表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/22

第十六章:危険な毒物

 久木田正則は職員室の自分の席に座り、疲れたようにため息をついていた。

 葛井卓、根来壮樹、そして富江誠二と、僅か数日の間に三人もの部員が死んでしまった。

 サッカー部の顧問である久木田はいろいろと対応に追われ、今ようやく一段落ついたところなのだった。

 本当なら今頃は部員たちは、もうすぐそこに迫っている大会に向けて、最後の追い込みをしているはずだったのに。

 それがこのような事件が起こってしまい、大会への出場も辞退することになってしまった。

 本当に可哀想だ、と思う。

 特に三年生は、今年が最後の大会だったのだ。

 しかしもっとも無念だったのは、やはり殺害されてしまった三人だろう。彼らはまだ、二十年も生きていなかったというのに。

 ちらちらと感じる、同僚たちの同情の視線が痛い。

 久木田は再びため息をつこうとした。そのときだった。

「失礼しまーす!」

 静かだった職員室内に、突然よく通る大きな声が響いた。

 驚いてそちらのほうへ顔を向けると、そこにいたのはサッカー部の部員の一人、緒方崇史だった。その後ろには、久木田が授業で化学を教えている生徒の一人である、麻島彩音もいる。そういえば二人は幼馴染なのだと、どこかで聞いた覚えがある。

 崇史は職員室の中をぐるっと見回し、その中に久木田の姿を発見すると、歩み寄ってきた。

「久木田先生」

「お……、緒方。一体どうしたんだ? そういえばお前、今日、教室を飛び出していったって……」

「すいません、お説教はあとでいくらでも聞きますから。それより、先生に聞きたいことがあるんです。時間、ありますか?」

 聞きたいことがある。

 そう言われ、久木田は戸惑うしかなかった。が、一応今はちょうど時間も空いていることだし、とりあえず崇史の問いには頷いた。

「よかった! それじゃ、ちょっと来てもらえますか? 二人で……あ、いや、彩音も入れると三人か……。三人だけで話をしたいんです」

 崇史は笑って言った。



「一体何なんだ? 私に聞きたいことというのは」

 久木田は相当混乱しているようだった。

 崇史はそんな久木田を落ち着けるように「たいしたことじゃないんです」と言った。

「俺が聞きたいのは、久木田先生自身のことではなくて、久木田先生の知識なんです」

「知識?」

「はい。久木田先生は化学の教師ですよね? 当然、薬物とかそういうことに関しては詳しい」

「いや……まあ……それは確かに、一般の人に比べればそうだろうが」

 久木田はまだ戸惑っているようだった。

 崇史はそんな久木田の様子はあまり気にせず、言った。

「なら、先生が知っている限りのことを教えてください。ニコチンについて」

 久木田の眉が、不審そうにひそめられる。

「ニコチンについて? そんなことを知ってどうしようと?」

 ニコチンについて知り、どうするか。そんなことは決まっている。

 情報の一部として組み込み、推理するのだ。

 しかしそんなことを久木田に言ったところで、ますます不審がられるだけだろう。

 もしかしたら、ふざけるなと怒られるかもしれない。

 崇史が答えあぐねていると、横で見ていた彩音がフォローを入れてくれた。

「部長さんを殺すのに使われた毒物が、ニコチンだったらしいんですよ。で、ニコチンとか手に入れるのって、そんなに簡単なのかなって思ったんです。もし簡単に手に入れられるなら、今度は他の部員がまたそれで殺されてしまうかもしれない。だから崇史は知りたいと思ってるんです。ほんの少しでも何か知っていれば、いざというとき役に立つかもしれませんから」

 彩音がそう言うと、久木田は少し驚いたような顔をして、崇史を見た。

 その顔には、少し感激した様子が見受けられる。

 騙されやすい人だな、と崇史は思った。

 ころりと彩音に騙されてしまった久木田は、ニコチンについて、何でも聞いてくれと急に積極的になった。

 まあ、結果オーライと言うべきか、彩音には感謝すべきだろう。

 崇史は久木田の方をまっすぐ向いた。

「じゃあ、最初の質問ですけど、ニコチンを手に入れるのって、難しいんですか?」

 久木田は首を横に振る。

「ニコチンは割と簡単に手に入れられる。タバコから抽出することも出来るし、ある種の農業用殺虫剤にもかなりの濃度で使われているんだ」

「そうなんですか……。えっと、それから、ニコチンってそんなに危険なもんなんですか? タバコに入ってるなら、吸ってる人たくさんいるじゃないですか」

 久木田は難しい顔をする。

「ニコチンはとても危険な毒物だ。タバコとして吸うときの中毒性も高く、『毒物および劇物取締法』にも明記されているほどだし、致死量も少なく、猛毒といわれる青酸カリよりも毒性が強い」

「え、青酸カリってよく効く毒物ですけど……それよりも毒性が強いんですか?」

 久木田は頷く。

 入手は割と容易で、毒性が強い。ニコチンについて、大体必要な情報は集められたようだ。

「ありがとうございました」

 崇史はそう言って頭を下げた。



 久木田と別れた崇史、彩音の二人は、部室の前まで来ていた。

 別れ際、久木田に借りた部室の鍵を使い、扉を開ける。

「ねぇ、崇史。久木田先生から話聞いて、何か閃いた?」

 彩音が後ろから崇史に声をかける。

 崇史は無言のまま部室内に入り、べとつきを感じた電灯のスイッチを何度か指先で触った。

「崇史?」

「……実を言うと、犯人はもう、分かってる」

「え?」

 彩音は驚いたように目を見開いた。

「ほんと? ほんとに!?」

「ああ。『そいつ』はちょっと口を滑らせて、明らかに不自然なことを口にしてしまったんだ。それで大体分かった。でも『そいつ』には、部長が殺されたときにアリバイがある。だからまだ、告発することは出来ない」

「そっか……」

「でも」

 崇史はいつになく強い口調で言う。

「そのアリバイトリックも、もうすぐ解けそうだ」

「え、ほんとに!?」

「ああ。だから少しの間、考えさせてくれ」

 崇史はそう言うと、彩音の返事も聞かずに電気をつけ、ぶつぶつと何か呟きながら部室の中へと入っていった。

 彩音は崇史の思考の邪魔をしないよう、無言で部室の入り口付近に立っている。

 それから十数分ほど経ち、ぐるぐると部室内を歩き回っていた崇史の足が、ふと止まった。

 崇史は目を瞑り、最後に確認するように何かを呟き、そして納得したように小さく頷くと、目を開けた。

「崇史……」

 名前を呼ばれ、崇史は彩音のほうへ視線を送る。

 崇史は彩音に自信に満ちた笑みを見せ、言った。

「分かったよ。今回の事件の真相が」



ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

さて、次からは解答編となります。まだまだ自分で推理したいという方は、推理を終えてから読むようにお願いします。

完結まであともう少しだけ、お付き合いください。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ