話
藤崎さんに引きずられるようにエレベーターに乗り込んで1階に下り誰もいない静かなロビーを素通りして裏口からマンションを出ると数メートルしたところに小さな公園があった。たったひとつある街灯の下には古ぼけた木のベンチがひとつだけあった。そこまで来ると藤崎さんは私から手を離した。そして、気が抜けたように大きく息を吐いてぐったりと全身の重さを今にも壊れそうなベンチに預けた。
私はただ困惑の中、藤崎さんに連れてこられただけなので何が何だか分かっていなかった。
ただ、ベンチに座って顔を私に見えないように伏せて動かない藤崎さん。きっと、何かを話すためにここに連れてきたんじゃないかなって思ったんだけど思い違いのようみたい。それはすぐに分かった。
「子安さん」
「は、はい」
「今日、見たことはきれいさっぱり忘れてほしい」
「・・・・・・はぁ?」
今更何を言い出すの?
私が今まで送って来たのは何気ないどこにでもあるような日常だ。そんな何もない日常では些細な刺激的なことが私の記憶にしっかりと記憶されてしまう。あの強盗の出来事は昨日今日のように私の記憶には鮮明に残っている。あんな刺激を超える刺激的な光景を見て忘れるなんて記憶喪失させるくらいのことをしないと絶対に忘れない自信はある。勉強のことなんかすぐに忘れるのに。
「無理ですよ」
すぐさま無理だってことを伝える。
藤崎さんは小さくだよねって呟く。私がこういうと分かっていながら一応聞いてみたって感じみたいだ。まぁ、無理だよね。私じゃなくても。
「気になるよね?未來のこととか俺の自身のこととか」
「はい」
力強く返事をした。このパニックを早くどうにかしたい。そして、あの現実がどうか嘘であることを祈りたい。実はふたりは女優と俳優で演技の練習をしていたんだってそういう理由で笑い話で終わらせてほしい。
でも、あの現実はリアルだ。
「見てしまったら仕方ない。未來もきっとそう思っているだろう」
仕方なそうに髪の毛をワシャワシャと掻いて深呼吸を一旦間を置く。
「絶対に誰にもしゃべるなよ。未来のためにもあんた自身のためにも」
その話し方は私の知らない藤崎さんだった。私の知る藤崎さんはへらへらして弱々しいイメージがあったけどそれがどこか地平線の彼方に遠投したかのように消えた。独特の緊張感に私は息をのむ。
「大丈夫です。絶対に誰にも言いません」
未來ちゃんのためならばなおさら。私は案男子とお友達なんだから。
「何でも聞いてくれ。知っている範囲で答える」
ポケットに手を突っ込んで足を組んでそういう。
私が知りたいことは大雑把に分けるとふたつ。まず、最初に知りたいことは―――、
「未來ちゃんのことが知りたい。なんであんな普通の子が・・・・・優しい子があんな風に私を藤崎さんを殺そうしたんですか?あの未來ちゃんはなんですか?そもそもあれは未來ちゃんなんですか?」
春の夜風は冷えるが私の熱は上がっている。これを聞いてしまった後に前の同じように未來ちゃんと関われるかどうか不安だった。握る拳には自然と汗が滲む。
藤崎さんは溜息を吐いて答えた。
「あれは未來自身だ。誰でもない、鬼島未來だ」
「でも、あんな子が人を殺しに行くのは変です!おかしいです!なんで未來ちゃんがあんなことをするんですか!」
続けざまに質問を投げつける。それを藤崎さんは気を落ち着かせて丁寧に答える。
「未來があんな風になったのは理由がある」
「理由?」
「揖斐村殺人事件って知ってるか?5年前の」
揖斐村殺人事件は確かキョーコちゃんが謎の事件だって言ってた奴だ。つい最近聞いたから記憶にはそれなりに予備知識がある。
「集落の半数の人間が殺された事件の犯人が未來だ」
「・・・・・・え?え?」
突然、そんなことを言われても頭の処理が追いつかない。
「なんでそんなことを未來ちゃんが?それとあの赤黒い瞳をした未來ちゃんとの関係って?」
「・・・・・一から説明した方が良さそうだな。これも俺があいつ自身から聞いた話だからこれが真実なのかどうか分からない」
息をのむ。
そういえばキョーコちゃんが言っていた。犯人は首を吊って自殺したって言っていたけど、実際には真犯人がいてまだその犯人はのうのうとどこかで生きているんじゃないかって。すごいよ、キョーコちゃん。当たりみたいだよ。
「教えてください」
今まで以上に力強く問う。
それを見た藤崎さんは重い口を開く。
「あいつがなぜ、殺人衝動に駆られるようになってしまったのか。それは唐突だったらしい」




