「ホウレンソウと同じ科に属してるらしくて、そう考えると、今にも撃ち合いが始まるシリアスな決闘シーンの後ろで、ホウレンソウが転がってるみたいなもんじゃん? それって、なんかシュール」と彼女は言いたかった
「タンブルウィードってあるじゃん」
なんだそれ。
「タンブルウィード?」
彼女は突発的だ。どうにも自己の常識を他人に押し付けるフシがある。
聞き返したことから、俺が知らないこととは理解したようで、ちょっと困った顔で二の句を継ぐ。
「あー、じゃあロシアアザミ」
いや、だから。
「名称を知らないのに別称を知るわけないだろ」
彼女はやはり押し付けがましい。もしもロシアアザミなんていう名称を知っていたなら、タンブルウィードにだって、少しはピンと来るものがあったはずだろう。そこまで察してくれ。
「ほら、ほらあれ。西部劇の決闘シーンとかで、横に転がってる草の塊」
今度は困ったというか、焦った顔で説明。
しかし……えらく具体的になったな。いや、伝わったが。
というか、
「最初からそう言え」
「あれの名称は有名でしょ!」
いやいや、そりゃどこの世界での話だ。
少なくとも街中で、昨日タンブルウィードがさーとか、ロシアアザミってマジやばい~、なんて会話は聞いたことがないぞ。
そう言うと、彼女は「屁理屈だ!」と俺を一喝してから会話の一番最初に戻っていく。
「でね、そのタンブルウィードがね……」
うーむ。
「やっぱりその、タンブルウィードってのはピンとこない……」
「なにが!? タンブルウィードはタンブルウィードだからね?」
彼女は「なに? ロシアアザミが良いの?」なんて続けたが、俺が言いたいのはそういうことではない。
考えても見てくれ、俺は今まで、そのタンブルウィードというものを『西部劇の決闘シーンで横に転がっている草の塊』というふうに認識していたわけだ。
それが突然、タンブルウィードやらロシアアザミなんて横文字で呼ばれ始めて、はいそうですかなんて簡単に納得できないわけだ。
「なんでよ!?」
さっきから顔が近いし、唾が飛ぶ。
いきり立った彼女を押さえつけつつ、俺はどうにも伝わらない彼女との疎通に勤しむ。
「いや、しっくりこない」
「別にそんなことない……」
いやいや、俺はこない。
「俺は、しっくり、こない」
「そう言われても……」
やはり、伝わらない。
こうなったらと、具体的な例を出していくしかあるまい。
「え? なにその覚えの悪い生徒を前にした先生みたいな顔」
無視。
「考えても見ろ」
俺はそう言いながらポケットからポケットティッシュを取り出し、そこから何枚から抜き取っていく。
そして、それをビリビリと破き――「あ! もったいない!」「うるさい貧乏性。これはただで配ってるやつだ」――そしてそのままくしゃくしゃにして丸めた。
ぽつんと、机の上に置かれる『ポケットティッシュを破り、くしゃくしゃに丸めた塊』。
「それが、なに?」
「これは『アブランドシューイン』だ」
「なにそれ!?」
ごもっとも。
しかし、そういうことだ。
「これをお前は『ポケットティッシュを破り、くしゃくしゃに丸めた塊』、だと思っていたかもしれないが、アブランドシューインなんだ。これはアブランドシューイン以外の何物でもない。常識だぞ、アブラインドシューイン。アブランドシューイン。アブランドシューイン、ほら復唱して」
「あ、アブランドシューイン……」
はい、もう一回。
「アブランドシューイン……」
ほら元気よく。
「アブランドシューイン!」
「じゃあこれは?」
『ポケットティッシュを破り、くしゃくしゃに丸めた塊』を指す。
「アブランドシューイン! ……って違う! そんな名前じゃない!!」
そう!
「そうなんだよ! これは誰がどう見ても、アブラインドシューインじゃない! ちっともどこもどこだって! アブランドシューインなんて偉人の名前みたいなもんじゃないんだ! ただのティッシュの集まりであり、詳しく説明するなら『ポケットティッシュを破り、くしゃくしゃに丸めた塊』だ!」
これは俺がそう名付けようとも、誰が指し示そうとも、アブランドシューインになることはない。しっくりとこない。ちっともこない。
俺が言いたいのはそういうことなんだ。
「そ、そうか……ということはタンブルウィードも、そう名付けられていようが、それはタンブルウィードではなく、本来の呼び名としては『西部劇の決闘シーンで横に転がってる草の塊』が正解……」
うむ。
「――ってそんなわけあるかーい!!」
うむ、相容れない……。