野望
妙な静けさが小さな公園を包み込む。それが驚きなのか恐怖なのか嫌悪なのか分からない。ただただ藤崎さんの言うことが現実から吹っ飛びすぎていて頭の処理が追い付いていないのは分かっていた。意味が分からないことを言われたと言えば通じる。きっと、藤崎さんは仕事がなさ過ぎて頭がおかしくなってしまっていい訳にするような妄想をしたんだ。そうだ。きっと、そうに違いないと思いながらも、私の中で天使と悪魔みたいにふたつの人格のひとつが、いやいや違うだろって否定する。分かってる。あの未來ちゃんの変貌が殺人衝動を証明して、体ズタズタに斬り裂かれてもこうしてなんともないように目の前にいる藤崎さんがすべてを証明している。藤崎さんの言う未來ちゃんの殺人衝動も藤崎さん自身の不死の力も本当なんだ。
困惑の渦に巻き込まれてどう声を掛ければわからず沈黙が公園を支配する。
藤崎さんも困ったような表情を浮かべて笑いながら私に言う。
「ちょっと信じられないかな?」
「い、いや、そんなことはないです!」
両手を振って否定する。
「ただ、それを聞いた私はどうすればいいのかなってちょっとパニックになって」
二人のあまりにも普通から外れてしまっている。普段は私よりもなんか普通で人間臭いな~って感じなのに。ふたりの力もそうだけど、それを知らずにかかわってきた私は一体誰と関わって来たのかちょっと分からなくなる。いや、未來ちゃんと藤崎さんだってことは分かるよ。でも、殺人衝動を抑え続ける未來ちゃんなのか野菜が嫌いで猫好きの未來ちゃんなのか、不死の力を持っていて人を殺す仕事をしていた藤崎さんなのか無職でどうしようもないダメ人間の藤崎さんなのか、一体私はどっちのふたりと関わって来たのか分からない。
「そろそろ、未來のところに戻ろうと思うけど、家まで送ろうか?今日は遅いし」
「い、いやいいです。結構近いんで」
そうかとつぶやくとそのまま公園を立ち去ろうとするのを藤崎さんのシャツの裾を私は止める。本当に咄嗟で理由もない。
「何か他に訊きたいことでもあった?俺は全部話したつもりなんだけど」
「・・・・・・それはそうですけど」
私はこれからあなたたちふたりとどうやって付き合って行けばいいのか教えてほしかった。でも、きっと帰ってくる答えはこれ以上は辞めた方がいいと言われる。未來の言っていた後悔するっていう言葉の意味がここに来てやっと分かった。
でも、ここまで来たら後悔はしない。今度からは胡散臭い血の繋がっていない無職のプー太郎男と同じ屋根の下で暮らすのを止めさせるのから殺人衝動に苦しむ未來ちゃんを助けるためにこれから友達を続ける。後悔はしない。
「未來ちゃんについて何ですけど」
「なんだ?」
素直に聞き入れてくれた。
「その未來ちゃんの殺人衝動の兆候とかはないんですか?」
「ない」
即答ですか~。
「だから、あいつも常に怖がっているんだよ。いつ、殺人衝動が現れて周りの人を見境なく殺し始めるか。あいつは常に戦ってるんだよ」
私はそんな友達の苦しみに気付いてあげられなかった。失格だよ。友達失格。でも、だからこそこれからは助けになりたい。
藤崎さんは私を見てため息を吐いてから再びベンチに座る。
「未來の殺人衝動の兆候はないがサイクルとか発生条件とか何となくだが分かってる」
「ほ、本当ですか!」
「ああ」
「なら、そのサイクルとか発生条件を崩したら未來ちゃんの殺人衝動は!」
「比較的抑えられる」
さすがに5年も未來ちゃんの殺人衝動と付き合ってきただけあるみたいだ。でも、なんでそのサイクルや発生条件が分かってるのに何も手を打たないんだろ?
「比較的抑えられるだけであって完全に抑えるのは危険だ」
「何でですか?」
「積み重なるからだ。衝動が。5年前の未來は刺したい殺したいという欲求を小さなものに発散していたが、完全にその欲求を晴らしたわけじゃなかった。だから、最後にはたまった衝動が一気に解放されてあんな大惨事になった。この町に来てからはその衝動の発散を完全にした後の貯金のおかげでしばらくは抑えられていた。でも、その衝動はいずれ抑えきれずに爆発する。そうすればどうなる?揖斐村とは違って長垣は集落ではなく町だ。どれだけの人たちが殺されるか分からない」
だから、藤崎さんはさっきみたいに未來ちゃんに刺殺されていたんだ。衝動を発散させるために。未來ちゃんをこれ以上傷つけないために。被害をこれ以上広げないために。
「未來の殺人衝動は主にストレスに関係していることだけは分かっている」
「ストレス?」
「未來の殺人衝動が発生した理由が周辺の人に作っていたイメージは正義感あふれる悪いことは絶対に許さない未來だ。あいつはそれが大きなストレスとなってひとつの大きな経験がここまで悪の心を大きく成長した」
誰しもが持っている悪の心。未來ちゃんはそれがはっきりと目に見える形で具現化してしまっている。私にもあるかもしれない悪の心。共存していくべきかもしれない心。
「だけど、そのストレスを逆手に使いこともできるんですよ。子安さんは前に未來と番号交換しませんでしたか?」
頷く。その時の未來ちゃんの表情は今でも覚えている。さっきとは真逆であることは確かだ。
それとストレスを逆手にとるってどういうことだろう?
「あの日の未來は嬉しそうに俺をそう伝えた。すると自然と殺人衝動が軽く俺も・・・・まぁ、斬られたには斬られたんだけど、それでも軽傷程度で済んだ。他にも焼き肉を食べに行った日も普段食べられない肉を食べられる喜びのおかげでその日も・・・・・刺されたには刺されたんだが死なない程度だった」
どうあがいても藤崎さんがけがすることには変わりないんだね。
「逆に強盗に襲われた日。いつも夕方集合する時間帯の時点ですでに俺に攻撃してきた」
もしかして、あの時何も言わずにすぐに立ち去ったのって未來ちゃんの殺人衝動が起きて私を含めて周りの人たちのことを考慮したんだ。謎だって思ったことが少しずつ分かっていく。夕方、未來ちゃんが必ず藤崎さんと帰る理由もいつ起こるか分からない殺人衝動を警戒するもの、猫と戯れた日の帰りに藤崎さんからかかって来た電話が怒っていたのは殺人衝動に無警戒になっていた未來ちゃんを注意するため。たぶん、藤崎さんが無職なのも残業で殺人衝動を抑えるストレスを軽減するためだったのなら定職につかない原因になる。
「藤崎さん、大変じゃないですか?」
「ど、どうして?」
戸惑ったように聞き返してくる。
「だって、怖くないですか?人を殺すかもしれない子と暮らしていることとか、そのせいで生活が成り立たなくなっていることとか!」
「大変だよ」
「じゃあ、なんでひとりで!」
「俺以外に誰が未來の殺人衝動を受け入れて暮らしてやれるやつがいるんだよ」
藤崎さんの理由は単純で正論で言い返すことが出来ない。それもだよ。私みたいに普通の人には命はひとつしかない。そんな命の危機と常に隣りあわせに普通の生活なんて普通は送れない。死なない藤崎さんが特別なんだ。
「俺は未來と会うまで命を奪うことばかりやっていた。でも、未來と会って俺はこの力で殺されるかもしれない人を助けてる。それだけで俺は幸せなんだ」
助けたい。いろんな障害をある中で必死に普通であろうと生きているこのふたりを私は助けたいと思った。
「藤崎さん」
「なんだ?」
決意を語る。拳を作り胸に置きまっすぐな心で力強く。
「私はこれからもふたりとは何も変わらず付き合っていきます。なのでこれからもよろしくお願いします」
もう、絶対に後悔はしない。何も変わらず付き合うと言ったが私には強い野望というか目標がある。未來ちゃんを殺人衝動から助けて藤崎さんには別の幸せを分けてあげる。死のない世界に二人を連れて行く。
それが私の野望。私の最高の終わり方。




