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第十九章:悲痛な告白

 崇史にまっすぐ指差された賢次は、しばらくの間、無言で崇史を睨んでいた。

 しかし崇史はそれに気圧されることなく、賢次をじっと見据えている。

「……俺が犯人だなんて、限らないですよ」

 崇史を睨みつけたまま、賢次が口を開いた。

「もしかしたら、犯人は部長の鍵を使ったのかもしれない。事前に部長から鍵を受け取っておいて、俺が部室の鍵を閉めた後に部室に行って、針を仕込んだって考えたらどうです? 俺以外にも、犯行は可能ですよ」

「ああ、その可能性については俺も考えたよ。でも、それなら犯人は何て言って部長から鍵を借りたんだ?」

「え……? それは……先に部室に行っているから、鍵を貸してくれとでも……」

「先に部室に行くことができるなら、普通、待ち合わせの時間をもっと早くするだろ。待ち合わせ場所に、待ち合わせ時間よりも早く行きたいから鍵を貸してくれなんて、変じゃないか」

 賢次は何か反論を考えようと、必死に知恵を絞っているようだった。

 崇史はその前に、さらに畳み掛ける。

「それに、鍵を貸したとして、部長が待ち合わせ時間に部室に行ったら不審に思うんじゃないか? ドアが開いているから犯人が部室に入ったことは確かなのに、部屋は真っ暗なんだからな。もしかしたら電気をつけるよりも先に、犯人に電話をかけてしまうかもしれない。今どこにいるんだ、ってね。そうなってしまったら、結局部長に電気をつけさせて殺すことはできても、電話の発信記録が残って、警察に少なからず怪しまれるだろ?」

「う…う……」

 賢次は小さく呻きながら、二、三歩後ろへ下がった。

 そして自分を見るいくつもの瞳をきょろきょろと挙動不審気味に見回す。

「そ、そんなの屁理屈だ!」

 やがて自棄を起こしたのか、賢次は大声をあげた。

「そんなの、理屈をつけようと思えばいくらでもつけられるじゃないか! 俺が犯人だっていう証拠は何もないんだ! 俺は、俺は、誰も殺してなんかいない!」

 賢次の必死の叫びに、崇史はどこか悲しげに首を振った。

「証拠ならあるさ。お前が犯人だっていう、動かしがたい証拠がな」

「え…………?」

 目を見開く賢次。

 崇史はそんな賢次を横目で見つつ、正井の方を向いた。

「高見は、自分が犯人だってことを証明する言葉を、自分の口から出してしまったんだ。その言葉は、正井コーチも聞いている」

「……俺も? と、いうことは、それは俺が葛井に手を合わせるために部室に行ったときのことなのか?」

「そうです。っと、確かそのときは彩音もいたんだったよな。忘れてた」

「ちょっと、忘れないでよね。で、そのときの高見くんのどんな言葉が問題だっていうの?」

 彩音の問いに、崇史は賢次のほうへ視線を送りながら、答えた。

「高見はこう言ったんだよ。『凶器のナイフだってまだ見つかってないっていうし』ってな」

「凶器のナイフ……ああ、確かにそんなこと言ってたわね。で、それが何なの?」

「分からないか? じゃあ聞くけど、何で高見は凶器がナイフだなんて知ってたんだ?」

「そ、それは!」

 崇史の言葉に、賢次が声を上げた。

「それは、警察の人が話してるのを、たまたま聞いたんだ! ちょっと気になって現場のほうまで行ったことがあって! だ、だから別に俺が犯人だから知ってたってわけじゃ……」

「違うよ、高見」

 崇史は静かに首を振る。

「気づかないのか? お前は今の言葉で、完全に自分が犯人だって証明してるんだ。俺が言いたいのは、どうして『あのとき』お前が凶器を知っていたのかってことなんだ」

「あのとき……?」

「そう。凶器が発見されたのは、最後に殺された富江先輩のときだった。富江先輩が殺された現場にそれが落ちていて、そのナイフが副部長を殺したものと同一だってことが、そのとき初めて分かったんだ。それまでは、副部長を殺した凶器は『刃物』であったということだけしか分かってなくて、詳しい特定はできていなかった。そうですよね?」

 崇史に同意を求められ、宝井は少し戸惑ったように頷いた。

「じゃあ、高見が凶器がナイフだと断言したのはいつだったのかを考えよう。正井コーチ、それはいつでしたっけ?」

 崇史に聞かれ、正井は少し考えてから、口を開いた。

「富江の遺体が発見された日の、前日だ」

「そう。つまり、その時点ではまだ、富江先輩の遺体は発見されていない」

 崇史は賢次のほうへ向き直る。

「まだ警察も凶器が特定できていなかったのに、その警察が『凶器はナイフだった』って言ってたっていうのか? 決定的に矛盾してる!」

 青い顔をしている賢次を、崇史は再び指差した。

「もう言い逃れはできないぞ! 自分の罪を認めろ、高見!」

 崇史の言葉に、賢次は崩れ落ちるように膝をついた。




「俺と黒崎先輩は、出身中学が同じで、付き合ってたんだ。誰にも秘密にしていたけど。黒崎先輩が偏差値の高いこの学校に合格したとき、俺も先輩と一緒になって喜んだ。そして俺は、黒崎先輩と同じこの学校に通うために、必死になって勉強してた。そんなときだった。黒崎先輩が自殺したって聞いたのは」

 賢次はその場に膝をついたまま、まだどこか呆然とした様子で語っていた。

「信じたくなかった。でも、それは動かしようのない事実だった。黒崎先輩は、俺の受験勉強の邪魔にならないようにって、しばらく俺との連絡を控えていたんだ。だから俺は、黒崎先輩がどんな目にあって、どんなに苦しんだか、先輩が死ぬまで何も知らなかった―――!」

「いったい黒崎さんは……どんな目にあったっていうんだ? 高見はそれを知ってるのか?」

 地面に膝をついている賢次を戸惑ったような目で見下ろしながら、良仁が言った。

 賢次は、小刻みに震えながら拳を握り締めていた。

「先輩が死んでから何日か経って、俺に手紙が届いた。差出人は、黒崎先輩だった。……そしてその手紙には、黒崎先輩の血を吐くような苦しみと悲しみが綴られていたんだ。具体的に何をされたか書いてあったわけじゃない。でも、黒崎先輩を追い詰めた何かがあっただろうことは、その手紙を見ればすぐに分かった。……そしてその日から俺は、再び猛勉強を始めた。黒崎先輩のいたこの学校に入り、何が何でもその死の真相を突き止めるために」

「殺された部長たち三人が、黒崎さんの自殺に関わっていたんだな。……それで一体、黒崎さんを自殺に追い込んだのはなんだったんだ?」

 崇史の問いに、賢次は拳を握る力をさらに強くしたようだった。

「俺、何とか入学できて、黒崎先輩がマネージャーをやってたサッカー部に入りました。幸い小学生のころからずっとやってたスポーツだったし、俺は何とか一軍に入ることができました。そして聞いてしまったんです。あの三人の会話を!」



『ったく、いい加減うんざりだよな。最近いい女にあってないから、俺、欲求不満でどうにかなっちまいそうだぜ』

『うちのマネージャーも、もうロクなのいないしな』

『あーあ、黒崎がいたころはよかったよなぁ。あいつ、凄い美人だったもんなぁ』

『だよな。あいつも何も自殺なんてすることなかったのにな。ちょっとからかっただけなのに』

『嫌がって泣き叫んでた黒崎を無理やり襲っておいて、からかっただけってのはないんじゃねーの?』

『はは、違いねぇな。それにしてもまさか自殺するなんてなぁ』

『馬鹿な女だよな』

 下卑た笑い声が、三つ重なる。



 賢次の口から語られる恐ろしい事実に、その場の全員が何も声を出せないでいた。

「あいつらは……あいつらはっ! 嫌がる黒崎先輩を無理やり襲って、自殺に追い込んだんだ! そしてそれをちっとも後悔してなかった。笑いのネタにさえしていた! 俺は……俺は……あいつらが、どうしても許せなかった!」

 最後のほうは、叫びに近かった。

 賢次の悲痛な声が、空気を揺らす。

「高見……」

 崇史には、賢次にかけられる言葉がなかった。ただ崇史には、賢次の名前を呼ぶことしか、できなかった。

 愛する人の復讐のために、その手を血で染めた賢次。

 その復讐の相手である三人を殺してしまった今は、もう彼がその怒りをぶつけられる相手はいない。

 やり場のない怒りと悲しみをどこにぶつければいいのかも分からず、賢次は泣き叫んだ。

 その様子を、他の者たちは悲しげに見つめていた。


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