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ダーク・ハート  作者: 駿河留守
始まり
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始まり

 小さな山間の集落でその事件は起きた。住んでいる人の数は100にも満たないいわゆる過疎化地域と呼ばれる地域だ。古い家屋が並び、春になれば鶯の鳴き声が山全体に鳴り響き。川のせせらぎや心地いい山風にあおられる。夏になれば虫取り少年たちがとことなく集まってきて虫取りをし、小さながら祭りもあり盛り上がる。秋になると山が一面紅葉で赤色に染まる。冬になるとうっすらと雪が積もる。四季折々と季節によって色を変えるその集落には小さいながら交番も診療所も商店も学校もあり最近、携帯電話の繋がりをよくするための電波塔も建設されたばかりで暮らし的には何も不自由のない日本古来の姿が残る美しいところだった。

 ―――だったのだ。

 ある日、その地域に駐在している警察官が出張からその集落に戻って来た。季節は春。穏やかな川は桜の花びらが全体を覆うように流れる季節。警察官はそんな四季の変化をパトカーの車窓から眺めながら山道を走り集落を目指す。

 彼には家族がいた。父と母と妻と2人の子供。妻のお腹には3人目の子供を宿していた。自然の順当な流れが穏やかに流れるこの地域を誰もが気に入っていた。彼もそのひとりだ。

時刻は山の間から朝日が顔をのぞかせたばかりだ。

警察官は集落に異変に気付いたのは朝日が昇りあたりが見渡しやすくなった頃。

いつも山の斜面に作った茶畑で農作業するいつも老夫婦が見当たらない。今日は休みなのだろうかと思いパトカーを進めるといつも玄関先で朝日を浴びるのが日課のおばあさんもいない。春休み中の子供たちの姿も見当たらない。元々、人口の少ないこの地域で人が見当たらないのは別に不思議なことじゃない。でも、人口が少ないからこそ誰もが顔見知りで助け合って生きている。

あのおばあさんは腰が悪くて家に引きこもりがちだとか、川沿いの家に住むあの男の子はやんちゃでよく怪我をするとか簡単であるが少なくとも必ず一回は関わっている。特にこの集落に唯一駐在する警察官である彼ならば集落の住民のほぼ全員と顔見知りだ。生活パターンも大体把握している。だから、この異常に気付いたのは一番早かったであろう。

不安になり自宅を急ぐ。誰もいない。異常な人気のなさに恐怖を感じつつも集落の中で目新しい警察官の自宅に到着した。

パトカーから降りると道を挟んで正面に流れる川の音が妙に鮮明に聞こえる。それもそうだ。生活音が何も聞こえない。自宅の前にいるのに。

警察官は慌てて玄関に向かうと戸が開いていた。いくら平和で犯罪の少ないこの集落でも夜にカギを掛けないというのは不用心すぎる。結論から言って普通ではなかった。勢いよく戸を開けるとリビングからはテレビの音が聞こえた。朝の早い父母がいつも見ている朝のニュース番組のキャスターの声がする。内心ほっとして靴を脱いでリビングの扉を開けるとそこは、

 地獄だった。

白く清潔な壁紙にはべっとりと赤黒い液体で染まり、あたり一帯は赤黒い液体の海と化していた。リビングに一歩踏み入れると赤黒い液体が白い靴下にしみこみ始める。その恐怖に目の前に光景足がすくみ動けなかった。リビング内は鉄の匂いで充満していて今にも吐きそうな腐敗臭が広がっていた。

赤黒い液体は血。その血は誰のものなのか。

それは警察官の家族の物だった。いつもひとり掛けの椅子に座ったまま胸から血を流しまま白目を向いて動かなくなっている父。その横で血の海に沈んでいる母。子供たちは無残にも部屋の角でまるで肉団子のように皮と肉を削がれて筋肉と骨が丸裸な部分がある。どちらも頬には涙の後を残し動かない。そして、ソファーには大きなおなかをした妻が腹から大量の血を流したまま。

 警察官は今まで出したことがない声を出したと自分でも分かった。悲鳴だ。集落の山中に響く大の大人が大粒の涙を流しながら出した悲鳴。

男はすぐに行動に移った。悲しみにくれながらも先に復讐心の方が湧き上がったからだ。我慢ならなかった。やった奴を殺す気だった。警察官であるのを忘れて頭の中が壊れたみたいにそれだけしか考えられなかった。

市街地の方に応援を頼み隣の家に落ち着くために尋ねる。インターホンを押すが反応はない。声を掛けても反応がない。まさかと思い扉を開けると鍵はかかっていなかった。中に慌てて入るとそこには玄関先に手を伸ばしたまま背中に包丁が刺さったままのおばあさんが倒れていた。

声も出なかった。奥に行けば、一人息子も死んでいた。首元えぐるように切られて死んでいた。

慌てて近くの家に行く。もう、インターホンも押さずに家の中に駆け込むと何か柔らかいものを踏みつけた。その瞬間、体が凍りついて動けなくなった。踏みつけた者を体全体を小刻みに震わせながら見ると内臓のようなものがつぶれていた。悲鳴を上げてその場に尻餅をつく。そして、見えた光景は血に染まる廊下だった。

 異常だった。ここが本当に自分が住んでいたあの平和な集落なのと疑うくらい異常な現状と光景だった。もしかするとこの集落にはすでに誰もいなくなっているのではないか。パトカーで集落を走った時の人の少なさがその予想を証明するのに十分だった。

 もっと、ここから離れたところの家に向かうつもりでその家を出ると車道をひとりの少女がとぼとぼと歩く。生存者はいたのだ。生きた人に会える喜びが強くすぐに少女の元に駆け寄った。見覚えのあった少女の名前を呼ぶと少女は足を止める。警察官は少女の背中に寄り添うように涙を流してその場に崩れる。すると少女も同じように小刻みに震えていた。同じように知っている人たちがみんな変わり果てた姿になっていることに少女もきっと怯えていたのだろう。そう思い警察官は少女を抱きしめるべく正面を向かせると、少女はまるで、

 悪魔のようだった。

 警察官は一気に青ざめた。少女顔は返り血で真っ赤に染まり、瞳から流れる涙でその血が表れて瞳から頬にかけて筋が出来ている。服は真っ赤な血で染まりその手には今も血が滴り垂れる小太刀が握られていた。

 少女は怯えて大きな瞳からは涙がこぼれる。そして、小さな体は小刻みに震えながらか細い声でこう訴えた。

「来ないで」

 その瞬間、少女の瞳が赤黒く染まり形相が一変した瞬間手に握られていた小太刀が警察官の腹部を貫通した。何が起きたのか理解できなかった。きっと、みんなこうやって刺されて死んでいったんだと理解した。そして、浮かんだ疑問を少女にぶつける。少女の瞳の色は元に戻っていた。

「どうして?」

 ただそう伝えて警察官は動かなくなった。そんな道のど真ん中で大量の血を流しながら動かない警察官に向かって質問に答える。小刻みに震えながら大きな瞳から大粒の涙を流しながら答える。

「分かんないよ」

 その場で蹲り大声で泣く。

 その事件は大々的に報道されたのは5年前。死者は静かな集落の人口の半数にも上った。

 今となってはその事件は人々の記憶の中からうっすらと消えかかっている。

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