影
私と未來ちゃんがいた商店街の路地の陰に潜む黒い影。私たちはそれに気づかない。私たちだけじゃない。行き交う多くの人たちが気付かずにその黒い影を素通りする。影のシルエットは長い髪に胸もあってくびれもあることから女性であることは確かだ。でも、その消された気配はまるで獲物を茂みの中でじっと見つめて仕留めるチャンスをうかがう獣のようであった。鋭くも気付かない気配はまさに獣。その獣はそっと耳を澄まして私たちの会話を聞いていた。何かの単語を探しているかのように周りの雑音、足音、話し声、風の音、路地の猫の声、お店の人たちの掛け声、車の走る音、そんな音をかき分けて獣は探す。そして、見つける。その音がまさに獣の狙う獲物。それを茂みの中から勢いよく飛び出してのど元をかみちぎり捉えるかのようにその単語を見つける。それを聞いた瞬間、獣はその物陰から姿を消した。それすらも誰も気付かない。この平和な長垣という町に潜む闇。それは誰も知らない。そして、獣が聞きたかった単語が『藤崎』であることを私たちは知るはずもない。
なぜなら、そこに人がいたことすら気づかなかったのだから。




