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ダーク・ハート  作者: 駿河留守
始まり
2/36

刺激なしの日常

 春というのはどこかふわふわとした気分というか陽気がいいせいかこうボーっとしているとすごく眠く感じるのだ。睡魔の行動が活発です、注意してくださいって警報とかだしてアナウンスしてほしい。そうしないとこの季節はとことん寝るだけ終わってしまいそうだ。気が緩いというかクラス替えとか入学とか入社とか一大イベントが終わった後のこの春の陽気は人のやる気をとことん削いで寝るように仕向けている気がする。だから、こうやって桜の散る並木をボーっと眺めながら春の日差しの当たるこの席に座ってしまった以上は寝てしまってもいい気がする。

うん、大丈夫。だって、この季節が悪いんだ。私は何も悪くない。寝てしまったら私じゃなく春という季節が悪いんだ。そういうことにしておこう。

「いい訳ないでしょ」

 ポコンと丸められた教科書で軽く叩かれて私を睡眠という魔の谷に引っ張る睡魔が私の手を離してしまい意識は現実の世界に戻される。

 眠い目をこすって顔を起こすと目の前が異常にぼやけて何も見えない。何か紺色の塊があることだけは確かだ。

「・・・・・・夢の中だよね」

「夢じゃないわよ」

 再びポコンと叩かれる。

「いい加減に起きなさいよ。何回目だと思ってるのよ」

私をたたき起こしてくれたのは親友のキョーコちゃんだ。茶色の髪にいつも不機嫌そうな顔をしている。大きな黒目と整った顔立ちは誰もが必ずは一度振り返るであろうものだ。

「授業始まった途端ふて寝するとか授業受ける気ゼロでしょ?」

「春の陽気が寝ろって私の耳元でささやくんだよ」

「幻聴よ。次は理科室に移動よ」

 軽く額を凸ピンされる。

「は~い」

 気付けば教室で受けていたはずの数学の時間が終わっていて移動教室となりすでに教室には私とキョーコちゃんだけとなっていた。

「ありがとう。起こしてくれて」

「あたしが起こしでもしないと絶対に起きないでしょ」

「さすが私の親友。これからも授業中に寝てしまう私を起こしてください」

「本当に手のかかるね」

 溜息を吐きながら化学の教科書とノートと筆記用具を持って教室を出る。

「あ、トイレに行ってくるから先に行っていいよ」

「早く来なさいよ」

「うん」

 小走りで女子トイレに駆け込む。手洗い場の前の鏡の前に立つ。肩まで伸びた黒髪は毛先にかけてパーマがかかっていて体の内側に毛先が丸くなっていてどこかぼさついた髪。トロッとした藍色の瞳がネジの抜けたみたいなほんわかした少女が鏡の前に移る。それが私こと子安陽子である。16歳である。趣味も特になく充実も言われるほどしていない高校生活を送っている16歳である。

 丸まる毛先を鏡の前で手串で直す。特に変わっていないけど気分的には完璧である。

「よし」

 教科書類を持って理科室へ急ぐ。

 私の通う高校は長垣市の中心部に存在する私立長垣高校である。私立ということだけあって市内の公立高校の滑り止めの高校であるので平均学力は市内でも地を這うような感じである。私は公立高校の受験に失敗してこの高校に入学したけど特に後悔とかはしていない。電車で30分すれば大きな都会の町があり、少し車で行けば山間の集落も存在する。都会と田舎の中間であるこの町を私は気に入ったため海外に赴任することになった両親とは別々に生活を送っている。今は祖母の家で暮らしている。


 時刻は昼休み。各々がそれぞれ仲の良い子同士でご飯を食べる時間。私の席の前には大抵キョーコちゃんがやってくる。そこでたわいもないことを話す。私は手作り弁当を広げてキョーコちゃんは菓子パンをかじる。

「陽子ってなんかいいよね~」

「何が?」

「何というか危機感がないというか、鈍いというか何も知らない感じがいいと思う」

 それって遠回しにバカって言ってるよね。

「でもさ~キョーコちゃんの方が私的には羨ましいんだよね。いや、私だけじゃないよ。世の中の非リア充な人たちはみんなキョーコちゃんに憧れるよ」

「彼氏がいるだけ?」

「大違いだよ!」

 キョーコちゃんはバイト先で知り合った男の子と付き合っている。前にデート中のところを見たことがある。短髪黒髪で色黒なスポーツ系男子だった。顔もなかなかのイケメンだった。

「あいつはマジでゴミみたいな存在よ」

「ゴミみたいな奴でも彼氏は彼氏でしょ。いいよね~」

「いいも悪いもあんたならその辺の適当な男にでも告白したらOKもらえると思うんだけど」「どうして?」

 卵焼きをかじりつきながら問いかける。

「あんた見た目も悪くないし、何よりも胸とはそれなりに大きいし」

「Cだよ」

「Bですけど何か?」

 あれ?怒ってる。

「そんなパンばっかり食べてるから大きくなるところも大きくならないんだよ」

「あんたみたいに普通に食べると胸じゃなくてお腹が出て来るの」

 私から見ればキョーコちゃんは全然太ってるように見えない。

「どうしてあんたはそんなに食べて太らないの!不公平よ!同じ人間で同じ女の子なのに!」

「いや、食べた分はちゃんと体重増えてるよ」

「なのに外観変わってないじゃない!」

 それはキョーコちゃんも同じでは?

「そ、そういえば太り方には種類とかあるみたいだよ」

「種類?」

「そうそう、リンゴ型と洋ナシ型。リンゴ型はお腹から太っていくタイプで洋ナシ形はお尻から太っていくタイプなんだって」

「要は洋ナシ型ならどれだけ太ってもお尻がデカくて胸も大きくなる!で、そのおかげでくびれが出来る!ボンッキュッボンが自然出来る差別よ!これは!」

 かえって刺激してしまった。

「胸も大きいし、お尻も大きい。男を誘惑する体してるあんたって本当にいいわね」

「で、でも変な目でいろいろ見られるよ」

「いいじゃない!興味持たれないよりは!」

 なぜ、ここまでスタイルについて大声で無駄に語るのかさっぱりだ。きっと、彼氏にスタイルのことでも指摘されたのだろう。女の子を分かっていない彼氏だな。キョーコちゃんのいいところはスタイルだけじゃないよ。

「そういえば、メロンパンってメロンの味しないよね」

「突然、話を変えないでほしいんでけど」

 このままいくとキョーコちゃんが崩壊する気がするからだよ。

「メロンパンってさは最初はメロン丸々一個を何か不思議な機械に入れるとメロンパンになるもんだって思ってんだよ。そんなことを思いながら初めてメロンパンを口にした時のショックは大きかったよ。メロンの味しないもん。まぁ、甘くておいしいから別にいいけどね」

「メロンパンはメロン風味のパンで後は見た目をメロンに似せてるだけの食べ物よ」

「でも、子供頃はもっとファンタジーな食べ物だと思ったんだけどね」

「かわいいやつね。腹立たしいわ」

 子供はみんな最初はファンタスティックな物なんだと私は思う。この現実の世界では絶対に存在しないような存在に憧れて誰もが一度それを目指してしまう。お姫様になるとかヒーローになるとか、そんな恥ずかしい誰も言われたくない過去を乗り越えて現実を見て大人になっていく。

 高校生になればもうそんなファンタジーなことは考えもしない浮かびもしない。絶対に存在しないと分かり切ってしまっているからだ。それでもあきらめきれないような人たちが小説家とか映画監督とかになっているんだと思う。見ることが出来ないのならば自分で作ってしまう。私も一度は自分で作りたいと思ったことがある。今は昔の話だけど。

「ありえないって言ったら、今朝ニュースで見たこの事件」

 キョーコちゃんがスマホを操作してある画面を私に見せてくる。ロック解除の画面が彼氏とのツーショットであるのは見なかったことにしよう。

「これ」

 そこに載っていたのはひとつのニュース記事。揖斐村殺人事件。小さな集落の人口の半数が亡くなった今世紀最大の殺人事件だ。5年も前の話なので記憶からは若干消えかかっていた事件だ。と言っても私の場合はニュース自体をあまり見たいから初めて知ったようなものだ。

「ありえなくない?人口の半分よ」

「コワイネ~」

「興味なさそうね」

「過去は振り返らないから」

「だから、いつまだたってもテストの赤点が減らないのよ」

 何のことやらさっぱりだよ。

「まぁ、今となっては冷静に考えるといかれた脳みそした人間がやるようなことよね。たった、ひとりでこれだけの人を殺して自分も死ぬなんてね」

「自殺したの?」

「そうよ。日本刀を持って一軒一軒回って行ったみたいよ。最後は首を吊ったらしいのよ」

「ふ~ん」

 水筒の飲み物を飲みながら頷く。

「本当にマイペースね」

「だって、女の子同士が話すような内容じゃないし、さっきも言ったように興味ないし」

「いや、でも面白い事件なのよ。いろいろと推理小説家たちがありえないような想像をして仮説を立ててるのよ。まずは本当にその首を吊ったのが犯人だったのかってことよ。警察はね、その人だけ死に方が違ったからきっとこの人が大量殺人を起こして自分のやったことに反省して最後に自分の命を絶ったらしいのよ。でも、それは真犯人が自分の犯罪を隠すためにあえてその人だけを首吊りで殺したのかもしれないっていうものよ」

「ありえなくもないよね」

「でも、それだったら証拠が残るはずなのに。殺害に使われたと思われる日本刀には犯人の指紋もあったらしいし、そもそも持ち主がその人みたいだし、それに少しネジが外れたような人で有名だったらしいのよ。これだけ証拠が揃ってるのにそれでも犯人じゃないってありえないでしょ」

「そうだね」

 本を広げてしおりを挟んでしおりページから続きを読み始める。

「おもしろいと思わない?」

「そんな女の子が好きそうじゃない話ばっかりするから彼氏にも見放されるんだよ」

「それはあいつも好きだからいいの!」

 お似合いなんだね。

「ちなみにその本はどんな本?」

「女の子が読むような恋愛もの」

「そんなありえないような話読んで楽しい?」

「こんな恋愛をしたいなって思うのが楽しいんだよ。ある日、白馬の王子様があなたを御嫁にしてほしいです。結婚してくださいって言われたら私だったら絶対OKだよ。豪華なお城で夢のような生活が出来るんだよ」

「あんたの頭って本当にファンタジーね。メロンパンといい」

 大人になってもそんなこと夢見ることは楽しいことだと私は思う。子供夢を見るというのは目標という感じがするけど、大人になって行けば夢を見る、ファンタジーなことは単なる娯楽に過ぎなくなる。考えることが楽しいのだ。

「それにね、その小説みたいに書かれているような恋愛を誰もが出来るわけじゃないのよ。運命っていうものは早々に感じるようなものじゃないわよ」

「キョーコちゃんは今の彼氏と運命と感じないの?」

「全然」

 即答なことなの?

「ほとんど成り行きで付き合っているみたいなものだから。たまたま出会ったバイト先がいっしょでシフトもかぶって話す機会が増えて趣味が合うことが分かってそれで成り行きで付き合ってるだけよ」

 それを運命って言うんじゃないの?

「まぁ、正直相手の本質ってやつは本気で向き合ってみないと分からないものよ」

「キョーコちゃんは本気で向き合った結果はどんなんだったの?」

「ゴミ以下だってことが判明した。おもしろい奴だけどあたしよりコアな殺人事件の情報とか持ってて正直ドン引きよ」

 じゃあ、その彼氏私には無理だね。

 キョーコちゃんはなんという男らしいというか気がすごく強くて考えも趣味とかも女の子というよりも男の子という感じがするのだ。今みたいな殺人事件とかの事件を見るのも結構好きらしい。これが初めてじゃないし。

「なんかありえないことでも起きたら面白いと思わない?」

「殺人事件でも起きないかなって言ってるの!」

 椅子を引いてキョーコちゃんと距離を置く。

「バカ!そんなわけないでしょ!ただ、当たり前のように1日が過ぎているこの時間がなんかもったいない気がするのよ。刺激が少ないというか・・・・・同じことを毎日のように過ごしていることがつまらないのよ。陽子はどう?刺激的な日常を送ってみたいと思わない?」

 確かにそのことについては否定しない。私の読む恋愛小説はひとりの男の子と出会ってライバルが現れて男の子を取り合う泥沼バトルが繰り広げられるものだ。小説だからありえないようなことを起こしておもしろく表現されているだけであって現実にはそんなことはない。キョーコちゃんも今の彼氏を取り合っている感じはしない。取り合いになったらすぐに手放しそうだけど。

 私には趣味も特技も特にない。勉強も赤点が多くて、運動もからっきしダメ。できることと言ったらおばあちゃんのお手伝いくらい。皿を洗ったり食器を用意したり洗濯物を回収したり掃除をしたりするくらいで特にこれと言ってできるというものはない。

「刺激的な日常は確かに憧れるけどね・・・・・・」

 窓から吹き抜ける春風がそれ以上何も言うなと言わんばかりに吹き荒れる。今のままで、現状維持でいい。この世界にはこんな刺激の全くない波乱万丈ではない静かな日常を望んでいる人たちもどこかに存在する。毎日のように刺激を受けていてはきっと途中で嫌になってしまう。そんなことを考える必要もなく分かってしまっている。だから、いつもこういう答えになってしまう。

「今のままでいいかな?」

 へたくそな作り笑いでキョーコちゃんの質問に答える。

 私、子安陽子17歳は長垣市という小さな町で今日も刺激のない普通の生活を送っている。

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