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ダーク・ハート  作者: 駿河留守
悪魔
26/36

信頼

 日が陰って来た商店街には街灯が灯り始めた時間帯になり、道行く人々の足取りも帰路に向かうためか早くなっている気がした。そんな人の波の中にひとり止まっている影があった。しゃがみ込んで鉢植の台に載って手をなめる猫を触りたいという欲求を押さえながら見つめている猫みたいな女の子がいた。

「未來ちゃん」

「うにゃ!」

 驚いた声に猫の方が驚いて路地の方に逃げて行ってしまった。そんな猫の行く先を見ることなく壊れたブリキの人形みたいに振り返って私の方を見る。青ざめた顔をしている。表情が読み取れることと言えば、会いたくなかった、これ以上はもう関わりたくなかったという感じの顔をしている。

 こんな子が突然、刃物を振り回して容赦なく私を襲ってきたんだ。その恐怖が脳裏をよぎるのを振り払って一息おいていつも通りに話しかける。

「本当に猫が好きなんだね」

「・・・・・・・え?あ、はい。そうですね」

 いつも通りの話しかけ方に戸惑う未來ちゃん。

 あんなことがあった後だし、それもそうだよね。

「今日は結構遅くまでここにいるんだね」

「・・・・・そ、そうですね」

「もし、藤崎さんが迎えに来るのが遅くなったらどうしてるの?」

 戸惑いながらも答える。

「そ、そしたら連絡があって先に家に帰って、自分から拘束してあれが出てきてもいいようにしています」

 こんな人がたくさんいるところで殺人衝動のことを簡単に言うわけにはいかないよね。それにしても拘束って聞くと本当に藤崎さんが変態にしか聞こえなくなる。まぁ、いっか変態だし。

「今日はすでに連絡があったんですけど、今日は気分がいいんでもう少しくらいは大丈夫かなって」

「何かいいことでもあったの?」

 それでストレスが減ったのはすごくいいことだよね。

 少し間をおいて私の目を見ないようにして答える。

「重りが外れたからです」

「重り?」

 歯を食いしばって握る拳をさらに強くして涙目になりながら答える。

「もう、これ以上は陽子さんと付き合うこともないなって思ったからです」

「・・・・・・え?」

 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

「あんなわたしの姿を見て普通でいらわれるはずがないですよ。正直、陽子さんと友達となって不安だったんですよ!いつか・・・・・目の前からいなくなっちゃうんじゃないかって思うと怖くて怖くて。だから、これいいんですよ」

 未來ちゃんは背を向ける。それから制服の裾で目元をごしごしと拭く。

「別に友達を止めてもいいんですよ。少しうれしかったんですけど、それでよかったんです。ありがとうございます」

 立ち去ろうとする未來ちゃんの後姿はもうめちゃくちゃ無理をしている。

「まったく、本当にかわいいな」

「な、にゃにを!」

 後ろから飛び込んで抱きつく。

それに慌てて噛んじゃうところもかわいいな~。それをごまかそうと顔を赤めるところも。

「無理しなくてもいいよ。本当はここで私と友達辞めるの辛いんでしょ?」

「え?い、いや!そんにゃ分けにゃいでしょ!」

 かみかみだよ。

「辛くないならなんで友達になったの?なんであんな風に笑ったの?なんで今までいっしょに過ごしてきたの?藤崎さんから聞いたよ。私と番号交換した時の日、殺人衝動弱かったんでしょ?私と友達となることがストレスになるならその日は衝動がすごく強かったはずだよ」

 なんでそんなことを知っているんだって顔をしているけど、そんなことを言うのは藤崎さん以外に誰がいるだろうね。

「今、気分がいいのはあの猫が近くによっても威嚇もしないで逃げなかったからでしょ?」

 反論できない。図星みたいだね。複雑な悩みを持っているけど、未來ちゃん自体はとっても単純で分かりやすい。

「私からすれば、未來ちゃんは野菜が嫌いな猫好きの女の子で、藤崎さんは無職だけど人想いの優しい人だよ」

 そして、何よりも誰よりも普通だよ。

「で、でも、わたしは刺したんですよ?陽子さんのそのきれいな足を」

 ふと自分の太ももを見つめる。今思ったけど、あの刺された傷が治ってる理由も訊きそびれたな。まぁ、いいか。

「傷なんてないよ」

「でも!」

「どんな風に変貌しても私は未來ちゃんの味方だよ」

 笑って見せる。未來ちゃんの街灯に反射する涙が目立つようになってきた。

「うれしいなら楽しいならいっしょにうれしくなって楽しくなってあげる。辛くて苦しい時もいっしょに辛くて苦しい思いをしてあげる。それが私の友達としてできる最低限のことだと思うよ。だから、友達でいようよ」

 手を差し伸べる。

「どんな未來ちゃんでも私は受け止めるから」

 未來ちゃんは俯いたまま言う。

「本当に受け入れるんですか?」

 無言でうなずく。

「どこにも行かないですか?ずっと、わたしのそばにいてくれますか?」

 それは藤崎さんの時と同じ言葉だと思う。殺人衝動で私は未來ちゃんに殺されちゃうかもしれない、いつか未來ちゃんの悪の心が周りの人、例えばキョーコちゃんとかにばれたとしても私はずっと未來ちゃんのそばにいる。友達としてずっとそばにいる。

「いなくなったりするわけないじゃん。だって友達でしょ」

 その瞬間、ドッと涙が溢れる。道行く人たちの大注目を浴びていることも知らずに拭いても拭いてもあふれる涙を吹き続ける。未來ちゃんはこの小さな体にたくさんの枷をつけてる。強すぎる悪の心のせいで自由を制限されて人との関わりを制限されている。少しでも軽くしてあげたい。まだ、中学生のこの子にはもっと自由になってもらいたい。私は友人として年上のお姉さんとしてこの子のために多くのことを尽くそう。

 ただ、何もなく一日一日が過ぎ去っていく私の日常とはもうおさらばだ。これからは目的があるんだ。

ひとりの少女を私の手で守り助けていく。

そのための今日は第一歩だよ。

私はバックから箱を取り出して未來ちゃんに渡す。涙をぬぐってそれを受け取る。

「これは?」

「お弁当だよ。晩御飯にでもと思って作って来たんだ。藤崎さんが遅いのは生活費を稼いでるのは分かるよ。でもさすがに一日二日で生活が劇的に変わるとか思わない。だから、今日明日のごはんは心配しなくてもいい。友達として私が助けてあげる」

「・・・・・陽子さん」

 お弁当を受け取って再び泣きそうになる未來ちゃん。

「もう、泣かないで。私は笑ってる方の未來ちゃんの方が好きだよ」

 そういうと涙をぬぐって笑ってくれた。その後に、

「ありがとう!」

 って言ってくれた瞬間、経験したことのない高揚感に襲われた。今までただ何となく時間を過ごして来た私にはない刺激だった。人に役に立つってこういうことなんだ。すごくうれしくなって鼓動が早まる。

「で、でも、これだと藤崎にとられそう」

「死なないなら食べなくても大丈夫じゃないの?」

「いつもならそうなんですけど、ここ何日くらいあいつ何も食べてないんで」

 不死でもお腹は空くんだ。

「じゃあ、これでもあげて」

 バックの中で潰れたおやつにしようと思っていた菓子パンである。

「ないよりはマシだよね」

 するといつもみたいに笑って「そうですよね」って言ってくれた。

 これであの悪魔に会った後でも以前と変わらずに未來ちゃんと過ごせそうだ。これから私にどれだけの大変なことやつらいことが待っているか分からない。私はそれでもこの笑顔のためならなんだってする。

 この子のためならずっとそばにいる。

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