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第四章:部室の中

「ふあ〜あ……」

 朝。

 崇史は大きな欠伸を漏らしながら、自転車をこいでいた。

 今日は週に三日ある早朝練習の日なのだ。

 普段の崇史はかなりの朝寝坊だが、早朝練習がある日は、必ず時間通りに起きる。そのかわり、早朝練習のない日は、遅刻寸前になってしまうことが多い。

 もともと朝が苦手な崇史だったから、それは仕方ないといえば、仕方ないことなのかもしれない。



 学校に着き、置き場に自転車をとめていると、誰かの自転車がこちらに向かってくるのが見えた。

 一年の賢次だ。

「緒方先輩、おはようございます!」

 自転車からすっと降りると、一年生の場所にそれをとめながら、賢次が笑顔で言った。

 崇史は片手を挙げてそれに答える。

 賢次は崇史の横に並び、二人は一緒に部室まで歩いていった。

「そういえば聞きました?」

 歩きながら賢次が言う。

「部長が行方不明らしいですよ」

「え?」

 賢次がさらりと言った言葉に、崇史は思わず足を止める。

 サッカー部のゴールキーパーで、部長の葛井卓。

 その彼が、行方不明だなんて。

「行方不明……って、どういうことだ?」

「なんでも、昨日学校を出たのを最後に、行方が分からなくなったって。噂好きのうちの親がどっかから情報を仕入れてきたんですよ」

「それって……事件なのか?」

「さあ……。詳しくは知りませんけど、たぶん家出か何かじゃないですか?」

 そうだろうか。

 崇史は卓のことをそれほどよく知っているわけではないが、考える限りにおいて、卓が家出しそうな理由など見当たらない。

 それに、サッカー部ではそろそろ大会が迫ってきている。

 家出なんてしている場合じゃない。

 それは今年で引退することになる三年生の卓が一番よく分かっているはずだ。

 だから卓を含める三年生たちは、毎日普段の二倍も三倍も熱心に練習している。高校生活最後のサッカーに、悔いを残したくないという気持ちは、崇史にも十分伝わっていた。

 だから、卓が家出しただなんて、崇史はにわかには信じられなかった。

 単なる家出ではないのではないか?

 崇史の『勘』が、何かが起こりそうだと、警戒音を発していた。



「じゃ、俺、鍵取ってきますね」

 部室の前に着き、賢次が言った。

 一応鍵が開いてないかどうかドアノブをまわしてみたが、鍵はちゃんと閉まっている。

 賢次が校舎のほうへと向かおうとしたそのとき、その校舎のほうから誰かがやってくるのが見えた。

 マネージャーの七恵だった。

 その手には部室の鍵が握られている。

「あれ、牧先輩、それは……」

 賢次が目を丸くした。

 七恵は笑ってみせる。

「今日はたまたま学校に早く着いたから。いつもいつも一軍のほうの部室の鍵の開け閉めは、高見くんに任せきりだったし、今日くらいはあたしがやってあげてもいいかなって思って。久木田先生にはちょっと驚かれたけどね」

 七恵は言いながらドアのほうへと向かった。

「そっか……。まあ、なんていうか、ありがとうございます」

「いいのいいの」

 七恵は軽い調子で鍵を鍵穴に刺し込み、半回転させる。

「そういえば、今日に限ってなんでこんなに早く来たんだ? いつもはもっと遅いだろ」

「何でっていわれても、たまたま早く目がさめたから。緒方くんだって今日はいつもより早いじゃない」

 言いながら盛大に欠伸をかく七恵。

 自転車に乗っていたときの自分と同じだと、崇史は少しおかしくなった。

「ちょっとぉ、人の欠伸見て笑うなんて失礼じゃない?」

「なら人前で欠伸なんかするなよ。しかも盛大に」

 七恵が、崇史と話しながらドアを開けた。

 七恵が直接この部室を使うことはほとんどないので、彼女はドアを開けるとドアと共に体を横にずらした。自分はいいから中に入れという意味だろう。

 部室内には窓がひとつしかなく、朝だがやや薄暗い。

 崇史はドアのすぐ横についている電灯のスイッチをONにした。

 と、そのとき、指先に何か違和感を覚える。

 崇史は首をかしげながら自らの指を眺めてみた。と、そのときだった。

「きゃあああああああああああああ!」

 崇史のすぐ後ろで、甲高い悲鳴が聞こえた。

「うわ、なんだよ!」

 崇史は顔をしかめながら振り返る。

 後ろにいた七恵と賢次の顔は、不自然なまでに引きつっていた。

「おい、どうした?」

「あ………あ……あれ……」

 賢次は震える指で崇史の背後を指差した。

 崇史の『勘』が、さっき以上の警戒音を発するのが分かった。

 恐る恐る振り返る。



 その先にあったのは、なぜか両腕の肩から先を切断され、断末魔の苦しみをその顔にはっきりと残した、葛井卓の死体だった。



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