外
街灯だけがともる住宅街の道を走る。
藤崎さんが角を曲がった姿を見ていた。すぐに見失わないように角を曲がると一本道があってそのまま大きな通りに出ることが出来る。もう、その道にはもう藤崎さんがいない。すぐに駆け抜けて大通りに出る。交通量は多いけど行き交う人の数は少ない。あたりを見渡すと小走りで信号を渡っている藤崎さんの姿があった。歩行者用の信号が点滅していて赤に変わってしまった。信号待ちをしていた車が今にも走り出そうとしていた。このままだと見失ってしまうと思って咄嗟にガードレールと飛び越えて二車線の大通りを一気にわたる。藤崎さんは信号を渡ったまま姿が見えなくなったからきっとまっすぐ道に沿って歩いて行ったのだろうと思って走り始める。
どうしてここまでするのかって言われても友達だからとしか言うことが出来ない。以前にキョーコちゃんがお母さんとケンカして私の家に逃げてきたことがあった。元々、仲のいい家族じゃなくていつものことだったけどその日は私の家までキョーコちゃんをお母さんが迎えに来た。キョーコちゃんを引きずるように連れて帰ろうとした時、私はキョーコちゃんを引っ張り返した。嫌がるキョーコちゃんの姿を見ていることが出来なかったからだ。そのせいですっかり不良少女になっちゃったけど楽しそうだから私は全然いいかなって思ってる。
だから、今回もきっと振り返ればいい思い出話になると思っている。そう信じてあの包丁を向けられた恐怖を振り切って夜の町を走る。藤崎さんが歩いて行ったと思われる大通りに面する歩道の方に出ると姿が見えたけど、再び曲がってしまって見えなくなる。すぐに駆け足で向かう。
藤崎さんが曲がった思うところには道はなく真新しい5階建てのマンションがあった。そのロビーに藤崎さんの姿があった。エレベーターを待っているようだった。私は近くの植木に身を潜める。隠れる理由がここにあったのだろうと思う。でも、ここで声を掛けてもどうせすぐに追いやられるだけだ。これ以上関わるなというあの忠告は私の心にぐっさりと刺さっている。その忠告を証明してくれるかのように未來ちゃん刺しかかられて死ぬかと思った。
エレベーターが来たようで乗り込んでいく。それを確認してマンションのロビーに走り込む。
こういう犯人を尾行するのは刑事ドラマとかで見たことがある。犯人の部屋を確認する時はエレベーターがどの階で止まったのかを確認する。
3階で止まった。
その後、1階玄関口のポストの中の表札から藤崎か鬼島の名前を探す。
「あった、304号室」
藤崎さんでマンションの部屋を借りているようだ。まぁ、当たり前か。一応大人だし。
それからエレベーターを使わず階段で3階を確認しながらばれないように昇る。足音を殺して昇っていく。3階に到達して目の前に見えた部屋番号は306だった。
「エレベーターから結構近い」
理由もなく身を低くして二つ隣の304号室を目指す。
こんな時に住民に見つかったらなんて言われていたか考えたくない。
そして、藤崎と表札の書かれた304号室にやって来た。この階に他に藤崎という名前も鬼島という名前もなかったからきっとここだ。
すべてがこの先に隠されている気がした。あのふたりの妙な関係もこの先に答えがある。踏み込めば戻って来れない気がする。強盗に襲われた時の感覚とか比べ物にならないほどの恐怖とためらいがあった。あの時は本当に一瞬の出来事だったけど、今回は違う。二度とキョーコちゃんと何事もなく笑っていられるような日常に戻って来れないかもしれない。それでも、私はあんな風になってしまう未來ちゃんが心配だ。助けられるのならば助けだしたい。
「行くぞ。陽子」
私はもういいってほど、この刺激のない普通の日常で暮らしてきた。もう、いいから。私はもう大丈夫だから。
大きく深呼吸をしてインターホンを押す。甲高い音が鳴り響くけど反応がない。もう一度押してみるけど結果は同じ。部屋を間違えたかと思って表札を見ても304の藤崎になっている。
「なんでだろう?」
首をかしげる。確かにエレベーターにで3階まで上がって行ったのを私はこの目で見ている。
幾度か躊躇したけどドアノブに手を掛ける。すると扉は何の抵抗もなく開いてしまった。意を決して扉を開けて中を覗くとフローリングの廊下は明かりが灯っておらず真っ暗だった。奥の扉がかすかに開いていてその隙間から月明かりが差し込んでいる。
「み、未來ちゃ~ん。・・・・・・ふ、藤崎さ~ん」
名前を読んでも返事がない。その声がまるで凶悪な生き物に飲み込まれているかのように奥の扉の隙間に消えていくように思えた。
「は、はいりますよ~」
暗闇の支配する暗黒界のような部屋に入る。玄関を閉めるとそこは完全に明かりがなく頼れるのは正面の扉か漏れる月明かりだけ。ここまで履いてきたサンダルを脱ぎ捨ててゆっくり奥の部屋に進む。
すると聞いたことのない声が聞こえた。
獣が唸るような声だ。低い声で喉を鳴らしたような声を発している。でも、その声は私に対して発せられたものではない気がした。声は私が動くことで起きるわけでもなく、動きを止めて起きるわけでもなくランダムに起きていた。つまり、この獣は私がこの部屋に入って来たことに気付いていない。それに少し声がこもっているようにも聞こえる。どこかの部屋にいるんじゃないかと思った。声はまだ遠いからすぐ横の扉からではないことは確かだ。扉に耳をあててもそこから声はしなかった。
唸り声が鳴き声のようなものに変わった。
声の主の獣が何かを襲っているのか。そうだったら必然とその襲われているのは未來ちゃんか藤崎さんかということになる。鳴き声に一瞬だけ尿意に襲われたのを忘れて震える足に鞭を打って暗い廊下を一歩一歩進む。
開いた扉の隙間から息を殺してこっそり覗く。月明かりが差し込んでいるおかげではっきりとした色合いが分からないけど部屋全体の様子がはっきり分かる。月明かりによってモノクロのようにも見えるリビングを入ってすぐ左にはダイニングキッチンがあってそれに隣接するようにダイニングテーブルとイス。部屋の角にはテレビがあってそれに合わせるようにソファーとガラス板で出来た机も確認できた。奥に襖があってまだ部屋がありそうだ。本棚もあって観葉植物もあっていたって普通の部屋。異常はない普通のリビング。
獣の声も気付けばなくなっていた。扉をゆっくりと開けてリビングに入ると、そこには何ら変わらない普通の日常が広がっていた。ダイニングテーブルにはたくさんの代行料金所がたくさんある。電気代とかガス代とか。
「まったく払ってないんだ」
手に取って少し笑ってしまう。少しこの部屋が私の知る世界から切り離された異世界のように感じたけどどこにでもあるような部屋だ。台所には洗っていない食器が積み重なっているし、ゴミ箱のゴミもいっぱいになったままでテレビのリモコンが床に落ちている。
「こんなところに置いてあったら踏んじゃうでしょ」
そう思うと未來ちゃんと藤崎さんがこのリモコンのことでいつものような口げんかをしている様子が私の頭の中に流れる。どっちがこんなところに置いたのかってケンカして結局藤崎さんが負ける様子が私には想像できた。台所でもどっちが食器を洗うんだって言い争う様子も想像できてしまう。そのくらいどこにでもいるような家族のようなふたり。
「どこにいるんだろう?」
さっきから姿が見えない。玄関は空いていたのだからどこかにいるはずなのだ。でも、この静けさは何だろう。
疑問に思いながらリビング奥にあった襖の奥を確認しようと思って手を掛けようとした瞬間何か変な匂いが私の鼻を差す。鉄のような匂い。その匂いの上にかぶせるように甘いラベンダーの香りもするけど、二つの匂いがごちゃごちゃになって訳の分からない気持ち悪いに匂いがして思わず鼻を押さえてしまう。その匂いには少し肉が腐ったような匂いもした。なんでこんな襖戸から鉄の匂いと肉が腐ったような腐敗臭がするんだろう。それを必死に隠そうとラベンダーの香りもするけど正直逆効果な気がした。この先に何があるのか首をかしげながら襖に手を掛けてゆっくりと開けた瞬間、その匂いが一気に強く私の鼻を刺し貫いた。腐った肉の匂いに吐き気を覚えてそのまま転倒するように尻餅をついた。吐き気を必死に抑える。
「な、なに?」
腰の抜けた体を壁伝いに起こして再び襖に近づいた瞬間、あの声が聞こえる。獣のような唸り声。それと共にぐちゃぐちゃりと何か柔らかいものと液体を突き刺したりするような音が襖の先から聞こえる。
恐怖に足がすくみそうになる。
「だ、大丈夫だよ」
そう自分に言い聞かせる。
「だって、ここはどう見たって普通のマンションだよ。こういうマンションってペットも飼う事自体が禁止なんだし、動物がこんなところにいるはずないよ。そう、いるはずもないよ」
分かっていることなのに分からない。私は近くに置いてあったペン立てからシャーペンを手に取る。丸腰よりかはいいかなって思ったからだ。これから何と戦うんだよって自分でツッコミたくなる。でも、あの先にあるのは藤崎さんの言う外れ者がある気がしたから。
シャーペンを構えて襖の扉を開ける。その時には声も音も聞こえなくなった。
襖をかすかに開けた隙間から月明かりが差し込む。
「え?」
一瞬だけその光景に目を疑った。中から放たれた異臭の正体は血だった。血なわけないと思っていたけど、さっきの鉄の匂いと腐敗臭がもう完全にそれを証明している。月明かりで見える床壁はもう元はどんな色をしていたのか分からないくらい赤く染まっていた。純粋な赤色ではなくて一部は腐食して黒くなっているところもある。その上にまた新しい血が固まっていてこの血がひとりだけによるものじゃない。地獄絵図とはまさにこういうものを言うのだろうって思った。現実にはありえない絶対に起きない、起きてはならない。ここで何が起きたのか全く予想も想像もつかない。
「未來ちゃん」
不意に心配になったひとりの少女のこと。この血が未來ちゃんの者が混ざっているんじゃないかって思うと再び吐き気が襲い、訳の分からないまま涙がこぼれる。私が無理にも藤崎さんから未來ちゃんを引き離していればこの血の中に入らなくてもよかったのにと自分を責める気持ちが高まって涙がこぼれる。
その時、襖の隙間から差し込んでいる月明かりに影を見つけた。
「み、未來ちゃん?」
ゆっくり襖を開けて月明かりが照らしたのは細い足に、前に藤崎さんが指摘した膝まである丈の長いスカートに、セーラー服に、黒髪のツインテールで背は低く猫のような愛くるしさを持っている未來ちゃん。でも、セーラー服は真っ赤に染まり足にもべっとりと赤い血が付き、顔にも大量の血がついていて猫のような愛くるしさなんて微塵もない。暗い部屋で不気味に輝く赤黒い瞳が洞窟に息をひそめる魔物のように見えた。
何よりも堪えたのが手に握る月明かりに反射して銀色に輝く小太刀だった。今でも血が滴り垂れている。
自分で見た光景が現実と受け入れられない。悪い夢を見ているんだってそう信じたかった。でも、この現実に存在しそうな腐敗臭と未來ちゃんから発せられるなんとも言えないオーラというか殺気というか重圧というか、そのせいか震えた足が根を張ったように動かない。
「こ・・・・子安・・・・・さん?」
血に染まる部屋の奥から声が聞こえた。
「ふ、藤崎さん?」
すると未來ちゃんが小太刀を持っていない方で何かを握り私の目の前に投げた。藤崎さんだった。真っ赤な血に染まり今にも死んでしまいそうだった。床に力なく倒れた藤崎さんの腹部から絶えず大量の血が流れ出ている。よく見ると両足が八つ裂きに切り傷が入っていてずたずたになって白い骨も見える。左腕も肘から下が血の海に沈んでいて見られない。というかない。うずくまるように倒れる藤崎さんの股の間から内臓のようなものが飛び出ている。藤崎さんが呼吸をすると背中からプクプクと血の泡が出来る。右目からは大量の血のせいでそこに目があるかどうか判断できない。
なんでそんなことになっているのかもうパニックだった。
苦しそうにせき込んで血の塊を吐き出す藤崎さんを見てさらにパニックになる。
「だだだだあだだ大丈夫ですか!」
助けようと根を張った足にシャーペンを軽く刺して部屋に踏み込もうとすると、そんな私の行動に水を差すように藤崎さんが虫の息の声で止める。
「ダ・・・・・メ・・・・・だ」
「え?」
生き残っている右腕でずたずたな体を起すと、もう腹部には大きな穴が空いていて内臓がどくどくと脈を打つ心臓が見えた瞬間、私はその場で胃袋の中身を吐き出してしまった。頭も体も今の現状を受け入れられない。骨も半分折れた状態で体から垂れ下がっていた。
生きているのが謎なくらいだった。
「に・・・・・・・ろ」
弱くて細い声は一瞬聞き落しそうになった。でも、その声は私が野性的に聞き取った。
逃げろ、と。
それを告げた藤崎さんを髪の毛を乱暴に掴みかかった未來ちゃんはそのまま持っていた小太刀を藤崎さんののど元を突き刺した。
「があああああああ!」
大量の血が噴き出て、吐きだし、もう言葉できない悲鳴を上げる藤崎さん。その返り血を顔に大量に受けた未來ちゃんは不敵に笑って楽しそうに小太刀にひねりを加えた。大量に出ていた血がさらに噴き出る。
恐怖に藤崎さんの言葉が鮮明に浮かぶ。
逃げろ。
「いやあああぁぁぁぁぁぁ!」
すぐに玄関に向かって走る。途中でダイニングテーブルにぶつかって武器として持っていたシャーペンを落とす。拾おうと振り返った瞬間、襖の隙間から見えた未來ちゃんの赤黒い瞳と目が合った。命の危機に野性的に危険を感じてすぐにリビングから飛び出る。暗くて前に見ににくい状況にリビングを出てすぐに壁に激突してこけそうになるのを踏ん張るけど、恐怖で言うこの利かない足はもつれて派手に転倒する。膝を強打して強い痛みに襲われけど耐えて目の間に玄関に手を伸ばそうとした瞬間、グチャリと嫌な音がした。
違和感を左太ももに感じて何の音だろうと首だけを振り返ると未來ちゃんが小太刀で私の太ももと刺し貫いていた。
それを見た瞬間に現実の痛みが一気に襲う。
「いだあああああああああいいぃぃぃ!」
表現できない体中が太ももを刺されて燃えるような痛みに言うことを利かない。逆に体をばたつかせると刺さった刃がさらに私の足を削ぎ痛みが増す。痛みに体全体が焼けるように熱い。その熱は左太ももが一番強く、露出している肌に熱い液体が、血が触れてさらに熱い。人の体から出る血がこれほどまでに熱いものなんだって初めて知った。
痛みに耐えるために強く歯を食いしばる。それが強すぎて歯茎が切れて口の中から血がにじみ出てもう訳が分からなくなってぼろぼろと涙がこぼれる。
小太刀の刃は私の柔らかい太ももを貫通して床にまで到達している。それを上から強く押さえつける未來ちゃんのせいで私はその場から動けない。痛みに耐える体は震える。
「未來ちゃん。お願いだから。・・・・・・その刀を抜いて。・・・・・お、お願いだから」
半分ダメもとで頼んでみる。
気付けば全身から嫌な汗が噴き出てもう訳が分からない。
未來ちゃんは私の目を見ると小太刀に目をやって小太刀を引き抜こうとしてくれた。その際に刃の触れる部分が太ももの肉を削ぎとんでもない痛みが足を襲う。でも、それもこれだけだから大丈夫、とそう言い聞かせる。
そう安心した瞬間、ゆっくり引き抜かれた刃が再び一気に差し込まれた。
「いやあああああああぁぁぁあぁあぁぁ!」
焼けるような痛みに再び抑えられる。
「未來ちゃん!」
怒鳴るように未來ちゃんの名を呼んで振り返る。そこには猫に戯れる、藤崎さんをいじめて楽しむ、私の知る未來ちゃんの笑顔じゃなかった。悪魔のように喉の奥で声をあげて笑っていた。赤黒い目をした未來ちゃんは私の血肉を削ぐことで強い痛みに苦しむ姿を楽しそうに見ていた。
私に馬乗りする未來ちゃんは勢いよく小太刀を引き抜く。
「ああああああああああああああ!」
血が噴き出て小太刀についていた血が振りぬく際に天井や壁に飛び散る。伴った痛みはもうこの世のものじゃないくらいで感覚がだんだんなくなってきて体全体が寒く感じてきた。
小太刀の拘束から外れた太ももと強く押さえつけるけど、どくどくと脈打つ出血はとどまる域を知らない。それが少しずつ死へと近付いて行っていることを感じた。
走馬灯なのか今までの未來ちゃんの姿を思い出す。強盗に捕まった時は気が強そうな感じで動じている風には私には見えなかった。野菜が嫌いでそのことで藤崎さんといつもケンカして、猫が好きなんだけどなぜか猫に嫌われてそれを克服しようとお金のない状況下で中古の本で勉強しようとしている姿。友達が出来て素直に喜ぶ笑顔。いつも笑っているイメージが強くて自然と周りを明るくしている未來ちゃん。
誰がどう見ても普通の女の子だった。
嫌いなものがあって、好きなものがあって、笑ったり、怒ったり、ケンカしたり、何もない私よりも人間臭くて普通なのだ。
でも、それはただこの姿を隠すためのカモフラージュに過ぎなかったの?
小太刀を振りかざして刃を私にかまえる。
その表情はすごく楽しそうだ。
きっと、苦しかっただろう。こんな本来の自分の姿を隠していくのがつらかっただろう。それに気づいてあげることもできなかった。何が未來ちゃんのためだ。私は本当に何も分かっていなかった。そんな姿になっても私は忘れないよ。あなたと私が友達だってことは。
冷たくなるのを感じる自分の体には感覚がなくて自分の物とは思わなかった。私には人生の最後と弱さと無力感に大粒の涙がこぼれ鼻水も出て顔がぐちゃぐちゃになる。そして、ぽつりと本音が漏れる。
「ヤダよ。死にたくないよ」
それを聞いた瞬間に未來ちゃんは白い歯を見せて笑いて小太刀を振り下ろした。
あ、私死んだ。
その時、小太刀を振り下ろす未來ちゃんが背後から何者かに体当たりされて小さな体は突き飛ばされて壁に激突する。握っていた小太刀は滑って手の届かない範囲にまで行ってしまった。壁に体を強打した未來ちゃんはもたれかかりながら立ち上がって突き飛ばされた方をギラリと赤黒い目で睨む。
痛みに耐えて未來ちゃんが突き飛ばし者の姿を見た。
見た瞬間、まるで私の視界にノイズが走ったかのようにぶれる。頭が見た物を現実に受け入れることを拒み視界に移すことを拒んだ。でも、それは現実に存在して否定することはできない。ぼたぼたと今でも大量の赤い液体が、血が大きく穴が空いて中の内臓が脈打つ腹から、その腹から垂れ下がる腸のような内臓から、ズタズタに切り刻まれた足から肘から下のない腕から、刺し潰された目から滝のように流れていた。
それを見た私は青ざめてそれ以降の記憶が一度飛んでしまった。
優しく普通の女の子の未來ちゃんに殺されそうになって、死に近づいていく血の生暖かさにもう頭はパニック状態だった。そこに追い打ちをかけるように私を助けてくれた―――、人。
そう人だった。腹から内臓と血を垂らしながら腕と目がなくなっていたけどそれは人だった。
藤崎さんだった。




