第十八章:その方法
この章で犯人の名前が明らかになります。
まだまだ自分で推理したいという人は、見ないようにお願いします。
「それは一体どういうことだ!?」
全員が顔に驚愕の色を浮かべているなか、いち早く立ち直った宝井が声を上げた。
「このサッカー部の関係者たちの中に、犯人がいるだと?」
「そうです」
「でたらめを言うな!」
宝井は大声を上げた。
「ここにいる者たちには全員、最初の葛井卓殺害時にアリバイがあるんだぞ! 被害者を殺せるわけがないだろう!」
崇史は首を振る。
「もちろん、それはトリックを使ったんですよ」
「トリックだと?」
崇史は頷いて見せてから、久木田に持ってきてもらった部室の鍵を使い、そのドアを開けた。
それから崇史は、他の者たちのほうへ振り向く。
「とりあえず、実践してみます。部長が死んだ夜、部長がどのような行動をとったのか、まずそれから確認することにしましょう。ではまず―――」
崇史は部室のほうに視線を向けた。
「なぜ部長は、部活が終わったあと、塾を休んでまでこの部室に来たのか、ってことです。部長は三年生で、受験生だった。大した用もないのに、部活が終わったあとに、塾を休んでこんなところに来るはずがない」
「確かに」
健太郎が短い声で同意を示した。
そしてそれから少し、首を捻った。
「じゃあ、どうして部長は、部室なんかに言ったんだろう……。誰かに呼び出されたってことか?」
崇史は頷いた。
「多分そうだろう。たぶん自分にアリバイのできる時間帯に部長を部室に呼び出しておいたんだろうな。部長が受験生で、塾を休んでまで来ていたことを考えると、もしかしたら何か脅しでもかけられていたのかもしれない」
関係者たちは黙っている。
「部長は当然、指定された時間に部室に来るだろうな。そしてそこで命を落とすことになった―――」
「待って下さい」
賢次が声を上げた。
「それじゃあ部長は、どうやって殺されたっていうんですか? 部長が死んだ時間、俺たちにはみんなアリバイがあったんですよ?」
崇史は軽く頷いた。
「そのとおりだ。でも犯人は、この部室にある仕掛けを残しておくことによって、アリバイを確保しながら、部長を殺すことに成功したんだ」
「ある仕掛け?」
七恵が不思議そうに問い返した。
「ああ」
崇史は短くそう答えると、部室のドアを全開にした。
「それじゃあ聞くぞ。犯人との待ち合わせの時間通りに部室に来た部長は、自分の鍵を使って部室を開け、中に入ってまず何をしたか」
「何をしたか?」
良仁が困惑したように言った。
「そりゃ当然、中に入って―――そこら辺の椅子にでも座ったんじゃ……?」
崇史は首を振った。
「それより前に、することがあるだろ?」
「あ!」
崇史の言葉に、いきなり彩音が大声を上げた。
「電灯のスイッチ! ね、そうでしょ。部長さんはまず、電灯のスイッチをONにして、部室の電気をつけた!」
「そのとおり」
崇史は彩音に、笑みを浮かべてみせた。
「そ、それで、スイッチがべとついてたことと何か関係があるの?」
「ああ、もちろんだ。警部さん、警察が調べていたときも、電灯のべとつきには気づいたよな?」
宝井は頷いた。
「確かにそういう報告はあったが……特に意味などないと思って、忘れていたな」
「意味なら大有りですよ」
「一体どういうことなんだ?」
妙に確信ありげに言う崇史に、正井が戸惑ったように言う。
「電灯のスイッチがべとついてたということと、アリバイ工作とは関係があるということなのか?」
「はい。犯人はこの電灯のスイッチに、部長を殺す仕掛けを施しておいたんです。それによって、部長は部室の電気をつけただけで、死んでしまった」
「電気をつけただけで? まさか、そんなことがあるはずは―――」
「ありますよ」
崇史はスイッチを指先で軽くとん、と叩き、言った。
「このスイッチに、テープか何かを使って、毒針を仕掛けておけば」
「毒針!?」
宝井が驚いたような声を上げた。
「まさか……部室の電灯のスイッチに、そんなものを……」
「部長の死因は毒殺。毒は、皮膚から直接、血管内に注入されたんですよね。そして部長を殺すのに使われた毒物は、ニコチンだった。青酸カリなんかよりも、ずっと強い毒性を持ってるって聞きました」
「確かに被害者は喫煙者ではなかったから、毒の回りも早かっただろうな……」
スイッチがべとついていたのも、毒針をとめておいたテープのためだ。
殺人に使う毒針をとめておくテープなのだから、念を入れて接着力も相当強いのを使ったのだろう。
いや、テープでなくても、後ではがせるようならば、接着剤などでもよい。
「じゃあ……、まさか、被害者の両腕が持ち去られていたのは……」
「そう。指先についた、毒針の痕を警察に見られないようにするためです。そのために、両腕の肩から先を持ち去った」
「でも、指先の痕が分からなければいいのなら、そこだけ持ち去れば……」
久木田の言葉に、崇史は首を振った。
「んなことしたら、どうぞ指に注目してくださいって言ってるようなものですよ。だから犯人はわざわざ、肩からばっさりと、それも両腕を切断したんだ」
「それじゃあ、あとの二人―――根来壮樹と富江誠二の脚が切断されていた理由は何なんだ?」
宝井が腕を組みながら聞いた。
「その二人については、体の一部を切断した理由は、ないといってもいい」
「理由がない!?」
「まぁ、まったく無意味だったってわけでもないんですけどね。あえて言うなら、他の二人は目くらましです。三人の被害者がいて、そのうちの一人だけが体の一部を切断されていたのでは、やっぱり目立ってしまう。だから、あとの二人もあえて体の一部を持ち去ることにより、部長だけに注目がいかないようにしたってことです」
「な、なるほど……」
思わず納得してしまう宝井。
「ね、それで結局はさ」
黙ってしまった宝井に変わり、彩音が声を上げる。
「一体、誰が部長さんたちを殺したの?」
その彩音の問いに、その場にいる全員の顔に緊張が走った。
崇史はその問いにも、淡々と答える。
「ここまでくれば、それを当てるのは簡単だ。俺が今言ったトリック、『誰にそれが可能だったか』を考えればな」
「え……、どういうこと?」
「いいか、今のトリック、俺が説明したやり方だと、それが可能なのはこの中で一人だけなんだ」
崇史は全員の顔をゆっくりと見渡す。
「毒が塗られた針は、電灯のスイッチにくっつけられていた。俺たちが部室を出たとき、そんなもの、スイッチにくっついてたか?」
崇史の問いに、当日部室を使っていた健太郎、良仁、賢次が顔を見合わせる。
「答えはもちろんノーだ。じゃあ、犯人はいつ、針をスイッチに仕込んだのか。犯人は他の部員の誰にも、その毒針を見られるわけにはいかなかったし、事実誰もそれを見てはいない。だったら話は簡単だ」
崇史は一言一言、はっきりと、宣言するように言う。
「犯人はあの日、最後に部室を出た人物ってことだ。最後まで部室に残っていたなら、誰にも見られることなく毒針を仕込めるからな。そして、あの日最後まで部室に残っていたのは―――」
崇史はまっすぐに、その人物を指差した。
「お前だったよな、高見」
その指の先で、顔を強張らせながらこちらを睨んでいるのは、サッカー部一軍の中で唯一の一年生、高見賢次だった。
トリック、犯人が明らかになりました。
実はこの解答編の前に、ある方から作者メッセージにて推理を頂いたのですが、ことごとく看破されておりました(笑
簡単だったでしょうか、今回……。