第七章:抜け出た二人
卓の死体が発見された二日後には、条星院高校は授業を開始することになった。
ただ、二時間目以降は普通の授業なのだが、朝の一時間目は潰れ、そのかわりに全校の朝会が開かれた。
朝礼台に立ち、しきりに額の汗をハンカチで拭いながら、校長が話している。
崇史はそんな校長の演説をほとんど聞き流しながら、事件のことについて考えていた。
関係者全員に成立するアリバイ。
持ち去られた両腕。
毒殺。注射のようなもの。
犯人は本当にサッカー部の関係者ではない、外部のものなのか。
なぜ両腕を持ち去ったのか。
なぜ手っ取り早い刺殺や撲殺ではなく、毒殺だったのか。
やはりいくら考えても、閃かない。
勘と閃きだけは超一流、などといわれていたが、そう簡単に何でも閃くわけではない。
閃くときには次々と閃くが、閃かないときはさっぱりなのだ。
こういうときは、考えるだけ無駄なのかもしれない。
崇史は小さくため息をついた。
校長の演説はいまだ続いている。
もともと話が長い校長であったが、今日は格別だ。
いい加減立ち続けるのにも疲れてきたし、そろそろ話を終わりにしてくれないだろうか。
とそんなことを考えていると、三年生の列から二人の男子生徒が抜けて出て行くのが見えた。
それは、サッカー部の根来壮樹と富江誠二だった。
壮樹と誠二は校舎裏まで来ていた。
今は生徒も教師も全員朝会に出ているため、誰かに見られる心配はない。
二人は二人だけでどうしても話したいことがあったのだ。
そのために担任の教師に、具合が悪いと嘘をついてまで、出てきた。
二人は殺された卓と仲がよかったため、担任の教師も、具合が悪いという二人には同情的だった。
保健室まで着いていくとか、保健の先生を呼んでくるとかいう彼の気遣いを二人は断り、そして朝会の列から出てきたのだ。
お互いが心の中で考えながら、言葉にできなかったことを話し合うために。
「なぁ、誠二……」
微妙に震えた声で、壮樹が言った。
「卓が、殺されたよな?」
「……ああ」
誠二の顔色は、あまりいいとはいえない。
「どうして……、どうして、卓が殺されたんだ? あいつは……みんなをまとめてた、いいやつだったじゃないか。殺したいほどあいつを憎んでたやつなんて、少なくとも俺たちは知らない」
「………」
「でも……でも、心当たりならある。あいつが殺される理由なんて……、あるとしたら、ひとつしかないじゃないか」
誠二の肩がびくりと震えた。
「一年前の、あの――――」
「やめろっ!」
誠二が叫び、壮樹は出しかけた言葉を引っ込めた。
「やめてくれ……。そんなこと、考えたくもない。だって……もし一年前のあのことが原因で卓が殺されたなら、次に殺されるのは―――」
―――俺たちじゃないか。
その先を誠二は口にしなかったが、何を言いたいのか、壮樹にはしっかりと分かっていた。
二人はそのまま黙り込む。
言い知れぬ恐怖が、二人を包み込んでいた。
朝会が終わり、教室に戻った崇史は、健太郎に壮樹と誠二が三年の列を抜け出し、どこかへといったことを話してみた。
「へぇ、副部長と富江先輩がね」
その話を聞いた健太郎は、しかしあまり興味を持った様子は無かった。
「列を抜けたってことは、どっか具合でも悪くて、保健室にでも行ったんじゃないのか? あの二人、部長と仲良かったし、校長の話聞いてるうちに気分が悪くなったって、それだけのことだろ?」
確かにそうだ。
健太郎の言うとおり、壮樹と誠二が二人して列を抜けて行ったからといって、何かがあったとは限らない。
気分が悪くなったから、保健室で休んでいた、というそれだけのことではないか。
だが、崇史の勘は二人はただ抜け出しただけではないとそう言っていた。
やっぱり、二人が列を抜けたのには、何か理由があるのではないか?
崇史には、そんな気がしてならなかった。