問診
その人、澤田悟さんは、ものすごいイケメンだった。
清潔感のあるストレートの黒髪はサイドで分けられ、軽く後ろに流している。
近づくとさわやかなフルーツ系の香水の香りが鼻をくすぐる。
・・・澤田さんの香水かな。いいにおい・・・
凛々しい目元は私を見下ろしていた。
背、高いなぁ・・・
なんて見とれていると、「あの?」と声をかけられ、じっと見つめたまま固まっていた事に気づき、慌てて中に通す。
横で受付の友香さんが「クックッ・・」と肩を揺らして笑っていて、私は思いっきり赤面してしまった。
なんとか顔の熱を冷まそうと、心を落ち着かせながら、症状を詳しく聞いていく。
「数日前から歯ぐきに違和感はあったのですが、今朝起きたら歯ぐきが腫れて痛くて・・・。」
澤田さんの歯ぐきは一部、大きく腫れて熱をもっていた。
「澤田さん。昨日お酒をたくさん召し上がりませんでしたか?」
「えぇ、接待で遅くまで飲んでましたが・・・。」
経験上、こんな腫れてる人にはお酒は絶対ダメ。
そうわかっていた私は澤田さんの目を見て話をする。
「澤田さん、この歯は治療に少し時間がかかります。
あとお酒はしばらくお休みして下さいね。」
すると澤田さんは困った顔をして、
「えっ、でも今夜も接待でお酒を飲まないといけないんです。」
でもここは私も譲れない!
「こんな腫れててお酒を飲むのは自殺行為です!
もっと腫れて点滴が必要になったら、それこそお仕事に障りますよ!」
真剣に訴えると、澤田さんは諦めてくれたのか、
「わかりました、今夜はお酒は控えます。」
と、笑顔で答えてくれて、理解してくれたように見えたのだけど・・・
なんかその顔うそ臭い・・・
でもまぁ私の気のせいかもしれない、初対面の人だしそこまで深く考えるのはやめにした。
治療の準備をしに裏へ回った所で、先輩衛生士の佐伯さんに引き止められた。
「ちょっと立花さん、あなたはこっちの患者さんをやって。
澤田さんは私がやるから。」
と、別の患者さんのカルテを渡し、佐伯さんは颯爽と立ち去っていった。
澤田さんの所に向かった佐伯さんは、猫なで声で自己紹介したあと、私がすでに済ませたはずの問診からまた再開し、楽しげに会話していた。
「ほら、佐伯さん若い男大好きだからね。」
横から友香さんがひそひそっと声をかけてきた。
「あぁ・・・なるほど、そうでしたね。」
カルテによると、澤田さんは29歳。
佐伯さんは31歳で旦那さんもいるのだけど、若い男の患者さんには態度が豹変する。