芽生えた気持ち
猫なで声のこの女は何なんだ?
この手の女は見飽きてるから、嫌悪感しかない。
隣の患者の方を見ると、お団子頭の立花さんの後ろ姿が見える。
彼女は別の患者の世話をしているようだ。
「彼女すごく熱心で、私の事を心配してそう言ってくれたんでしょうから。」
そう言うと、彼女の耳が赤く色づくのが見えた。
案の定聞き耳を立ててたらしい。
彼女の言う通り、昨日は酒を飲まなかった。
本当は取引先の人と接待があったので飲むつもりでいたが、車の助手席で震える彼女を見てたら、言うことを聞いてやってもいいかなと思えてしまった。
からかうとすぐ真っ赤になってたな。
あの素直な感じが気に入ったのか、俺はあの夜景の見える場所へ連れて行ってた。
手をみつめたまま真っ赤な顔して固まってる彼女は、かなり面白かった。
思い出してちょっとにやけそうになり、今歯医者で治療を受けてることを思い出し冷静になる。
そのあと「帰る」って言った時の彼女の顔・・・
泣いちゃうんじゃないかってくらい悲しそうな顔で見つめてきた。
その顔見てつい俺ももうちょっと一緒に居たくなったんだが・・・
案外素直に帰ったな。
面白いと思ったり、一緒に居たいと思ったり、俺は自分の気持ちにちょっと驚いてた。
29歳にもなってそんな気持ちを抱いたのは、実は初めてだったから。
だからこそ、まずいと思った。
この気持ちは、俺の人生にはいらない感情なんだ。
彼女と別れたあと、俺はしっかりいつもの俺に戻っていた。