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第十一章:怯え

 宝井から事件についていくつかの情報を得た翌日、崇史は再び校長の話を聞いていた。

 わずか数日の間に、生徒が二人も殺されたとあって、校長の動揺は尋常ではなかった。

 汗はいつもの二倍のスピードで流れ、異常なほどの早口で何か喋っている。

 もともと崇史は校長の話など聞いていなかったが、今の校長の様子だと、まともに聞こうと思っても何を言っているのか聞き取るのは難しいだろう。

 ふと崇史は視線を三年生の列のほうへ向けた。

 一昨日の朝会では、昨日その死が報道された壮樹と、それから誠二が列を抜け出していた。

 今日はどうだろうか。

 三年の列を見回してみると、少し遠いところに、誠二の姿を発見することができた。

 今日は列を抜け出す気はないようである。

 今日授業が終わったら、崇史はまっすぐ誠二のところに行き、朝会の件について聞いてみるつもりだった。

 担任に嘘をつき、朝会を抜け出した壮樹が殺されているのだ。

 やはり一昨日の朝会を二人が抜け出したのには、何か理由があるとしか思えなかった。

 相変わらず超高速で何かを喋っている校長の声を聞き流しながら、崇史は額の汗をぬぐった。



 その日の授業は、ほとんどボロボロだったといっていい。生徒がではない。教師が、だ。

 先日に引き続き生徒が殺されたということで、教師たちは対応に追われて大変だったらしい。

 教室にやってきて授業を行う教師たちの顔は、みな一様にげっそりとしていた。

 そのせいか、一時間の授業の間にチョークを十本以上折る教師や、問題の答えを間違えまくる教師、挙句の果てには貧血で倒れる教師まで現れ、非常に落ち着かない一日だった。

 一日中そんな授業をされ、崇史たち生徒はいつもとは違う意味でぐったりと疲れてしまった。

「マジありえねぇよ」

 前の席の健太郎が愚痴を言っていた。

「こんなことになるんなら、今日も休みにしとけばよかったんだ」

 また、後ろのほうの席に座る良仁はさびしそうにこう呟いていた。

「やっぱり、今度の大会は無理か……」

 もちろん良仁は部の先輩たちの死より大会が大切だったというわけではないだろう。

 しかし、大会に向けて一生懸命に練習していたのも確かなのだ。

 今回の大会に出るために、良仁は他のものにも負けないくらい練習し、一軍のベンチから、レギュラーに昇格したのだ。

「元気出せよ。三年の先輩たちはもうチャンスはないけど、俺たちにはまだ来年があるんだ」

 崇史は、こういって元気付けることしか、出来なかった。



 そうしてようやく授業が終わり、放課後が訪れた。

 帰りのホームルームが終わると同時に、崇史は三年の教室へと急いだ。後ろからはなぜか彩音がついてくる。

「何でついてくるんだよ?」

「いや、あたしもなんとなく興味があって」

「栗田さんはどうすんだよ?」

「瑠奈にはちょっと待ってて、って言ってあるから大丈夫」

 彩音の答えにやや呆れつつも、崇史は誠二の教室の前までたどり着いた。

 崇史は教室の前で軽く深呼吸すると、その入り口へと一歩前に出た。彩音もそれに続く。

「こんにちは! 富江先輩、いますか?」

 明るく、大きな声だった。

 教室の中にいた生徒たちは、いきなり現れた崇史と彩音に、少し驚いた顔を向けていた。

「どうしたんだ、緒方?」

 不意にその中の一人が立ち上がり、崇史と彩音のほうへと歩み寄ってきた。誠二だ。

「富江先輩、ちょっと話があるんですけど、いいですか?」

「いいけど……。荷物持ってくるからちょっと待っててくれ」

 誠二はそういうと、いったん自分の机のほうへと戻っていった。



「で、話って何だ?」

 崇史、彩音、誠二、そして崇史に来てほしいと頼まれやってきた瑠奈の四人は、いつもサッカー部が練習をしているグラウンドの隅に来ていた。

 誠二の顔はやや困惑気味だった。

「教えてほしいことがあるんです」

「教えてほしいこと? 何だ?」

「一昨日の朝会のとき、富江先輩と副部長は、どこに行っていたんですか?」

 誠二の顔が、少し強張ったように見えた。

「……保健室に行ったんだ。少し気分が悪くなってな」

「残念ですけど、先輩たちが保健室に行ってないことは、分かってるんですよ」

「どういうことだよ?」

 誠二は少し苛立たしげに言う。

 崇史は瑠奈の方を見た。

「この娘は俺の幼馴染の友達なんですけど、一時間目、朝会の間ずっと保健室にいたんです」

 誠二は瑠奈に視線を向けた。

 瑠奈は政治の視線に少し怯えながらも、声を出した。

「緒方くんの言うとおり、私はずっと保健室にいました。でも、その間、誰も保健室には入ってきませんでした」

 誠二が舌打ちするのが聞こえた。

 崇史は誠二をまっすぐ見据えた。

「教えてください。朝会を抜け出した後、先輩たちはどこへ行っていたんですか?」

 誠二は眉にしわを寄せた。

「何でそんなこと聞かれなくちゃならないんだよ。俺たちはただ……そう、校長の長話に付き合ってられなくなって、抜け出しただけだ。適当にそこら辺をぶらぶら歩いてたんだよ」

「本当にそれだけなんですか? 他に何か特別なことをしたり、話したりしなかったんですか?」

「う、うるせーな!」

 諦めずに反論してくる崇史に、誠二は声を荒げた。

「俺がどこで何してようと勝手だろ? 何でいちいちそんなこと聞いてくるんだよ」

 そう言うと誠二は、ふと何かに気がついたように目を見開いた。

「……もしかしてお前、俺を疑ってるのか?」

「別にそういうわけじゃないです。ただ……」

「ただ、何だよ!? お前、やっぱり俺のこと疑ってるんじゃないのか? だったらそれは見当はずれもいいところだ! 俺はむしろ犯人に命を―――」

 言いかけて、誠二ははっと口をつぐんだ。

「命を、狙われている?」

 誠二が言わなかった言葉の続きを、横で見守っていた彩音が遠慮がちに言った。

 誠二は怯えたように二、三歩後ろへ下がった。

「どういうことですか? 何か今回の事件に、心当たりでもあるんですか?」

 崇史は大きな声で聞いたが、誠二は怯えた様子でもう数歩後ろへ下がってしまった。

「富江先輩………」

「近寄るな!」

 誠二は大きな声で叫ぶ。

「お、俺は……俺たちは……黒崎を、黒崎を…………うわあああああああ!」

 誠二は混乱したように叫び声をあげると、そのまま崇史たちに背を向けて走り去っていってしまった。

「あ、富江先輩!」

 崇史が後ろから声をかけたが、誠二は反応を示すこともなく、走っていく。

 そんな誠二の背中を、崇史たち三人は呆然と見詰めていた。


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