元悪役令嬢の王妃ですが、愚息が婚約者を捨てるそうなので優秀な令嬢は第二王子にいただきます
「アデライーデ嬢にセシリア嬢、よく来てくれたわ」
上の息子がそろそろ学園を卒業する季節。
不穏な噂話を耳にしたアマンダは二人の令嬢を呼び出した。
「王妃陛下のお呼びだしとあればいつなれど」
見事なカーテシーで応える二人に着席を促す。
「アデライーデ嬢、卒業前の忙しい時期に心労をかけるわね」
「もったいないお言葉、恐縮至極です」
アデライーデ・ゼンドール。この国の侯爵令嬢で、上の息子、アスヴァル・カナモリア第一王子の婚約者である。
美しい金髪に爽やかなグリーンの瞳は人の目を引く美貌だ。
隣のセシリア・タイローヴも劣らぬ美形で、同い年のアデライーデより白に近い金色の髪をしていて、瞳は海のように青い。
セシリアは宰相の息子カシウス・ネゴルとの結婚を控えている。
「アスヴァルが卒業パーティーであなたをエスコートしないつもりだと聞いたのだけど、確かかしら」
この二人を呼んだ理由を、アマンダ王妃は単刀直入に切り出した。
「それは……」
言い淀んだアデライーデを見て、アマンダは確信した。
「あンのバカ息子が」
令嬢二人に聞こえないように、心の内で罵倒する。もちろん、表情にも出さない。
カナモリアには王子が二人、王女が一人いる。
アデライーデは十三歳で第一王子の婚約者候補となった。
貴族の子が通うモリヴィク学園へ入学する十五歳になったと同時に、その他の候補者とともに厳しい審査の目が向けられる。学園内での成績だけでなく、他者への接し方や立ち居振る舞いなども審査項目となり、約二年にわたり審査は続き、最終学年に上がる十八歳を前に婚約者が確定する。
現王妃であるアマンダも、その審査を潜り抜けた。二十年以上も前の話だ。
アデライーデは容姿もさることながら、どの点においても優秀な成績を収めた。ために、対立候補からも反対意見がほとんど出ることなく第一王子の婚約者となった逸材でもある。
順当にいけば第一王子はまもなく立太子され王太子となる。そうなればアデライーデはゆくゆくは王太子妃だ。
そんな彼女を放置して、息子が男爵令嬢と懇ろになったと、護衛から報告を受けたのだ。
学園内で大っぴらに護衛をつけることはできないので、彼らは影として潜伏している。
長男のアスヴァルはまさかそれに気づいていないのかと頭を抱える。
「セシリア嬢、なにか聞いているかしら」
アマンダが水を向けると、セシリアは一度アデライーデに視線を移し、そして小さくうなずくとアマンダに向き直った。
「ナベリク男爵令嬢は今年入学した一年生で、三年生のアスヴァル様とどんな接点があったかをカシウス様に聞きました」
「続けてちょうだい」
「学園の中庭にある噴水でアスヴァル様とカシウス様、騎士科のイアン・リード様、大商人の息子であるデルロイ・ガリツィン様が談笑されているところに、リゼット嬢が助けを求めて飛び込んでこられたと」
「助け?」
「彼女がクラスの男子生徒たちと必要以上の接触をしていることをよく思わない令嬢たちに追われていたそうです」
女子生徒の多くは、その男子生徒の婚約者である貴族令嬢たちだ。婚約者に色目を使われて平気な子は少ない。
セシリアは無表情で淡々と話している。
モリヴィク学園は原則として貴族の子息子女が通うが、貴族に匹敵する財力や、突出した能力があれば下位貴族でも平民でも入学が許可される。
デルロイやリゼットがその一例だ。
デルロイの身分は平民だが大商人の息子で、男爵令嬢であるリゼットは聖女としての素質があるという神殿の強力な後押しがあり、入学が決まった。
(まったく……続編でも始まったのかしら)
アマンダは痛む頭を押さえて小さくため息を吐く。
二十五年前、アマンダ・スティーブンス侯爵令嬢に転生した。十五歳のころだ。
前世は日本人で、社畜生活の心の支えとして乙女ゲームに没頭する二十五歳のオタク女子だった。
当時、過労死とともに、爆発的に人気だった『薔薇色学園の五人の王子様』という乙女ゲームの世界に転生したと知ったときは歓喜して、そして絶望もした。アマンダは悪役令嬢のポジションで、相手候補が学園内の問題児として有名な公爵令息だったからだ。
アマンダは、前世も今世も、異性関係にだらしない人間を絶対に許せない性質だった。
十代にしてすでに女性関係が派手な公爵令息が相手候補と聞かされ、ハンガー・ストライキを決行したほどだ。
その後、紆余曲折あってこの国の第一王子と結婚することとなり、現在は王妃として生きている。齢四十になっても夫である国王アルベルトとは仲睦まじく、側室は置かないという条件を貫き通してくれた夫を今も深く愛している。
「ここにアスヴァルを呼んでもいいかしら」
こめかみに青筋が浮いている王妃に、否と言える令嬢はいない。
アデライーデもセシリアも、素直にうなずいた。
出かけようとしていたところを捕まった第一王子のアスヴァルは、不機嫌さを隠しもせずに入室してきた。
行き先は当然ながらリゼットのところだ。
「卒業パーティーに着るドレスはもう贈ったの、アスヴァル」
長男の様子を意に介さず、アマンダは優しく聞こえるような声音で問いかけた。含まれる怒気に、アスヴァルは気づく様子もない。
もちろん彼がどんなドレスをどのブティックで調達したかも把握済みだ。
「ええ、ばっちりですよ、母上」
国王に似て整った顔立ちなのに、中身が残念だとアマンダは落胆する。実の子であろうと、許せない線引きがあるのだ。
アマンダはアデライーデに視線をやる。彼女は顔を横に振った。
アデライーデにはドレスは届いていないということだ。誰に送ったかは明白だが、敢えてそこには触れず、手の甲に顎を乗せる。
「アデライーデならどんなドレスも着こなせるでしょうけど、フリルやリボンで飾り立てている甘いデザインは、彼女のイメージとは少し違うと思うのだけど」
アデライーデもセシリアも、ふわふわのお姫様というよりは凛とした佇まいだ。
「ああ、あのドレスを着るのはアデライーデではありません」
アスヴァルはわずかにギクリと硬直したがすぐに持ち直し、こともなげにそう言い切った。
「卒業パーティーのエスコートを約束した女性がいますので、彼女に贈りました」
恋する顔なのだろうが、アマンダには腑抜けた顔にしか映らない。
「なぜ。おまえの婚約者はアデライーデでしょう」
「そのことですが、アデライーデとは婚約を解消し、彼女と、リゼットと新たに婚約したいと思っています」
何を言い出すのかと思えば。
自分の息子が最高潮に浮かれているのを見て、親としての羞恥憤怒は頂点に達する勢いだ。
婚約者の前で堂々と浮気を認め、あまつさえそちらと婚約したいと言い出すなどと。
これほど倫理観のない人間に育ってしまったかという猛烈な恥ずかしさと、無責任な言いぐさに対する激しい怒り、そして何よりアデライーデに対する申し訳なさに頭と胸が嵐のように吹き荒れている。
「アデライーデさえ承諾してくれれば、あとは上手くやりますよ」
この婚約は、王家と高位貴族家の契約だ。よほどの事情がなければ白紙に戻すことも、まして相手を格下の貴族へ挿げ替えるなどできるはずもない。
アデライーデに瑕疵はひとつもなく、責は目の前の男と顔も知らない男爵令嬢にある。上手くやります、とは。どんな思考をもってそんな結論に至ったのだろうか。小一時間は問い詰めたい気分だ。
アデライーデを見るが、彼女は顔色ひとつ変えずに前を向いている。その隣のセシリアは、まとう空気が氷点下になっていそうだ。
「相手の名前は、……何だったかしら」
「リゼット・ナベリク男爵令嬢です、王妃陛下」
セシリアがそっと囁いて教えてくれる。
「ああ、そう。ナベリクでもガーリックでも何でもいいけど、男爵家なら入内は無理よ」
アスヴァルに向け、はっきり告げる。
「なぜです! リゼットは聖女ですよ」
「素質があるというだけで、まだ聖女としての力が発現していないと聞いたけど」
「それはそうですが、彼女なら学園で学ぶうちにきっと」
影からの報告では、入学してまもなく一年が経とうというのに、いまだ聖女の片鱗すらないらしい。
アスヴァルの必死さが滑稽に見えてくる。
息子相手に、何という気持ちを持ってしまうのかとアマンダは心が痛かった。
「力が発現して聖女としての役割を果たすなら、なおさら王族との結婚は無理じゃないかしら」
聖女は神殿に入り、国民のために祈りを捧げたり神聖力をもって怪我や病気の治療にあたったりするという役割がある。権力の均衡を保つという名目もあり、王室の公務とは分けられているのだ。
側室や貴賤結婚という方法もあるが、アマンダがそれを許すことは絶対にないし、議会をはじめ、アデライーデやゼンドール侯爵の承認も必要だ。
だが、国の要職に就く公明正大なゼンドール侯爵を、ただの王子であるアスヴァルが説得できるとは思えない。大事な娘を嫁に出す前から、側室を認める親がどこにいるというのか。
「ですが、リゼットは」
「婚約者の前で軽々しく別の女性を呼び捨てにするとは。恥を知りなさい」
アマンダが一喝すると、アスヴァルは口をつぐんだ。だがそれは一瞬の間で、すぐに抗弁した。まるで愛する人のために親に楯突く自分に寄っている風だ。
「彼女は俺のことをいちばん理解してくれています。彼女こそ妻にふさわしい女性です」
ゲームでは定番の、強力な魅了の術でも掛けられているのかもしれないが、それはアマンダしか知る由のない原因であり、かといって浮気をしていい理由にもならない。
「そこまで言うのなら……ああ、そうね。その娘には郊外の村に家を与えて治癒の仕事をさせて、あなたがそこに通いなさい」
「母上、それでは側妃の扱いですらないではないですか。……彼女は、リゼットは側妃では嫌だと涙まで流していたのに」
そんなもの知ったことではない。愛人なら十分な待遇だろうと一万歩譲っての提案なのに、アスヴァルはなおも食い下がる。
「あなたがいくら望もうと、男爵家の娘を王室に迎え入れることはない。妃教育も受けていない令嬢であれば、側妃にもなれない。聖女は本来、神殿が保護するもの。それをまだ王子でしかないあなたがするというなら、治癒師として仕事をさせる以外に方法はあるかしら」
それも聖女としての力が目覚めたら、の話である。
おそらくこの男爵令嬢が今回のゲームの主人公と思われるが、アマンダはもうこの世界を現実のものとして受け入れ、二十年以上生きている。まさか今になって続編が始まるとは想像もしていなかったが、だからといってはいそうですかと言えるはずもない。
「万が一にもあなたとその娘に子どもができた場合、その子には可哀相だけれど、継承権は与えず、生涯平民とすることを明言しておきます」
「そんな!」
王妃の権限だけでできるわけではないが、それをアスヴァルに教えてやるつもりはない。
「それでもその男爵令嬢を選ぶなら好きにしなさい。現王妃である私は、国のためにもアデライーデ嬢を王室に迎えたいの。国王もきっと私に賛意を示してくださるはずよ」
「母上、俺が国王になった暁にはどんなことをしてもリゼットを妻に迎えます」
まだ王太子にもなっていないのに、挑むように睨みつけてくる。顔が整っているだけに、迫力はなかなかだ。
だが。
「あなたの結論次第では、ヴィクトルを立太子する可能性もあることを覚えておきなさい」
威厳に満ちた声でアスヴァルを圧倒する。まだ文句を言いたそうな彼を、近衛騎士に命じて下がらせた。
華やかでカリスマ性のある第一王子と、冷静で洞察力に優れた第二王子。
アスヴァルと第二王子のヴィクトルは年子で、アスヴァルが恋に腑抜ける前までは、二人は切磋琢磨する間柄だった。
どうしてこんなことになってしまったのか。
そうため息をつきたくなる。
将来の王太子妃として、アデライーデは学園の最終学年となったこの一年、ずっと学園の授業と並行して妃教育を受けている。
優秀な人物というだけでなく、続編が始まったとするなら、ゲーム内では悪役令嬢ポジションという共通点もあり、アマンダはアデライーデに対する思い入れが強くなった。
「アデライーデ嬢、ヴィクトルとも面識はあるわよね」
「はい。学園ではチェスクラブが一緒で、何度か対局もさせていただきました」
「美術館で一緒に鑑賞しているところを私も何度かお見かけしています」
セシリアがそう言い足した。アデライーデは「偶然お会いしたのです」と少し恥ずかしそうにしている。
「あら、そうなの。趣味が合うようね」
アマンダの言葉に、この部屋に来て初めて、アデライーデが笑顔を見せた。花が綻ぶような笑顔とは、こういうことかと思わされる美しい微笑だった。
読んでくださりありがとうございます!
面白かったなと思ってもらえたら、ブクマや評価してもらえると嬉しいです。




