第八章:彼女の証言
授業終了のチャイムが鳴った。
一時間目はつぶれたとはいえ、授業の時間は決して短かったとはいえないので、生徒たちはみな一様に疲れた顔をしている。
普段ならこの後は部活の時間なのだが、今日はどの部活も授業のみで下校となっている。
恐らく他の部活は明日から活動を再開するのだろうが、サッカー部だけは、まだいつ活動を再開するか、決まっていない。
「はぁ……」
前の席の健太郎が、ため息をついた。
「サッカー部、いつから活動再開するんだろうな」
少し気が重そうに、崇史に話しかけてくる。
「さぁな……」
崇史の声もどこか沈んで聞こえる。
「あのさ」
席は後ろのほうである良仁も、話しに加わっている。
「部長が殺されたばかりで、こんなこと言いたくないんだけど」
「何だよ?」
「今度の大会、どうなるんだろう」
良仁の言葉に、崇史と健太郎ははっとした。
「そうか……俺たち、大会近いんだったよな。どうなるんだろう。もしかして、このまま出場辞退とか?」
「そんな……」
健太郎の言葉に、良仁が絶望したような声を出す。
「今度の大会のために、俺たち必死に練習してきたのに。死んだ部長だって、これが最後の大会だからって、あんなに頑張って―――」
良仁は最後まで言わず、俯いた。
「良仁――――」
「どっちにしたって無理さ」
崇史が何か慰めの言葉を言おうと口を開きかけると、健太郎がやけに冷たい口調で言った。
「正ゴールキーパーの部長がいないんだ。どうせ大会に出たって、いい結果なんて出せねぇよ」
健太郎の言葉は、崇史の胸を痛いほどに貫いた。
教室の外では、彩音が待っていた。
崇史が教室を出てきたのに気がつくと軽く手を振ってきた。
「あれ、どうしたんだよ? 彩音」
「今日、部活無いんでしょ? だから、一緒に帰ってあげようと思って」
彩音のほうに歩み寄りながら言う崇史に、彩音はちょっと笑って見せた。
ふと見れば、彩音の横にはほっそりとした女の子が立っていた。
「今日は栗田さんもいるんだろ? 俺なんか混じってもいいのか?」
その彩音の横に立っている女の子は、彩音といつも一緒に帰っている栗田瑠奈という、彩音のクラスメートだった。
彩音と親しい友人ということで、崇史にも面識がある女子だった。
「あ、私なら大丈夫だよ。一人じゃさびしいし、一緒に帰ろうよ」
瑠奈はにっこりと笑って言った。
彼女がそう言うなら、一緒に帰ってもいいのかもしれない。
だが崇史には、帰る前にやろうと思っていることがひとつあった。
「でも俺、帰る前にちょっと寄るところあるから」
「え、どこ?」
「保健室」
朝会のとき、壮樹と誠二がどこへ行っていたのか気になった崇史は、彼らの担任に聞いてみることにした。
幸い三時間目の英語を担当しているのが、その教師だった。
三時間目の授業が終わると、崇史はすぐに彼の元へ行き、そのことを聞いた。
崇史も壮樹や誠二と同じサッカー部員だと知っていた彼は、わりとすんなり教えてくれた。
「ああ、あの二人なら、気分が悪いと言って保健室に行ったよ。保健室の先生を呼ぼうか、って言ったんだけど、寝ればすぐ治るからいいって言ってそのまま行ってしまったんだ。あの二人は葛井くんとも仲がよかったんだ。可哀想に―――」
まだ若い彼は、生徒の嘘を見破る術を持っていなかったらしい。
保健室の先生を呼ばなくてもいい、と拒否した時点で、怪しいではないか。
崇史は二人は保健室などには行っていないという確信を強めた。
そしてその証拠をつかむために、何かないかと保健室を訪れようと思ったのだ。
崇史がそのことを説明すると、彩音は不思議そうに首をかしげた。
「その二人が保健室に行ってなかったことが分かっても、それが何になるの? 何か事件に関係あるの?」
「分かんねぇ。でも、二人が保健室に行ってなかったとしたら、何か他の目的があったはずなんだ。部長が殺された直後だし、何か事件に関係あるかもしれない」
「……あの」
少し置いていかれ気味だった瑠奈が、彩音の横で小さく手を上げた。
「多分、保健室まで行く必要はないと思う」
「え?」
「私、一時間目はずっと保健室にいたから」
瑠奈の言葉に、崇史は驚いたように目を見開いた。
「あ、そういえば、一時間目の朝会のときはいなかったよね。具合悪かったんだっけ?」
彩音が思い出したように言う。
そういえば卓の死体が発見される前日(つまり卓が殺害された日)、彩音と一緒に帰ったのは彼女が風邪で休んだからだった。
今日は学校に来てみたものの、やはり少し具合が悪かったのだろう。病み上がりの体に、校長の長話はつらいはずだ。
瑠奈はちょっと真剣な顔をした。
「うん。だから私は、一時間目の間、二人が保健室に来たかどうかを知ってる」
「……来たのか?」
崇史の問いに、瑠奈は小さく首を振った。
「誰も来なかった」
「そうか……。じゃあやっぱりあの二人は、保健室には行ってなかったんだ」
ふと時計を見る。
もう帰りのホームルームが終わってから、結構時間が経ってしまっている。
「よし、明日副部長と富江先輩に、直接聞いてみるよ。電話じゃはぐらかされそうだし」
「じゃ、保健室に寄る必要はなくなったね。一緒に帰ろ」
彩音はにっこり笑い、そう言った。
ああ、最初はそんな話題だったんだっけ、と完全に忘却していた崇史だった。