表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/22

第十二章:違和感

 玄関のチャイムが鳴った。

 ソファでテレビを見ていた崇史の母は立ち上がり、「はいはーい」といいながらスリッパをパタパタいわせ、玄関のほうへと向かっていく。

 崇史はその様子をちらりと横目で見ながら、少し遅めの朝食をとっていた。

 そうして数分の後、崇史が朝食のパンの最後の一切れを口に入れようとしたそのとき、リビングのドアが開かれた。

 当然入ってくるのは母親だろうと思っていたが、崇史のほうへと歩いてきたのは、彩音だった。

「崇史! あんたこの時間の朝ごはん食べてるわけ? 遅い!」

 彩音は入ってくるなり大きな声で崇史に文句を言ってきた。

「ふふへーは、ひひよーひはんははらひーはろ!」

「ちゃんと口の中のもの飲み込んでからもの言いなさいよ」

 彩音に言われ、崇史はテーブルの上の野菜ジュースを一気に飲み干す。

 ぷはー、と息を吐くと、改めて彩音のほうを向いた。

「うるせーな、日曜日なんだからいいだろ!」

「ああ、そう言いたかったわけね。でも時計見てみなさいよ。もう十一時近いわよ。これじゃもう昼食じゃない」

「毎日毎日早起きしてんだから休みの日くらいちょっと遅く寝てたっていいだろ!」

「早起き? 早朝練習の日以外は遅刻ばっかりしてるくせに!」

 崇史と彩音はこれでもかというくらいに睨みあう。

「こらこら、テレビの音が聞こえなくなるから、喧嘩なら自分の部屋でしなさい」

 彩音を家に通し、すでにソファに座っていた崇史の母が二人のほうを向き、言った。

「でも!」

「でもじゃない! 耳障りだからさっさと出て行け!」

 母親とは思えない言動をしつつ、母は崇史の尻を蹴飛ばす。

 崇史はぶつくさと文句を言いつつ、彩音と共にリビングを出て階段を上がっていった。



「事件について、何か新しいこと浮かんだ?」

 崇史の部屋に着き、彩音は崇史のベッドに腰掛けながら聞いた。

 崇史の部屋に彩音が来たとき、彩音は崇史のベッドに腰掛け、崇史は床に胡坐をかくというのが、お決まりの二人の体勢だった。

「あー、ぜんぜん駄目だな」

 小さくため息をつきながら、崇史が答える。

「いろいろ考えてみたんだけどさ、何も浮かんでこないんだよな」

 崇史の答えに、彩音も難しい顔をする。

「そうよね、あたしもいろいろ考えてみたんだけど、駄目」

 彩音はそう言いつつ、ポケット中から何か紙切れを取り出し、崇史に見せた。

「ん、何だこれ?」

「あのね、今回の事件にまつわる謎をちょっと書き出してみたの」

 首をかしげる崇史に、彩音が答える。

 彩音の紙には

 ・第一の事件時のアリバイ

 ・死体の一部が持ち去られていた理由(部長さんは両腕、副部長さんは右足)

 ・部長さんの死因について(毒殺)

 ・事件の動機(黒崎さんが関係?)

 と四つの事柄が書かれていた。

「こんなもんだよね? 他に何かある?」

「いや、こんなもんだな。つまりこの四つの謎が―――」

 言いかけた崇史は、そのまま固まった。

「ん、どうしたの、崇史?」

「そうだ、もう一つ謎があったんだ」

「え?」

 崇史は机からシャープペンシルを持ち出すと、五つ目の謎を紙に書き出した。


 ・指先の違和感


「これ、どういうこと?」

 彩音は首をかしげながら言った。

「指先の違和感? 意味が分からないんだけど」

「ああ、これは誰にも話してないことだから、っていうよりか、今まで忘れてたことだからな」

 そう言うと崇史は、卓の死体を発見したとき、指先に違和感を感じたことを彩音に説明した。

 彩音は興味深そうに「ふうん」と頷いてみせた。

「いつもとは何かが違うって感じたのね。じゃあ、その部室のスイッチに、何かあったのかも」

「そうだな……。よし、これから部室に行って調べてこようぜ。何か分かるかもしれない」

 崇史の言葉に、彩音は笑みを浮かべた。

「そうね、そうこなくっちゃ!」



 休日であるが、学校は開いていた。

 サッカーグラウンドはがらんとしていたが、奥の運動場のほうからはいくつかの声がしていた。

 おそらくは活動を再開した運動部の声だろう。

 部員が二人も殺されたサッカー部は、未だ活動を再開できていないが、それ以外の部はもうそろそろ活動再開してもいい頃だろう。

 崇史は、とりあえず職員室から部室の鍵を借りてこようと思ったが、なんと言って鍵を借りようか頭を悩ませた。

 つい数日前に部員が死んだ部室である。そう簡単に鍵を貸してくれるだろうか。

「ね、崇史」

 崇史が頭を抱えて悩んでいると、彩音が声をかけてきた。

「ん、何だよ」

「部室の前に、誰かいるよ」

 彩音に言われて見てみると、確かに部室の前に誰かいるのが見えた。

 一人ではない。二人いる。

「あれ、誰と誰?」

 彩音が言い、崇史も目を凝らしてよく見てみる。

「ん、えーと、あれは……高見と、正井コーチだ」

 少し遠いが、それが一年の高見賢次と、サッカー部のコーチである正井豊だと崇史には確認できた。

「よし、行ってみようぜ」

 崇史は彩音に言い、二人のいる部室のほうへと走っていった。



「高見! 正井コーチ!」

 突然自分の名前を呼ばれ、賢次と正井はほぼ同時に振り向いた。

 賢次の手には、部室の鍵が握られている。

「あれ、緒方先輩、どうしたんですか? それに、えっと、アサ・・・アサヤマ先輩でしたっけ?」

「麻島よ。あ・さ・じ・ま」

 突然現れた二人に、賢次は驚いているようだった。

 自分の名前を間違えられた彩音は、少し不快そうだ。

 しかし賢次にとって彩音は、『部活の先輩の幼馴染』に過ぎないのだから、名前を正確に覚えていなくても彼を責めることは出来ない。

「学校に来てみたら、高見と正井コーチの姿が見えたから、どうしたんだろうって思ってな。高見はどうしてここに?」

「俺はなんとなく学校の近くを自転車でぐるぐる回ってたら、正井コーチとばったり会っちゃったんですよ。ね、コーチ」

 賢次に同意を求められ、正井は頷いてみせた。

「俺もいろいろ忙しかったからな。一度くらい、あいつらの遺体が発見された現場に行って、手を合わせといたほうがいいと思ったんだ」

 だから部室に入ろうとしていたのか、と崇史は納得した。

「部長に続いて副部長まで死んじゃったんですよね。もうどうなってんだか俺にはぜんぜん分かんないですよ」

 賢次がため息をつきながら言った。

 正井も暗い顔をしている。

「昨日、正式に大会への出場を辞退してきた。こんなことになって、本当に残念だ」

 大会への出場を、辞退。

 こうなることは予想出来ていたが、こうして現実として知らされると、ずしりと心に重くのしかかってくる。

「一体誰が、こんなことをしたんでしょうね」

 賢次の言葉に、正井は力なく首を振る。

「分からん。そういうことは警察に任せるしかない」

「……本当に捕まえてくれるんですかね。凶器のナイフだってまだ見つかってないっていうし」

 賢次と正井は暗い声で会話を続けている。

「さあ、さっさと部室に入りましょうよ!」

 そんな二人を気遣ってか、崇史は必要以上に明るい声で言った。



 部室のドアが開いた。

 数日前まで警察が隅々まで捜査していたらしい部室は、普段とどこかが違うような感じを受けた。

 実際にどこかに変化があるわけではない。

 ただここで人が殺され、隅々まで部外者に調べられたかと思うと、『自分たちの部室』と感じていたイメージが薄れてしまったような気がして。

 崇史は小さくこぶしを握った。

「電気をつけなきゃな」

 正井が言うのを聞き、崇史ははっとした。

 もともとここに来た目的を思い出したのだ。

「俺がつけますよ」

 崇史は言い、電灯のスイッチをONにした。

 卓の死体が発見されたときと同じ違和感を、指先に感じる。いや、正確に言えば、卓の死体を発見したときより、その違和感は少し薄れていたのだが。

「崇史、どうだった?」

 部屋の中のほうへと歩いていく賢次と正井に聞こえないよう、彩音が小声で聞く。

 崇史は笑って答えた。

「違和感の正体が、分かったよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ