の関係だ。私と藤崎さんは微妙だけど目的はいっしょな気がする。未來ちゃんのためにすべてを捧げようとする意思はいっしょだ。
「到着だよ」
「ペットショップですか?」
「そうだよ」
「なんでわざわざこんなところに来たんだよ?」
「藤崎さんはいることを想定していないので黙っていてください」
「そうよ。なんなら今すぐ食品売り場の調理場で加工してもらってペットたちに餌にでもなってきなさい」
「未來も日に日に俺の扱いがひどくなってる気がする」
そんなかわいそうな藤崎さんは放っておいて、
「お願いだから少しでもいいから俺に愛情を下さい!」
このペットショップはペットの身の回りの商品はもちろんペットの毛並みを整える美容院みたいなものもあって休日ともなれば多くの人たちが愛犬を連れてくるのだ。そして、ペットの身の回りの商品の他にもペットそのものも販売しているのだ。今日はそれがお目当てだ。
「ね!猫だー!」
ガラスケースの向こう側に小さな猫がクッションの中で丸くして気持ちよさそうに寝ていた。数としては5種類ほどでみんな生後2か月ほどの猫たちだ。まだ、何も知らないかわいい子猫たちなのだ。海野さんのアドバイスで私はここに未來ちゃんを連れてきた。
あまり猫にはよろしくないけど、親猫たちは野性の勘が働いて気配で未來ちゃんを警戒する。ならば、まだ自分で身を守ることのできない猫なら野生の勘がなく警戒されることはないんじゃないのかと言われたのだ。そのまま大人になればその猫は経験で未來ちゃんを安全だと判断して懐いてくれるんじゃないかとアドバイスをもらってきたのだ。ついでにここにしたのは海野さんがここに従業員だと言うので融通も利くからという理由もあるのだ。
「はぁぁぁぁ~!」
ガラスケースに顔を押し当てて猫を眺める未來ちゃんを少し離れたところで私と藤崎さんは見守る。これで今日のストレスは少なくて済みそうだ。猫の効果は抜群のようだ。
「もし、藤崎さんが猫なら未來ちゃんの負担が半分以下になると思うんですけどね~」
「いや、無理だからな!俺人間だしな!」
本当に人間なの?死なない時点で人でもない気がするのは私だけじゃないと思うんだけど。
あまりにも猫を見て興奮する未來ちゃんを見て店員さんが抱いていますかと言われて元気よく手をあげて周りの目線を独り占めしている。そのことに目の前の大好きな物のせいで気付いていないみたいだけど、後で知ったら恥ずかしいだろうな~。
「猫のどこがいいのかね~」
藤崎さんがふとそう呟いた。
「あれ?藤崎さんはあまり猫好きじゃないんですか?」
「俺はどちらかと言えば犬の方が好きだな。忠実でしっかり教育すれば芸も覚えるし、ご主人の言うことを聞く姿とかいいじゃないか。自分で階級を判断するところも利口じゃないか」
藤崎さんの場合犬よりも階級下になりそうな気がするのは私だけだろうか?
「うちにもキャンキャン吠える猫みたいな駄犬がいるけどな」
藤崎さんに向かって猫缶が飛んできておでこに直撃して倒れる。
「ごめん手が滑った」
そういってるけど思いきっり振りかぶった後にしか見えない。
「ほら、見ろ。全く利口じゃない。あいつよりも犬の方が絶対いい」
「相変わらず復活速いですね」
まぁ、私も犬はかなり昔に飼っていたけどね。
「でも、俺はペットを飼うことはあまり好きじゃないんだけどな」
「そうなんですか?犬が好きだって言うなら飼いたいと思っていたんですけど」
でも、あのマンションペット飼うこと自体が禁止になっている気がする。
「今住んでるところがペット禁止なんだけど、そもそも、大切に飼ってきた生き物が死んでしまうって言うのは何とも耐えがたい悲しみに包まれるんだよ」
遠くを見つめるその目線から藤崎さんの過去の記憶が読み取れる。昔、犬を飼っていたんだ。たくさんの芸を覚えさせてかわいがっていた子供の頃の藤崎さんの姿が。その犬が老いて死んでしまった時に耐えがたい悲しみに包まれてワンワン泣いている姿も想像できてしまう。
「不死になってたくさんの死を見てきたがやっぱり耐え難いよな。何度見ても耐えられない。だから、ああやってその場でかわいがってやって楽しむのが一番なんだよ。俺はそう思う」
不死だからこそ死について誰よりも考えているんだ。絶対に死なない藤崎さんは死を見届けることしかできない。死なないって便利だないいなって思ったけどそれほどいいでもないみたいだね。傷は治っても心の傷は癒えないのは不死でも同じみたいだ。そういえば、傷で思い出したけど私の太ももなんで怪我が治ってるんだろ?ちょうど聞ける人がいるし聞いておこう。
「ここで聞くのもなんかな~って思うんですけどいいですか?」
「なんだ?」
「私の足の怪我。どうして、治ってるんですか?確か未來ちゃんに小太刀で床に貫通するくらいに突き刺されたはずなんですけど、傷跡もなければ痛みもないんですけど、なんでですか?」
すると藤崎さんは周りを見ながら一瞬だけ戸惑ったけど話してくれた。
「俺の不死の力って言うのは正式には不死鳥の力っていうやつなんだけど・・・・知ってる?不死鳥って?」
「死なない鳥のことですよね?」
「まぁ、簡単に言ってしまえばね」
なるほど、藤崎さんが鳥なんだ。未來ちゃんはあの時の悪魔を除けば猫だから・・・・・。
「どっちにしても食物連鎖的に藤崎さんの方が下だから立場も弱いんだ」
「それはどういう意味かな?」
「それで不死鳥の力ってどんなものなんですか?そもそも、不死鳥って死なないだけで私の怪我を治したって言うのはおかしくないですか?」
藤崎さんは自分の話を全く聞かれないことに不満をぶつぶつと言いながらもちゃんと私の質問には答えてくれる。やさしいな~。
「不死鳥って言うのは不死なんだけど転生もする生き物なんだ」
「不死なのに生まれ変わるんですか?」
なんだか不思議な生き物だな。不死なのに生き返るってなんか矛盾している気がする。
「実際のところ俺もまだこの力をもらって20年しかたってない」
「その前までは誰かがその力を持っていたってことですか?」
「そういうことだな。一体何年何百年何千年にわたって受け継がれてきたかは知らないけどな」
そう考えると藤崎さんの体は壮大な時間をかけて生まれてきたみたいに感じる。歴史的な遺産を見た時と同じ歴史を感じるみたいな感触だ。
「でも、その力の転生と私の怪我の関係ってあるんですか?」
「おおいに関係ある。不死鳥はその血を飲めば飲んだものは不老不死になると言われている」
血を飲めば不老不死になる。つまり、血を飲めばどんな傷も病気も治って死なないっていうことなんだ。つまり、私の傷が治っているってことは藤崎さんの血を飲んだってことなんだ。
「・・・・・・気持ち悪い」
「え?なんで?」
「藤崎さんのその不純で無職の腐ったトマトジュースみたいな血を飲んだと思うと吐き気が」
「日を追うごとに俺の立場がどんどん悪化してる」
「まぁ、冗談は置いておいて」
「え。冗談なの?」
「私は藤崎さんの血を飲んだから怪我治った。つまり、私って不老不死になっているんですか?」
「そういうわけじゃない。俺の傷が傷ついたらすぐに傷がふさがって治るんだ。それは俺の中に流れる血のおかげなんだ。血が傷を塞いで治してくれる。それは俺以外の人間も同じなんだ」
「じゃあ、藤崎さんは私の傷に自分の血を塗ったってことですか?」
「そうだ。なかなか深かったから念入りに。まぁ、ムチムチで綺麗なJKの生足に傷が入っていることが許せなくても元のきれいな足に戻ってほしくて太ももからふくらはぎから脛から足の裏まで他にも怪我してないかなって二の腕とか首元とかくびれとかお尻とか胸とか舐めるように血を塗り手繰って」
藤崎さんに向かって猫缶がふたつ飛んできて顔面にめり込んで転倒する。でも、すぐになんともなかったかのように立ち上がる。
「何するんだよ?」
「ごめん手が滑った」
冷たくて暗い目線を送る。それはまるでお父さんに反抗する反抗期の娘さんのようだ。すると店員さんが小さな猫を未來ちゃんのもとに連れてきてくれた。灰色の縞模様の子猫だ。目をキラキラと輝かせながら抱き上げるのを一瞬だけお戸惑いを覚えたけど、店員さんに渡されて受け取ると子猫は今までの猫と違い未來ちゃんに寄り添うように胸の中に。
「幸せ・・・・・。今ならわたし死んでもいい」
なんか涙が出てきちゃうな。今までのあれだけ猫に嫌われていた未來ちゃんがついに猫に触っている。抱いている。これでまた一歩前進したね。
「猫も未來ちゃんもかわいい」
「ふん。どうせ、猫も大人になれば未来を嫌い、未來も大人になれば凶暴なゴリラみたいな女になるに違いない。かわいいのはどうせ今だけだって」
「藤崎?」
笑顔でやって来た未來ちゃんは猫を藤崎さんの顔面に向けると猫が察したようにタイミングよく藤崎さんの顔面を引っ掻き回す。
「おわわわ!」
藤崎さんの顔面に無数のひっかき傷が出来て再び倒れる。
「猫も察したんですね」
あんな小さな体なのにバカにされたって分かったんだね。
すると藤崎さんの顔面で出来た傷口からうっすらと血がにじみ出ると、血が一滴顔を伝うように流れるとそれ以上血が出なくなり藤崎さんがふき取るとそこには傷はなくなっていた。
「こんな感じで子安さんの怪我も血で治したんだ」
「そうなんですか~」
「あ、あの子安さん?笑顔で手に犬の散歩用のリードを持たないでほしいな~。それはね犬を散歩させるものであって俺の首を絞めるものじゃないよ?それにそんなことをしても俺は」
「死なないならいいですよね~。でも、苦しむ姿はみたいですね~」
「あ、あれ?子安さんの悪の心が出てきちゃった?」
「悪の心じゃないですよ。本心です」
そのまま藤崎さんの首にリードをくくりつける。抵抗する藤崎さんを余所にリードを引っ張って首を絞める。
「私が気を失っている間になんてことしてるんですか!」
「い、いいじゃないか。減るものでもなし。少し触ったくらいで」
「絶対少しじゃないですよね!」
怪我したのは太ももだけのはずなのにふくらはぎから足の裏、さらにが胸とかお尻とかまでって全部触られてるし。本当にこの人最低。気絶して何の抵抗できない女の子になら何でもしていいと思ってるなんて本当に最低!なんでこんな人にしか頼れない未來ちゃんが本当にかわいそう。
「最低最低!最低!本当に最低です!」
「こ、子安さん。・・・・・苦しい・・・・死ぬ」
考えれば考えるほどなんか怒りがこみあげてきて藤崎さんの首にリードをくくりつけて四つん這いになる藤崎さんを私が踏みつけてリードを引っ張る姿は公共の場でまるでSMプレイをしているように見えてしまっているのをこの時の私は知らない。
「あんたら店の商品で何やってるのよ?」
聞いたことのある声がしてそのまま引っ張る力を緩めずに引っ張り続けながら振り向くといつもの灰色のTシャツの上から赤色のペットショップヨジマと書かれた赤いエプロンを装着した海野さんの姿があった。
「どうも、さっそく来て見ました」
「それはいいんだけど、内の商品を投げたり、首を絞めたり止めてくれない」
「すみません。でも、一旦この人の息の根止めてからでいいですか?」
「い・・・・・いいわけ・・・・・・ないだろ」
女の子の大切なところを触るだけ触ってこれだけ許される訳がないじゃないですか!物ものでもないとか言っている時点でもう、死刑確定。今度、キョーコちゃんと一緒に海に沈める手はずでも整えよう。きっと、未來ちゃんも手伝ってくれるだろう。
「おい!何犯罪めいたこと企んでいやがる!」
自力で脱出した藤崎さん。
「私から半径1メートルより近付かないでください。キモいです」
「女子高生にそんなこと言われるなんか心がすり減らされる」
胸とか触られたって考えるだけで鳥肌が立って恐怖心に襲われて体中が身震いするよ。これは早急に未來ちゃんの殺人衝動をどうにかして藤崎さんとの縁を切った方がいい。この人の悪の心、化けの皮がはがれた時この人は本当にヤバい。犯罪めいたことも躊躇なくやってしまいそうな怖さがある。
「俺の信用性がどんどん・・・・・」
「元々、信用性自体が存在しないじゃない」
猫を抱きかかえながら幸せそうな顔をしながらも藤崎さんを罵倒するのは忘れない。さすが、基本がなっていてすごい。私も見習わないといけない。
「誰か・・・・・助けて」
自業自得ですよ。
「仲良さそうね」
完全に場外の海野さんがボソッと言う。
「どこがよ!」
「どこがですか!」
未來ちゃんとふたりで完全否定する。
「そこの子。子猫なら警戒されてないみたいね」
「はい!アドバイスありがとうございます!海野さん!」
「・・・・・・・・・海野?」
聞いたことあるなって声で藤崎さんが振り返ってそして、数十秒間固まったまま動かなくなる。もしかして、顔見知りなのかな?
「藤崎さん?」
「う、海野・・・・・なんでこの町に?」
「久々ね。上武」
上武とは藤崎さんの下の名前。
いつも無表情の海野さんが薄くだけど笑みを浮かべた。
「え?知り合いなの?」
未來ちゃんも始めて見たいで驚きを隠せないようだ。
「店長。少し休憩とってもいいですか?ちょっと古い友人と再会したんで話がしたいです」
その浮かべる笑みがだんだん不気味な、悪いことを考えている魔女のような雰囲気に変わって行っていた。それを見た藤崎さんは若干引いた顔をしている。
私と未來ちゃんが出会っていた海野という大人の女性の存在。それは私たちのいや、私の運命を現状を大きく変えるものになるなんて私が知ったことじゃない。でも、私は思ったのだ。海野さんに会ってしまったことで私自身の身に危機が訪れようとしていることに。あの時、強盗をふたりもたまたま撃退してしまったあの時の運のツケが今になって返って来る。




