第六章:話し合い
死体発見の翌日、崇史は彩音と共に自分の部屋にいた。
今日は生徒の死体が見つかったとあり、学校は臨時休校となっている。
崇史はベッドに寝転がりながら事件について、考えをめぐらせていたのだが、そこに彩音が訪ねてきたというわけだ。
彩音はちゃんと見抜いていたのだ。
崇史がこの事件について、推理を始めるであろうことを。
「謎よねぇ……」
彩音は崇史のベッドに腰掛けながら、言った。
「その部長さんの死体、両腕の肩から先が無かったんでしょ? で、しかも、死因は毒殺」
「ああ」
崇史は床に胡坐をかき、頷いた。
「両腕切られて、血だらけで部室の床に倒れてたからさ、俺はてっきり刺殺だとかその辺だと思ってたんだ。でも結局その血は、死後両腕を切り取られたときの血で、生きてるうちに流した血じゃないらしいんだな」
「うーん、どういうことなんだろ? 犯人は部長さんを部室に呼び出して、毒入りの飲み物か食べ物かを食べさせたってこと? だったらアリバイなんて関係なくなるよね」
「あ、いや、そうじゃないんだ」
崇史が彩音の思考にストップをかけた。
「確かに死因は毒殺だけどさ、その毒は口から入ったものじゃないらしい」
「え、どういうこと?」
「これは宝井っていう刑事が言ってたんだけどな、毒の注射とか、そんな類のものを使ったみたいなんだ」
「毒の注射?」
「そう。毒は直接皮膚から血管に注入されたようだ、って言ってたな。発見された死体にはそういう痕は見つからなかったらしいから、多分持ち去られたまま行方不明の、部長の両腕のどこかから注入したんだろうな」
「ふーん……。ってことは、やっぱりアリバイはまだ無視できないんだ」
「そういうことになるな」
飲食物に毒物を混ぜ、毒殺するという方法ならば、被害者がその飲食物を口に入れさえすれば殺害することができるので、アリバイはあまり関係ない。
しかし、例えば仮に毒の注射を使用したのであれば、それは加害者が直接被害者に毒を注入しなくてはならなくなる。そうなると、やはりアリバイは無視できないのだ。
「そういえば、あのサッカー部のコーチ、何ていったっけ?」
彩音がふと思い出したように言った。
「コーチ? 正井コーチのことか?」
「ああ、多分その人。でね、そのコーチにもアリバイ、成立したらしいよ」
「本当か?」
「うん。昨日、あたしの家に警察の人が来たんだ。あんたのアリバイを確認するために。ちゃーんと、事実そのまま話して、あんたのアリバイは証明してあげたから安心してね。で、そのときに、ちらっと盗み聞いちゃったんだけど、そのコーチ、その時間は県のサッカー協会の会議とやらに出てたんだって。会議があった場所は学校から車で1時間くらいは離れてるし、途中休憩は15分間しかなかったらしいから、アリバイ成立」
「そうか」
崇史は難しい顔で天井を睨んだ。
「つまり、やっぱりサッカー部の関係者には全員、アリバイが成立するわけだ」
「じゃ、決まりね」
彩音はさっきより軽い口調で言った。
「この事件、サッカー部関係者の中に犯人はなし。部外者が犯人ってことね」
「……さあ、それはどうかな」
「え? どういうこと?」
彩音は少しびっくりしたように崇史を見た。
「この状況を見れば、部外者が犯人ってこと以外考えられないじゃない」
崇史は、少し難しい顔をしている。
「だって、部外者だったら、どうして部長を部室で殺したんだよ。サッカー部関係者が犯人じゃないなら、そいつにとってみれば、サッカー部の部室なんて全然なじみの無い場所だろ? だったら路上でいきなり襲ったりしたほうが早いさ。それに、毒殺っていうのも引っかかるな。わざわざ毒殺するより、刃物でも使って刺したほうが断然楽だ」
「そりゃ、そうだけど。じゃ、崇史はどう考えてるわけ?」
彩音の言葉に、崇史は力なく首を振った。
「まだ何にも分かんねーよ。ただ、サッカー部の関係者を、容疑者からはずすのは、まだ早いと思う。むしろ俺は、サッカー部の関係者の中にこそ、犯人がいると思うんだ」
「で、でも――――」
その容疑者たちは、みんな崇史の知り合いなんだよ?
彩音の口から出掛かった言葉は、しかし声になることは無かった。
自分の知るものたちの中に、犯人がいるかもしれない。
そう宣言した崇史の目には、どこか強い意志のようなものが感じられたから。
彩音はそのまま黙り込んでしまい、それからしばらくの間、二人の間で言葉が交わされることは無かった。