第九章:不機嫌な刑事
「ちょっと崇史! 起きて! ほら早く!」
大きな声とともに布団を引き剥がされ、体を揺さぶられる。
崇史は「うーん」と声を漏らすと、目をこすりながら上体を起こした。
母親が、布団を持って崇史のベッドの脇に立っている。
「何だよ、やけに荒っぽい起こし方だな。もう朝か……」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないわよ。早く下降りて、テレビを見てみなさい」
いつになく厳しい表情で、母が言う。
崇史は少し気圧されながらも、母の後ろについていった。
階段を降り、リビングに入ると、ソファには父、妹と共に彩音が座っていた。
「うわ、彩音、何でいるんだよ?」
「ニュース見て飛んできたのよ。今日は学校は臨時休校って、連絡網もあったし」
「臨時休校? 何かあったのか?」
彩音はその問いには答えず、テレビの画面を指差した。
崇史は首をかしげながらも彩音の指差したとおり、テレビを見た。
画面の中では、綺麗な顔をした女性のニュースキャスターが、一人映っていた。
彼女の声が、テレビから聞こえてくる。
「えー、今回死体で発見された根来壮樹くんは、三日前に殺害されたとみられる葛井卓くんと同じ学校、同じ部活の友人で―――」
父と妹が家を出て行った後、崇史と彩音は崇史の部屋に行った。
あと一時間もすれば、母も何かの用事で家を出ると言っていた。
「それにしても……」
彩音が少し深刻そうな顔で言った。
「副部長さんまで殺されちゃうなんてね」
「ああ……。まったく、どうなってるんだか」
崇史はため息をつく。
ニュースを見て情報を集めてはみたものの、やはりそう多くの情報は入ってこなかった。
分かったことといえば、遺体の発見現場が、条星院高校から西に数百メートルほどのところにある川の近くであるということと、死因は刃物で刺されたことによる刺殺であるということ、それから遺体に何か『不自然な点』があったらしいということだけだ。
『不自然な点』というのが何なのかは、ニュースでは具体的に言ってなかった。恐らくまだ正確な情報をつかみきれていないのだろう。
「ニュースで言ってた『不自然な点』って何だろうね?」
彩音が言った。
「さぁな……。でも、ただの仮説だけど、心当たりがないわけでもないんだよな」
「え、ほんと?」
身を乗り出してくる彩音に、崇史は苦笑した。
「言っとくけど、ただの仮説だからな。しかもほとんど勘」
「崇史の勘だったら信用できるよ。ね、心当たりって何?」
彩音に聞かれ、崇史は答えずに立ち上がった。
「その心当たりが当たってるかどうか、確かめたい。ちょっと行ってこようぜ」
「行く? どこに?」
きょとんとした彩音の顔に、崇史は笑ってみせた。
「決まってるだろ? 副部長の遺体が発見された現場だよ」
母が用事で外出するのを待ち、崇史と彩音は遺体の発見現場まで自転車を走らせた。
ニュースの映像だとマスコミやら何やらがたくさんいたが、少し時間がたち、その数も今はかなり減っていた。
遺体が発見されたのは、根良川という川の横の道路だった。
黄色いテープが張られ、警察が捜査しているのが見える。
野次馬の数も、記者と同じく今はかなり少ない。
崇史は黄色いテープに近づこうと一歩踏み出した。
そのときだった。
「あれ、崇史、麻島さん?」
ふと背後から聞きなれた声が聞こえた。
崇史と彩音は驚いて振り返った。
「フクワラ!? お前、どうしてこんなところに?」
そこにいたのは、同じサッカー部の仲間の良仁だった。
「どうしてって言うなら、そっちだって同じだろ? 俺は今朝ニュース見てびっくりして。俺ん家この近くだから、何か来ちゃった」
「何か来ちゃったって……」
崇史はちょっと呆れたような声を出したが、自分も似たようなものだとすぐに気づき、苦笑した。
「二人はどうしてここまで?」
崇史がそれに答えようと口を開きかけたそのとき、背後から「おい! そこの三人!」という大きな声が聞こえた。
驚いて振り向くと、大股で宝井がこちらに近づいてくるのが見えた。
「お前ら、確かサッカー部のやつらだったな? こんなところで何やってる?」
迫力のある声だった。
彩音と良仁はちょっと気圧されたように一歩後退したが、崇史はじっと宝井を見ていた。
「聞きたいことがあるんです」
「聞きたいこと、だと?」
宝井が不審そうに崇史を見る。
「はい。ニュースで言ってたんです。遺体には『不自然な点』があったって。それって、何だったんですか?」
宝井は不機嫌そうに眉をひそめた。
「そんなこと、お前に教えるわけないだろう。さあ、ガキはさっさと家に帰れ」
崇史は動こうとしない。
宝井はそんな崇史を睨みつける。
彩音と良仁は、その様子をただ黙ったまま見守っていた。
「これは俺の仮説……っていうか、勘なんですけど」
崇史は宝井と睨みあいを続けたまま言った。
「遺体の『不自然な点』って、もしかしたら今回も、遺体の体の一部がなかったんじゃないですか?」
崇史の言葉に、宝井は驚愕したように目を見開く。
「お前……どうしてそれを……」
宝井は言ってからはっと口をつぐんだ。
今の宝井の言葉で、被害者の遺体の体の一部が消えていたことが証明されてしまった。
「だから、ただの勘ですよ。最初、部長が殺されたとき、遺体は両腕が切断されていました。思いっきり不自然だった。だから今回も『不自然な点』があったとしたら、そういうことなんじゃないかと、そう直感で思っただけです」
宝井は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ああ、そうだ。今回は右足だ」
「凶器は見つかったんですか?」
崇史は宝井に容赦なく言葉をあびせる。
宝井は今度は回答拒否とでも言わんばかりに押し黙っている。
もう口を滑らせてたまるものか、と顔が言っている。
「お願いします、教えてください!」
崇史が頭を下げた。
宝井は、黙ったままだ。
「あ、あたしからも、お願いします。崇史はこう見えても、今までいくつかこういう事件を解決してきたことがあるんです。だから、崇史に情報を与えてあげてください! お願いします!」
彩音も頭を下げる。
「な、何だかよく分からないけど、崇史は結構鋭いやつで……えっと、その、だから、お願いします!」
良仁も半ば二人につられた感じで頭を下げる。
宝井はしばらくの間、自分の目の前で頭を下げる三人を、少し驚いたような顔で見つめていた。
それから盛大にため息をついてみせ、少し不貞腐れたような口調で言った。
「凶器はまだ特定できていないし見つかってない」
頭を下げていた三人は、はっと顔を上げた。
宝井は、三人に背を向け、現場に戻りながら言った。
「さあ、教えたんだからガキはさっさと家に帰れ」
崇史、彩音、良仁の三人は顔を見合わせた。
彩音はぱっと明るい笑顔になり、良仁もうれしそうに笑っていた。
崇史は現場に戻っていく宝井の背中に、「ありがとうございました!」と声をかけた。
宝井は振り向かなかった。