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憤怒の黒王  作者: 馬爪奏
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作戦会議

謁見の間ではなく、重い空気に満ちた作戦会議室だった。


長机の上に広げられた地図。

そこに赤い印がいくつも打たれている。


「先の魔獣討伐で第三騎士団は半壊。兵力は三割減です」


その声のトーンは低く、硬い。


「補給物資も不足しております。食料の確保も想定の七割程度。」


ざわめきが走る。


僕達は黙って地図を見つめていた。


城壁の修繕はまだ終わっていない。

国境沿いの防衛線も、穴だらけだ。


――脆い。


この国は、思った以上に。


そして今、絶望的な均衡の上に立っている。


『だから支配するんだ』


頭の奥で、ゼルクが静かに言う。


会議はその後も続いたが、結論は出ない。

「祈る」以外の選択肢が見つからないのだ。



数日後。

僕は、攻撃班。井上は治癒班に帯同することが決まった。


「ソールの商人が複数、ドルクに滞在中との報告です」城内の廊下で、報告役が低く告げた。


「商人……?」


「表向きは、な」


胸がざわついた。


城壁の損傷。兵の少なさ。補給の遅れ。

全部、見られている。


その夜。


長のもとへ急報が届いた。


「国境の向こうで軍の動きあり。集結を確認」


紙を握りしめる音が響く。


さらに数日後、白装束の使者が現れた。


「この地の帰属について、再考を求める」


穏やかな口調だった。


だがその背後には、数ある護衛が並んでいる。


難癖だ。


ドルクは抗議した。


だが兵力差は明らか。強くは出られない。


直後、強い光と共に一つの信号が上がる。

皆が、驚き目を伏せている中、ただ一人、井上はその光に寄せられるように、ただひたすらに眺めている。


僕は会議の後方で黙って立っていた。


『弱い。だから狙われる』


ゼルクが嗤う。


拳を握った。


やがて、国境で小競り合いが起きる。


ソールの小規模部隊が侵入。


「偵察だ」と主張する。


ドルク側はこれを撃退したが、数名の騎士が負傷した。敵対心は明らかである。


長は静かに僕を見た。


「もし本格侵攻があれば……」


言葉は途中で途切れる。


答えを求めているのは分かる。


だが、僕は何も言わなかった。


そして――夜明け前。


物見櫓の鐘が、狂ったように鳴り響いた。


「ソール軍、本隊確認!!」


城壁の上から叫び声が飛ぶ。


「炎部隊確認!」

「水部隊確認!」

「風部隊確認!」


整然と並ぶ軍勢。

旗が風を切る。


完全なる侵略。


目的は一つ。


ドルクを占領し、ソールの領土とすること。


城壁の外で、投石機が軋む。


炎が空を裂いた。


その瞬間――


『見ろ』


ゼルクの声が、やけに楽しげに響いた。


『弱さが招いた結果だ』


僕は城壁の上に立ち、迫り来る軍勢を見下ろす。


胸の奥が、静かに軋んだ。


守る。


そのはずだった。


だが――


「力で支配した方が、早いのか?」


ほんの一瞬。


そんな考えがよぎった。


ゼルクが、愉快そうに笑った。


城壁の上で、仲間が一人、また一人と崩れ落ちていく。


炎が走り、水刃が空を裂き、悲鳴が重なる。


「前線が押されてる!」


誰かの遠い声。


胸の音がひどく寒い。


守ると言ったのに……


気づくと、僕の足は一歩踏み出していた。


「ソウ!まて!」


後方から声が響く。


だが、制止の声を置き去りにし、地面を蹴る。


着地と同時に地面がひび割れ、砕け散る。


奥で、ゼルクが嗤う。


『ようやくか』


もう抑える必要はない。


ただ解放する。


視界が、澄む。


敵の動きが遅く見える。


闇を放つたび、肉体は吸収され血さえ残らない。


悲鳴が上がる。


なのにーー


胸が躍る。気分が最高にいい。


ああ、そうか。


戦いは、こんなにも単純だ。


強い者が、弱い者を食い尽くす。ただそれだけだ。


高揚が脳を満たしていく。


誰かが名前を呼んでいる。


聞こえない。


『もっとだ』


ゼルクの声が、甘く染み込む。


敵兵が膝をつく。


命乞いをしている。


その喉元に闇を向けながら思う。


あぁーなんでこんなにも綺麗なんだろう。


燃える城壁。崩れる陣形。


壊れていく光景が、実に心地よい。


笑みがこぼれた。


視界の端で、味方が怯えた顔をしている。


邪魔だ。


退かないなら、殺るだけだ。


一人倒すたび、胸が震えた。

もっとだ、と身体が求める。


腕が、そちらへ向く。


その瞬間。


眩い光が、視界を裂いた。


「……もう、やめて」


聞き覚えのある声。


光の中に、井上が立っていた。


傷だらけのまま。


もし光が少しでも遅れていたら、

僕の闇は味方を貫いていた。


治癒班になったはずじゃ、頭の片隅によぎる。


「あなたにはそうはなってほしくないの。」


その言葉が胸にずっしりと響く。


井上は悲しげな表情をする。それと同時に、井上の手から、白い光が溢れる。


それは攻撃ではない。


包むような、拒絶の光。だが膨大な力も感じる。


全身が震える。そして動かない。


奥に沈みかけていた意識が、引き上げられる。


「ソウ、戻って」


涙が、光に溶ける。


胸の奥に残っていた、ほんのわずかな自我が、掴む。『やめろ!離すな!』


ゼルクが叫ぶ。


光が爆ぜた。


次の瞬間、僕は膝をついていた。


荒い息。


血に濡れた手。


周囲には、倒れた敵兵と、距離を取る味方。


井上が、崩れるように座り込む。

よかった。戻ってきた……


その手は、かすかに震えていた。


遠くで、ソール軍の撤退の角笛が鳴る。


戦いは終わった。

「やったぞ!我々ドルクの勝利だ!」

その声がこの広い空間に響きわたる。


勝ったはずなのに。


胸の奥に残ったのは、焼けつくような違和感だけだった。


ゼルクは、静かに笑っている。


『次は、止められんぞ』

その声が聞こえる時、視界が歪み黒く染まる。


国は勝った。

黒煙を上げていた戦場は静まり、敵――ソールの軍は退いた。


歓声が上がる。

剣を掲げ、勝利を叫ぶ声が夜空に響く。


けれど、その輪の中心に僕はいなかった。


視線を感じる。


賞賛の目、それとーー怯えた目


僕が歩くと、兵たちはほんのわずかに道を開けた。

無意識に、一歩だけ下がる。


英雄だと言う者もいる。

あの力があったから勝てた、と。


だが同時に、あれは危険だと囁く声もある。


……僕は、これでよかったのか?


胸の奥に、黒い疑問が沈む。


夜、城では宴が開かれた。


笑い声、酒の匂い、鳴り響く音楽。

勝利の祝宴。


けれど僕は端の席に座り、静かに料理を口に運ぶだけだった。


ふと、視線がぶつかる。


井上。


彼女は回復班の仲間たちと囲まれている。

光の中にいるみたいだった。


目が合う。


けれど、すぐに逸らされた。

僕も逸らした。


距離が、あった。



宴が終わった後。


僕は一人、夜の訓練場に立っていた。


剣を振るう。

振るうたび、あの感覚が蘇る。


楽しかった。


戦いが。


力が溢れるあの瞬間が。


「恐れられることは悪いことじゃない」


ゼルクの声が、頭の奥で響く。


「強者は畏怖される。それが自然だ」


違う。


……違うはずだ。



背後に気配。


「柏木くん」


振り返ると、井上が立っていた。


夜風に髪が揺れている。


「次、暴走したらどうするの?」


声が、震えていた。


「私は……怖かった」


「あなたの目があの人とはかけ離れていくような……」


間を置いて、彼女は続ける。


「でも、それ以上に――失うのが怖かった」


胸が締めつけられる。


「俺は……守られた。それじゃだめだ」


情けない。


黒王なんて呼ばれても、

結局、僕は彼女に止められた。


「本当に、ごめん」


頭を下げる。


静寂。


やがて、柔らかな声が降ってきた。


「私は守られるだけじゃない」


顔を上げる。


井上の目は、揺れていた。けれど強かった。


「私も君を守る。だから――一緒に戦っていこ?」


息が詰まる。


いいのか?


こんな僕で。


「だけど」


僕は言う。


「君を守る。それだけは変わらない」


井上は、少しだけ笑った。


その夜、黒王はまだ完全には目覚めなかった。


けれど――

二人の覚悟は、お互いの目に浮かび上がってきていた。

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